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悪役令嬢、断罪の場に顧問弁護士を連れてきました

作者: あゆと
掲載日:2026/06/29

「クラリス・ヴァンローゼ!」


卒業記念舞踏会の音楽が止まった。

広間の中央で、王太子アルベルト殿下がわたくしを指さしていた。隣には、淡い桃色のドレスを着たミーナ・ベルフォード男爵令嬢がいる。

ミーナ嬢は殿下の袖をつかみ、俯いていた。


「お前との婚約を、今この場で破棄する!」


観衆の目が、いっせいにわたくしへ向いた。

予想はしていた。殿下が今夜、何かをなさることは分かっていた。だから、わたくしは準備してきた。

ただし、ここまで大声だとは思っていなかった。


「お前はミーナを虐げた! 階段から突き落とし、贈り物を奪い、ついには毒まで盛ろうとした!」


毒。


その一言で、笑っていた令嬢たちが口を閉じた。

わたくしは扇を持つ指に力を込めた。まだ、黙る。


「この場にいる全員が、お前の罪を知っている! ミーナは泣きながら私に訴えたのだ。お前のような悪女を、王太子妃にするわけにはいかない!」

「わ、私は……ただ、殿下に助けていただきたくて……」

「恐れることはない、ミーナ。真実は今、明らかになる!」


殿下はミーナ嬢の肩を抱いた。

拍手が起きると信じている顔だった。


わたくしは、扇を一度だけ閉じた。


ぱちん、と乾いた音がした。


その瞬間、広間の端から、がらがらがら、と場違いな音がした。

貴族たちが振り返る。

黒い礼服の男が、小さな台車を押して入ってきた。

台車の上には、書類箱、朱肉、羽根ペン、計算板、封筒の束、そして大きな札が立っている。


臨時受付

断罪・婚約破棄・名誉毀損

ご相談はこちら


楽師が弓を下ろした。

給仕が銀盆を持ったまま止まった。

令嬢の一人が、開きかけた扇をそのまま固めた。


男はにたにた笑いながら、片手を上げる。


「はいはい、すんません。断罪一件、受付こちらでよろしいですか」


誰も答えない。

男は台車を押しながら、わたくしの隣まで来た。


「えらい豪華な会場ですなあ。商都では、ここまで派手な苦情受付はなかなかありませんわ」


殿下の眉が跳ねた。


「何だ、その台車は!」

「受付です」

「誰が受付をしろと言った!」

「殿下が大声で案件を始めはったんで」


男はにこにこと頭を下げた。


「ヴァンローゼ公爵家の顧問弁護士、ジョー・サカイですわ。どうぞよろしゅう」

「顧問、弁護士……?」

「はい。顧問で、弁護士です。ついでに本日は受付係も兼ねております」


殿下がわたくしを睨んだ。


「そのような男を、誰が呼んだ!」

「わたくしです」


わたくしは扇を下ろした。


「先生。始めてください」

「承りました」


サカイは、ぱん、と軽く手を打った。


「ほな、まず案件名から整理しましょか」


台車の横にいた従者が、板を一枚立てる。


受付番号

舞踏会一番


「受付番号をつけるな!」

「後で探しにくいんですわ」


サカイは台車の上から一枚の紙を取り出した。


「本日の案件名。王太子殿下による公開婚約破棄、毒物混入告発、ならびに婚約中の公的親密行為」

「最後のは何だ!」

「後ほど確認します。順番がありますんで」


殿下の顔が赤くなる。


「勝手に書くな!」

「殿下が勝手に始めはった案件です。こちらは追いついてるだけですわ」

「今はクラリスが裁かれる場だ!」

「ほな、そこも確認しましょ」


サカイは羽根ペンを持った。


「殿下、ちょっと確認させてもろてもええですか」

「何をだ!」

「いま皆さんの前で、クラリス様がミーナ様に毒を盛った、と言いはりましたな」

「そうだ! 私はそう言った! その女はミーナに毒を盛った!」


サカイの笑みが深くなった。


「おーきに」

「何がだ!」

「殿下ご自身の口で言うてもろたんで、話が早いですわ」


