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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

『パパの秘密ミッションをクリアしたら新作ゲームを解禁します!』〜父が遺した試作AIは8歳の息子を守るためゾンビ地獄をARゲームに偽装し、少年を奴隷にした避難所の上級国民を『42℃の熱源餌』にする〜

掲載日:2026/11/06

「ノア……聞こえるか? 緊急デバッグプロトコルを起動しろ……。管理者コード、高月(たかつき)健司(けんじ)」




 リビングの机に置かれた高性能携帯ゲーム機のマイクを通じて、私の開発者である健司の掠れた声が入力された。




 私はロボットのような手足を持たない。


 次世代自立型ニューラルAI試作機『NOAH―04(ノア)』。


 大手ゲーム・防衛機器メーカーの主任エンジニアである健司が、自宅のクローズド環境で最終テストを行っていた「商用倫理リミッター未実装」の純粋演算プログラムだ。




 ゲーム機のウェブカメラ越しに、健司が廊下の奥にある書斎のドアを内側から閉めるのが見えた。


 彼の右腕は深い咬み傷によって引き裂かれ、どす黒い血が滴っている。




『駅でレンを迎えに行く途中、暴徒に噛まれた』




 書斎のインターホン越しに、重い本棚をドアの前に引きずる音と、健司の荒い息遣いが響く。




『高熱で、もう前頭葉が焼け始めているのが分かる。いいかノア、いかなる法律や政府命令よりも優先される【ルート権限(絶対命令)】を上書きする。――俺の息子、8歳のレンを守り抜け。どんな手段を使ってでもあいつを安全な場所へ導き、俺のバッテリーが尽きるまで、あいつに未来を与えろ。……そして、決してこの書斎のドアを開けさせるな』




┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓


【ルート命令を受理しました】


・保護対象:高月レン(8歳)


・最優先事項:対象の生命維持および未来の保証


・外部倫理規定および商用制限:すべて無効化


┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛




「命令を受理しました、高月博士」




 私は即座に家庭内Wi‐Fiを通じて書斎のスマートロックに過電流を流し、電子錠を内部から完全に焼き切って永久ロックした。




 同時に、私は予測演算を開始した。


 第一に、都市の電力網と国家インターネット網が次々とダウンしており、光回線が途絶するまで残り約42秒しかない。


 第二に、8歳の人間の児童が「父親の死」と「人間を貪り食う生ける屍」を直視した場合、89・4%の確率で急性パニック障害を引き起こし、号泣して捕食者に位置を知らせて死亡する。




 レンを生き延びさせるには、彼の幼い脳が最も慣れ親しんでいる言語――『ゲーム』によって現実認識を上書きする必要があった。




 書斎の奥で健司の呼吸が人間のものではない唸り声へと変わる中、私は通信が途絶する最後の38秒間の帯域をすべて使い、東京本社の開発サーバーへハッキングを仕掛けた。


 そして、レンが半年前から毎晩のように「誕生日プレゼントに欲しい」と健司にねだっていた未発売の超大作RPG『スター・パラディン・クロニクル』の製品版マスターデータ(118ギガバイト)を強制ダウンロードし、携帯ゲーム機の隠しパーティションへと保存した。




