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彼の初めてのタイマン

 レナートは、同じ部屋で食事中だった。

 時間的に早いな、と思って聞くと、金持ちは一日三食らしい。

 どこの世界でも金持ちが贅沢するというのは同じだ。彼の前にある皿の量、食事の量、そしてあぶらの量、見るだけで胸がむかつく豪勢な代物だった。

「なんの用だ」

 丸ごと焼いた中型の鳥を切り分けながら、レナートは不満そうに言った。食事を邪魔されるのが気に入らないのか、ちまちま切り分けるのが面倒なのかわからない。

「話があるんですが」

「いま忙しい」

「時間がないので単刀直入に。今のままでは破滅ですよ」

 レナートの鼻が笑っていた。

「小僧が、なにを言いにきたかと思えば」

「数ヶ月は安全。そう思っているでしょう?」

 レナートの手が止まった。

 タカシは笑顔を作った。歪んだ表情を作るのも、だいぶ慣れてきたのだろう、レナートはその笑顔になにかを見たようで、真剣味を帯びた目がすいと細まった。

「話せ」

「ローデシア王国軍にとって最も効率的な戦法です」

 ようやく椅子に座ることを許されて、タカシはゆっくりと腰を落とした。時と場合によっては、不自然なほど緩慢な動作は自分の心を覆い隠す仕種になる。とモルグに聞いた。

「反乱を予期した優秀な情報力で、反乱軍のトップ、背後の黒幕ではなく現場の司令官ですが、その居場所を探り、全力でもって叩き潰す。司令官のいる街か砦か、それは知りませんが、今頃は王国軍が総力でもって攻撃しているでしょうね」

「攻城戦は時間がかかるぞ」

「だから数ヶ月、です。しかし、実際にはもっと早いと思いますよ。危険な国境から兵力を割くような真似をしているのですから、王国軍も必死でしょうね」

「それで?」

 レナートが食事を再開するのを無視して、タカシは続けた。

「司令官の砦が陥落すれば、次は他の雑魚だ」

 雑魚。それがこの街をも意味していることに気付いて、肥えた腹が痙攣した。あんなところにも神経が走ってるのか。

「わしも、雑魚かね?」

「レナート卿ご本人ではありませんよ」

 言い過ぎた、と反省しながら愛想笑いを浮かべてみる。

 タカシがリョウへ「楽観できる」 と言ったその意味。

 王国軍からすれば、まず頭を全力で潰すのが効率のうえでも被害を抑えるためにも必要不可欠だ。全反乱軍に対しての同時攻撃ではなく、一点突破で一つずつ潰していく。それも、最初に頭を潰せば、あとは戦意を失った敵ばかり、中には戦わずして降伏する者だっている。

 おそらく、目の前で料理をむさぼるこの男も、そのうちの一人だ。

 司令官のいないこの街は後回しにされる。国境から南下してきた軍は、とりあえず反乱軍を逃がさないための押さえにすぎない。そのことを、この男は理解しているはずだ。だから、こんなに悠長にメシが食える。篭城の期間も読んでいるから、食料の備蓄も気にする必要はない。

