♯1「活動開始」
「みのるーっ!!!おまえへたくそかあぁあぁあっ!!!」
「ごめんなさあいっ」
今は、ちょうど基礎の真っ最中。
そして、ちょうど美人部長のひかりに貶されの真っ最中・・・。
「おまえはあっ!何回いったら分かるんだよっ。腹筋を使え!腹筋!」
ひかりは自分のお腹をぱんぱんとたたく。
どうやら、ぼくのロングトーンの下手くそさがあまりにもひどかったらしい。
それで、ご立腹・・・。
「そして下手くそなくせに音でかすぎ!もうちょっと調整しろ!」
ひかり、怖い・・・。
「うん。分かった・・・」
「ひひ。ださい」
隣から、ななみの茶々が入る。
「うるさい」
ぼくは、ぼそりと一言。
「ふふん」
ななみ得意の、「ふふん」。
さすが、超毒舌女・・・。
「あ」
ひかりが一言漏らす。
なーんか、嫌な予感が・・・。
「おならしていい?」
出たーっ!!!
「みっ、稔!換気!換気だ!そっち側の窓まかせた!」
「了解っ!」
言い忘れていたけど、ひかりは下品の女王なのだ。
それがまた、人並みではない。
股全開で座り、がはがはと大声で笑い、下ネタは大声で、そしておトイレの話までする。それが、普通に男子のまえでも言うのだから、重症だ。
「おまえらなんかあっ!失礼な。あたしのおならそんなに臭くないでしょ」
「臭いよっ!だから我慢して!」
ぼくは、ひかりに向かった叫んだ。
だって、こういわれたらこういいかえすしかないじゃないか?
ひかりのガス(下品だからあえてこういう言い方にした)は猛烈に臭いのだ。
1回、その地獄のような経験があった。
このまえ、いつものように基礎をしている途中に、ひかりがおならをしたいと言い出した。
ぼくとななみは、甘くみていたから、普通にOK(今思うんだけど、なんでぼくとななみはここでOKしたんだろう?)した。
そして、不運にも、窓は閉め切ったままだった。
ここからは、大体予想できると思う。
この日以来、ぼくとななみは急いで換気=窓開けをがんばるのだった。
そして、今に至る(?)。
「よっしゃ!換気完了!稔?」
「ぼくも完了!みんな命拾いしたね」
「おまえらサイテー!」
ひかりは一人でぎゃあぎゃあ言っていたけど、ぼくとななみは無視してハイタッチ。
あ、そうそう。
ぼくとななみは、結構気が合うんだ。
ななみはれっきとした女なんだけど、お兄さんが2人いるせいで、ボーイッシュな性格になってしまった。
外見はおとなしそうでチビ(男子のなかでもチビなぼくよりチビ。つまり、学年で1番のチビなんだ)なんだけど、少年漫画がだいすきで、れっきとした男のぼくと同じ雑誌の漫画がすきなんだ。だから、ぼくとななみは個人連のとき、自然に漫画の話になっていつのまにか練習が終わっている、ということがほとんどだ。
そして、ひかりにコテンパンに怒られる、というのが日常・・・。
「あ、そうだ・・・。卒業式の曲、決まったから」
「はあ!?」
ななみが叫ぶ。
「なんで!?あたし達に選ぶ権利はっ!」
「ななと稔、聞いてもなんでもいいっていったじゃん。だからあたしが決めた」
なな、というのはななみのニックネームだ。
「ああ?・・・そういえばそうだった!」
ななみが頭を抱えてしゃがみこんだ。
そういえば、ななみはすきな漫画がアニメ化して、その主題歌を希望するって昨日の部活中のときはなしてたっけ。
「なな、あきらめてよ。てゆうか、卒業式に男むけのアニソン流すのって不自然じゃない」
まあ、それもそうかも・・・。
「ちっ。でも次はリベンジするから」
ななみは悔しそうにこぶしを床に叩きつけた。
でも、最初から希望しなかった自分のせいでもあると思うんだけどね・・・。
そもそれいったら1000倍返しくらい、またはそれ以上で返ってくるから黙っておく。
「そういえば、亜樹は?この曲でいい」
あ、すっかり忘れてた。
ひかりは、チューバにのしかかってぼけーっとしていた亜樹に声をかける。
相変わらず、目つきが悪い・・・。
「・・・良いんじゃないの」
亜樹が、ぼそりと一言。
「あ、うん。うん。うん」
ひかりは、不思議な相槌を打ちながら、自分の席に戻る。
「とりあえず、基礎終わったら楽譜渡すから、あたしのところ来てね」
「了解」
「了解」
ななみとぼくはそろってよい子のお返事・・・じゃないけど、返事をした。
「じゃあ、つづきー。そういえば稔おまえのせいで中断されてんだよ!」
「いや実際話そらしたのひかりでしょっ」
「そうだそうだ!ひかりがおならしたからあたし達は換気してたんだよ」
ぼくとななみは、ひかりに講義しながら、だらだらと基礎は進んでいった。
「・・・」
なんか、めんどくさい・・・。
今は、個人連の時間。でもぼくは、なかなかやる気がでない。
トランペットも持ったまま、座っているだけ。
「あ、稔。練習してんの?」
ななみがぼくの肩をぽん、と叩く。
ラッキー!!
