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「俺は変態じゃない」

「おばさん」

 一軒の家のドアを、ニナは軽く叩いた。

 しばらくして現れた中年の女性は、ニナを見ると目を丸くし、それから、背後を警戒するリョウと彼女とを見比べた。

「ニナちゃん、どうしてここに?それに、その人は・・・・・・」

「説明は後。とにかく入れて。この・・・・・・この男は人畜無害だから」

 また阿呆とか馬鹿とか言おうとしたな。リョウは心中で文句を並べた。だいたい、なんて言い方だよ。大丈夫だから、とか信用できる、とか言いようはいくらでもあるだろうに。人畜無害は、どちらかというとタカシを紹介する時に使うべきだ。

 暖炉の小さな火と小さな窓しか光源がないから、部屋は薄暗い。それでも、女の疲れきった表情は判別できた。

「マルは?」

「あの子は二階だよ。なにかあればすぐに梯子をはずせるよう、細工してね」

 奥の斜めにかかった階段代わりの梯子を見て、ニナは顔をしかめた。

「兵士になにかされたの?」

「あったらただじゃすまさないさ。今はまだ、たいがいの兵士たちは大人しくしてるみたいだけど、いつ襲ってくるか・・・・・・いやな噂だっていくつか聞くし」

「いやな噂?」

「お金持ちの家に押し入ったり、きれいな娘さんに乱暴したり」

「占領軍って、古今東西そういうものだ」

 ニナは義憤に耐えないという顔で言って、天井を見上げた。

「マルは外に出さないほ方がいい」

 おばさんはうなずいた。

 テーブルには椅子が二脚しかないので、自然、リョウは立ったままになる。ニナの後ろに立つと、彼女を護衛する役柄のように思えて、なんだか気持ちいい。

「それで、ニナはなぜここに?」

「その前に、紹介する。これ・・・・・・彼はリョウ」

 わざと言い間違えてないか、お前?

「リョウ、こちらはマエラおばさん。花を売りに来た時は、いつもここに泊めてもらっていた。ソナラの友達のマルっていう女の子が二階にいる。手を出すなよ」

 最後は余計だ。リョウは、彼女の自分に対する扱いにつくづく嫌気が差した。マエラおばさんの目に警戒心が浮かんだじゃないか。

「今日は、花を売りに来るつもりだった」

 向き直ったニナが言うと、おばさんは眉をしかめた。

「明後日の予定じゃなかったのかい?」

「ソナラが、花の色は今が一番きれいだと言うから」

「ソナラちゃんは?」

「街の外だ。こんなところにあの子を連れてくるわけにはいかない。占領されてる街に忍び込むなんてこと、あの子にはできないし」

 忍び込むなんて、とおばさんはひどく驚いた。

「なんてこと。じゃあ、無理に入ってきたのかい?あんたみたいにきれいな子が、軍隊に占領されてる街にわざわざ来るなんて、自殺行為だよ。なにされるか、わかったもんじゃない」

 ニナの唇が、小さく笑った。自信の笑み。

「おばさんは知らないだろうけど、私はこう見えて、けっこう強いんだ」

「そんなこと言ったって」

「いざとなれば、この・・・・・・彼が護ってくれるし」

 絶対違うことを言おうとした。リョウには確信がある。この馬鹿を一人で突っ込ませるとか、囮にして逃げるとか、ろくでもない考えがあるに違いない。

「街の内情を探る必要があったの。私の方はそんなところ」

 先に自分の事情を説明してから、ニナは最も聞きたいことを聞いた。

「占領されたのは、いつから」

「三日前の朝、目が覚めた時には街中兵士だらけだったよ」

「手際がいいな・・・・・・ここにいる兵士はローデシア軍の者だ。つまり、軍の反乱かもしれない、私はそう思ったんだけど・・・・・・おばさんはなにか知らない?」

「噂だけどね」

 おばさんは声をひそめた。

「王様の暗殺未遂事件で捕まった、なんたら言う王弟の、仲間なんじゃないか、って」

「暗殺?」

「山奥の村じゃ、まだ知らされてないかい?ほら、一月ほど前の」

 ニナは舌打ちした。それを知っていれば、タカシが反乱と言った時点で、回れ右をして国境を目指しただろうに。倒した兵の一人でも捕虜にして。

「この街だけじゃなく、北方領のいくつかの街も占領されたそうだよ。これは、兵士の一人に聞いた話だから、確かさ」

「そんなに大掛かりなのか」

 もっとも、武器を取って実際に立ち上がるのは、よほど追い詰められた者か、勝算のある者かのどちらかだし、しかも首謀者は一部か大半かわからないが軍を操っている。考えてみれば、この反乱が大掛かりであるのは明白だった。

