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恐竜と出会った少年・3

 藁の詰まった布袋の上で、タカシは全力で脱力してうつぶせに伏せていた。

 用意されたのは、レナートの居館から離れていない大きめの家屋だ。二階に部屋が三つもある上に、ベッドには藁詰め布袋がクッション代わりに置いてあった。この世界では布は高価なものだから、普通は藁むき出しか板敷きのベッドだ。賓客としての待遇は、勝ち得たようだ。

 しかし、その代償は大きかった。

 一世一代の大芝居だった。へとへとに疲れた。

「・・・・・・無理するからだ」

 窓枠に腰かけて外を眺めていたリョウが、口元に笑みを浮かべて、身動きしない友人を見た。

「ハッタリかまして脅しつけんのは俺の仕事だってのに」

「モルグに言ってよ。いかにも賢そうに偉ぶるのも、相手によっては効果があるって聞いたからさ」

「阿呆のふりをしろ、ってのも教わったろ?」

「うん、蔑まされても平気な鉄の面の皮を手に入れろ、って」

「俺は、そっちしか教わってねぇからなぁ」

 タカシは顔を上げて友人を見た。その頬は、生まれて初めて『邪悪な笑み』 を作ったせいで痙攣している。

「主導権を握れ、とか聞いてないの?」

「ちょっとは聞いた。けど、俺は荒事専門。剣で主導権を握る方法なら、いやってほど叩き込まれたけど」

「ふうん。前から思ってたけど、リョウと僕は、全然違うものを教わってたんだ」

「あのおっさん、いい教師になれるかもな?」

 くくッと笑う。

 人には資質があるのだろう。リョウはタカシと自分を見比べて思う。モルグはうまい具合に、二人の長所を伸ばしてくれた。短所をある程度カバーできるほどに。

 モルグと速成の木刀を手に打ち合った時、彼は言った。

 ――人には長所と短所がある。優れた戦士もまたしかりだ。力にすぐれている者、素早く動ける者、知恵を絞る狡猾さを持つ者、長所はそれぞれある。

 でも、おっさんには短所がねぇ、弱点が見つからねぇ、とリョウは悔しい思いで言ったものだ。彼から見て、モルグは戦士として完璧と思えたからだ。

 モルグは笑った。

 ――俺にだって短所はあるさ。ただ、すぐれた者は、戦士であれその他の者であれ、長所が短所をカバーする。だから一見完璧に見えるのさ。お前も、俺と同じ力量まで成長したら、俺の弱点をいくつも見つけることができるだろう。

