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英雄の子供たち

 体を揺すられて、タカシは目を覚ました。

 ニナの常にない焦燥の表情に出くわして、思わずのけぞる。

「ソナラがいない」

 ニナは一声言った。

「監視がいて探しにもいけない。もしかしたら、兵士に弄ばれて・・・・・・」

 タカシははねるように体を起こした。眠気は吹っ飛んでいる。

 いつも身につけている短剣を掴んで、リョウの名を呼び、すぐに気付いた。

 彼もいない。

「リョウは?」

「知らない。私が来た時にはいなかった」

 夢うつつで聞いた友人の声を探った。

 おい、タカシ、あれ、ソナラじゃねぇか?

 タカシは一気に体の力を抜いた。

「大丈夫だ、リョウがついてる」

「リョウと一緒なのか?あの変態色欲魔と!」

「・・・・・・段々ひどくなるね」

 タカシは苦笑した。

「わかってるでしょ。リョウは馬鹿な真似はしないし、そばにいれば誰からも護ってくれる男だ。今、この街の中で一番安全なところに、ソナラはいる」

 それは極端な言い方だ。多数に無勢なら、当然リョウも敗れる。ただ、タカシは友人を信頼しきっていた。

 しばらく考えて、ニナはタカシの一部の主張は認めたようだ。

「まあ、確かに、あの男にソナラを襲う度胸はない」

「ニナ、なにかリョウに恨みでもあるの?」

「ん?別に」

 さらりと言ってニナはタカシの隣へ腰かけた。気分が落ち着いて脱力した様子だ。

 タカシは焦った。ここはベッドなのだ。無防備に隣に座られると、変な気になる。

「そうか、ソナラは、ルウオに会いにいったのかもしれないな」

 ちょっと考えて言うニナに、タカシは首をかしげた。

「ルウオ?」

「昼間、メッシに服をやぶられた時、あの子、悲鳴をあげたでしょ。それを聞いて、ルウオが来てるのかもしれない」

「聞いて、って、聞こえるわけないじゃないか、あんな声」

「アケイオデスの五感は鋭いが、中でもルウオは特別だ。ソナラの声を、どんなに遠くても聞きつける」

 街中での一つの悲鳴を、山の中で聞きつけた?それはもはや、感覚が鋭いとかいうレベルの話ではない。超能力だ。

「ルウオは、色も黒いし、体も特別に小さい。だからだろうな、よくソナラになついてる」

「黒いのは普通じゃないの?」

「ああ、暗い青や緑が一般的だな。体も、あの大きさでは赤ん坊と変わらない。この後、どう成長するのかわからないが、少なくともそこらのアケイオデスほどの大きさにはならないだろう」

 ふうん、とタカシは唸った。突然変異かなにかだろうか。ルウオも、欠損者なのか。

「邪魔したな。疲れてるところを」

「あ、待って、ニナ」

 出て行こうとするニナを呼び止めて、タカシは言った。

「聞きたいことがあるんだ」

 ニナはしばらくタカシを見つめ、そうか、とうなずいた。

「・・・・・・あの男のことだろう?モルグ・バートレットの」

「昼間はわかったフリして乗り切ったけど、けっきく何一つわからない。なんなんだい、武神っていうのは?」

「あのくそ親父の別名だ」

 ニナの顔に憂鬱な色が差す。

「北方の大国ゴンドーヌ共和国の英雄、元法務官モルグ・武神・バートレット」

 他人が言うのとニナから聞くのでは、衝撃の度合いが違う。タカシはのけぞって驚いた。想像もしていなかった言葉に頭を殴られた気分だ。

「法務官!?」

 ゴンドーヌの政治家としてはトップ3に入る役職。戦時でなくとも一軍を指揮する権利を有し、様々な決定権を握る軍事上のナンバー2。

「聞いてない、いや、ありえないよ。だって、だって」

 そんな人間が一年近くも辺境でタカシたちと暮らしてきた?ありえない。確かに凄い人物だとは思ったが、暮らしは質素だし細々とよく働くし、偉ぶったところだってない。ぱっと見はただのおじさんなのに。

「じゃあ、僕らがモルグの息子だっていうのは・・・・・・」

「通行証に書いてあったそうだが?お前、字は読めないのか?」

 字は覚えたが、身分証や通行証の飾り文字はまだ判読できない。国境を越える時に使った通行証に、そんなことが書いてあったとは。

「私も聞きたいな。あの管理官が以前から私とソナラの素性を知っていたというのは、本当なのか?」

「それは、そうだと思うよ。あのタイミングで素性を知られていたのなら、以前からバレてたとしか思えない」

「そうか・・・・・・」

 タカシが言うのだから、本当だろう。ニナ自身もそう思っていたが、彼女は、感情的に認めたくはなかったのだ。

 完全に正体を隠しおおせていると思っていた、自分の不甲斐なさ。

「ソナラの焼印は」

 ふと、思い出したようにニナは言った。

「私の目の前で押された」

「え・・・・・・」

「泣き叫ぶあの子を何人もの大人が押さえて、私は助け出したかったのに、へぼ親父に押さえられてた。肉の焼ける音、煙、臭い」

 ニナの両手が静かに彼女の顔を隠した。

「十二の時だ。周りの子より少し頭の成長が遅いというだけの理由で、ソナラの真っ白な肌は傷つけられた。馬鹿親父は、ただ黙って見ていた。その気になれば、法務官の権限でソナラを助けられたはずなのに、私の体を抱いて離さず、じっと見ていた」

 ニナの憤りがうつったように、タカシの体が震えた。

 モルグ、あんたは、父親だろう!?

「だから、私はあの男の元に戻るつもりはない。あいつは、自分のキャリアに傷がつくのを恐れたんだ。娘も救えない臆病な卑怯者だ。誰があいつを、父親と認めてやるか」

 血を吐くような独白というのは、これを言うのだろうと、タカシは思った。思ってから、ソナラの顔を思い出した。嬉しそうに言う言葉を。

 お父さんの匂いがする。

 きっと、ニナの心中だって恨みだけではないだろう。他者にはわからない、複雑な葛藤があるのに違いない。

「私はソナラを連れてこの国に逃げてきた。誰もあの子のことを知らないところへ。欠損者と指差す者のいないところへ。ゴンドーヌには、そんな場所はもうないから。なのに」

 けっきょく、護ってあげられなかった。隠し通しているという自信はただの自惚れだった。

 もしかしたら、武神モルグの娘でなければ、バレずにすんだかもしれない。ただの放浪者として扱われ、誰も見向きもしなかったかもしれない。

 そんなニナの心中を察して、タカシは拳を握った。

 昼間の大芝居は、自分としては、上出来、どころか人生最高の出来だったと思っていた。しかし、尊大な素振りで偉そうに並べ立てた言葉が、すぐ隣の女を傷つけていた。今さら、正体がバレたのはタカシたちの入国が原因だ、などという嘘は通用しない。彼は無神経に、彼女の無能をさらけ出してしまった。

「ニナ・・・・・・」

 タカシは心の中にモルグの顔を思い浮かべて訊ねた。

 手紙を送るためだけに僕たちをニナのとこへ送ったの?それとも、もっと違う理由があったの?いまこの時に、彼女を慰めるため?ねぇモルグ、なぜ僕たちを二人の娘と会わせたのさ?

 答えは、まだ、ない。

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