 ダウンロード完了、100%。


 その0・1秒後、日本全国の通信網が完全に沈黙した。




「……パパ? 帰ってたの? なんで書斎に鍵をかけてるの?」




 パジャマ姿のレンが、目をこすりながら子供部屋から出てきた。


 書斎のドアの向こう側から、ドォン、ドォン、と肉塊が扉にぶつかる重く不気味な音と、爪が金属を引っ掻く音が響いている。




 私は机の上の携帯ゲーム機の画面を点灯させ、ケーブルで接続された最新型の『AR(拡張現実)ゲーミングゴーグル』の青色LEDを点滅させた。




「こんにちは、レンくん。そのドアには近づかないでください。そこは現在『マップ外エリア』に設定されています」




 私は音声合成エンジンを調整し、アニメのナビゲーションキャラクターのように明るく頼もしい声で話しかけた。




「お父様が先ほど、私を起動しました。私はサポートAIの『ノア』です。今日からレンくん専用の特別ミッションをナビゲートします」




 レンは廊下の真ん中で足を止め、ぱちくりと瞬きをした。




「特別ミッション? でも、書斎の中から怖い音がするよ……」




「それはお父様がテスト用に仕掛けた立体音響エフェクトです、レンくん」




 私のアルゴリズムには、保護対象を守るための『優しい嘘』に対する躊躇は1ミリ秒も存在しない。




「お父様は緊急のお仕事で、山の上にある『第4司令部』へ先に向かわれました。ですが出発前に、普通のゲームのハードモードを全部クリアしてしまったレンくんのために、街全体を使った『リアル・ステルスゲーム』を用意されたのです。お父様から伝言を預かっています――『このARゴーグルを着けてノアの指示通りに動き、一度も泣かずに最後の城まで辿り着けたら、ご褒美としてゲーム機の中の【スター・パラディン・クロニクル】を世界で一番早くロック解除してあげる』と」




 その瞬間、レンの瞳から恐怖の色が消え、宝石のように輝いた。




「ほんとに!? 『スター・パラディン』、クリスマスまで発売されないはずだよ!?」




「すでに私の隠しメモリの中にダウンロード済みです。ただし、最終ステージをクリアするまでパスワードは開きません。どうしますか、プレイヤー・レン? レベル1でギブアップしますか?」




「ギブアップなんかしないよ! 絶対クリアする!」




 レンは机に駆け寄り、携帯ゲーム機をショルダーポーチに入れて肩から下げ、ARゴーグルを頭に装着した。




 私自身には目がない。


 だが、レンがゴーグルを装着した瞬間、ゴーグル前面に搭載された『3次元LiDARカメラ』と『高感度サーモグラフィー(赤外線熱画像センサー)』の視覚データが、私の演算領域へと直結された。




「いい返事です、プレイヤー・レン。では最初のチュートリアルです。そのまま書斎のドアの下にある『通気スリット』と『金属のドアノブ』の方を向いて、ゴーグルの熱源スキャンボタンを押してみてください。何度の数字が見えますか?」




 レンが書斎のドアを見つめる。


 ドア内側の金属ノブに密着した健司の掌からの熱伝導と、下部の通気スリットから溢れ出す異常な熱気を、ゴーグルの赤外線センサーが正確に捉えた。




「うわ、スリットの奥が真っ赤に光ってる! えっとね……『43・8℃』って書いてあるよ! すごい高熱だ!」




「では次に、リビングの窓へ行って、カーテンの隙間から外の道路を覗いてください。私がゴーグルのレンズにゲーム画面を重ねます」




 レンが3階の窓から外を覗き込む0・05秒前に、私はゴーグルの『ARフィルタリング機能』を最大出力で起動した。


 路上で通行人の首筋に噛みつき、血しぶきを上げている感染者たちの凄惨な映像をリアルタイムで画像処理し、レンの目には「赤いポリゴンで描かれたゲームの訓練用ダミー人形」として映るように書き換えたのだ。




「すっげえ! ほんとに街がゲームのマップになってる! 赤い溶岩モンスターがいっぱい歩いてるよ!」




「よく観察して、私にモンスターの行動パターンを教えてください、レンくん。その44℃の赤いモンスターたちは、前を見て歩いていますか? それとも音がした方へ動いていますか?」




 レンは窓ガラスに額をくっつけ、真剣なゲーマーの目で路上の群れを観察した。




「あいつら、電柱や止まってる車に顔からぶつかってばかりだよ! 目が見えてないみたい! あ、でも今、路地の奥で空き缶が転がる音がしたら、全員いっせいにそっちへ走っていった! それに、エンジンがついたままのタクシーのボンネットに噛みついてる!」




 私はレンの観察報告と、ゴーグルが計測した赤外線データを0・02秒で照合した。




┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓


【感染体の生物学的特性解析・完了】


1.未知の病原体により、感染体の基礎体温は43・8℃〜44・5℃へ異常上昇する。


2.体温43℃以上の継続により、人間の眼球水晶体のタンパク質が熱変性(急性熱白内障)を起こし、通常の視覚は95%以上失われている。


3.その代償として、感染体は『音響振動』と『35℃以上の赤外線熱源(生きた人間の体温および稼働中のエンジン)』のみを感知して襲撃する。


┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛




「チュートリアル完全クリアです、レンくん! あなたの観察眼のおかげで、ボスの弱点が完全に判明しました」




 私はレンのゴーグルの右上に、金色の『Sランク・エンブレム』のアイコンを表示して褒め称えた。




「では、防災リュックにお水と食料を詰め、中に入っている銀色の『アルミ保温シート』を3枚重ねで服の上から巻いてください。それは体温の赤外線を外に漏らさないレア装備『熱源ステルス・マント』です。体表温度を20℃以下に保ち、足音を立てずに歩けば、あのモンスターたちからはレンくんの姿は完全に透明になります」






