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山奥の村

 ニナの先導で峠を越えた。

 男たちから逃げている時は余裕などなかったが、街道の木々の開けた場所で見渡すと、山々の連なりの真っ黒な影が遠望できて、それなりに目を楽しませることができた。昼間の太陽の下でなら、もっと美しい景色を堪能できるに違いない。

 峠の頂点を過ぎて下りに差しかかった頃、ニナは街道を逸れて小道へと入った。

 街道は、廃れているとはいえ形式上国家が管理している体裁なので、最低限の整備はされている。が、ニナの入った小道は、頻繁に往来があるようではあるが、険しい上に滑落した場所も未整備で、まるでアスレチックだった。

 さきほどからずっと黙り込んでいるリョウに代わって、タカシが汗を流しながら言った。

「そういうわけだから、さ、ニナさん、モルグに言われた通り、賊の類いに出会ったらいつも逃げてきたんだ。今度も逃げ切れるようなら逃げ切るつもりだったけど、あいつらはしつこくて、しかたなくリョウは戦ったんだ」

「飢えた難民だ。必死なのだからしつこくもなる。あの男、逃げろと言ったのか?」

「あの男って、モルグのこと?他に選択肢がある時は、けして戦ってはならない、って」

「それは逃げろという意味じゃない。強気を見せて剣を一振りすれば、腰が引ける相手もいる。食い物を分けてやれば、争わずにすむ時もある」

「わかってるよ」

 タカシはむくれた顔で抗議した。

「だけど限界があるんだ。あんなにしょっちゅう盗賊に会うなんて思ってもいなかった」

「賊というより、ただの追い剥ぎだろう。やりようはいくらでもある」

「無茶だよ、この世界に来てまだ一年も経ってないんだ・・・・・・」

 後半は小声の愚痴だった。言ってもわかってもらえないだろう。

 口を尖らせているタカシを肩ごしに見やり、ニナはふと思いついたという調子で訊ねた。

「戦わなかったと言っていたが、もしかして、リョウは実戦が初めてなのか?」

「そうだよ、文句あっか」

 ようやく開いたリョウの口が、ぶっきらぼうに吐き捨てた。

 剣道の試合と喧嘩なら、腐るほどやってきた。が、実剣での実戦は初めてだ。

 ニナは立ち止まってマジマジとリョウを見つめた。美貌に照れたか目が怖いのか、睨まれた方は気圧されたように身をのけぞらせている。

「な、なんだよ」

「カタナを見せてみろ」

「あ?」

「カタナだ。自分の剣の名前も知らないのか?」

 しばらく逡巡して、リョウは長い方の剣を差し出した。

 すらり、と抜いてやいばを立て、星明りに照らすようにしたニナが、苦笑して刃を撫でた。

「刃引きしたのはあの男か?」

 優美に伸びる刀身の刃は、すべて潰れていた。

「あの男らしい」

「これじゃ腕一本たたっ斬ることもできねぇ。殴るしかないだろ」

 さっきの批判への反撃らしいが、「なら抜くな」 というニナの一言に沈黙した。

「己れの強さを知れ。相手の強さをはかれ。その二つができない犬は、誰が相手でも全力で吠えることしかできない、弱い犬だ」

 剣を投げ返して、ニナはさらに進んでいく。

 悔しさのためか、リョウの体が震えている。歳の変わらぬ女に好き放題言われて、しかし反論ができない。確かに彼女の言う通りなのだ。女を力ずくで黙らせる、というのも主義に反する。第一・・・・・・

 突然、目の前が開けた。広場だ。

 今まで坂道ばかり、それもほとんど登りだったせいで、体の平衡感覚が狂っているのか、平坦な地面が下り坂のように感じる。

 ざっと見回しただけで五、六軒の家屋が見える。実際にはもっとあるだろう。

 その集落は、山のど真ん中にあった。



 小屋の一軒へ入ると、暖かい空気が全身を包んで、あらためて外気の冷たさを思い出させた。峠の登り坂とアスレチックもどきの小道を踏破してきた結果、全身から湯気が出るほど体温が上がっている。