「しかし」

 タカシは無駄な沈黙を挟んで、軽く首を振った。

「甘い観測としか言いようがありませんね」

 また食事の手が止まった。若造にいいように言われて腹を立てたのか。

「甘いか」

「何ヶ月も、街を包囲したまま待つと思いますか?」

「国境から来た王国軍は一軍一万二千。街を落とすにはちと少なすぎるな」

「ええ、そうですね、少なすぎます」

 タカシが両手を組んでテーブルへ置くと、一瞬だけレナートの視線がその拳を追った。

 無関心を装いながら、その実、興味をそそられているらしい。わかりやすい男だ。

「ローデシアとゴンドーヌとの間でどのような密約があったか知りませんが」

 タカシはレナートを観察する。

 よく観察しろ。散々言われた。表情、仕種、髪の揺れまで見て心を見通せ。

 もっとも、モルグに教わったのは、人と楽しく会話するための会話術、だったが、応用できるはずだ。

「ゴンドーヌ内の、反乱反対派、とでも言いますか、親ローデシア派と言いますか。隣国があなた方との約定を破ったのは、その者たちが今回政争に勝ったからでしょうね」

「隣国の政争など関心はない」

「おおいに関係があります。親ローデシアというか、まあ穏健派と言いますか、その筆頭が私の父、武神モルグであることは、あなたもご存知のはずだ」

 大嘘だ。

「なにがいいたい」

「だから、密約には必ず、この一項があるはずです」

 タカシの突き出した人差し指に視線が集まった。なんだか気恥ずかしい。

「武神の子の捜索と救出」

「そんなこと、わかっておる。だから、お前らがこの街にいると知らせれば・・・・・・」

「一万二千は少なくないですか?山の中、深い森、谷の底を捜索するには」

 数字を具体的に聞いたのは、初めてだ。その数字が多いのか少ないのか、ちょっとわからない。寝る前にモルグに聞いた戦記物語の人数と同じ、まるで想像できない数。

「四人の男女を捜索し、なおかつ街を一つ包囲し持久戦に持ち込むには、少なすぎますよね」

 レナートの食事は完全に止まっていた。

 一生懸命考えているらしいが、見ていると、永遠に答えは出ないように思えた。

 管理官っていうのは、この程度の男でもできる仕事なのか?ローデシアの圧政とか言ってたけど、この街での失政はレナートが原因なのでは・・・・・・

「一万二千は確かに、反乱軍を街に釘付けにするためのものでしょうね」

「じゃあ、なんだ、捜索は・・・・・・」

「しますよ。街を落としてから」

「しかし・・・・・・」

「おそらく、南方から十分な大軍が向かってきているでしょう。彼らとしては、私たち四人が戦乱を恐れて山に隠れているより、街の中で人質にでもなっていてくれた方が、ありがたいでしょうね。のべつまくなく皆殺しにしてから、本人の死体を捜索し、『急いだのですが間に合わず、反乱軍に殺されていました』 と泣いてみせればいいんです。『ご子息を殺害した反乱軍は街の住民もろとも全滅させました』と」

 レナートの丸い顔に汗がわいた。

「しかし、武神の子がここにいるとは・・・・・・」

「ニナやソナラが滞在していた村の場所ははっきりしていますし、国境には私とリョウの通行記録が残っている。当たりをつけるとすれば、この辺り一帯しかない。邪魔な反乱軍はさっさと片付けて、それからゆっくり捜索すればいい、運がよければ街で死んでいてくれる。彼らはそう考えるのでは?」

 レナートが、ちらりと部屋に詰める兵士を見た。

 なんだ?今の視線の意味は?タカシは必死になって考えた。

「今のうちに降伏することをお勧めします」

「無理だッ」

 意外な大声に、タカシは思わずのけぞった。

「今の時点での降伏なぞ、許してはくれぬ。そういう男だ」

 ピンときた。メッシのことだ。

 あの冷たい目を思い出すと、背筋が凍る。おまけに、ソナラの服を破く乱暴な手口。そして、リョウが敵視するほどの強さ。

 しかたない。パターンBだ。

「ならば、勝つしかない」

「勝つ?」

「一度でも一万二千の軍に勝って見せ、隙を作って逃げ出すしかないでしょう」

「無理だ」

 レナートの声には絶望が濃い。

「街の軍は五千足らず。街の男たちを入れてもせいぜい一万越えるかどうか。半分素人の軍勢で正規軍と戦えるものか。こちらには、まともな数の騎兵もいないのだ」

 騎兵か。タカシは知識の奥から騎兵の文字を引っ張り出した。

 騎馬だけで構成される部隊。馬による機動力と突撃力は、歩兵とは比べ物にならない。単純比で、歩兵戦力二十に対して騎兵一といわれている。らしい。

「勝てます」

 自信たっぷりに言い放った。たぶん、人生で最大の自信だ。嘘だけど。

「どうやって」

「まず、私がゴンドーヌへ入り、父と接触」

「ゴンドーヌは動かぬ」

「先ほど、言いましたね。危険な国境から兵力をローデシアは割いた、と」

 レナートがうなずくのを待って、タカシは笑った。

「今の戦力なら、乱心を装った武神の手配だけで突破可能です。あとは、街の外で武神の軍と我々とで敵を挟撃、撃破、一路ゴンドーヌへ逃れて再起を待つ。いかがか?」

 レナートの目に生気がやどった。

 タカシは心の中で会心のガッツポーズを決めた。

「・・・・・・なぜ、我々に味方する?」

「私たちの命もかかっているからです」

「・・・・・・感謝する、武神の子息」

「モルグ・武神・バートレット直伝の戦略をご披露しますよ」

 タカシは、内心で舌を出した。

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