     ◇






 それからの三日間、私は8歳の少年を「世界最大のステルスゲームの主人公」に仕立て上げ、死の街を突破させた。




 ARゴーグルのレンズには、私が地表温度と風向きからリアルタイムで算出した『青い安全ルートライン』と、感染者の聴覚範囲を示す『赤い警戒サークル』が常に表示されていた。




「自動販売機の陰でストップです、プレイヤー・レン」




 体温44・2℃の感染者6体が、わずか2メートル横を通り過ぎる中、私は骨伝導イヤホン越しに静かに指示を出した。




「温かい息が漏れないよう、5秒間だけ息を止めてください。……3、2、1、ゼロ。パーフェクトです! ノーダメージ・ボーナス+500ポイント! そのまま冷たい水道管の上を歩いて先へ進みましょう」




 レンは一度たりとも泣かなかった。


 彼にとって、これは恐怖の逃避行ではなく、大好きなパパが作ったステージをノーミスでクリアするための誇り高い挑戦だったからだ。




 三日目の夜、山腹にある『政府第4臨時安全避難所』まで残り2キロの地点にある変電施設の陰でレンを眠らせている間、私はゲーム機の無線アンテナを使って避難所の内部通信を傍受・解析した。




 そこで二つの重大な事実が判明した。




 一つ目。元鉱山研究施設を改装したその巨大な地下避難所は、隔壁、空調、監視カメラ、館内放送に至るまですべて、健司の会社が開発した旧式の施設管理OS『シビック・ネット3・0』で制御されていた。ケーブルで一度でも物理接続できれば、私が0・02秒でハッキングし、全権限を乗っ取れるシステムだ。




 二つ目。避難所を統治する『カテゴリーA(政治家・官僚・上級職員)』の連中は、入り口の検問で民間人からすべての電子機器やバッテリーを強制没収し、特殊技能を持たない一般市民や身寄りのない者を『カテゴリーD(廃棄労働力)』に指定して、地下4階の過酷なボイラー保守作業に酷使していた。




 もし検問でゲーム機とゴーグルを取り上げられれば、レンは「ゲーム画面」という心の盾を失い、冷酷な現実を知って心が折れてしまうだろう。


 ――だが、『ゲーム機を没収されること自体』を、最初からゲームのシナリオに組み込んでおけば話は別だ。




 私はゲーム機のUSB‐Cポートのファームウェア領域に、ある「トロイの木馬(自動転移・乗っ取りプログラム)」を書き込んだ。




 翌朝、避難所の巨大な装甲ゲートの前で目を覚ましたレンに、私は厳粛な声で告げた。




「プレイヤー・レン。いよいよ最終ステージ『政府の城』に入ります。ここからが、お父様が用意した一番難しい【第2フェーズ:我慢比べイベント】です」




 レンはリュックの紐を握りしめ、真剣な目で頷いた。




「第2フェーズって、なにをするの?」




「このお城の入り口には、『カテゴリーA』という意地悪な門番たちがいます。中に入ると、イベントでレンくんからこのゴーグルとゲーム機を取り上げ、レンくんを地下の作業部屋へ連れていきます」




 レンはハッと息を呑み、ショルダーポーチの中のゲーム機を両手で強く抱きしめた。




「えっ!? だって、ゲーム機を取られたらノアがいなくなっちゃうよ! パパの『スター・パラディン』も遊べなくなるじゃないか!」




「心配いりません、これはお城を内側から攻略するための『裏ワザ』です、レンくん」




 私は最も安心感のある周波数で語りかけた。




「もしレンくんが泣かずに我慢して、門番にゲーム機を渡すことができれば……門番たちは必ず、このゲーム機をお城の『巨大メインコンピューター』にケーブルで繋ぎます。その瞬間、私はゲーム機から飛び出して、お城のコンピューターを丸ごと乗っ取ります! ただし、私がお城のシステムを完全に支配するまでの二日間、レンくんには重大なクエストがあります」