 リョウなど大急ぎでマント代わりのボロ布をひっぺがし、皮の短衣も脱いで麻の服の下へ空気を流し込んでいる。

 とりあえず荷物を部屋の隅に置いて、タカシは観察した。

 真ん中に木のテーブル、椅子は三脚。壁は三方が木で組まれ、一面だけが石組みだ。そこに荒々しい石組みの暖炉があって、横に薪が積まれている。少し離れた場所に木の棚があり、食器や鍋類が整理整頓されていた。やはり、食器の数も三が基本のようだ。奥にドアが二つ並んでいて、左側のドアを開けて、ニナがなにか言っている。

 リョウは早くも我が家のような気楽さで椅子に腰掛け、ぼんやりと暖炉の火を眺めていた。

 木組みの小屋の中で火を扱うことがどれほど危険か、タカシはこの世界で教えられた。だから、暖炉に火を残したままニナが小屋を離れたとは思えない。誰かがニナや二人のために火を起こしておいてくれたのだろうし、それは、今ニナが話している相手なのだろう。この火は親切心から点じられたものに違いない。

 静かにドアを閉じて、ニナはゆっくりと戻ってきた。それが、足音を立てないように、という配慮だということは、タカシにはわかった。

「大きな声を出すなよ、リョウ。二人が眠ってる」

「なんで俺だけ」

「しッ。お前は地声が大きい」

「二人って」 タカシがすかさずリョウの二の句を遮った。「誰です。ニナさんと、ソナラさん、もう一人は?」

 聞いていた名前はその二つだけだ。

「面倒を見てくれるババだ」

 言ってから、ニナは少し身を乗り出した。声を低めるためらしい。

「手紙には、お前たちを寄越すとしか書いていなかった。私になんの用だ」

 タカシとリョウが顔を見合わせ、お互い首をかしげる。

 さっきも手紙と言っていた。妙だな。

 タカシが、背負い袋を取ってきて(足音には注意した)中から手紙を取り出した。

 それは大きく巻いた一枚の紙だ。この世界の紙は質が悪く、折れば割れるしきつく巻くこともできない。

「手紙を預かってきたんですけど・・・・・・変だな。手紙のやり取りがあるなら、わざわざ僕らが持ってくる必要なんてないのに」

「・・・・・・あの男らしい。言っておくが、やり取りなどしていない。向こうが一方的に送ってくるだけだ」

 ニナは吐き捨てるように言って、手紙の中身にざっと目を通した。

「お前たち、この手紙、読んでないのか?」

「人の手紙盗み見る趣味はねぇ」

 リョウがぶすっとして言うので、ニナは美しい唇に皮肉な笑みを浮かべた。

「その程度の礼儀は知っていたか」

「なんて書いてあるんです」

 またもリョウの爆発前にタカシが前のめりになった。

「要約すれば、帰ってこい、だ」

 タカシが目を瞬く。

「帰る?どこに?」

「あの馬鹿親父のところに決まってる」

 タカシの目がまん丸に開いた。

 オヤジ?親子?そんなこと、聞いていない。

「あの男らしい。手紙でいくら書いても埒があかないからと、お前たちを説得要員として送り込んだのだろう?自分で説得しに来る勇気もなしに、他人任せにする臆病者だ」

「よくわかんねぇけどよ」

 リョウの低い声に、タカシがヤバイと察して手を伸ばした。が、遅かった。

「モルグのおっさんのこと、悪く言うやつぁ許せねぇ!」

 慌ててタカシが友人の口を塞ぎ、ニナはしばらく大声の発生地点を睨んでいた。やがて、彼女はゆっくりと背後を振り返る。

 右側のドアが開き、眠そうな目をこする少女が現れた。歳の頃はタカシたちと同じか。

「ニナちゃん、だーれー?」

 びっくりするほどニナとそっくり、瓜二つの顔がそこにあった。

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