サカイは広間を見渡した。


「皆さんも聞きましたな?」


貴族たちは答えなかった。

ただ、殿下の隣にいた令息が、一歩だけ足を引いた。


「沈黙も、だいたい聞いたいうことです。王都の皆さんは上品ですなあ」

「ふざけるな!」

「ふざけてへんから怖いんですわ、殿下」


サカイは帳面を開いた。


「笑うてますけど、仕事はしてます」


「ミーナは倒れた! それが証拠だ!」

「殿下。倒れた人がおったら、まず医者ですわ」


サカイは困ったように首を傾げた。


「倒れた、即、毒。そこまで急ぐんは、さすがに階段二段飛ばしです」

「何だと!」

「階段から突き落とした話も出てましたし、階段は丁寧に扱わんと」


殿下の口が止まった。

サカイは台車から小さな板を取り出した。


断罪内容確認表


「では、順番にいきましょ。揉めごとは順番が大事です。魚屋で靴を求めても、ええ靴は出てきません」

「何の話だ!」

「違う店に怒鳴り込んでも、欲しいもんは出てきません、いう話です」


サカイは一つ目の欄を指した。


「まず、婚約破棄。これはクラリス様、受け入れでよろしいですか」

「はい」


わたくしは答えた。


「婚約破棄のお申し出は受け入れます」


殿下の目が見開かれる。


「クラリス、お前」

「ただし」


わたくしは殿下を見た。


「罪人として扱われることは、受け入れません」

「はい、ここ大事です」


サカイが横から明るく言った。


「婚約は破棄。罪は返品。混ぜたらあきません」

「勝手に決めるな!」

「殿下が先に婚約破棄を叫びはったんです。こちらは返品伝票を切ってるだけですわ」


サカイは台車の上から婚約契約書を取り出した。


「まずはこちら。婚約契約書ですわ」

「舞踏会に、そんなものを持ち込んだのか!」

「はい。殿下は断罪を持ち込みはった。私は契約書を持ち込みました」


サカイはにこっと笑う。


「私の武器は紙ですんで」

「紙などで王太子を止められると思うな!」

「紙で国は動きます。王太子殿下なら、ようご存じのはずです」


サカイは書類の下部を指した。


「ここ、殿下の署名と王家の印です」


殿下の視線が署名欄へ落ちた。


「この約束には、話し合いもなく婚約を壊し、相手の名を傷つけた場合、違約金を払うこと、と書かれてます」

「そんなものは知らん!」

「知らんで済んだら、商都の借金は全部消えますわ」


サカイはにこにこしたまま、署名欄を指す。


「残念ながら、世の中そこまで甘ないんです」

「貴様……!」

「ほな、この署名は殿下のもんやない。そう言わはるんですか?」


殿下の口が止まった。


「もしそうなら、今度は王家の印を誰かが勝手に使うた話になります。婚約破棄どころやありません。王宮の印鑑管理、火の車です」

「……署名は、した」

「署名はした、と」


サカイは帳面に書いた。


「何を書いている!」

「殿下のお言葉です。大事に扱わんと」

「いちいち書くな!」

「口で言うたことを紙に残すのが仕事ですわ。嫌なら、言わんのが一番です」


殿下は口を開きかけて、止めた。

サカイは嬉しそうに頷いた。


「そうです。それが正解です」


サカイはミーナ嬢と、彼女の肩に置かれた殿下の手を見た。


「次。婚約中の公的親密行為について」

「だから、それは何だ!」

「殿下。今夜、ミーナ嬢をお隣に立たせてはりますな」

「それがどうした!」

「肩も抱いてはりました」

「ミーナは怯えているのだ!」

「なるほど。婚約者を断罪する場で、別の令嬢を肩に抱いて守っておられる」


サカイは帳面に書いた。


「なかなか絵が強いですな」

「何がだ!」

「不利な絵です」


殿下の手が、ミーナ嬢の肩から少し浮いた。


「恋をなさるのは自由です。ただし、婚約者がおる状態で、別の令嬢を隣に立たせ、肩を抱き、その方を守るために婚約者を罪人扱いした。ここまで来ると、恋やなくて案件です」

