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人に故国を話す楽しみ

 外壁にあいた穴を覗いて、リョウは変な声をあげた。

「なんだ、壁って全部石組みで作ってあるんじねぇのか」

「当たり前だ。内部は盛り土だ。子供が時々、石組みの崩れた箇所を突き崩して、固くなった中の土を掘り返し、こうして抜け道を作る」

 地面スレスレにうがたれた小さな穴に、ニナは滑るように体を潜り込ませた。

 入るかな?と自分の体を見やって、ええいつっかえたらその時はその時だ、とリョウも続いて穴に入った。

 案の定、最後で体が引っかかった。

「引っ張って」

 情けない声にならないよう注意した。

 引っ張り出されたリョウは、しゃがみ込んだまま周囲を見回して、少し離れた茂みの陰にぷりっとした尻を見つけると、その臀部を目指してにじり寄っていった。

 焼きレンガで組み上げられた家屋が、意外にも整然と並んでいる。それほど大きくはない街で、ここまで区画整理されているのは珍しい。

 その感想を言うと、ニナは「昔の名残だ」 と興味もなさそうに説明した。「峠が国境だった頃、ここは国境警備隊の駐屯地で、いざという時の軍の中継地でもあった。家屋の半分はその頃の宿舎、その区画は整理されている」

 タカシが聞いたら涙を流して喜ぶだろう、とリョウは想像した。

 タカシはなんでもかんでも知りたがる。知った後には、あの小さい頭でどういう風に情報をこねくり回すのか、とんでもなく飛躍した話を作り出すのだ。今回ならきっと、駐屯地が街として再利用された理由は云々だろうね、などとどうでもいい話をしだすに違いない。

 もっとも、友人のそんなところは嫌いではない。彼の突飛な話を聞くのは、いつもなかなかに楽しいものだ。

 などと考えているうちに、ニナの金髪に隠れた脳みそも、タカシのそれと同じような作用をしたらしく、なにかの結論を得た顔でリョウを見やった。

「いいか、リョウ。私の後をついてくればいい。お前の二本の剣は音がするから縄で縛れ。私の剣も預かって」

 つまり、マント代わりのぼろ布で隠せ、ということだろう。

「兵士の姿も多いし、あちこちに歩哨もいるが、住民も出歩いている。平然とした顔をしていれば怪しまれないはずだ」

「ありがちだけど、大胆すぎないか?」

「長年街に暮らす警衛隊ならいざ知らず、来たばかりの兵に住民一人ひとりの見分けはつかない。さ、行こう」

 恐ろしく荒い焼きレンガの舗道を、ニナは歩き出した。

 たしかに人通りはある。水がめを持ち、パンを手にし、薪を担ぐ人々。

 そうだよなぁ、とリョウはリョウなりに考えた。

 電気、水道、ガスが各家庭にひかれ、食料は冷蔵庫で長期保存できるあっちの世界とは、違うのだ。人は家に閉じこもっていては生活できない。極端な話、生きていかれない。占領されようがどうしようが、住民の往来がなくなるわけはなかった。

「そういえば、リョウはタカシとは長い付き合いなのか?」

「え」

 辺りを見回すのに夢中のリョウは、返事が遅れた。

「なんでそんなこと」

「お前がきょろきょろしすぎるからだ。なんでもいい、適当な話題を考えろ。怪しまれる」

 いつもと同じ大きさの声音で喋られると、女に負けるか、という対抗心がわきあがる。リョウは必要以上に大きな声で答えた。

「タカシとは幼稚園からの腐れ縁だ」

「なんだ、ヨウチ・・・・・・?」

「偉いさんの子供は家庭教師をつけられるだろ。あれの逆、こっちから教師のいるところへ通うのさ。ただ、たくさんのガキに一人の教師、ってのが違うかね」

「・・・・・・やはり、お前たちは由緒ある家の出なのか?」

「あー、その話はまた今度。違うとだけ言っておくわ。わかんねぇだろうから」

「・・・・・・?」

「あいつは、そこらのガキにいじめられて、ピーピー泣いてた。腐れ縁のよしみで、そいつらを、淺川道場の!竜虎と言われた!この俺が!助けてやったのは、小学・・・・・・何年の時だったかな」

 ニナは首をかしげている。

「アサ?ショウ・・・・・・?」

「俺に妙になついてな、舎弟にしてやったんだ。俺と、竜虎のもう一人、イッペイってやつとで。パシリだよ、パシリ」

 あははは、とリョウは軽快に笑う。久しぶりの故国の話に緊張感が解けたのだろう。

 わからない語句に思い悩むのをやめたらしいニナが、小さく微笑む。彼女にとっては、敵意むき出しで歩くリョウよりも、今の状態の方がありがたいのだろう。

「だけど、意外なことが判明したんだよ。あいつ、すげえ頭がいいんだ。普段はそんな素振り見せないくせに、追い詰められた時の頭の回転と度胸の良さは、ハンパじゃねぇんだ。それがわかってからは、イッペイも俺も、あいつを馬鹿にしなくなった。なんて言うか、こういう言い方は恥ずかしいけど、羨ましい、っていうのかね、もしかして尊敬できる人間になるんじゃねぇか、と、いう予感、みたいな感じだ。それからは、間違いなく、俺たちは仲間だった」

 この話をする時、リョウは間違いようもなく、友人を誇らしく思う。彼にはない能力を持った友人、それは、そんな友を持った自分に対する賞賛だとも思える。

 だが、一方で、こうも思う。

 それほどの人間を、俺は使い走りとして扱っていたのだ。

 だから二度と、人を蔑むまいと誓った。どれほど力弱い者でも、必ず優れた部分を持っているのだと、友達に教わったから。

 リョウはつぶやくように言った。

「だから、俺も欠損者が云々なんて話の、反対派だ。あの村の人は、みんな好きさ」

 ニナは不自然な姿勢で立ち止まった。

 彼女の脳が激しく動く気配がする。

「盗み聞きしてたの、私とタカシの話」

「川に行ってから、お前らがなにしてたかなんて知らないぜ。ただ、ちょっと隠れて盗み聞きしただけで」

「お前は卑怯者だ」

 断言されて、リョウは打ちひしがれたように頭を垂れた。

「悪かったよ。気になったんだよ。しょうがないだろ」

「盗み聞きか。盗人らしい。タカシとは、川原でもなにもなかった。勘繰るのはやめろ」

「なにもなかったのか」

 そうか、そうなのか、とリョウはガッツポーズを作った。

「俺にもチャンスありか」

「なんのチャンスだ。ほら、目指す家が見えてきた。そうやって拳を天に突き出すな。呼び止められたいのか、この愚か者が」

 俺、頑張れ、とリョウは自分に言い聞かせた。

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