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欠損者の烙印

「私が先に剣を引こう」

 メッシが提案した。

「君たちも、ここで命を落とすのは本意ではあるまい」

 その笑顔には、先に剣を引いても生き延びることができるという自信が窺えた。

 タカシが、言った。

「二人とも、引いて。じゃないと、みんな死ぬ」

 リョウは舌打ちして短い方のカタナを鞘へとおさめ、ニナはタカシを睨んだ。

「ニナ、感情的になったら駄目だよ」

「ソナラが」

「ソナラなら平気さ。ね、ソナラ?」

 うんとうなずいてくれるのを期待して、ソナラへ訊ねた。

 ソナラは、背後から抱きついて背中を隠そうとするタカシを見て、小さくうなずいた。

「あた、あたしは、平気だから、ニナちゃん」

 混乱している顔は泣き濡れていたが、タカシの必死の形相が通じたのか、彼女はそう言ってくれた。言ってから、顔を膝に埋めた。

 ニナの体が震える。

 彼女が剣を引いたのは、しばらくしてからだった。

「剣を持たせておくからだ」

 レナートの不満な声に、メッシは「申し訳ありません」 と軽く頭を下げただけで、武器の回収も命じずに己れの剣をおさめた。

「しかし、客人ですからね」

「客人だと?」

 ニナが怒鳴るようにして言った。

「客に対して、いきなり服をやぶるのが、ローデシアの礼儀か」

「欠損者は客のうちに入りませんよ」

 メッシが、タカシの体を蹴飛ばした。

 あらわになるソナラの右肩の後ろに、あざが見えた。

 いや、あざではない。黒い傷跡、あれは、牛や豚の肌に押されているのを見たことがある。タカシは今度こそ本心からの怒りにハラワタが煮えくり返った。

 途中で途切れている、不完全な丸の印。

 見たのは初めてだ。モルグは言っていた。

 ――円は完璧をあらわす。それに対して、途中で途切れている円ではないものは、不完全をあらわす。欠損者に与えられる焼印、それは不完全な円だ。

 感情がざわめく。怒りが、腹の底を熱くする。

 欠損者という言葉に、前日のニナの苦々しい口調を思い出す。ソナラが欠損者。欠落している者だって?そして、熱く焼いた鉄を肌に押し当てたというのか!

「なんで、こんなことを」

 ニナが呻くように言うと、メッシは肩をすくめて、レナートを顎で差した。

「そういう趣味の人で」

「貴様」

「怒らないでください。私は、あなたの言う通り卑官で。上役の言うことには逆らえません」

 そう言ってから、メッシはにこやかに笑ってみせた。

「それに、確かめるには最も手っ取り早い方法です」

 タカシが自分の皮衣をソナラにかぶせ、ニナとメッシのやり取りを見つめている。

 なにかがおかしい。さっきからの、メッシやレナートの言葉、ニナの激情。なにか違和感を感じる。彼らは、タカシの知らないなにかを前提に喋っているのだ。だから、今は口を挟む時ではない。モルグの言葉が脳裏に甦る。感情が昂ぶった時こそ、冷静であれ。理解できない時はよく観察しろ。わかってるよ、モルグ。

「確かめるだと?」

「ご存知のように、欠損者の烙印を押された者は、我々記録官へ届け出なければならない。私は何年何月何日に欠損者と認定されました、とね。しかし、彼女、ソナラは届出がなされていない。そのせいで、私は大変なとばっちりを受けたのです」

「それで、八つ当たりにソナラを辱めたのか」

「本来なら隠れ欠損者は広場の真ん中へ引きずり出され、烙印を衆目へさらすことで義務を果たします。それをしなかったのは、武神の名に敬意を表したからですよ」

「なにが義務だッ、あらゆる権利を奪われ路傍で飢えるのが欠損者のつとめだとでも言うか、貴様!」

「さすがは武神の娘、憤りにも気品が薫る」

「なぶるかッ。そも私たちはモルグとなんの関係もない。ただの一市民だ。いやさ、貴様らにとっては、山の民の村の者など、一市民としても認められはすまいな。この謁見がそちらの勘違いであるなら、私など卑賤の身だ、レナート管理官様には目の毒、退出いたしたいが」

 ニナは動揺している。タカシは瞠目した。今の彼女の姿が、本来のニナなのだろう。ソナラへの暴行と執拗な「武神」 という言葉によって、ニナはメッシにいいように操られている。

 それにしても、いつもニナの毅然とした態度はおっかないが、今はもっとおそろしい。たとえば、大成した大人物の前で感じる威圧感――タカシは一度あっちの世界で経験がある――を感じる。