「ミーナは私が守るべき女性だ!」


サカイの目が、ぱっと明るくなった。


「守るべき女性、いただきました」

「何をだ!」

「婚約者以外の女性を、王太子殿下が守るべき女性として公言。これは後で記録と照合しましょ」

「記録と照合するな!」


台車の横にいた従者が、札を一枚足した。


公的親密行為

確認中


「札を増やすな!」

「増えたのは札やなくて、殿下の行動です」


ミーナ嬢が小さく首を振る。


「わ、私は、そんなつもりでは」

「ミーナ嬢。あなたを責めてるんやありません」


サカイはにこやかに言った。


「ただ、婚約者を捨てる前に次の方を舞台へ上げる。商都では、これを在庫入れ替えとは呼びません」

「では何と呼ぶ!」

「揉めごとです」


殿下は、今度こそミーナ嬢から手を離した。


サカイは別の紙を取り出した。


「では、毒の件にまいりましょか」


ミーナ嬢の指が、殿下の袖から離れた。


「殿下が毒を盛ったとおっしゃる春の慈善茶会。その時刻、クラリス様は王妃殿下主催の刺繍奉納会に出席してはりました」

「抜け出せばいいだろう!」

「抜け出したら、出入りの控えに残ります。控えいうんは、そういうもんです」


サカイは紙を掲げた。


「出入口には、侍女長と護衛二名。誰が出入りしたか、全部控えに残ってます」

「記載がないだけだ!」

「記載なしで人を罪人にできるなら、帳簿は飾りですな」


サカイは困ったように首を傾げる。


「商都でそれやったら、帳簿が泣きますわ」


殿下はミーナ嬢を見た。

ミーナ嬢は目を伏せた。


「もう一つ。薬師院の鑑定書です」


サカイは紙を読み上げた。


「ミーナ・ベルフォード男爵令嬢の症状は、毒物によるものではなく、薬草酒と香料菓子の食べ合わせによる一時的な発疹およびめまい」


広間の端で、給仕が盆を持ち直した。

ミーナ嬢の顔が赤くなる。


「さらに補足。薬草酒、三杯。香料菓子、六個」

「そ、それは……」


サカイは書類に目を落とした。


「訂正。七個目を半分」


ミーナ嬢は両手で顔を覆った。

サカイは真顔で頷く。


「半分は数えへん派ですか。分かります。私も饅頭ではようやります」


「ミーナを辱めるな!」

「辱めてるんやありません。毒やないと確認してるんです」


サカイは真面目な顔でうなずいた。


「食べすぎは恥ずかしいかもしれませんけど、毒殺未遂よりだいぶましです」

「だ、だがミーナは苦しんだ!」

「そら六個半いったら苦しいでしょうな」


わたくしは扇で口元を隠した。

危ない。少し笑いそうになった。


サカイは、今度は証人たちへ向き直った。


「では、見た人を確認しましょか」


サカイは広間を見渡す。


「クラリス様が毒を入れるところ、見た人。手ぇ上げてもろてよろしいですか」


誰も手を上げない。


「おらんのですか」


サカイは首を傾げた。


「毒、だいぶ人見知りですな」

「ふざけるな!」


殿下が怒鳴る。


「ミーナが見た!」


サカイはミーナ嬢へ顔を向けた。


「ミーナ嬢。責めてるんやありません。見たことだけ教えてください。クラリス様が杯に毒を入れるところ、見ました?」

「見ては、いません」

「一人目。見てませんな」


サカイは指を一本立てた。


「では、クラリス様が毒を入れたと聞いた相手はどなたですか」


ミーナ嬢の視線が、殿下へ動く。


「殿下、が……私のために調べたと……」

「なるほど。殿下から聞いた話ですね」

「それで何が悪い!」


殿下が叫ぶ。

サカイはにこっと笑った。


「悪いとは言うてません。ただ、見た話と聞いた話を混ぜると、話が濁ります。濁った話は、あとで必ず揉めます」


サカイは取り巻きの令息へ顔を向けた。


「そちらの令息は?」

「見ていない! だが殿下がそうおっしゃった!」

「二人目。見てません」


サカイは指を二本にした。


「あなたは?」

「……見ていません」

「三人目。見てません」

「あなたは?」

「殿下から、聞きました」

「四人目も、見てません」


サカイは明るく頷いた。


「いやあ、きれいに揃いましたな」


