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彼の剣技の程度と質

 リョウの剣が、右からきた男をぶっ叩き、返す切っ先で背後の男の頭のてっぺんをどついた。飛んできた矢を二本へし折り、後の矢は当たらぬと見切りをつけて敵の集団へ向けて駆け出す。

 一番厄介なのは投げ槍だ、というモルグの言葉が、リョウの頭の中に流れた。軍隊と戦う場合、歩兵の投げ槍、弓兵の矢は難敵だが、矢の方は、今のお前なら見切れるだろう。

 その通り、見切れる。そしてその矢の向こうの部隊に、投げ槍がないことを確認する余裕がある。リョウの心中で歓喜と満足感と、そして驚きとが混ざり合って渦を巻いた。

 二十人ほどの部隊を前にして、まるで負ける気がしない。五人の追い剥ぎをへち倒した時は、相手が手にするエモノがなにかすら、わからなかった。昔の喧嘩と一緒で、頭に上った血の命ずるまま殴りまくっただけだった。だが、今は違う。

 逃げ出した兵を見送って、リョウは反撃する余力のある者がいないか確かめ、意識のある者をかたっぱしから気絶させてから、剣をおさめた。

「時間がかかりすぎだ」

 背後からの意外な苦情に、リョウは、二日前にも、追い剥ぎとの勝利に酔いしれていた彼の心を谷底に叩き落した女を睨んだ。

「また、お前か・・・・・・俺のすることは、なんでもかんでも気に食わないってか」

 ニナは思案顔で倒れている男を見つめている。

「おい?」

「妙だ。なぜ兵士が通行人を襲う?」

「おい」

「街の警衛隊はどうしたのだ?」

 ニナが答えを探すように後ろを見て、見られたタカシは肩をすくめた。



 花の入った桶を持って峠を下りた。桶には水が入っていて、これが重くて困難な道行だった。

 村に残れと言われたリョウは、地団駄踏んで悔しがった。一緒に行きたいのだと、彼なりに必死でアピールした。それが功を奏して、ソナラの同情を買った。彼は喜んだ。

 剣はいらない、とニナが言うのも聞かず、リョウはいつもの二本差しだ。

「また追い剥ぎが出たら?」

 そう訊ねると、

「この峠から南にはいない」という答えだ。ニナも腰には短剣一本あるきりだ。

「この峠から南は、街の警衛隊が警備に当たっている。だから、不貞のやからはそう多くはない。街に近いことだしな」

「北は?」

「この村と同じ、棄民の土地だ。昔、隣国の領だったのを争って奪った。奪っておきながら、その後は放ったらかし。この国の施政は中央にのみ向いていて、辺境はあまり省みられない。麓の街が、施政の恩恵を受ける北限だ」

 だから難民が飢えて追い剥ぎになる、とニナは言う。いくつもの村が潰れ、街道沿いの宿場も廃れてなくなった、と。

 一国の政治としてそれが正しいのか、とタカシは義憤を感じたが、安全に街まで行けるという話には素直に喜んでしまうのだった。

 それが。

 苦労して峠を下り、針葉樹で埋もれた広い平野の街道を行くとすぐ、彼らは一群にぶつかったのだ。

 揃いの胸当てをつけた男たち。装備もみな同じで、簡易な兜までかぶっているとなれば、この国を知らないタカシにだって、それが兵士だとわかる。

 言葉をかけるより先に襲い掛かってきた男たちを一瞥し、ニナは言った。

「頼んだ、リョウ」



「不公平だ。なんで俺だけが戦わなきゃなんねぇんだ」

 タカシも一応短剣を抜き、ソナラの前に立ったのだが、見ていたのはほとんどニナの背中だった。襲ってきた二、三人は、ニナが鮮やかに昏倒させてしまったからだ。

「私がソナラとタカシを護り、お前が一人で敵に突っ込み撹乱、掃討する。実に有機的な戦術だと思うが」

「てめ、有機的って言葉の意味知ってんのか?」

「少なくとも死ぬのはお前一人ですむ」

「てーめぇぇぇわぁー」

「まあ、これで、自分の強さの程度と質がわかっただろう」

 ニナは手近な兵士の手から剣を奪い、鞘におさめて腰に差した。

「お前に実戦を経験させなかったのは、あの男のミスだ。あの男の化け物じみた強さと、タカシの小動物のような弱さしか知らないでは、自分の強さの程度もわからないままだろうから」

