#5 永遠の別れ
教室に戻ると、まだ、みんな、余興だと思っているようで、あちこちで笑い声が響いていた。
「一人でどこ行ってたの~?」といじらしく笑う由実を軽く無視して、僕は教壇に立つ。
皆の目が一斉に僕に向く。胸の鼓動が速くなるのを感じた。
「提案があるんだ。みんなに届いた質問文を僕に見せてほしい。別に僕じゃなくてもいいんだけど、、先生の遺体も隣の教室から消えてて、晴紀も戻ってこない。どう考えても余興だとは思えないんだ。だから....」と続けようとする僕を
「なんで、そんなことする必要があるんだよ。絶対に余興だろ!」と雄吾が声を荒げてさえぎった。
「私は賛成よ」
聖羅の声が静かに響いた。
「余興にしては奇妙なことばっかり。先生の遺体のこともそうだし、晴紀君が帰ってこないことも気になるわ。質問文も変なのがいくつかあるわ。それにさっきから外部と連絡がとれないわ」
聖羅の口調は淡々と、それでいて、落ち着いていた。
「余興ではないのでは...」と疑う人が僕以外にいたことに僕は内心、驚いていた。
「でもよぉ、だとしたら、こんなことしている場合じゃなくて、晴紀を探すのが先じゃねえのか?だいたいよぉ、いつも授業中に眠ってた彰が指揮すんのもどうかと思うぜ、俺は。」と珍しく、雄吾が反論する。反論する雄吾の声は怒気とそして僕には少しばかりの焦慮を含んでいるように感じた。
「雄吾の言う通りだ。まずは晴紀を探そう。」
僕が言い終わらないうちに愛花梨を先頭に、みんな、教室をでる。
「やっぱり、僕じゃだめなのか...」と少し落ち込みながら、僕も教室を後にする。
僕は4階の職員室に向かった。どうしても確認したいことがあった。
雄吾は下駄箱のドア以外の鍵を閉めた。雄吾は馬鹿正直で面倒くさがりだ。きっとマスターキーを使ったに違いない。職員室には当然、それぞれの場所にのみ対応する鍵がある。
犯人がそれを残すとは思えないが、、
職員室のドアを開ける。一本も鍵はなかった。
これで外に出る方法はなくなった。きっと下駄箱のドアにも鍵がかかっているだろう。
ついでに固定電話も確認する。ダイヤルの音一つ、しなかった。
うちの中高はちょうど僕らが高2のとき、すべての窓ガラスをなぜか防弾ガラスに変えたのだ。ちょっとやそっとのことでは傷一つ、つかない。しかも窓ガラスはマスターキーでしか開閉できないようになっている。
下駄箱のドアに鍵がかかっていれば、外に出ることは不可能だ。
僕は一階の下駄箱に向かう。もう陽は落ちかかっていた。
「ギャー」
剛の声だった。
「多分、1階の体育館、剛、そこ行くって言ってたから」
僕にそう声を掛けて、広人は追い抜いていった。
僕も広人の後を追う。
体育館につくと、もうほとんど集まっていた。「通して」とみんなを押し分けた先には
晴紀がいた。
愛花梨が晴紀の上に突っ伏して泣きじゃくっている。
「ごめん、ちょっといい?」
気まずそうに言って、由実と楓夏に目配せをする。
「私たち、先に教室に戻ってるね」
由実はそう言って、楓夏と一緒に愛花梨を支えて、戻っていった。
晴紀の左胸にナイフが刺さっていて、目は大きく見開かれていた。
僕は晴紀の目蓋を静かに下ろした。
僕は剛が鍵を入れたという黒い箱があるはずの体育館倉庫のドアに手をかけた。ドアには鍵がかかっているようで、びくともしなかった。
広人が突然言った。
「そういうことだったのか...」
「そういうことって?」
僕がそう聞くと、広人は
「俺、エンバーマーの資格持っててさ。エンバーミングに必要なものを持参してください。 芝崎 誠 ってメールが来てさ、」広人はそこでふっと息を吐く。
「なんでだろ?とは思ったんだけど、一応持ってきてんだよ、まさかこんなことになるなんて思わなかったけど。」
広人は大きく息を吐いた。
「彰、剛、晴紀を運ぶの、手伝ってくれ。どこか室温の低い場所、知らないか?」
「それなら2Bかな。入った時、寒かったから」と僕は答えた。
晴紀を2Bまで運ぶと、
「あとは任せてくれ。この環境でも、2週間くらいはなんとかなると思う。2時間くらいかかるからその間にでも、晴紀を殺した犯人を見つけておいてくれ」
広人はニッと笑った。無理をしているのが痛々しいほど、僕にはわかった。
「なあ、広人、エンバーマーの資格をとったこと、誰かに言ったことある?」
「ああ、先生に報告したよ。俺、芝崎先生のこと、好きだったから」
広人は懐かしむように答えた。
「広人」僕は気まずそうに言葉を紡いだ。
「僕は俄かだけど、たしかエンバーミングってここでやるの、違法行為じゃないのか?晴紀のご家族にも許可もらってないんだろ」
「ああ、そうだ。でも俺は遺体は最後まで尊厳を持って扱われるべきだと思ってる。それがエンバーマーとしての俺の信念だ。あとで何と言われようが、俺はそれを背負っていくつもりだ。結局は自己満足だけどな」
広人の声は震えていたが、その眼差しには僕の反対を受け入れる余地はないようだった。
僕は小さくお辞儀をして、教室に戻った。




