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国境を越えて

 別れを惜しむように、ニナとソナラが抱擁している。

 それを横目に見ながら、タカシは腰にカタナを差した。

 リョウの長刀だ。

「俺がいなくて大丈夫か?」

 リョウは心配げだ。

 タカシとしても、リョウがついてきてくれた方が心強い。が、モルグの息子を自称する男二人ともを手放す気は、レナートにはないようだ。必ず戻ってくるから、と説得の末、ニナを連れて行くことを了承させるので精一杯だった。

「まるで戦争だ」

 タカシは着慣れない胸当てをつまんだ。

「僕の領分じゃないのに」

「本物の戦争だろうが」

「剣、ありがと。でも、大丈夫?」

「お前には、まだ人は斬れない。なら、剣より刃を潰した棒切れの方が役に立つ。俺は、ワキザシがあるからな」

 腰の短い方の剣を見せて、リョウは笑った。

 タカシは真剣な表情を崩さない。

「リョウは、ソナラを護ってあげて。必ず、戻るから」

 リョウは笑ってタカシの肩を叩いた。

「安心しろ。お前の彼女は必ず護る」

「か、彼女だなんて」

「死ぬなよ。ニナだって悲しむ」

「・・・・・・ニナを死なせるなよ、って言うべきじゃない?ここは。それが言葉のキャッチボールってやつだ」

「ばーか。あの女は、殺しても死なねぇよ」

「ほう、なら試しにいっぺん殺してみるか?」

「冗談じゃねぇ。血ぃ流しながら笑って反撃してくるぜ、あの馬鹿力女」

 言ってから、ベタな自分の失敗に気付いた。

 リョウはできるかぎり平静な顔つきで振り向き、睨みつけてくる夜叉のごとき美貌へ笑いかけた。

「も、もういいのか、ソソソソナラとのお別れハガッ」

 リョウをぶん殴った手を振りふり、ニナがにんまり恐ろしげな笑みを浮かべる。

「なんだよ、俺ばっかり無茶苦茶に言われて、たまになんか言ったらこれかよ」

「お前に言われたことが腹立つ」

「ふざけんな!」

 二人のじゃれあいを見て笑うタカシに、ソナラがソッと背後から言った。

「ニナちゃんね、好きな人いじめるの好きなの」

 それってサドってこと?とソナラ相手に聞くわけにもいかず、タカシはただ笑っていた。



 街は包囲されていたが、まだ完全な包囲網ではない。柵や堀によって街を取り囲むには、一日は短かすぎる。

 その包囲網の隙間を、タカシとニナを先頭に一小隊二十人の兵が続いた。

 必ず戻るという言葉を、レナートはともかくメッシは信用していないようだった。それで結局、交渉で得られた兵は二十人。これでなにができるのかと、タカシは不安になる。一応、全員馬に乗れる者ばかりだが、今は徒歩だ。

 敵軍の後方を大きく迂回し、街道ではなく、山奥の村の者が狩りなどで使う途切れ途切れの細道を登っていく。

 ほとんど明け方に着いた村は、無人だった。

 争いを察知した村の人は、山の中へ逃れたのだろう。ニナが言うには、元々山を住処にする放浪の民、心配はないとのことだ。

 全員空き家で一眠りする。村の者が使う小道はせいぜい麓まで、その後は国境まで深い森と山を踏破しなければならない。

 ニナは、ババのいなくなった小屋で、カビたパンを手に取った。

「寝よう、ニナ」

 タカシは、ここへ来た夜と同様に、小屋の隅に丸くなった。その様がおかしくて、ニナはくつくつと笑った。

「ババの部屋のベッドを使えばいいのに」

「ババに悪いよ」

「そんなこと」

 そしてふと思いついたように、にやりと笑う。

「私の部屋にはソナラのベッドがある。そっちを使うか?」

 タカシはガバと飛び起きた。

「そそッ、そんな、ソナラのベッドなんて」

「ソナラが嫌いか?」

「きッ、嫌いじゃないよ」

「もちろん、私と相部屋だ」

 タカシの目の前が暗くなる。

「と、ととととんでもない」

 中学の修学旅行でさえ、女子の部屋へ遊びに行く級友をただ見送った臆病なタカシだ。

「女の子と一緒の部屋で寝るなんて」

「そうか、とんでもないか」

 ニナはつまらなそうな顔を、作った。

「私と相部屋ではタカシに失礼かな?」

「そそそそそういう意味じゃないよ」

「では、どういう意味かな?」

 静かな声で少しずつ攻めてくる。

 間違いないよ、ソナラ、きみは正しい。ニナはサドだ。

「私たちは、姉と弟ではなかったかな?同じ部屋で寝るのは普通だろう。同じベッドでだって」

「やめてよ、眠れなくなる!」

 タカシの悲鳴にニナはけたけた笑った。

「それは困るな、わかった、許してやる」

 あれ?

 タカシは違和感を感じた。

 今まで気にしてなかったけど、この小屋にいるとわかる。

 村を出るまで、ニナの笑顔を見た記憶がない。だからだろう、この小屋とニナの笑顔はそぐわない気がする。

 きっと違う。今のニナが本来のニナだ。タカシやリョウに、親しく話しかけてくれる表情こそが。

 なんとなく元気が出てきた。と同時に、嬉しさで、やっぱり眠れそうにない、と思った。



 二日をかけて密かに国境を越えた頃には、タカシは疲労困憊だった。ほとんど昼夜を問わず森の中を踏破したのだ。タカシの人生で、入学直後の恒例行事四十キロマラソン大会に匹敵する大苦行だった。もちろん、大会では全行程走らず歩ききった。

 考えてみれば、僕も鍛えられたなあ。再び感慨が寄せる。今なら、マラソン大会で一位になれる気がする。

 あ、駄目だ。リョウがいる・・・・・・

 ともあれ、タカシはゴンドーヌ共和国、モルグのいる国に帰ってきた。

 ゴンドーヌ側の街道へ出る前に、剣以外の装備一式を捨てた。兵は渋っていたが、ローデシア兵がこちらの国にいるのがバレれば、捕まるのは目に見えている。それに、タカシの思案もある。

 一行は街道へ出るや、一路、南へ転進した。

「武神に会うのでは?」

 という兵士に、タカシが説明した。

「連絡は取ったよ。ゴンドーヌでの通信方法を、貴国の兵に知られるわけにはいかないから、悪いけどこっそりと」

 兵士は複雑な顔で引き下がった。

 さあ、一世一代の大芝居の始まりだ。タカシは、街道の向こうに国境の関所を見据えて、思った。この大芝居、いつまで続けられるのか?いや、やり続けないといけない。

 僕は、必ず戻る。

 ほんの数日前に通った関所が、大きく禍々しいものに見える。

 タカシは、朝方国境を越えて出てきたばかりのローデシア王国へ、正規の道から戻った。

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