ローデシアの盾
タカシたちが退出した後、ジークと名乗った司令官は部下の顔を見渡した。
「どう思う?」
「お子様の遊びではないのですがね」
困惑顔を作る男の言葉に反応して、どっと笑いが起こった。
「親ばかもいいところだ、武神の二つ名が聞いてあきれる」
という男の言葉を機に、皆が口々とはやしたてていく。
「最近、ゴンドーヌでは大きな戦乱がない。他国の戦を借りて息子の名を売ろうというのだろうな」
「それにしては、手勢が二十とはケチ臭い。不肖の息子にはちょうどいいとでも、思ったか」
「手勢二十では、なんの働きもできない代わり、危険な激戦地に回される心配もない。親心といったところだ」
「死なないように手はずを整え、兄のために奮闘したという評判を息子に与えたいのさ。箔だな」
「そういえば、カタナを差していたな。黒髪黒瞳でカタナ。童話に出てくるサブライでも意識したものか」
「そういえば、森でアケイオデスを見たという報告もある。サブライと巨竜、あとは魔女でも出ればうまい話だ」
「ふむ、武神は、長男の命はあきらめているのかな?」
「どのみち総攻撃となればどうなるか、予想はしていよう」
好き勝手に言い合う部下たちの言葉の合間で、ジークはやれやれと肩をすくめた。
「みなは子供だと言っているが、身分証の通りなら、もう十六、七にはなっているはずだ」
また笑いが起きた。
「あの体で十六、七!」
「武神は息子になにを仕込んでいたのやら。剣もまともに扱えまいに」
「まるで女だ」
「名だたる武神もその子があれでは、ゴンドーヌも先が知れたもの」
「人並みの知恵もなさそうだからな。嘲笑われているのにも気付かず、へらへらと笑って」
嘲笑の中にあって、ジークだけが微笑んでいる。ひどく懐かしそうな笑み。
「彼は」
ジークは、時折り年長者ばかりの指揮官へ対して、丁寧な言葉を使う。
「以前の私によく似ていますよ」
笑い声がやんだ。
「ジーク殿、また、そのようなことを」
そう言われると、同時に司令官を笑うことになるため、タカシを笑えない。
ジークは笑った。ひどく人懐こい笑顔だった。
「大人に伍そうと、肩肘を張り、精一杯背伸びしていた。・・・・・・彼は、笑われているのに気付かなかったわけじゃない。歯を食いしばって耐えていた」
ジークは、普段は兵の手前、歴戦のつわものだろうが司令官としての矜持をもって毅然と対応した。だが、時として彼は年長者へ対する礼儀と謙虚さを見せる。それだけが、若い彼にできる人心掌握の術だからだ。それと同じような雰囲気を、タカシに感じた。彼は、自己の足りない部分を補うために必死になっている。耐えることも、その一つ。
「あの姉も、心強い。誰かが弟へ手を出せば、即座に剣を抜いていたでしょうね」
「女一人が剣を抜いたとて」
そう言う男へ、ジークはけして表に出さない哀れみを感じる。女だ、というだけで目を曇らせる男たち。
彼女が不意に剣を抜けば、少なくとも、二人は死んでいた。ジークの見たニナの技量だ。もっとも、三人目には切っ先もとどかなかっただろうが。
「二人とも、いい目をしていました。特にタカシ、彼は将来、化けるかもしれない」
賭けとしてはいいオッズだ。こちらに損はない。
ジークは司令官の顔で、部下を見た。
「彼に恩を売り、手なずけておけば、今後おいおいローデシアの国益となる。死なせるな」
死なせるな。それが司令官からの命令。
男たちは姿勢を正して敬礼をし、そして、うち一人がふと言った。
「しかし、大丈夫でしょうか?今にも突撃しそうに見えましたが」
「彼とて最低一度は戦って見せねばなるまいが・・・・・・」
今すぐ行く馬鹿とは思えなかったが。
「杞憂ならいいのですが、初陣に興奮して猛っているように見えました」
確かに、もう少し釘を刺しておいた方がよかったか?
「すまない、彼についていてくれ。戦場へ出ると言い出したら、五十騎を護衛にまわせ」
「彼の手勢と合わせて七十騎ですか?」
全体のほんの一部にすぎないが、たった一人の護衛、それも戦端開かれていない時点での戦力としては、騎兵七十はけして小さくない。
ジークは笑った。
「馬鹿言うな。彼らの馬は国境の砦で借りたものだろう?戦うと言うなら返せと伝えろ」
「戦うと言っても」
「適当に話を合わせておけばいい。周りには偵察とでも言っておけ。引き際はまだわからないだろうから、撤退のタイミングはお前が指示すればいい。ともかく、殺すな」
部下が退出してから、ジークは一人首をひねる。
タカシの行動が、部下たちのはやしたてる内容のものだとは思えない。
ローデシア兵にとって悪夢とも言える、伝説にも語られる強大な敵武神の、その思惑が影となってつき従っているように思えるのだ。
「モルグ・武神・バートレット。なにをたくらむ」
人からローデシアの盾と呼ばれる若き司令官は唸った。
案内された陣幕の中で、ニナはタカシの背中を見つめていた。
「これからどうする?」
作戦の概要は聞いているが、細部はタカシに任せている。
「・・・・・・」
タカシは迷った。
作戦通りに行くべきかどうか。ここは慎重に行くべきか。
さきほどの会見は失態だった。屈辱と言っていい。
完全に相手にのまれてしまった上、話の裏まで疑われた。タカシの位負け。
僕は駄目だ。もっとうまくやれないのか。
そんなタカシの悩みを、ニナは知らない。ただ、頼もしそうに彼の背中を眺めるだけだ。
今朝より、少しだけ大きく見える背中を。
司令官と指揮官とに囲まれて、タカシは最低限の仕事を立派にこなした。ニナが言葉を失ってしまうほどの凄まじいプレッシャーの中で、彼は最後に怒りすら見せた。
タカシの怖いもの知らず、それは本当に怖いものを知らない、というところもあるのだろうが、差し引いても余りある勇気だ。リョウがいつか、タカシを評して度胸があると言っていたが、それは事実だった。
不思議と、ニナは誇らしかった。タカシというどちらかと言えば頼りない友人が、時折り見せる意外な一面。それらが、ニナには嬉しくて、誇らしい。そしてそれは、どこか恥ずかしい気持ちでもあった。
不意に、陣幕へ入ってきた男がいた。
「タカシ殿」
さきほどの会見で会った指揮官の一人だ。名前は、ろくに聞いてなかった。
「これからどうされるおつもりか」
言葉こそ丁寧だが態度は横柄。こういうのを慇懃無礼と言うのだろう。
タカシはニナと顔を見合わせた。
監視がつくなら、慎重にやってもコトは同じ。作戦実行だ。
「すぐに街の近くまで出向きます」
男は渋面を作ったが、知ったことではなかった。
そして、知ったことではない、と思える自分が、タカシには不思議だった。