「ななみ!いいところに来た。個人連めんどうだったんだよね」
「ああ!あたしも。めんどうだったから、おまえのとこ来た」
ぼくとななみは、ハイタッチをして、やっぱり漫画の話。
ななみは今月号で出てきた新キャラが気に入らなかったらしく、ずっとその文句を言っていた。
ぼくはそんなに悪いとは思わないんだけどね。
「そこまで嫌なやつじゃなくないか?ぼくはそんなに嫌いじゃないよ」
「まじで?あたしあいつダメだなあ」
「おーい。きみ達何してるの。なな、稔」
うっ・・・。
この声は・・・。
「ま、・・・漫画の話?」
ななみが恐る恐る後ろを振り向く。
そこには、恐ろしい顔をしたひかりの姿が!!!
ぼく達の運命やいかに!ってちょっと古いか。
「おまえらあぁぁああぁぁぁぁぁ!!!何回言ったら分かるんだよっ!練習しろ練習!!!稔こっちこい!あたしが直々で指導してやる!」
「いたー!ひっぱるなひかり!!」
「うるさいっ。さっさと来んかいっ!!!」
ぼくは、ひかりに腕をつかまれたまま、間抜けな格好でずるずると引きずられていく。
「稔、忘れ物」
ななみがぼくのトランペットを差し出す。
「あたしもやるしかないかなあ」
「やるしかないじゃなくてやれっ!!!」
「助けてななみ!!!ぼくは今日を命日にしなくない」
「死んだら、あたしがおまえの骨拾ってやる」
「物騒なことを言うなよ!ななみ!」
「女に頼るってださっ」
ひかりの容赦ない怒りのつっこみ。
うう。仕方ない。ここは、男として・・・。
言い返す!!!
「はあ?稔女だから別にいいんじゃん?」
え。
「ああ、そうだったね。忘れてた」
え。
「じゃあ、あたしも練習するから。稔、頑張れ。生きて帰って来い」
え。
ちょ、ちょ、ちょ、・・・。
「ちょっと待てよ!ぼく女ってどういうことっ!」
「おまえ顔まんま女だしっ。とりあえず女ってことで」
ななみがホルンを担いで(?)ぼくに言う。
「ぼくは正真正銘の男だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ痛い痛い!!」
「そんなこと言ってる場合かっ!はやく来い!」
「いたたたたたたた!」
そうそう。
ぼく自身のことを言うのを忘れていた。
ぼくは、自他共に認める女顔。
しかもまた、美人に類するらしい・・・。
だから、女に間違えられることもしばしば。
たまに、トイレの場所を注意されることもある。
かなり、嫌。
かなり、ショッキングなことだ。
今だって、ななみとひかりにぼくの外見のことをからかわれた。
ななみ曰く、ぼくは「1歩間違えたらお姫様」らしい。
なに、お姫様って・・・。
ショック。ショック。ショッキング・・・。
「稔っ!女って言われたショックからいい加減立ち直れっ!おまえいい加減うまくなれっ!ぷぴっ、ぷぴっ、って音しか出てない!」
ああ、そうだった。
ぼく自身のことを語っている場合じゃない。
ぼくは今、このひかりという名の鬼(本物?)と戦っているんだ。
「ぷぴっ、ぷぴっ、ってなんだよっ!ぼくは一応、頑張ってるんだ」
「うそつけえっ!おまえたまに寝てるだろっ!練習しないで!」
「うっ・・・それは認めるけど・・・」
「認めるけど、なに」
ひかり、自分のことを棚に上げて・・・。
ぼくは、これを自信を持っていえる。
ぼくは、ひかりよりも部活中寝てない。
昨日ひかりは、ほぼずっと寝ていた。
その間ぼくはなにをしていたかというと、とりあえず自覚している下手くそを直すために、ちょこっとだけ(約5分)練習していた。
まあ、集中力がきれて、ほとんどななみと喋ってたんだけど。
ひかりは、5度寝くらいしていた。
この1週間でまともに練習したんのは、今日が初めてかもしれない。いや、初めてだ。
この1週間、ひかりはずっと寝ていた。
「はあ?なによ。はやく言え」
「やっぱりいいよ・・・」
ぼくは、ひかりに聞こえないようにそっとため息をついた。
まあ、人に言える立場じゃないから、言わないけど。
ぼくも昨日30分くらい寝たし。
「はあ・・・。とりあえず、もう個人連の時間終わりだから、部室戻れ。合わせるから。・・・ななと喋るなよ」
「へーい」
今、まさに卒業式の曲の1曲目が終わったところ。
そして、・・・。
えっと・・・。
この空気。なに?