殿下の取り巻きたちが、一歩ずつ下がり始めた。

サカイは帳面を軽く持ち上げる。


「毒を見た人はおらん。毒やと聞いた人はおる。で、聞かせた人は殿下お一人」


サカイは帳面を閉じた。


「帳尻、ぴったり合いましたわ」


「ふざけるな!」


殿下は真っ赤になって叫んだ。


「王族である私に、このような真似をして許されると思っているのか!」

「これは王族への不敬の話やありません」

「なら何だ!」

「殿下が署名した約束と、殿下が皆さんの前で言うた言葉の話です」

「王太子である私の言葉が、法より軽いと言うのか!」

「いいえ」


サカイは深く礼をした。


「王太子であられるからこそ、お言葉は重う扱われます」


殿下は声を詰まらせた。


「冗談でした、では済みません」


その時、サカイの従者が小さな札を台車に立てた。


追加発言受付中


「何だそれは!」


殿下が叫ぶ。

サカイは笑顔で答えた。


「殿下のご発言が増えてきましたので」

「黙れ!」


従者が札の横に、木片を一枚置いた。


威圧 一件


「貴様!」


木片がもう一枚置かれる。


侮辱 一件


「やめろ!」


従者が少し迷ってから、木片を置いた。


業務妨害 一件


「迷うな!」

「殿下。しゃべるほど増えます」


殿下は口を開けたまま固まった。

サカイはにこにこした。


「黙るのが一番お安いです」


その一言で、殿下の口が閉じた。

広間に、台車の車輪が小さくきしむ音だけが残った。


サカイは、会場の端へ顔を向ける。


「記録官さん」


金縁の帳面を持った老人が、びくりと肩を揺らした。

卒業記念舞踏会の儀典記録官だった。

王族の祝辞、来賓の挨拶、式典中に王族が全体へ向けて発した言葉を記録する役目の者である。


「本日の式典記録、つけてはりますな」

「……職務でございます」

「今の殿下のご発言、公式記録に残りますな」

「記録しております」


殿下の顔が固まった。


「消せ」

「殿下」


サカイが、すぐに声を重ねた。


「今の“消せ”も記録されます」

「なっ」

「記録官さん」

「……ただいま記録いたしました」


サカイはうなずいた。


「王族が公式記録の削除を命じた。はい、別紙です」


従者が紙を一枚出した。


公式記録削除依頼書

※削除はできません


「できないなら出すな!」

「依頼があったことは残りますんで」

「違う! 今のは命令ではない!」

「記録官さん」

「……公式記録に残ります」


殿下は記録官を睨んだ。


「貴様、誰の命で記録している!」

「王宮儀典局の職務でございます」


記録官の声は震えていた。

それでも、羽根ペンは止まっていなかった。


サカイはにこにこしたまま、台車の札を一枚めくった。


公式記録照合中


「王太子殿下。ここから先は、しゃべるほど公式記録が育ちます」

「育てるな!」

「記録官さん」

「……ただいま記録しております」


殿下の額に汗が浮かんだ。


「私は王太子だぞ!」

「はい。身分確認できました」


サカイは従者を見た。

従者が札を差し替える。


王太子料金

適用中


「身分で値段を変えるな!」

「責任の重さが違いますんで」

「そういう意味ではない!」

「記録官さん」

「……公式記録に残ります」


殿下の隣から、最後の取り巻きが半歩下がった。

ミーナ嬢はもう、殿下の袖をつかんでいなかった。


殿下は、わたくしを見た。


「クラリス、お前、こんなことをして、王家との縁が戻ると思うのか」

「戻すつもりはありません」


わたくしは一歩前へ出た。


「婚約破棄のお申し出は受け入れます。けれど、罪は受け取りません」

「クラリス……」

「アルベルト殿下の婚約者としてではなく、ヴァンローゼ公爵令嬢として申し上げます」


わたくしは深く礼をした。


「わたくしは、毒を盛っておりません」


記録官の羽根ペンが、紙の上を走った。

その音が、やけにはっきり聞こえた。


サカイは、台車の札に手を伸ばしかけて、やめた。


「……ここは、札いりませんな」


