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敵地侵入

 夜半に関所近くの砦を発ったタカシは、ニナ他二十人を連れて馬で街道を疾駆した。もっとも、疾駆しているのはニナで、タカシはその背中にへばりついているだけだ。

 リョウは折を見て乗馬の訓練をしていたようだが、タカシは馬に乗れないのだ。

 ほんの数日前、リョウと二人で通った街道。ニナの背中で、タカシは物思いにふける。何人もの追い剥ぎから走って逃げた記憶が、遠い昔のことのように思える。

 馬は借り物だった。国境警備隊の隊長はことなかれ主義の塊りで、タカシの言葉を全部信用したかどうかわからないが、望んだものは用意してくれた。

 嘘八百も並べ慣れると意外と快感だった。舌先三寸で相手を操るというのは快感だ。それを抑える罪悪感も、回を増すごとに薄れる。

 峠の上で、タカシは兵士の一人と別れた。山奥の村へ派遣し、別任務をおこなってもらうためだ。

 細かい指示を与えながら、タカシは思うのだ。これがリョウであったなら、こまごまと説明する必要はない。人間性も能力も信頼していて、目を見れば意思が伝わる相手なら、重要な任務も心置きなく任せられるというのに、今はろくに名前も知らない兵士にたくすしかない。

 人数を一人減らした一行は、峠を下りるなり王国軍と遭遇した。

 正確には捕獲された。

「私は、ゴンドーヌ共和国元法務官にして英雄、モルグ・武神・バートレットの次男、タカシ・バートレットだ」

 何度めかになる名乗りをあげた。

 場所は、天幕の中。

 動物の皮で作られたテントと言えばいいか。しかし、テントというには広い。立って歩けるだけでなく、布で仕切って部屋を作れるほど。今も、タカシを中心に七名という数の大男に囲まれているが、部屋には余裕がある。

 捕まった後、兵士に、小隊長に、百人隊長にと同じ名乗りを繰り返してきて、おそらく最後と思われる場所がここだった。。

「貴官の包囲する街へ、かつて捕えられていた姉と妹を奪還すべく潜入したが、脱出中途において追撃に合い、私と姉ニナの二人は逃れるも、兄と妹は捕獲され、かの地においていまだ屈辱を味わっている」

 のどがかわいてしょうがない。というか、声を出すのも必死だ。背後にいるはずのニナの気配さえ感じることができない。

「以上を父に伝え、すぐさま貴国へ引き返した次第。連れの兵は武神の私兵、ゴンドーヌの関与を疑われんために身分をあらわすすべてを捨てて来た従僕。即刻の開放を要求する」

 声が裏返らないだけマシだ。タカシは自棄になりそうな自分を、必死で抑えていた。

 なんといっても七人だ。それも、誰一人とっても将軍を名乗れるくらいの強面で、体格もターミネーターどころではなく、ほとんど筋肉の壁だ。幾多の戦塵を潜り抜けてきたのだろう、その威圧感は凄まじく、まともに目も合わせられない。ヤクザの事務所でモンモンの入ったおじさんに囲まれるより、確実に怖いはずだ。

 タカシが差し出した身分証と通行証、それに関所の隊長に書いてもらった手紙へ一通り目を通し、中央に座る王国軍司令官と思われる男は言った。

「たしかに本物だ。大きさ、厚さ、紙も、インクも、字体も、印章も」

 パスポート並みの規定があるのか。タカシは愕然となった。偽物を作ろうと一時考えた己れの短慮が情けない。

 それにしても、数秒で身分証の真偽を鑑定するこの男は、いったい・・・・・・?

「タカシ殿」

 司令官は若い。体こそ周囲の男と比べ遜色のない威容だが、若々しい顔を見るに二十歳前後としか思えない、男たちの中では飛びぬけた若さだ。彼からは威圧感は感じないし、声はおだやかで表情もなごやかだった。

「国境を越えられたのは、二人の女性の救出のためだった、と」

「はい」

「しかし、警備隊の記録では」

「反乱軍の間近です」

 本当のことは言えません、と言いたいのだが、本当は違うのだから言葉につまる。

 『嘘』が簡単に通用する時は気持ちいいが、通用するのかどうかあやしい上に、バレれば二秒で殺される、そんな雰囲気では地獄にいるような苦しみを味わう。これが、嘘というものか、とタカシは物事の一面しか見ていなかったことを自省した。