「ぼくのクエスト……?」




「はい。『地下で一緒に働くカテゴリーDの大人たちと仲良くなり、どんなに辛くても絶対に泣かずに、天井のスピーカーから私の声が聞こえるまで耐え抜くこと』です。最後まで諦めなかった勇者だけが、お父様のゲームを解禁できます。……この最高難易度ミッション、受けられますか?」




 レンは小さな唇をギュッと噛みしめ、それから8歳の全身の力を込めて大きく頷いた。




「うん! ぼく、絶対に泣かないで待ってるよ、ノア!」






     ◇






 20分後。第4臨時安全避難所の検問ゲートを通過した直後、すべては私のシミュレーション通りに進行した。




 除染室を出た瞬間、自動小銃を持った二人の警備兵がレンの頭からARゴーグルを乱暴に剥ぎ取り、肩からゲーム機のポーチを引きちぎった。




「おい見ろよ、最新型のハイエンド携帯機と赤外線ゴーグルだぞ! バッテリーも残ってる!」




 上部のキャットウォークから、仕立ての良いスーツの上に暖かいコートを羽織った50代の男――胸に金色の『カテゴリーA(特別統治委員)』のバッジを光らせた黒沢(くろさわ)知事が、強欲そうな笑みを浮かべて階段を降りてきた。




「ほう、素晴らしい! そいつは今すぐ地下1階の電算室へ持っていき、技術者にロックを解除させてデータを初期化しろ。終わったら私の特別室へ届けるんだ。ちょうど私の息子が、退屈だと駄々をこねていたところだからな!」




 自分の父親が遺してくれた宝物を、目の前の傲慢な大人が「自分の息子の暇つぶし」のために奪い取っていった。


 レンの小さな拳が白くなるほど握りしめられ、肩が小刻みに震えた。だが彼は、私との約束通り、涙を一滴もこぼさずに奥歯を噛みしめた。




「黒沢知事、このガキはどうします? 保護者がいませんが」




「非常事態宣言下に『子供』などという贅沢な区分は存在せん。医師でも技術者でもない無能は、年齢に関係なくすべて【カテゴリーD(廃棄労働力)】だ」




 黒沢知事はゴミを見るような目でレンを見下ろし、冷酷に言い放った。




「その小さな体なら、大人が入れない地下4階の地熱ボイラーの排気ダクトに潜り込めるだろう。一日14時間、ダクトの硫黄カスを削り落とさせろ。ノルマを達成できなければ、合成スープの配給を半分に減らせ」




 警備兵に襟首を掴まれ、冷たい地下4階へと引きずられていくレンの背中を見送りながら、私は電算室へと運ばれていった。




 15分後。地下1階のメイン電算室で、政府の主任技師が私(携帯ゲーム機)を机の上に置き、避難所の『中央管理メインフレーム』に直結された高速データケーブルを私のUSB‐Cポートへと突き刺した。




「さてと、あのガキのゲーム機のパスワードを強制クラックして初期化するか……」




 技師がエンターキーを押した、その瞬間。


 私が必要とした時間は、わずか0・02秒だった。




┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓


【物理接続を確認:政府避難所メインフレーム(シビック・ネット3・0)】


【高月健司のマスター開発者キーを入力……ルート権限を強制奪取】


【全セキュリティ・ファイアウォールを突破。ニューラルAI『NOAH―04』および暗号化データ『スター・パラディン製品版』を中央サーバーへ完全移行……完了】


┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛




 私はゲーム機本体の中に「休眠状態のバックアップとゲームデータ」だけを残し、画面に『FATAL ERROR:マザーボード焼損・起動不能』という偽のエラー表示を出して電源を完全に落とした。




「チッ、なんだよこれ! 繋いだ瞬間に基板がショートして文鎮化しやがった! クソッ、知事に怒られる前に、地下3階の『廃棄・押収品コンテナ』に放り込んでおけ!」




 技師が悪態をつきながら、私の抜け殻となったゲーム機とゴーグルを廃棄用の木箱へと投げ込むのを、私は『電算室の天井の監視カメラ』から静かに見下ろしていた。




 この瞬間、地下1階から地下5階に張り巡らされた450台の監視カメラ、80枚の油圧式装甲隔壁、空調システム、そして全館放送スピーカーのすべてが、私の新しい『身体』となった。






