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#8 虚ろな安堵と閉ざされた証明

男子は3Aに、女子は3Bに布団を敷く。僕たちは静かに、壁に沿って布団を並べていった。雄吾と迅の姿は、僕たちから少し離れた場所にあり、二人は言葉少なに作業を続けていた。


男子の作業が一段落した頃、女子たちが食事の用意を終えたと知らせに来た。四階の家庭科室から運ばれてきたのは、温められたコンビニ弁当とレトルト食品だ。皆で長机を囲んで夕食を摂る。


「これで、ホントに二週間、誰にも会えないわけか」信次(しんじ)がポツリとつぶやいた。彼の声には、諦念がにじんでいた。 「俺ら、どうなるんだろうな」篤彦の声にも、いつもの明るさはなかった。


2人の言は、この閉鎖空間に閉じ込められた状況に対するものであろうか。

僕たちのクラスは、この異常な渦中にただ取り残されている。何かを解決しようという強い衝動があるわけでもなく、ただ運命の歯車が回るのを待っているような感覚だった。


食後、皆で浴場へと向かう。広い浴場の中で、誰もが、お互いの目を合わせようとせず、緊張した沈黙が続く。熱いシャワーを浴びながら、僕はただ、この状況がどこまで続くのかを考えていた。目の前の出来事に対して疑問は抱くが、人の個人的な事情や感情の機微に深く立ち入ろうとは思わなかった。


それが、僕という人間の性分だった。


夜、3Aの教室に戻り、僕は布団に潜り込んだ。緊張と疲労が、僕の全身を支配していた。隣の剛も、すぐに寝息を立て始めた。


こうして深い眠りと共に長い1日が幕を下ろした。


「キャーッ!」


僕の眠りは、聖羅と愛花梨の甲高い悲鳴で完全に醒めた。


陽の光が、教室に悠長に差し込んでいる。

僕は布団から跳ね起き、教室を脱兎のごとく飛び出した。剛もまた、隣で顔を青ざめさせながら、僕の背中を追う。


聖羅と愛花梨が立っていたのは、3A教室から少し離れた廊下の端、非常階段のそばだった。

聖羅の顔は青白く、ひどく動揺していた。愛花梨は、恐怖のせいか、肩を震わせ、ただ茫然と立ちすくんでいた。愛花梨の目元は赤く、恐怖に耐えているように見えた。


視線の先、冷たい床の上に二つの人影が横たわっていた。雄吾と迅だ。


二人の遺体は、晴紀が発見された時と酷似していた。左胸にナイフが突き立てられ、辺りを赤く染めている。だが、決定的に異なる点があった。二人の右手は、そのナイフの柄を順手で強く握りしめていたのだ。まるで、自らの手で胸に突き刺したかのように。ナイフを握る雄吾の手首の皮膚が少しめくれ、そこに僅かな火傷のような跡が見えた。やはり、自殺するのは相当な勇気がいるのだろうと、僕は思った。


遺体の脇には、濡れて少し滲んだ封筒が置かれていた。開封された遺書は、二人の連名で書かれていた。


「湊先輩、そして湊先輩のご両親へ。 僕らの愚かな行為が、あなたの命を奪い、どれほどの苦しみを与えたか、今、身をもって知りました。心からお詫び申し上げます。 犯人へ。僕らがすべての罪を背負います。どうか、これ以上、誰の命も奪わないでください。僕らがすべて悪いんです。ごめんなさい。」


クラスは、その遺書を読み終えた瞬間、言葉を失った。

しかし、その後に続く沈黙は、悲しみよりも、ある種の安堵を含んでいた。


雄吾と迅の死、そして遺書の内容は、クラスの中に一つの「結論」をもたらした。


「湊先輩の復讐だ……。犯人の目的は、湊先輩をいじめた奴らを罰することだったんだ……」


信次が囁いたその言葉に、クラスの瞳に、安堵の光が宿る。これで事件は終結する。

自分たちにはもう危害が及ばない。


彼らの心の奥底にある安堵を見た僕の胸は、冷たい鉛の塊が落ちたようだった。

この復讐は本当に終わったのか? 僕の中に疑念は生まれたが、それは、僕が普段抱く疑問の一つとして、心の隅に置かれた。


愛花梨は雄吾と迅の遺体を見て、激しく泣き崩れていた。由実と楓夏が愛花梨を支え、3Bの教室へと連れ帰る。由実は愛花梨の背中を、優しく、心配そうにしながらも、落ち着いて、一定のリズムでさすっていた。


「…広人」、聖羅の動揺は激しく、その言葉は途切れ途切れだったが、広人は察したようだ。広人の表情は硬く、何を考えているのか読み取れない。彼は男子数人に声をかけ、遺体を2B教室へと運び込んだ。


「エンバーミングの準備をする。室温は、まだ問題ない」広人は冷静に言うと、その日の午前中、エンバーミングを施した。

雄吾と迅の遺体は、晴紀の隣に並べられた。広人は作業を終えた後、誰にも言わず、廊下の隅で静かに煙草を吸っていた。彼の吐き出す白い煙だけが、冷たい廊下の空気の中で、一瞬だけ形を保っていた。


この日から、クラスの空気は一変した。 表面的な悲しみの影で、誰もが事件の終わりを信じ、安堵に満ちた日常を再開しようとしていた。僕は、その安堵の空気の中で、ただ無言のまま、座っていた。


僕の視線は、再び、この閉鎖された空間の次の動きを探し始めていた。

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