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あなたの悲しみに寄り添う

作者: 高橋 光太
掲載日:2026/02/22



 少し昔の話をしよう。




「竜胆」は「引導」にとてもよく似ている。


 実際小学校六年の時に離婚した両親、父は母に妻としての「引導」を渡し、その際の餞別として「竜胆」を渡した。至って普通の、紫っぽい竜胆。


 離婚の原因は巡りめぐって私だ。父は跡継ぎとしての男児が欲しかったし、母は子供が産まれたら「竜胆」という名前を付けたがっていた。けれど母は私を生んだ後子供が産めなくなってしまい、名前は相談することもないまま「玲」になったのだという。


 「まるでヤクザの名前みたいじゃないか」。


 離婚したばかりの頃、珍しく帰りが早かった日は酒を飲みながら父は決まって母の話をした。そして私の名前について愚痴をこぼした。


「おまえは俺の跡継ぎになって、『王』となり命『令』する立場になるんだ。だから『玲』。竜胆よりよっぽどいいだろ」


 本音を言うと、私は母のことの方が好きだった。母は優しい人だったけれど少し神経質で、悩みすぎる性格で、人付き合いが苦手で、いつも私に謝ってばかりいた。


 「ごめんね、私が男の子を産めていれば、女の子であるあなたがこんなに苦しむことはなかったのにね。ごめんね」


 そのころの私は父の命令で勉強を詰め込まれる毎日で、年相応の遊びはおろか女の子としてふわふわと生きることも許されていなかった。でも母はそんな私のためにいつもご褒美と言ってケーキやクッキーを焼いてくれたし、息抜きに育てている花の名前を教えてくれるのがとても楽しみだった。

 しかし母は、つまらないことで考えすぎた。本人は気にしていないのに私に申し訳ないと謝って、でもその心の内を話せる友達もいなくて、父とはだんだん不仲になっていき、そして離婚だ。


 私は勉強が嫌いではなかった。でも離婚が原因で中学受験を失敗した。何とか入れた学校は中高一貫校で、相変わらずの勉学付けでなにもない毎日を送っていた。そしてなにもなかった大学受験で、父が指定した国公立大学にすべて落ちた。


 父は怒り、怒り、落胆し、私を侮蔑した。私はというとそのとき初めて、勉強が嫌いではないものの、父が嫌いであったことに気がついた。その証拠に、国公立とほぼレベルの変わらない私立には受かっていて、そこに進学した。


 そして、父が出張で海外に行っている間に匿名で「大学入学おめでとう」と竜胆の鉢植えが届き、その日、父の会社が潰れた。詳しい内容は知らないが、上層部が行っていた金の問題に関して内部告発があったらしい。



『竜胆の花言葉は「正義」よ』。そんな母の言葉を思い出した。





 昔話ばかりではつまらないだろうから、今の話をしよう。


 花嫁がお色直しの間、披露宴に呼ばれた客は各々食事をしたり昔話に興じたりしている。花嫁の友人で婿の知り合い、というレベルでしかない私は知っている人もおらず一人仕方なく自分の昔を思い出していたのだ。


 十年前のあの後、竜胆の鉢植えの中に埋められていたお金で、私は逃げるように一人暮らしを始めた。そんな時大学で仲良くなったのが今日の結婚式の主役である長谷川愛理だ。彼女はなにも知らない私に「人としての普通の生活」というものを教えてくれた。彼女は明るいのだけれど少し裏表のある性格で周りから遠巻きにされていたから、「変人」の私にとっては唯一無二の親友だった。彼女は少々世話焼きのきらいがあり、母とは違う「母」というものを感じさせた。


 また、大学に入って普通の生活にも慣れてきた頃、生活費のために花屋でバイトを始めた。母の影響で花は好きだったし、そこの店主が若いのだけれど親切な人で、大学卒業後はそのまま店員として雇ってまでくれた。穏和な人でいつもにこにこしていて、でもどこか抜けているしお客さんがこない間は絵を描いている、そんな人。林店長に愛理が惹かれたのも、きっと母性が疼いたのだろう。愛理に「良い人を紹介してくれ」といわれて店長を紹介した張本人は私だが(というか男性の知り合いが店長しかいなかったのだ)、まさか結婚まで行くとは思ってもみなかった。「『愛』に『理』由なんて要らない、それが私よ!」なんて言って結婚願望の強かった彼女だから、当然っちゃあ当然だったのかもしれないけれど。


 わっと歓声が上がり、着物姿の愛理が会場に戻ってくる。入り口付近で写真を撮りまくっている女の子たちはきっと愛理と市役所で働いている同僚だろう。いつも会う度に悪口を聞かされるから、初めてあった気がしない。下手すると名前まで当てられそう。


 司会者に質問をされ、いちゃいちゃと幸せそうにしている二人。でも、愛理が一つ悩んでいることを思って私はニヤニヤしてしまう。



 愛理は、店長が本当は私のことを好きなのではないかと勘違いしていること。


 たぶん、うちの店に竜胆が大量に並べられているせいだろう。ただ私が勝手に入荷しているだけなのに。店長が愛理に竜胆の花言葉を教えたときの彼女の顔といったらそりゃあもう見物だった。



 『花言葉っていくつか数があるけれど、竜胆の花言葉で僕が好きなのは「あなたの悲しみに寄り添う」、かなぁ』



 店長も愛理も、私が今でも母のことで悩んでいるのを知っている。


 あの日送られてきた竜胆を、私は今でも大切に育てている。それはとてもきれいな青色。青い花は自然界では珍しい、だからこそ母は竜胆が好きだった。家で育てていたものも、紫よりも純粋な青に近かった。店でいくら竜胆を入荷しても、母のようなきれいな青色の竜胆は見つからない。


 あの時できなかったこと、母の方の手をつかむことを今の私はできる。けれど「父の子」でもある私を今の母が受け入れてくれるのか、それが怖い。もうこれ以上母のことで悲しみたくない。


 ……というのを結びつけて、愛理は店長が私のことを好きだと勘違いしたのだろうと推理して、やっぱりニヤニヤが止まらない。


 彼女が好きなのも、店長が好きなのも、同じ夏の有名な花。当時真っ暗闇の中にいた私を救い出してくれた二人によく似合う、太陽の花。



 明後日届くよう花屋に入荷した百本の向日葵のことを思い、私は目があった花嫁に満面の笑みで手を振った。




お読みいただきありがとうございました。

※昔書いた小説を再投稿しています。

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