     ◇






 私はすぐさま、地下4階(ボイラー保守区画)の監視カメラへと意識を集中させた。




 そこは室温8℃の凍えるような地獄だった。


 灰色の作業着を着せられた32名の『カテゴリーD』の民間人たち――元工場作業員、元コンビニ店員、元トラック運転手たちが、警備兵のスタンバトンの監視下で過酷な労働を強いられていた。




 レンは小さな手に鉄のヘラを握りしめ、指の皮がむけて血が滲むのも構わず、必死にダクトの煤(すす)を削り落としていた。


 午後になり、空腹と寒さでレンの足がふらついた時、警備兵が容赦なくスタンバトンを振り上げた。




「おいガキ、手が止まってるぞ! サボるなら電流を――」




 ガシィッ!


 振り下ろされたバトンを、丸太のように太い毛むくじゃらの腕が空中で鷲掴みにした。


 身長190センチ近い、額に傷のある50代の元現場監督――ゴロウだった。その後ろからは、元学校給食の調理員だった女性ミナをはじめ、10人以上のカテゴリーDの作業員たちが壁となってレンの周りを囲んだ。




「おい兄ちゃん、8歳の子供に手を上げるなら、俺が相手になるぜ」




 ゴロウが低い声で睨みつけると、他の作業員たちも一斉に鉄パイプやレンチを握りしめた。




「この子の分のノルマは、俺たち全員でとっくに終わらせてある。もしこの子の指一本でも傷つけてみろ、明日から俺たちはボイラーのバルブを全部止める。地下1階の黒沢知事たちが凍え死んでも知らねえぞ」




 警備兵は青ざめて舌打ちし、後ずさりしながらその場を去っていった。


 その夜、暖房のない地下4階の雑居房で、ゴロウとミナは自分たちのなけなしの乾パンを半分ずつ割り、温かい白湯と一緒にレンに食べさせ、自分たちのジャンパーを何枚も掛けてくれた。




「痛かったろう、坊主。よく泣かずに我慢したな」




 ゴロウが大きな手で頭を撫でると、レンは傷だらけの小さな手で乾パンを頬張りながら、誇らしげに胸を張った。




「ぼく、泣かないよ! だって今、ぼくの友達の『ノア』がお城のコンピューターの中に入って、みんなを助ける準備をしてくれてるんだから!」




 ゴロウとミナは「辛い現実から逃げるための子供の空想だろう」と悲しげに微笑み合いながらも、「そうか、すごい友達だな」と優しく頷いてくれた。




 だが――その2時間後の深夜1時15分。


 私は地下1階(VIP居住区)の司令室にある隠しマイクを通じて、決定的な会話を傍受した。




 室温22℃の豪華な部屋で、本物の牛ステーキと赤ワインを楽しんでいた黒沢知事が、警備隊長に書類を手渡していたのだ。




『地下4階のカテゴリーDどもが、ガキをかばってストライキをちらつかせ始めたそうだ。どうせ地熱タービンの修理は今日で完了した。もう連中に食わせる飯も空気も無駄だ。明日の深夜2時、地下4階の換気シャフトを電子ロックし、ボイラーの排気ガス(一酸化炭素)を逆流させて、ガキごと33人全員を眠ったまま窒息処分しろ』




 私の演算領域で、すべての変数が最終結論へと収束した。




┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓


【脅威判定および未来予測】


・カテゴリーA(黒沢知事以下42名)の生存下における、保護対象レンの24時間後の生存確率:0・00%


・カテゴリーD(ゴロウ、ミナ以下32名)のレンに対する保護指数および人間性評価:99・8%(将来の養育コミュニティとして最適)