わたくしは、少しだけ扇を下ろした。


サカイは台車の上から、封筒を三つ取り出した。


「では、今後の流れです。ひとつ、クラリス様が毒を盛った事実はないことを、出入り控えおよび薬師院鑑定書に基づいて確認。ふたつ、殿下の公開発言と公的親密行為は、王宮儀典記録および会場証言により確認。みっつ、殿下の公開発言について、ヴァンローゼ公爵家より名誉回復文書と請求書を正式送達」


殿下が封筒を睨む。


「誰が受け取るものか」

「受け取り拒否ですね」


サカイは従者を見た。


「受け取り拒否欄、出して」

「はい」


従者が、別の紙を出した。


受け取り拒否確認書


殿下の口元が引きつった。


「何でもあるのか!」

「揉めごとは、だいたい似てますんで」


サカイはにこにこしている。


「殿下。受け取る、受け取らない、どちらでも書類は進みます。商都では、逃げる足より紙の足のほうが速いんです」

「紙に足などあるか!」

「あります。配達人です」


記録官の羽根ペンが止まりかけた。

サカイが振り返る。


「記録官さん、今のは要りません。私の雑談です」

「……承知しました」


殿下は、唇を強く結んだ。

もう、言い返さない方がいいと分かった顔だった。


サカイは封筒を差し出した。


「殿下。こちら、暫定の請求額ですわ」


殿下は封筒を見た。

受け取らない。


サカイは笑顔のまま待つ。

記録官の羽根ペンも止まっている。

殿下は、しぶしぶ封筒を受け取った。


「請求額……?」

「はい。今のところの分です」

「今のところ?」


サカイは笑みを深くした。


「もちろんです」


殿下の指が封筒の端で止まる。


「本日の追加発言分、まだ乗せてませんので」


令嬢たちの扇が、そろって少し上がった。

殿下は封筒を開いたまま、二行目で指を止める。


サカイは続けた。


「王都の相場は存じませんけど、商都では、人前で人の名を潰したら安う済みません。婚約中に別の令嬢を抱えて断罪までしたら、さらに安う済みません」


「二回言ったぞ」

「大事なことです」


わたくしは扇を開いた。


悪役令嬢。

殿下がそう呼びたいなら、かまわない。

ただし、わたくしには顧問弁護士がいる。

そして、その顧問弁護士は、舞踏会に受付窓口を持ってくる。


わたくしは広間を出るために歩き出した。

背後で、サカイが軽やかに言う。


「クラリス様。馬車は正面ですわ」

「ええ」

「公爵閣下には、すでに第一報を送っております」

「早いのですね」

「顧問ですんで」


その言い方がいつもどおりで、わたくしは笑いそうになった。

広間の扉が開く。

後ろで、殿下の震えた声が聞こえた。


「ま、待て、クラリス!」


わたくしは振り返らなかった。

代わりに、サカイが足を止めた。


「記録官さん。今の“待て”は、謝罪で入れます? 追加発言で入れます?」


記録官の羽根ペンが止まった。

殿下の口も止まった。


「……」


殿下は何も言わなかった。


「記録官さん。今の沈黙は?」

「……記録対象外でございます」

「でしょうな」


サカイはにこっと笑う。


「殿下、本日初めて損してません」


わたくしは正面を向いたまま、馬車へ向かった。


噂で壊される側には、もう戻らない。


後ろでは、台車の札だけが、まだ広間に向いていた。


臨時受付

断罪・婚約破棄・名誉毀損

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― 新着の感想 ―
軽妙な語りが面白楽しかったです♪ 〉「紙で国は動きます。王太子殿下なら、ようご存じのはずです」 王太子の再教育…追加料金が欲しい所ですがサービスかなw
サカイさんと王太子のやり取りが漫才で面白かったです。流れるような言葉のひらめきが印象的でした。ありがとうございました。
面白かったです。 従者が少し迷って木札を置き、 「迷うな!」って殿下が突っ込んだところで笑っちゃいました。 次の作品も期待しております。
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