「タカシはそこまで見抜いていたのか?」

 ぽつりとつぶやく声を、リョウは聞いた。

 ニナの頭の中でどんな理屈が繰り広げられているのか知らないが、一つ言えることがある。彼の誇れる友人は、ニナの言う、そこまで、を見抜いていただろうということだ。

「噂ではね、いろいろ聞くよ。北方領の何人かの領主が手を組んでるとか、宰相とか大臣とかが糸を引いてるとか、それはもう、いろいろね」

「おばさん、この街にいる兵士、およそ何人くらいだと・・・・・・」

 ドアを叩く音が聞こえて、ニナは言葉を止めた。

 木戸の向こうで、野太い声が開けろと怒鳴っている。平和的な雰囲気はない。

 おばさんは不安げに二人を見て、そっとドアを開け、隙間から顔を出した。

「なんでしょう」

「街道で兵士が襲われた。その襲撃者が街へ侵入したおそれがある。怪しい者がいないか、家の中を改めさせろ」

 隣近所からも、木戸を叩く音や悲鳴が聞こえてくる。

 ニナは舌打ちし、リョウは腰の剣に手をやった。

「怪しい者なんて、うちには・・・・・・」

「短い金髪の若い女と、ボロ布まとった黒髪のガキだ」

 おばさんが、ちらりと二人を振り返った。

 リョウは素早く二本の鞘を結んでいた紐を解いた。怒りが胸を焼く。ニナは「女」 で俺は「ガキ」 か。あの獅子奮迅の戦いを目にして、ガキ扱いか。

「マル、降りてきて」

 ニナが二階へ声をかけると同時に、リョウへ右手を突き出した。そこを目掛けて、預かっていた剣を鞘ごと放る。

 ドアを開けられたと同時に、ニナは駆けつけて兵士のみぞおちに剣の柄を叩き込んでいた。

 うずくまるように倒れ込む兵士を掴んで無理矢理室内へ連れ込み、ニナはドアを閉めて外の様子を窺う。

「どうするんだ?」

「・・・・・・気付かれた様子はない。けど、時間の問題だ」

「人相がバレてる。もう、堂々と、ってわけにはいかねぇぞ」

「知られた人相が私たち二人だけなのは気になるが・・・・・・」

 戦ったのは二人だけだったから、だろうか。逃げていった者が知らせたのか。こうも早く手を回すとは、指揮官の有能か、それとも、気楽に潜入を言ったニナの迂闊か。

 私は考えが浅い、という自責の念を無理矢理捨てて、ニナは逃亡策を必死に考えた。

「マル、いるんでしょ、降りてきて」

 おばさんが頭を振っている。

「ニナちゃん、なんてことを」

「あ、ニナお姉ちゃん」

 歓喜の声を聞いて、リョウは梯子の上を見た。寝ぼけ眼の少女が破顔する瞬間があった。

「おい、ニナ」

「ごめんなさい、おばさん。まさか、こんなに早く手配されるなんて思ってもいなかった」

「おうい、ニナ」

「街の内情を見たら、すぐに出て行くつもりだったの。こんなことになって・・・・・・」

「シカトか。俺は眼中にないってか、おい」

「おばさんは、私たちに脅されたって言えばいい。悪いけど、手を縛る。これから私とこの猿とで騒ぎをおこすから、少し芝居をすれば、誰もおばさんたちのことにまで気は回らないはずだ」

「猿か。類人猿だな。ハイエナからたいした出世だぜ」

「うるさいぞ、猿」

 振り返ったニナに、リョウは梯子を降りてくるマルを指差して言った。

「俺に手を出すなって言った相手は、あの七、八歳の子供かよ!?俺のこと変態だと思ってねぇか、お前!?」

「この場でそこまで類推できるなら上等だ。怒りは外のやつらへ向けろ」

 そんなこと言ってる場合じゃない、という種類の顔で睨まれたら、リョウは黙るしかない。

 ニナはマルを抱えて咽喉元に剣の切っ先を向けた。マルが不思議そうに彼女の顔を見上げる。

「ごめんね」

 ニナのやさしい声音が、リョウには信じられない。この女、こんな声だったか?

「絶対に痛くしないから、許して」

 少女は、彼女なりの理解をしたのだろう、小さくうなずいた。

 ニナがドアを開けた。

 もう行くのか?リョウがびっくりする。大胆なのか、短気なのか、大雑把なのか。

「道を開けろ!」

 道を往来する兵士の数は、さきほどの倍ほどに膨れ上がっていた。

「この子を殺す、道を開けろ!」

 ニナの声がむなしく響いた。

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