 小動物・・・・・・タカシの目の前が暗くなる。

「それにしても、よく剣を折らずに戦える。カタナは、よく折れるから、好んで使う者は少ないのだが」

 怒り心頭だったはずのリョウは、自分の強さ云々でなんとなく納得してしまい、褒められて有頂天になった。たった二日でリョウを操るコツを掴んだニナは只者ではない、とタカシは恐ろしくなった。

「戦い方がなってねぇんだ。この世界のやつはただ剣をぶん回すだけだからな。こいつにはこいつの剣術がある」

 そう言って悦に入るリョウの言葉を、ニナはもう聞いていない。

 どう思う?という目を向けられても、やはりタカシには肩をすくめることしかできない。

「兵士のコスプレ仲間とか」

「コス?」

「兵士の格好をするのが好きな人。もしくは、兵士に化けた盗賊」

「国境に近いのならわかるが、この辺りでは兵士がいること自体が不自然だ。化けたところで益があるとは思えない。この国の正規軍は、主に国境と首府に駐屯し、街とその周辺の警備は警衛隊が受け持つ。警衛隊も軍隊ではあるが、正規の軍とは考えられていない」

「なんで?」

「この国では、主に国外の敵を倒す者を正規兵と考えるからだ。国内の不穏分子や小さな反乱をおさめた程度では、誰も軍の仕事だとは認めてくれない」

 タカシは考えながら、ソナラを振り返った。

 彼女は、青い顔をして、かたわらに昏倒している兵士を撫でていた。敵であっても、彼女にはいたわる相手の一人なのだろう。

「彼らは、間違いなく正規兵なんだね」

「格好、武装を見る限り、そうだ」

「兵士が二十人ぐらいの隊を組んで独自に動くこと、ってあるの?」

「そうだな、駐屯地近辺の街や村から徴兵したり、糧食を徴発したり、二十人なら、小さな村なら略奪も可能な規模だ」

 タカシはちょっと驚いた。

「あんなに弱いのに?」

 ニナがため息をつく。

「強さ弱さを、あの馬鹿親父や、あそこの・・・・・・盗人野郎を基準にして判断するな」

 なにか金目のもんはねぇかぁ、と倒れている兵士の懐を探るリョウを指差し、ニナは深く深く嘆息した。

「あそこのモラルハザードを躾けるのはお前の仕事だぞ、タカシ」

「ソナラ、今のリョウを見ちゃいけないよ」

「普通に考えてみろ。いいか、訓練された兵士が二十人だぞ。小さい規模の村なら、奇襲をかければ容易く全滅できる。あれが最も末端の部隊で、五つ揃って百人隊になる」

 タカシはふむと唸った。

「・・・・・・まあ、街に行けばわかると思うよ。でも、ソナラは帰した方がいい。危険だ」

「なにかわかったか?」

 タカシはニッと笑った。笑顔になっていない笑みだった。

「僕の想像が正しければ、この国、ローデシア王国はとんでもないことになる」

 タカシとニナの話し合いで、ここからソナラ一人だけ帰すのは危険と判断した。まだ、リョウやニナのそばにいた方が安全だ。

「行くぞ、ハイエナ」

 ニナに言われて、他人の袋を探っていたリョウは、お?と声をあげた。

「馬鹿野郎、ぶっ倒した敵の金を横取りすんのは、ロープレの基本なんだぜ」

 抗議の言葉は、もちろん理解してもらえなかった。

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