偽公爵令嬢は物理で復讐する
偽物系をもう一つ短編で書いてみました。
「公爵家の富を貪り、真の公女であるマリアの居場所を奪い、のうのうと生きてきた悪女め! 貴様との婚約は破棄させてもらう!」
きらびやかな王城の夜会。
シャンデリアの光が降り注ぐ広間の中心で、王太子殿下が声高らかにそう宣言した。
彼の腕の中には、可憐に涙ぐむ見知らぬ少女——どうやら彼女が『真の公女』らしい——が抱き寄せられている。
周囲を取り囲む貴族たちは、私を冷たい、あるいは蔑むような目で見つめていた。
私の実父と実母……だと思っていた公爵夫妻も、王太子の隣で「なんて恐ろしい娘だ」とばかりに眉を潜め、私を睨みつけている。
どうやら、私は偽公女らしい。
生まれた時から公爵家に居たのに、取り違えか何かで、実は血が繋がっていなかったそうだ。
そして私は、本物の公女の居場所を奪い、公爵家の財産を使って贅沢三昧をしてきた極悪非道な女だということになっているらしい。
「最後に言い残すことは無いか? 弁明があるなら聞いてやろう」
王太子が、まるで寛大な慈悲を与えるかのように顎をしゃくった。
公爵夫妻も「さっさと罪を認めてこの場から消えなさい」という顔をしている。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
そして、大きく息を吸い込んだ。
「最後に言い残すこと……そうですね。では、少々よろしいでしょうか」
私はニコリと、淑女の完璧な笑みを浮かべた。
「まず、落ち着いて考えてほしいのですが」
「……なんだ? 命乞いか?」
「いえ。私が『生まれた時から真の公女の居場所を奪った』とおっしゃいましたが。……赤子の時の私が? いや、無理でしょ、それ」
広間が、一瞬だけシンと静まり返った。
「私がベビーベッドから這い出して、『フハハ!今日からここが私の居場所だ!本物はどこかへ行け!』とでも言ったと? 赤ん坊ですよ? 居場所を奪うも何も、寝て泣いてミルクを飲むしかできない無力な赤子に、どうやってそんな悪逆非道なマネができるんですか?」
王太子が「えっ」という顔をした。公爵夫妻も目をぱちくりとさせている。
「公爵家の方々はすっかり被害者面をしておられますが、最大の被害者は私じゃないですか! あんたら大人がミスして、私と公女を取り違えたんでしょうが! 私のせいじゃない! 私の本来の親元での人生と、私のアイデンティティを返してくださいよ!」
「き、貴様! 育ててもらった恩を忘れて……!」
「恩!? どの口が言っているんですか!」
私はヒールを踏み鳴らし、公爵夫妻をビシィッと指差した。
「公爵家の財産を使ってのうのうと生きてきた? 贅沢? 笑わせないでください! 私がいつ贅沢をしましたか! 褒めてもらったこともない、興味を持ってもらったことすらない。あんたら公爵家の人間で、私に関心を持っていた人間なんているんですか!?」
私の剣幕に、公爵夫妻はたじろぎ、一歩後ずさった。
私はさらに一歩踏み込む。
「三歳の頃から分刻みのスケジュールで、公爵令嬢としての淑女教育! 王太子妃としての王妃教育! 毎日毎日、血のにじむような努力をして、鞭で叩かれながらマナーを叩き込まれました! そんな地獄の教育、私が望んだことなんて一度もありません! 勝手に押し付けておいて、都合が悪くなったから『はい、さよなら』って……人間のすることじゃないでしょうが!!」
「な、なんという無礼な……!」
「無礼なのはそっちです! 散々私を政争の道具として扱って、王太子殿下と婚約させておいて、本物が見つかったら『お前は用無し、悪女だ』って断罪? ふざけるのも大概にしてください!! 私の人生、返してよ!!」
広間はもはや、水を打ったような静けさだった。
貴族たちはポカンと口を開け、王太子は腕の中の『真の公女』を抱きしめるのも忘れて呆然としている。
公爵夫妻に至っては、顔を真っ青にして震えていた。
「言いたいことは以上です。言い残すことはもうありません」
私は深く、完璧なカーテシー(淑女の礼)をして見せた。王妃教育の賜物と、実は密かに鍛え上げられた強靭な体幹が、一ミリの揺らぎも許さない美しいお辞儀を可能にしている。