「私はね、ニナ・バートレット殿」

 メッシはにこやかに、ニナの神経を逆撫でる名前を口にした。

「あなたたち姉妹が隣国からローデシアへと移り住んだのは、妹の欠損者という身分を隠したいがためだったのではないか、と想像しているのです。しかし、レナート様はそうではない。いわゆるスパイとして、モルグ殿から送られているのではないか、と勘ぐってらっしゃる。あくまでモルグ・バートレットとの関係を否定したいのならかまいませんが、あんまりにもかたくなな態度でいると、スパイ容疑を裏づける状況証拠の一つになり、下手をすれば逮捕、処刑です。あなた一人ではない。妹は欠損者であることを秘していたのですから、より以上の苦痛の末に・・・・・・」

「言うな!」

 ニナの手が再び柄へ伸びるのを見るにおよんで、タカシは無言を破った。

「みんな、せっかく椅子が用意されてるんだ、座ろうよ」

 臨戦態勢で周囲の兵を睨みつけるリョウ、うずくまるソナラの二人が、まずタカシを振り返った。タカシは、今できる最高の笑顔を作っていた。

 事態がどうか、メッシたちの目的がなにかわからないが、今は力による解決は不可能だと、タカシは思った。笑顔で乗り切れ、と。

「呼ばれたってことは、なにか話があるはずだ。そうでしょう、レナート、管理官」

 呼びなれない官職名でこの場のリーダーらしいレナートを呼ぶ。

 メッシは鋭い一瞥をタカシへ与え、それから、残る三人を順繰りに見回した。

「なるほど、意外性抜群のメンバーですね」

 メッシは一歩下がり、ニナへ手真似で椅子を勧めながら、タカシへ微笑んだ。

「タカシ殿、最初からあなたと話すべきでしたか。人は外見ではわからないと言いますが、あなたのような非力な少年に冷静な判断力があったとは」

 子供扱いするな、と腹が立ったが、タカシはあえて笑顔でうなずいた。

 今までの様子を見るかぎり、メッシという男は、相手の心理を崩して隙を作る戦法を好んでいるようだ。言ってみれば定石だが、丁寧な言葉使いとは裏腹な露骨な挑発をもってするとなれば、笑って返すぐらいが今のタカシにできる最上の対策だ。

「お褒めに預かり光栄です、メッシ記録官」

「さきほどまで、ぴーぴー泣いていたのに、たいした回復力ですよ」

「気分転換の早い方で」

 実際にはハラワタが煮えくり返っている。今、この手に拳銃があったなら、迷うことなく目の前の記録官を撃ち殺す。全弾ぶち込む。

 隣に腰かけさせたソナラの肩を抱き、ニナに座るよう促して、タカシは友人の顔を見てそちらは立ったままに任せた。

 リョウには座る気が毛頭ない。そのことを、友人は即座に悟っていた。タカシにとって、背中にリョウが立っている安心感、リョウにとって、自分の意思を即座に理解してくれたタカシへの信頼感。

「それで、レナート管理官」

 タカシはテーブルへ組んだ拳を乗せた。

 今まで情けない姿を散々見せておいて、今さら通用するとは思えないが、せいぜい虚勢を張ってやると心に決めた。

「なぜ、我々四人の『武神の子供』を呼んだのです」

 今までの話の流れから、タカシは頭にいくつかの情報をインプットしていた。

 モルグは武神と呼ばれていること。ニナとソナラがその娘だと知られていること。タカシとリョウも武神の子供だと思われていること。そして、武神モルグは、隣国へスパイを送る身分の人間だと、彼らが思い込んでいること。

 隣国ゴンドーヌ共和国の辺境で、さらに人里離れた小屋に住まう変なおじさんモルグを思い出して、本当にそうなのか?とタカシは自問するが、そんな疑問はさらさら顔に出さない。

 レナートはげげげと下品に笑った。

「この国における、貴様らの役割はなんなのか、聞きたくてな」

 声と表情に、タカシは嘲りの感情を感じ取った。

 五十歳頃と思われるレナートからすれば、十代半ばのタカシなど小僧に過ぎないのかもしれない。だが、それは彼の間違いだ。

「彼女たちに手紙を届けるのが目的です。それは、入国時に国境警備隊の方へも告げ、正式に許可を得て国境を越えました」

「聞いている。が、時が時だけに、問題だ。なぜ、今、この時に、武神の娘へ武神の息子が手紙を届けるのか」

 レナートのねばつく視線が、タカシの周辺を睨みすえた。

 肥え太った蛇がいたら、まさしくその目だ。タカシは背筋が凍った。

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