街の外壁を望んで
花は置いてきた。ソナラは最後まで嫌がっていたが、彼女とタカシ以上のお荷物は今後、不要どころか危険でもある、とニナは宣言した。
僕もお荷物か、ソナラと同じレベルか、と気落ちしたのも一時、彼は四人の中で唯一自分より非力な彼女を、絶対に護るのだと決心して心を奮い立たせた。
僕は最弱の、護られるだけの男じゃない。こんな僕でも護れる人はいるんだ。
歩く速度を倍加させた一行は、ほどなく二組目の小隊とぶつかったが、やはり同じ戦術で乗り切った。すなわち、リョウの単独特攻による残り三人の安全確保。
「なんか、疑問を感じるのは俺だけか?」
さすがに二度目となるとぜーはー息を乱しているリョウを放っておき、ニナは倒れている兵士を観察した。
「戦ったのは俺だぞ。ソナラまで、やさしい言葉ひとつかけてくれねぇのか」
「黙ってろ」
ニナはなにか考えている。なにか新しい発想があるのかもしれない。
その内容をおおよそ予想しながら、タカシはリョウの肩を叩いた。
「リョウ、今日はいつもより強いね」
「馬鹿野郎、いつも同じくらい強ぇぜ。ようやくわかった。俺は強い。それも桁外れに強い。俺に勝てるやつなんざいねぇ!・・・・・・モルグ以外は」
「おだてすぎたか」
ニナがぽつりと言う辺り、リョウの喜悦の言葉を、丸ごとそのまま聞いていないわけではないらしい。
さらに急いで進み、街の外壁に望むに至って、タカシは目を見張った。
外壁は高い。まるで城塞だ。この世界の街は必ず城壁に護られているが、それでも、聞いていた街の規模からして非常識な大きさの外壁だった。
「昔は、あそこは北方国境警備隊の駐屯地だったからな。それに」
外壁を遠くに望む位置で茂みの中へ隠れて、ニナは頭だけ出して門の辺りを窺っていた。
「この国らしいやり方でもある。分厚く高い壁をこれみよがしに作ることで、目に見えぬ外敵を人の幻想の中に作り出し、統治を容易にするとともに、国内の不穏分子の活性化を防ぐ」
ニナは舌打ちしていた。
「門が閉まっている」
「どういう?」
「いつもなら、この時間に門が閉まっていることはない。定刻に開き、定刻に閉める。それは一年変わらない。くそ、おまけに見張りの兵の格好、警衛隊じゃない。なにかがあったんだ」
タカシは、自分の想像がある程度当たっていたことに、喜びを感じなかった。気が重くなるばかりだ。なんていうタイミングでこの国に来てしまったのか。
「これは、反乱だ」
タカシは小さく言った。
リョウが首をかしげ、ニナがうなずく。
「たしかに、他国の兵が侵攻できる位置ではない。何者かに占領されたなら、あの街を拠点にした反乱しか考えつかないが・・・・・・タカシ、知っていたのか?」
「現状手にした情報で判断するかぎり、他に考えようがないもの。ありえない、という言葉で現実を否定した者は正確な判断ができない、ってモルグが」
「あの男が言ったか。いかにももっともらしい言い分だ」
しかしこれで、とニナは髪をかきあげた。
「さきほどの兵士たちも説明できるな。この街から北方の国境警備隊へいたる最短の通路がこの街道だ。通行人を生かして北へ向かわせる気はない、ということか」
山奥の村に閉じこもっていた彼らが、この事態を知らなかった理由でもあるだろう。
「どうする?」
リョウが訊ねた。彼は理由や原因を考えるよりも、これからなにをするか、なにができるか、そして行動することの方に興味がある。
モルグから簡単に教わっていたローデシア北部の地図を思い描いていたタカシは、リョウに言われて我に返り、三人の顔を見回した。
「とりあえず、村へ戻ろう。それから、国境警備隊に連絡。警備隊が来るまでは、村の者は山に隠れて・・・・・・」
「だが、これが真実反乱であるかどうかの確証がない」
ニナの言葉に、タカシは意外な顔をした。
「なんで?それ以外に考えられないじゃないか」
「大きな盗賊団があの街を襲って、それを軍がおさめたばかりかも・・・・・・」
「国内の盗賊ごときは正規軍の敵じゃないって、言ってたじゃないか。街道にいるはずのない小隊が二組、それもあきらかに警衛隊じゃないやつらが、問答無用で襲ってきた。そして、開いているはずの門が閉まっていて、見張りも正規兵。軍を使った反乱以外の答えがある?」
いつもの気弱な態度と一変して断定的な姿勢のタカシを、ニナは訝るように見た。
「・・・・・・なにか、あの男から聞いてきたのか?」
「え、なにを?」
「いや、いい」
少し考えて、ニナはうなずいた。
「私は街に潜入してみる。お前たち三人は村へ戻って村長に報告してくれ。長が適切な処置をしてくれるだろう」
「一人は危険だぜ」リョウが身を乗り出す。「俺も行く」
「二人ともいなくなったら、誰がソナラとタカシを護るんだ」
やっぱり僕は護られる方の頭数だ。タカシは歯軋りした。
「安心しろ。あの街には詳しい。抜け道の一つや二つは知っているし、知り合いもいる」
「駄目だ」
タカシは意地になったような言い方をした。自分の弱さのために、彼女を危険な目に合わせるわけにはいかない。
「ニナはリョウと行って。僕とソナラはこの辺りの茂みに隠れてる。ニナ、潜入といっても深入りはしないで、反乱か否かの確証を得たら、すぐに戻ってきて。ソナラがここで待ってる」
そうでも言って双子の妹を重しにしないと、彼女がどこまで深入りしていくかわからない。それが、ここ数日、ニナを観察していて感じた彼女の性格だ。
大賛成するリョウの横で、ニナはタカシを睨みつけ、それからソナラの頭を抱いた。
「行って来る。静かに待っててね」
ソナラなりに事態の深刻さを受け止めているらしく、長い金髪が微かに揺らぎ、少女は小さな声で言った。
「早く、帰ってきて」
「もちろん・・・・・・タカシ、ソナラを頼む」
タカシがうなずくのを待ってから、ニナはリョウを連れて、街道を避け茂みの中を走り出した。