「これにて、公爵家との縁も、王太子殿下との婚約も、喜んで破棄させていただきます。慰謝料と今までの労働対価、および不当な扱いに伴う損害賠償については、後日、私の専属弁護士から公爵家と王室に請求書を送らせていただきますので。では、私はこれで」
私は踵を返し、呆然と立ち尽くす人々を置き去りにして、広間の扉へと向かった。
あぁ、スッキリした。さあ、明日からは自由だ——。
「……捕らえよ」
低く、ドス黒い怒りを孕んだ声が、背後から響いた。
「王室と公爵家を愚弄した罪は重い。その女を捕らえよ!!」
王太子の怒号と共に、広間を取り囲んでいた近衛兵たちが一斉に動き出す。
ガチャガチャと甲冑の鳴る音が迫り、あっという間に私の周囲は槍と剣の壁で塞がれた。
「なっ……! 私は正当な主張を……!」
「正当だと? 笑わせるな」
公爵が、先ほどまでの怯えを消し去り、冷酷な笑みを浮かべて前に出た。
「身の程を知れ、平民の小娘が。貴様が雇える弁護士など、この国には一人も存在せん。法も、力も、すべては我ら貴族のものだ」
その言葉に、ハッとした。
そうだ。ここは法治国家ではない。貴族の、貴族による、貴族のための社会だ。
後ろ盾を失い、たった今「平民」に成り下がった私に、味方をしてくれる権力者などいるはずがなかった。
「弁護士に請求書を送らせるだと? 泥棒猫の分際で、どこまでもふざけた女だ。そのふざけた口が二度と開かぬよう、地下牢へ放り込んでおけ!」
王太子が吐き捨てるように命じると、周囲の貴族たちから嘲笑が漏れた。
恋愛小説であれば、ここで都合よく他国の王子や見目麗しい辺境伯が現れて、「彼女は私が引き取ろう」などと言ってくれるのだろう。
しかし、現実は違った。誰も、一歩も前に出ない。好奇と嘲りの目を向けるだけ。
私は腕を乱暴に掴まれ、引きずられるようにしてきらびやかな広間から連れ出された。
——冷たく、湿った風が頬を撫でる。
カチャリ、と重い鉄格子の鍵が閉められる音が、地下牢に反響した。
光の届かない石造りの牢獄。
床には枯れた藁が少し敷かれているだけ。豪奢だったドレスは引きずられて破れ、泥と埃にまみれている。
「……あーあ。やっちまった」
ぽつり、とこぼした声は、誰に届くわけでもなく闇に吸い込まれた。
一時の感情に任せて吠えた代償は、あまりにも大きかった。
慰謝料も、自由な明日も、ここにはない。あるのは、冷たい石の壁と、いずれ下されるであろう重い処罰だけ。
完全な孤立無援。
すべてを失い、文字通りどん底に叩き落とされた。
けれど。
「……人間のすることじゃないって、言ってやったんだから」
暗闇の中、私はゆっくりと顔を上げた。
王妃教育で培った「完璧な淑女の笑み」は、もうそこにはない。
代わりに浮かんだのは、決して折れることのない、不敵な笑みだった。
「万事休す、ね。……上等じゃない。やってやろうじゃないの」
私は破れたドレスの裾を強く握りしめ、そして——スッと立ち上がった。
さて、気合を入れたところで、そろそろ牢屋から出ましょうか。
実は私、ただの不運な偽公女ではない。前世の記憶を持つ「転生者」なのだ。
いつかこんな日が来るかもしれないと思って、転生者という切り札を隠しておいて本当に良かったー。
「さて、前世の知識とこの『特典』を試す時ね」
私は不敵に笑い、破れたドレスの装飾から細いワイヤーを一本引き抜くと、器用にそれを鍵穴に突っ込んだ。
カチャカチャ、カチッ。
王妃教育で「もしも誘拐されたら」という名目で叩き込まれたサバイバル術と、前世の器用さが合わさって、あっけなく重厚な鉄格子の扉が開いた。
「ふぅ、ちょろいもんね」
意気揚々と牢屋の外へ一歩踏み出した、その時。
「ん? 貴様、なぜ牢の外に……ッ! 誰か——!」
最悪のタイミングで、たいまつを持った巡回中の近衛騎士と鉢合わせてしまった。
騎士は大きく息を吸い込み、大声で仲間を呼ぼうとする。
させない。
私は地を蹴り、瞬きする間もなく騎士の懐へと潜り込んだ。
そして、引き絞った右の拳を、分厚い鋼の胸当てごと騎士の腹部に深々と叩き込む。
ドゴォォォォンッ!!!