 できるのなら、全部本当のことをぶちまけたいというのが、本当の気持ち。

「街にも潜入したとか」

「住民の協力により。かの街の住民は反乱軍に反感を抱いています。ただ軟禁状態のため抵抗できずにいる。こちらから人を送り決起させることは容易いことと」

「無茶を言う。扇動するには手間と暇がかかる。武神の子の提言とも思えないな」

 周囲から嘲弄する笑い声。

 タカシは胸を張っていた。

 そんなことわかっている。笑われるのは覚悟の上だ。それでも、住民が反乱軍に与していないという情報は、しっかり伝えておかなければならない。

「住民の意思はいまだ貴国の国民、彼らに叛意はない」

「知り合いでもいるのか?まあ、考えてはおく。それより」

 司令官の口元から微笑が消えた。

「調べたところ、あの街の記録官にメッシという名前があった。なにか聞いていないか?」

 タカシは内心舌を巻いた。反乱を予期した情報収集能力を舐めてはいなかったが、すでにそこまで内情を調べ尽くしているとは、予想以上だ。

「あの街における、兵の実質的指揮官だと、聞きました」

「やはり、レイナルト・メッシ。あの蛇が相手となると、攻城戦は面倒だな」

 司令官のつぶやきに、何人かが同意している。

 そんなに凄いやつだったのか?蛇、たしかに言いえて妙だ。あの冷たい目、レナートと並べばデブとヤセの蛇コンビ。

 伝えたいことは伝えたろうか?タカシは自分の発言を振り返り、言い忘れたことがないか考えた。忘れ物はないと何度確認しても、不安で不安でしかたない。

「では、タカシ殿。後で街の内部について詳しく話を聞かせてほしい。陣幕を一つ用意するので、長旅の疲れを癒すといい」

「私は」

 タカシは唇を噛んだ。また、笑われるのだろうと予測できた。

「私は、微力を貴国へお貸しするために来ました。兄と妹の奪還のためにも、ぜひ前線に立たせていただきたい」

 吹き出した者が二、三人、それ以外の顔にも嘲笑が浮かんでいる。

 わかっている。たかが二十人程度の兵士、それも彼らから見て明らかに子供と思われる年齢の指揮官。微力と謙遜しても、お貸しする、など厚かましいのを通り越して狂気の言だ。微力どころか無力、人間の喧嘩に昆虫が加勢するようなものなのだから。

 しかし、不思議と、司令官の顔にはやさしい笑みが浮かんでいた。

「仲のよい兄弟なのだな」

 あらためて見ると、この司令官、なかなか格好いい。この顔でやさしく微笑んだら、きっと女は一撃で必殺だ。

「後ろにいるのは、姉だったな。そんなに気色ばるな。弟を傷つけるような真似はしない。この話、なにか裏があるようだが、武神の子に手を出す度胸は、私にはないよ」

 タカシの心臓がはねあがった。バレてるのか!?

「タカシ殿、誉れ高き武神の子である貴君の参戦は、幾千の兵が味方するに匹敵しよう。これを心から歓迎するものである」

 思いもかけない柔らかな語り口で、司令官はお世辞を披露していた。

 皮肉と受け取ったらしい何人かの男がまた吹き出していた。

「あの、前線には・・・・・・」

「今はまだ穴掘りの段階だ。タカシ殿に木こりの真似ごとをさせるわけにもいくまい」

「しかしッ」

「どうしてもというなら、好きになされるがよかろう」

 また笑い声が聞こえた。くそ、とタカシが拳を握る。彼にしては珍しく、恥ずかしいのを通り越して腹が立っていた。

「それと、タカシ殿」

「・・・・・・はい」

「戦場は初めてか?」

 意外な質問に、答えが遅れた。

「・・・・・・はい」

「緊張するのもわかるが、我々は初対面だ。この国では、初対面では、お互いが名乗りあう」

「はい」

「しかし、きみは私が名乗る暇も与えてくれなかった。もう少し、肩の力を抜いた方がいい」

 完全に舐められている。くそ、僕だってお前くらいの歳になれば・・・・・・

 そこまで考えて、タカシはがっくりきた。

 二十歳で一軍の将になれるだろうか?僕には無理だ。二十人の雑兵の指揮官という立場でさえ、借り物にすぎないのに。リョウやニナならやれそうだけど。

「私の名はジークという。長ったらしい姓もあるが、気楽にジークと呼んでくれ」

 他の指揮官たちの名乗りは、タカシには聞こえていなかった。

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