「稔、おまえ・・・」
隣をちらりと盗み見ると、ななみの顔がこわばって、両手がそっと両耳を押さえていた。
「へったくそかあぁぁぁぁぁああぁぁあっっ!!!!」
「うわあっ」
ぼくはつい声を出してしまった。
なんだよこの馬鹿でかい声!!
「さっきあたしが個別指導してあげただろっ!なんだその音!」
ぼく今思ったんだけど、ひかり1番うまいからって天狗さんなってないか?
って、なんかぼく嫉妬してるみたいじゃん。・・・実際してるけど。
「ぷぴぷぴじゃなくてもっと、ぱーんって音だせないのかおまえはっ!」
隣をちらりと見ると、ななみが顔を抑えて声をださずに爆笑している。
ひどい・・・。
「まじ下手くそ!髪さらさらのくせに!」
は?
「ひかり、髪さらさらってさりげなく誉めてない?」
「うるさあいっ!稔下手くそ下手くそ!練習しろっ!!!」
「ひっひっひ・・・」
ななみ?・・・。
「了解しました。部長・・・」
「おまえら、あした喋るなよ。・・・稔はあたしと練習!」
「はーい」
「はい」
ななみが足をぶらぶらして、譜面台を足にひっかけて遊んでいる。
譜面台倒れるよ・・・。
「今日はもう時間だから、終わり!片付け」
「よしゃ!」
ぼくとななみはハイタッチをして、急いで楽器を片付けて、ミーティングの準備をした。
「ミーティングを始めます。まず、今日のはんせーい。わー」
ひかりの棒読みの「わー」で、ぼくとななみは拍手。
ななみの隣でパーカスの(唯一の)1年生、長野潮音がくすくす笑った。
「今日は、稔が下手くそだった。おしまい」
早っ!
「じゃあ、じゃんけーん!」
ひかりがぐーにした右手をまえに出す。
ぼく達は、戸締りの当番をいつもじゃんけんで決める。
自慢だけど、ぼくはこれまで当たったことが無い。
「じゃーんけーん・・・ぽんっ」
ぼくはぐー。ひかりはちょきで、ななみもちょき。潮音はぐー。
あ、亜樹はぐー。
「よしゃ!勝った。ななみがんばれー」
「うるさい!おまえらラブラブするな!」
ひかりがぼくに八つ当たり。
まあ、これはよくあることだから、気にしないけど。
「はあ!?」
ななみが大声をあげる。
「あたし稔とラブラブしてませんけどっ!おえっ。吐きそう!」
なんつー・・・。失礼な・・・。
「な、ななみ・・・」
ラブラブしてたわけじゃないから、別にいいんだけど、「吐きそう」っていうのは・・・。ひどくない?
「ほら、なな!・・・じゃんけんぽんっ」
ひかりがぱーで、ななみはちょき。
つまり、ななみの勝利!
「よしゃ!ひかりよろしくー!」
「ばいばーい」
「あーっ!めんどくさい!明日は勝つ!」
ひかりが自分に気合を入れて、ぼくとななみが全開にした窓を乱暴に閉めていく。
ぼくとななみは歩きながらハイタッチをした。