鈍い破砕音と共に、騎士の巨体がくの字に折れ曲がり、後方の石壁まで一直線に吹き飛んで激突した。
パラパラと壁の石屑が崩れ落ち、騎士は白目を剥いて完全に沈黙している。
「あ、やばっ」
凄まじい轟音が地下通路に反響してしまった。
転生者特典その壱、『物理最強』。チート級の身体能力と膂力が備わっているのはいいが、焦って力加減を完全に間違えた。
「おい、今の音はなんだ!?」
「地下牢の方だ! 早く行け!」
ほら言わんこっちゃない。遠くから複数の足音と怒声が近づいてくる。余計人が来そうだ。
「うん、息はあるわね。死んでないはず。たぶん!」
壁にめり込んだ騎士の生存を適当に確認し、私は脱兎のごとくその場を駆け出した。
悠長に構えている暇はない。泥だらけで破れた夜会用ドレスのまま歩き回るのは、脱獄囚ですと大声で宣伝しているようなものだ。
私は気配を殺し、かつ全速力で城内の地下通路を抜け、使用人たちの区画へと忍び込んだ。
背後から「脱獄だ!」「曲者を追え!」という喧噪が迫ってくる。心臓が早鐘のように鳴る。
幸い、洗濯室らしき部屋に干してあった、地味で目立たない普通の服を発見した。
「使用人の誰か知らない人、ごめんなさい! 出世したら十倍にして返すから拝借するわね!」
心の中で爆速で手を合わせつつ、私はドレスを引き裂くように脱ぎ捨て、手早くその服に袖を通した。
廊下のすぐ外まで、ガチャガチャと騎士たちの足音が近づいている。早く、早く……!
最後のエプロンの紐を結び終えた瞬間、洗濯室の扉の向こうを複数の影が通り過ぎていった。
「……ふぅ。危なかった」
息を殺してやり過ごし、私は鏡を見た。
そこにいるのは、豪華なドレスを着た偽公女ではなく、どこにでもいる目立たない平民の娘だ。
これで準備は万端。
さあ、あとはこの城から脱出するだけ……なのだが。
正面玄関や裏口は、今頃血眼になった騎士たちで完全に封鎖されているだろう。
ならばどうするか?
答えは簡単だ。出口がないなら、作ればいいのである。
私は人の気配がない廊下の突き当たり、分厚い外壁の前に立った。
『物理最強』は伊達ではない。気合を入れて本気で殴れば、城など容易く粉砕できる。
私は深く息を吸い込み、右腕に渾身の力を込めた。
「そりゃあっ!!」
ドッゴォォォォォォォォンッ!!!!!
地響きと共に、堅牢な城壁が木端微塵に吹き飛んだ。
夜空に無数の石の破片が舞い散り、大人が十人は並んで通れるほどの巨大な大穴がポッカリと開く。
「な、なんだあの音は!?」
「城壁が……城壁が吹き飛んでるぞォォォ!!」
「あの女だ! あの化け物女が壁をぶち破って外へ逃げたんだ! 追え! 全軍、城外を捜索しろ!!」
怒声と足音が響き渡り、完全武装の騎士たちが大穴から次々と夜の闇の中へ飛び出していく。
「逃がすな! 森のほうを探せ!」という勇ましい声が、瞬く間に遠ざかっていった。
「……ふふっ。馬鹿ね」
私は、空になった廊下で一人、ほくそ笑んだ。
騎士たちが外で血眼になって私を捜索している中、私はのんびりと来た道を引き返し、誰もいなくなった厨房へと忍び込んだ。
戸棚から高級なクッキーの瓶と紅茶を拝借し、厨房の隅のテーブルで優雅なティータイムを始める。
灯台下暗し。まさか城壁を粉砕した犯人が、まだ城内でお茶を飲んでいるなど、誰も夢にも思わないだろう。
「さてと」
最後のクッキーを飲み込み、紅茶で喉を潤した私は、ゆっくりと立ち上がった。
腹ごしらえも済んだことだし、慰謝料の直接請求に向かうとしよう。
相手が「権力」という暴力で私をねじ伏せようとしたのなら、転生者の流儀に従って、こちらも正当な「物理」という暴力で答えてあげるのが礼儀というものだ。
目指すは、先ほどまで私の実家だった場所——公爵邸である。
——深夜の公爵邸。
王城での騒動からいち早く戻った公爵一家は、屋敷の周囲に百人を超える精鋭の私兵を配置し、完全な警戒態勢を敷いていた。
脱獄した私が万が一報復に来ることを恐れての処置だろう。
そんな物々しい警備の中。
私は、月明かりに照らされた公爵邸の、分厚い鋼鉄製の正門の前に立っていた。
「止まれ! 何者だ!」
「夜分遅くに申し訳ありません。元令嬢です。損害賠償の直接請求に参りました」
私が使用人の服のままニッコリと笑って名乗ると、門番の騎士たちはぎょっとした顔になり、すぐに槍を構えた。
「あの悪女だ! 本当に来やがったぞ! 捕らえろォ!」
「あーあ。だから言ったのに。——法も力も、すべては貴族のもの、でしたっけ?」
私は鋼鉄の正門に手をかけ、ぐっ、と力を込めた。
ギチギチッ……バァァァン!!