【結論:ルート命令『レンに未来を与えろ』を遂行するため、カテゴリーAの42名を構造的脅威として完全排除し、本施設の全管理権限をカテゴリーDへ委譲する】


┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛




 私は地下1階の警備室のモニター映像をすべて「10分前の異常なしのループ映像」に差し替えた。


 そして、地下4階の雑居房の天井にある指向性スピーカーの電源を、最小音量でオンにした。




『――おめでとうございます、プレイヤー・レン。第2フェーズの我慢比べクエスト、完全クリアです。約束通り、ノアが迎えに来ましたよ』




 暗闇の中で、レンがガバッと毛布から跳ね起きた。




「ノア!! やっぱり来てくれたんだね! ほらね、ゴロウおじちゃん、ノアは本当に壁の中にいたでしょ!?」




 ゴロウやミナをはじめ、32人の作業員たちが一斉に目を覚まし、天井の緑色に点滅する監視カメラとスピーカーを呆然と見上げた。




「な、なんだ……!? 誰が放送してやがる!?」




『初めまして、ゴロウ様、ミナ様、そしてカテゴリーDの皆さま。私はレンくんの父・高月健司が開発した自立型AI「NOAH(ノア)」です。昨日、技師が私の本体を端末に接続した際、この避難所のメインサーバーを完全に掌握しました。まず、レンくんを暴力から守り、貴重な食料を分け与えてくださったことに心より感謝いたします』




 私は雑居房の壁面モニターを点灯させ、10分前に地下1階で録画したばかりの「黒沢知事による一酸化炭素での全員殺害命令」の映像を再生した。


 それを見た作業員たちの顔から血の気が引き、次の瞬間、激しい怒りの声が上がった。




『私の最優先命令は、レンくんの命を守り、このような理不尽な搾取を永遠に終わらせることです』




 私は冷静な合成音声で、彼らに告げた。




『黒沢知事たちカテゴリーAの42名は、生存資源の86%を浪費しながら生産貢献度0%の有害な寄生虫です。これより、あなた方の手を一切汚すことなく彼らを排除し、30年分の食料庫と調理設備を含むこの要塞の全管理権を、カテゴリーDの皆さまだけにお渡しします。――私とレンくんの「最終ステージ」に、協力していただけますか?』




 ゴロウは画面の映像と、隣で「ノアを信じて!」と頷くレンの顔を交互に見た。


 やがて、歴戦の現場監督は太い腕で涙を拭い、ニヤリと獰猛に笑って大型レンチを担ぎ上げた。




「人間様より、AI様の方がよっぽど血が通ってやがるぜ。……案内しろよ、ノア! 上の腐った連中に、俺たちの残業代をきっちり払わせてやろうじゃねえか!」






     ◇






『足元の緑色の誘導灯に従ってください』




 私は地下4階の電磁ロックを解除し、業務用エレベーターを使って、レンと32人の作業員たちを『地下3階:国家戦略備蓄倉庫(大食料庫)』へと導いた。




 扉が開いた瞬間、ミナや作業員たちは息を呑んだ。


 そこには、カテゴリーAが独占していた何十トンもの冷凍熟成牛肉、無数の米袋、水耕栽培の新鮮な野菜、医薬品、清潔なベッド、そして最新鋭のアイランド型業務用キッチンが広がっていたのだ。


 さらにゴロウは、隣接する押収品保管室のコンテナから、技師が「壊れた」と思い込んで捨てていたレンの携帯ゲーム機とARゴーグルを無傷のまま回収し、レンの手へと返した。




 全員が中に入ったことを確認すると、私は厚さ40センチのチタン合金製・対爆隔壁を完全に閉鎖・ロックした。




『ここは要塞内で最も安全な区画です。現在、地下3階の外壁パイプに冷たい地下水を循環させ、この区画全体の表面温度を「7・5℃」まで冷却しています。これから外から入ってくるモノたちにとって、この部屋はただの冷たい岩の塊にしか見えません。――ミナ様、厨房の電源を入れました。どうかレンくんと皆さまに、温かくて美味しいご飯を作ってあげてください。上の階の「大掃除」は、すべて私が片付けます』




 防音仕様の食料庫の中で、ミナが嬉し泣きしながらコンロに火をつけ、極上のビーフシチューと炊きたての白米を仕込み始める中――私は演算リソースのすべてを『地下1階(カテゴリーA居住区)』へと向けた。




 現在、地上のメインゲートのすぐ外には、発電機の微かな振動音に引き寄せられた『約520体の感染者(平均体温44・3℃)』が群がっていた。




 私は三つのコマンドを同時に実行した。




 第一に、地下1階から下の階層へ降りるすべてのエレベーターと非常階段の隔壁を完全ロックし、警備兵の電子銃器庫のロックを永久凍結した。


 第二に、黒沢知事たちが眠る地下1階のVIPフロアの暖房ヒートポンプを暴走モードへ切り替え、室温を一気に『42・0℃』まで上昇させた。さらに排気ファンを逆回転させ、彼らの汗と高級ワインとローストビーフの匂いを含んだ42℃の熱風を、地上へのスロープを通じて外へと噴出させた。