 窓枠に腰かけるリョウは、ずいぶん昔のことのように思えるモルグとの特訓を思い出し、のどを鳴らして笑った。

 けっきょく、おっさんの弱点はわからずじまい。帰ったら、リベンジだ。

 ――お前の長所は、力じゃない。お前は、ここでは非力だ。だが、類いまれな長所がある。幼い頃から訓練したという、お前のその剣術、そして・・・・・・

 追想の途中で、リョウは窓枠に乗せた腰を浮かした。

 もう外は暗い。人通りも減り、通りは閑散としている。そこを走る、あの影。

「おい、タカシ、あれ、ソナラじゃねぇか?」

 リョウは友人を見やり、舌打ちした。友人は、昼間の、剣によってではない激闘の疲れから、すでに寝入っていた。

 やれやれ。リョウは肩をすくめる。

 起こすのも気が引ける。しかし、監視の目がある今の状況で、ソナラが一人通りを走っていくのは放っておけない。

 ドアから出たら見つかる、とリョウは考えて、二本の剣を掴むと、窓から屋根へ躍り上がった。



 ソナラは走っていた。

 遠くで彼女を求めて鳴く声が聞こえる。切なくて悲しくて、怒りに満ちた声。早く行かないといけない。そうしないと、きっと危ないことをする。

 腕をつかまれた。

 振り返り、小さな悲鳴を上げる。

 二人の兵士は、あからさまな害意を笑みに貼り付けて、言った。

「欠損者のくせに、俺たちから逃げられると思ったか?」

「早くヤッちまおうぜ。監視なんざどうでもいい、バレたところで、欠損者相手になにしてたってお咎めはねぇ」

 説明のセリフ、ありがとうよ。

 リョウは心の底から感謝しつつ背後から二人へ近寄り、ぶん殴った。一発ではKOできなかったので、こいつはタカシとニナの分だと思いながら、もう二発追加した。

 三発目はいらなかったようだが、まあ、おまけだ。ごつん。

「駄目だろ、ソナラ」

 地面にぺたんと座り込んだソナラへ手を貸し、リョウは笑った。

「こんな時間に外に出たら、なにされるかわかんねぇぞ。自分では気付いてねぇかもしんねぇけど、お前って美人なんだからさ」

 まったく、黙って見つめられたら変な気分になりそうな、そんな美人だ。彼女らを監視していたのであろう兵士が、ムラムラっときて、ひと気のないところまで彼女を尾行し、襲い掛かったのも、わからない話じゃない。

「さあ、帰ろうぜ」

「駄目」

 意外なことに、ソナラが反抗した。

「外に行くの」

「外って、街の外か?馬鹿言うなよ、門は閉まってるし」

「抜け穴」

「しかしな、俺たちは、よくわかんねぇけど微妙な立場らしいんだよ。ここで抜け出したりしたら、後々どうなるか・・・・・・」

「外、行かなきゃ」

 ソナラが必死な顔でリョウを見る。

 計算ではなく、てらいもなく、ただまっすぐ見つめてくる瞳に、リョウは弱い。いや、世の男でこの澄んだ瞳に見つめられて、断固としてノーを言える者がいるだろうか。いるとすれば、それは液体窒素が体に流れる冷血漢だと、リョウは思う。

 ・・・・・・液体窒素でいいんだよな?液体水素じゃないよな?

「しゃあねぇ。付き合ってやるよ」

 ソナラの頭をくしゃっと撫でると、彼女は少し嬉しそうな顔をした。

 なるべく影の中を移動して、リョウは進む。道は、ソナラに教えてもらった。

 外壁の抜け穴へ到達すると、兵士が歩哨に立っていた。昼間、同様の抜け穴から侵入した者がいたのだから、警戒して当然か。

 リョウは歩哨を瞬殺し、先にソナラが抜け穴を通るのを見守ってから、外壁を抜けた。

 穴は小さく、抜けるのに苦労した。

 壁の外は木々が伐採されていて、森までささやかな空間がある。

 星空を半分ほど覆う雲のせいで、視界はそれほどきかない。それでも、ソナラの明るい色の服は闇に浮かんで見えた。なにか、腰の辺りの空中を撫でている。

「おい、ソナラ」

 呼んだ時、キュアアとなにかの動物の鳴き声が聞こえた。

 ソナラの前に浮かぶ、真っ赤ななにか。

 口だ。牙だ。舌だ。

 順番に意識へ認識が追いついて行く。

 反射的に剣を抜いたリョウを、ソナラが「駄目ッ」 と制止した。

 闇に慣れた目が、徐々にそいつの輪郭を捉えていった。

 真っ黒な体躯の、小さな恐竜がそこにいた。

「ルウオ、めッ、でしょ。この人、お友達なんだから」

 キュアア、と、まるで抗議するようにそいつは鳴いた。

 なんだ、なにがなんなんだ。

 先日アケイオデスと遭遇した恐怖の体験を思い出し、リョウは固まっていた。

「ルウオ、怒ってるの。あたし、声あげちゃったから」

 声をあげた?それは、メッシに服を破られた時のことか?

「それ聞いて、この子、来てくれたの。でも、人に見られたら、この子、いじめられちゃうの」

 ああ、そうか、たしかに今すぐ必殺の一撃を送って三途の川に流したい。本能が叫んでいる。こいつは危険だ、と。

「でもね、でもね、この子、悪い子じゃないの」

 だがしかし、ああ、なんということか。ソナラの純真な瞳に見つめられると、そんな危機感など消えうせてしまう。そうか、悪い子じゃないんだな、ならいいか・・・・・・

「ねっ、リョウも、この子の友達になってあげて」

「ああ」

 不用意にうなずいてしまった。

「ルウオ、あーん」

 恐怖の儀式を、リョウは立派にこなした。涙を浮かべながら。

 リョウは思うのだ。男は女の前では蛮勇を・・・・・・

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