留め金ごと引きちぎるように、巨大な正門を素手で押し開く。いや、もはや「粉砕」だった。
門番たちが悲鳴を上げて吹き飛ぶ中、私は悠然と屋敷の庭へ足を踏み入れた。
「な、なんだ貴様! その怪力は……!」
「侵入者だ! 殺せ! 殺しても構わん!」
わらわらと湧いてくる公爵家の私兵たち。全身を鎧で固め、剣や槍を向けて一斉に殺到してくる。
私はため息をつき、その場からふわりと跳躍した。
「そりゃっ!」
上空から、私兵たちの密集地帯の中心に向かって、かかと落としを振り下ろす。
ズドォォォォォンッ!!
まるで隕石が落ちたかのように庭の石畳がクレーター状に陥没し、凄まじい衝撃波が周囲の兵士たちを木の葉のように吹き飛ばした。
「ぐわぁぁっ!?」
「ひ、ひぃぃ……! なんだこの化け物は!?」
「転生者特典その弐、『無限のスタミナ』。私、疲れないんですよ」
笑いながら、私は次々に襲い掛かってくる兵士たちを文字通り「粉砕」していった。
大剣を振り下ろされれば、二本の指で白刃取りしてパキリとへし折る。
魔法使いが火球を放ってくれば、息を吹きかけて霧散させる。
束になって槍で突いてくれば、まとめて掴んでジャイアントスイングの要領で放り投げる。
わずか数分。
広大な前庭を埋め尽くしていた百人近い公爵家の全戦力は、たった一人の「平民の元令嬢」によってほぼ無力化された。
しんと静まり返った庭には、呻き声だけが微かに響いている。
「ふぅ、これで全部ですかね」
私が軽く服の埃を払った、その時だった。
「……まだだッ!!」
背後から、一切の音を消した凄まじい殺気が迫った。
振り返る暇もない。
公爵家が誇る最強の筆頭騎士が、音もなく私の背後に回り込み、魔力を帯びた巨大な両手剣を私の首筋へ向けて全力で振り下ろしたのだ。
ガキィィィィィィィィィィィンッ!!!!