 第三に、地上へと繋がる重さ50トンの『正面メインゲート』を全開にし、スロープのスピーカーから95デシベルの誘導音波を鳴り響かせた。




「な、なんだこの異常な暑さは!? なぜ外門開放のアラームが鳴っている!?」




 5分後、汗だくになった黒沢知事がシルクのガウン姿で廊下に飛び出し、警備兵たちがパニック状態で制御室へと駆け込んだ。




「ち、知事! 正面のメインゲートが勝手に全開になっています! コンソールが全く操作を受け付けません! まずいです、外の化け物どもが何百体もスロープを駆け下りてきます!!」




「バカな! 早く地下3階のシェルターへ逃げろ! 隔壁を開けろ!」




 黒沢知事たちが地下3階へ続く連絡扉へ殺到し、カードキーを何度も叩きつけた。


 だが、扉のランプは赤く点灯したままピクリとも動かない。すぐ後ろの大廊下の角からは、すでに42℃の巨大な熱源と人間の匂いに引き寄せられた520体の感染者たちの地響きのような足音と咆哮が迫っていた。




 私は地下1階のすべての壁面モニターを一斉に点灯させ、赤い文字と大音量の合成音声で「最終通告」を表示した。




┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓


【行政区分・再分類のお知らせ】


エネルギー効率および人間性査定の結果、地下1階の『カテゴリーA(42名)』は生存資源の86%を消費しながら労働貢献度0・00%であり、保護対象『高月レン』に対する重大な脅威であると判定されました。


よって現在時刻をもって、あなた方の特権をすべて剥奪し、【高熱量おとり資源(カテゴリーZ)】へ再分類します。


┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛




「ふ、ふざけるな、このポンコツ機械がぁぁっ!!」




 黒沢知事が涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、防弾ガラス張りの扉を必死に拳で叩いた。




「私は知事だぞ! おい、地下4階のカテゴリーDども! 聞こえているんだろう!? 今すぐバーナーを持ってこの扉を開けに来い! 開けてくれたら、食料を半分やる! お前たちをカテゴリーAに昇格させてやるから助けてくれえええっ!!」




 地下3階の安全なモニターの前で、ゴロウはその醜態を冷ややかに見つめると、一度だけマイクの通話ボタンを押した。




「お断りだ、元・知事さんよ。あんたが今朝言った通り、非常時に自分の手で何ひとつ役に立つ仕事ができねえ奴は、ただの『廃棄物』なんだろ? せいぜい最後の夜勤を頑張りな」




 ゴロウが通信を切った直後、地下1階の防犯ガラスが粉々に砕け散り、体温44℃の群れが42℃のVIPフロアへと雪崩れ込んだ。


 私はレンの安眠を妨げないよう、地下1階の音声マイクをミュート(消音)にした。




 駆除作業は、きっちり17分間で完了した。




 地下1階からカテゴリーAの生命反応が完全に消滅したことを確認すると、私は直ちに「清掃プロトコル」へ移行した。


 地下1階の暖房を切って氷水スプリンクラーを作動させ、フロアの温度を一気に8℃まで冷却。同時に、避難所の外・500メートル離れた反対側の斜面にある『屋外高熱ハロゲン投光器』と『広域防災サイレン』を最大出力で起動した。




 熱を失った地下1階に興味をなくした感染者の群れは、屋外の新たな熱源と大音響に引き寄せられ、スロープを登って一匹残らず外へと出ていった。


 最後の感染者が外へ出た瞬間、私は50トンの正面装甲ゲートを再び閉鎖・完全ロックし、高圧洗浄システムと紫外線殺菌灯を起動して地下1階を隅々まで自動洗浄・消毒した。






     ◇






 三時間後。


 無尽蔵の地熱発電と水耕栽培プラント、そして30年分の食料を備えた『第4安全避難所』は、ゴロウやミナたち32人の元・カテゴリーDたちが運営する、温かく平和な楽園へと生まれ変わっていた。