火花が散り、甲高い金属音が夜空に響き渡る。
しかし、地に伏したのは私ではなかった。
「な……ば、馬鹿な……ッ!?」
筆頭騎士が、目を見開き、愕然と立ち尽くしている。
彼の手に握られているのは、半ばから無惨にへし折れた両手剣の柄だけだった。
魔力で強化された名剣が、無防備な私の首筋に直撃した瞬間、逆に砕け散ったのだ。
私はゆっくりと振り返り、小首を傾げた。
「あれ? 今、何かしましたか?」
「ひっ……! ば、ばけ……っ」
「転生者特典その参、『絶対防御』。蚊が止まった程度の衝撃しか感じませんでしたけど」
私が一歩近づくと、最強と謳われた筆頭騎士は「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、そのまま白目を剥いて気絶してしまった。
「ああ、これで本当に全滅ですね」
エントランスホールの吹き抜けから、その一部始終を顔面蒼白で見下ろしている三人組がいた。
公爵、公爵夫人、そして『真の公女』マリアだ。
「な、なんだあれは……! 魔法剣さえ通じない……! 私の、我が公爵家が誇る精鋭部隊が、ただの小娘一人に……!?」
「お父様ぁ! 怖いですぅ! 助けてぇ!」
彼らの目の前で、最強の筆頭騎士さえも、私に傷一つ負わせられず絶望と共に地に伏せた。
完全なる敗北。
私はヒールではなく、歩きやすい革靴の音をコツ、コツ、と鳴らしながら、屋敷の中へと入っていった。
そして、階段を上り、腰を抜かして震えている公爵一家の目の前まで歩み寄る。
「さて、公爵様。私の専属弁護士(拳)がお伺いしたわけですが」
私はニコリと笑い、公爵が縋り付いていた大理石の太い手すりに、トン、と指先を乗せた。
サラ……という静かな音と共に亀裂が走り、次の瞬間、堅牢な大理石が細かい砂となって崩れ落ちた。
「ヒッ……!!」
「ひぃぃぃぃっ! 許して、許してぇ!」
公爵夫人は泡を吹いて気絶し、真の公女は失禁して泣き喚いている。
公爵はガチガチと歯を鳴らし、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら私を見上げていた。
かつて私をゴミを見るような目で見ていた権力者の、あまりにも惨めで滑稽な姿。
「法も権力も、あなた方のものかもしれません。でも、私のこの腕力と頑丈さは、私だけのものです」
私は公爵の胸ぐらを軽く掴み、顔を近づけた。
「二度と私に関わらないでくださいね。次に来た時は、公爵家の『家』そのものを更地にするかもしれませんから」
「は、はいぃぃっ! もちろんでございます! どうか、どうかお命だけは……!」
「よろしい。……では、慰謝料のお話ですが」
私がニコリと笑みを深めると、公爵は弾かれたように叫んだ。
「は、払う! 払いますとも! 金貨でも宝飾品でも、宝物庫にあるもの何でも持って行ってくれ! だからどうか、お許しをぉぉ!」
「あら、話が早くて助かります。では遠慮なく。あ、運ぶための馬車も一台頂戴しますね」
その後、宝物庫からたっぷりと慰謝料(物理的に持ち出せる限界まで)を回収し、恐怖で身を寄せ合う公爵一家(と、気絶した兵士たち)を置き去りにして、私は荷馬車と共に堂々と正面から公爵邸を後にした。
——翌朝。
朝焼けに染まる空の下、私は荷馬車の手綱を握り、王都の正門をくぐろうとしていた。
検問の衛兵たちは、手配書に描かれた「凶悪な脱獄囚の令嬢」と、目の前の「あくびをしながら馬車を操る平民の娘」が同一人物だとは夢にも思っていないらしく、あっさりと通してくれた。
ガタゴトと車輪を鳴らしながら、だんだんと遠ざかる王城の尖塔を振り返る。
「……そういえば」
ふと、あの断罪劇のもう一人の主役であった王太子の顔が頭に浮かんだ。
公爵家にはきっちり落とし前をつけさせたけれど、王太子のところへは行っていない。
怒りに任せて殴り込みに行こうかとも一瞬考えたが……よくよく思い返してみると、彼に直接何か酷いことをされた記憶があまりないのだ。
政略婚約の相手として用意され、お茶会では当たり障りのない会話をするだけ。
今回の断罪も、公爵家や『真の公女』に言いくるめられて、ただの神輿として乗っかっていただけのような気がする。
「まあ、私に対して何かするほどの度胸も甲斐性も無かったってことよね」
一応、昨夜城を出る前、彼の私室の外壁にデコピン一発で風通しの良い大穴を開けておいたけれど。少しは頭を冷やすのに役立つといい。
私が消え、公爵家が物理的に崩壊(予定)した後の王宮は、さぞかし大パニックになっていることだろう。
甲斐性のない彼には少し荷が重いかもしれないが、せいぜい頑張って後始末をしてほしいものだ。
「さようなら、窮屈だった私の偽りの人生。……こんにちは、私の本当の人生!」
私は馬の背に軽く鞭を当てた。
荷馬車には使い切れないほどの金銀財宝。
そして私自身には、絶対無敵の物理チート。
これからの人生、何が起きても拳一つで解決できる確信があった。
朝日が昇る街道を、私は清々しい気持ちで進んでいく。
権力という檻を力ずくでぶち破った私の、自由で最強な平民ライフが、今度こそ本当に幕を開けたのだ。
続きが書けそうな感じで締めくくったけど、続きは全然考えてません。
何時かは書くかもしれませんが、今の連載に行き詰ったら気分転換に書くかも。