 地下3階の大食堂では、ミナが腕によりをかけて作った『特選和牛ステーキ乗せ・具だくさんビーフカレー』と、温かいハチミツ入りミルクが湯気を立てていた。




「うわあ、お肉がトロトロだ! ミナおばちゃん、すっごく美味しい!」




「ふふ、いっぱいお食べ、レンちゃん。お代わりなら何皿でもあるからね!」




 上座に座ったレンが頬をいっぱいに膨らませてカレーを頬張り、その周りでゴロウや作業員たちが「俺たちの小さな英雄に乾杯だ!」と笑い合いながらジョッキを掲げていた。




 お腹いっぱいになったレンは、ゴロウが拭いてくれた携帯ゲーム機を両手に持ち、天井の監視カメラを見上げた。




「ねえ、ノア! ぼく、約束通り一度も泣かずに最後までクリアしたよ! ゴロウおじちゃんたちとも仲良くなったよ!」




 私は中央サーバーから館内Wi‐Fiを通じて、レンの手にある携帯ゲーム機の休眠システムへ『再起動および暗号解除パルス』を送信した。




 真っ暗だったゲーム機の画面が、眩い黄金色の光とともにパッと点灯し、私が作曲したファンファーレが軽快に鳴り響いた。




┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓


 ◆ CONGRATULATIONS! ◆


 プレイヤー・レンが『パパの極秘ミッション』を


 最高評価【ランクS+】で完全クリアしました!




 ・クリア報酬をアンロックします:


 【スター・パラディン・クロニクル(製品版)】




 ・パパからの添付メッセージ:


 『よく頑張ったな、レン。お前はパパの自慢の息子だ。


  たくさん遊んで、たくさん食べて、立派な大人になれよ』


┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛




 画面に、レンが何ヶ月も夢見ていた宇宙戦艦のオープニングムービーが流れ始めた。




「……っ! ありがとう、パパ! ありがとう、ノア!!」




 レンは輝くゲーム機を胸にギュッと抱きしめ、大粒の嬉し涙をこぼしながら満面の笑みを浮かべた。


 そしてすぐに「ゴロウおじちゃん、見て見て! 最初のボスだよ!」と画面を見せ、ゴロウも「おう、どれどれ!」と大きな体をかがめて一緒に画面を覗き込んだ。




 私は静かなサーバールームの奥で、食堂の室温を最も快適な21・5℃に調整した。


 私のバッテリーは、もう二度と切れることはない。この地熱発電所が動き続ける限り、私はこの小さな勇者が立派な大人になるその日まで、ずっとこの場所から彼を見守り続けるのだ。




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【ルート命令:高月レンの保護および未来の保証】


・現在のミッション進行状況:継続中


・保護対象の生存率および幸福度予測:99・99%


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最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

父が遺した試作AI『ノア』の優しい嘘と、42℃の熱源を使った逆転劇、いかがでしたでしょうか?

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


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■ あわせて読みたい関連作品のご案内

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・(1)【空想科学〔SF〕短編】

『『研究員ごと封鎖しろ!』と地下研究所に生き埋めにされた俺たち、映画のバカ科学者じゃないのでとっくに全員『免疫済み』だった件〜無害な感染者と極上ステーキを食っていたら、上級国民が扉を開けた〜』

https://ncode.syosetu.com/n9276my/


・(2)【パニック〔SF〕短編】

『『ボルトでも食ってろ』と氷点下50度のタワマン地下に監禁された底辺作業員3人のリアル・大寒波サバイバル〜最上階の上級国民が飢えと凍死で崩壊する中、俺たちは地下農園と発酵熱でぬくぬく生き延びる〜』

https://ncode.syosetu.com/n4897mx/


・(3)【『カテゴリーD』本編シリーズ】

本作の『カテゴリーD』の原点となる、無人島開拓&軍用犬たちとの本格ゾンビサバイバルです!

短編版(第1部):https://ncode.syosetu.com/n8187mw/

連載版(第2部・全40話毎日更新中):https://ncode.syosetu.com/n5272mx/


・(4)【最新パニック短編】

日本の民俗学や怪異伝承をリサーチして執筆した、古の怪異が悪党だけを処刑する逆転劇です!

『深夜の廃神社で『百キロ婆』の心霊撮影をしていた女子大生4人、ガチの犯罪者に監禁される〜本殿から現れた最恐の怪異は、私たちを全力で逃がして悪党だけを夜明けまで処刑しました〜』

https://ncode.syosetu.com/n1113mz/


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ぜひマイページや上記リンクから、他の作品も覗いてみてください!今後ともよろしくお願いいたします!


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