#11 孤立無援
広人が光平の遺体の検分を始めても、3A教室と廊下はパニック状態のままだった。遺体が運び出された後も、恐怖の視線は依然として剛に注がれていた。剛は依然として僕の隣で俯いたままだが、僕の腕を掴む彼の指は、微かに震えていた。
「どういうことだよ、剛。光平は、別にいじめグループじゃなかっただろ?」
篤彦が焦燥を隠せない様子で、剛に詰め寄った。
剛は顔を上げることができない。「わ、わかんねえよ。なんで俺に聞くんだよ…」
「だって、お前だよ!この中で誰よりも挙動不審だろ!」
信次が、恐怖に顔を引きつらせながら叫んだ。信次が遺体の第一発見者だったこともあり、彼の声には強い説得力があった。
「違う、剛は何もしてない」
僕は反射的にそう言った。
しかし、僕の言葉は、集団の疑念の前に無力だった。誰もが、合理的な説明を求め、目の前の臆病な親友を犯人の影として見ていた。
聖羅が、廊下と教室の間の仕切りにもたれかかり、疲弊しきった声で状況を仕切った。
「落ち着いて!光平くんの件は、雄吾くんたちとは違う。彼はナイフを握ってなかった。つまり、これは自殺じゃない。犯人がまだいるということ。そして、犯人の目的が無差別になった可能性が高い」
聖羅の分析は正しかったが、それはクラスの恐怖をさらに煽るだけだった。「無差別」という言葉は、「誰もが次の犠牲者になる」という恐ろしい現実を意味していた。そして、その犯人探しは、既に剛を標的に定めていた。
広人が検分を終え、硬い表情で教室に戻ってきた。
「光平の死因は、心臓への刺傷だ。亡くなってからそれほど時間は経っていない。そして…彼のポケットに、メモが入っていた」
広人が取り出したのは、濡れていない、乾いた紙片だった。遺書ではなく、ただ一行の走り書き。
『今夜、屋上に。話したいことがある』
クラスの空気が、さらに一瞬で凍り付いた。これは、光平を廊下に誘い出した「メッセージ」だった。
「誰かに呼び出されたんだ…」
このメモの発見は、剛への疑惑を決定的なものとした。光平が誰と連絡を取っていたのか、という疑問が、剛の存在に結び付けられたのだ。
「誰が渡した?お前だろ、剛」
「違う!知らねえよ!俺は寝てたんだ!」
剛が必死に反論するが、彼の震える声は信用されなかった。
由実は愛花梨の隣で静かに座り込み、涙を拭いていた。楓夏は、聖羅を心配するように隣に立ち、状況を冷静に見守っているようだった。誰もが自分の恐怖を守るため、剛から物理的に距離を取り始めた。
僕たちの周りに、まるで目に見えない隔離線が引かれた。
僕は、初めて自分の性分に反する強い衝動を感じた。それは事件の真相への関心ではない。剛を守りたいという、ただそれだけの、本能的な感情だった。
僕は剛の肩に手を置き、教室全体を見渡した。みんなは怯えている。その怯えが、剛を犯人だと決めつけている。
剛を守るためには、この状況を変える必要がある。何が起こっているのか、真実を知らなければならない。僕の無関心は、親友の窮地によって、音を立てて崩れ去った。
正午を過ぎた頃、聖羅は重い決断を下した。
「もう、誰も信じられない。夜、私たちは交代で寝ずの番をする。全員が、お互いを監視するの。そして、今後は絶対に、一人で行動することを禁止する。トイレも、食事も、三人以上で行動すること。もし、このルールを破った者がいれば、その者を犯人と見なす」
聖羅の提案は、クラスの自由を完全に奪うものだったが、誰もがそのルールに異を唱えなかった。恐怖は、彼らに理性を捨てさせ、集団による監視という名の抑圧を受け入れさせたのだ。
僕の心の中で、決意が固まった。
この集団監視のシステムの中で、剛を犯人だと断定させないためには、僕が、真の犯人の行動を監視し、その綻びを見つけなければならない。
僕は剛の隣で、この閉鎖された校舎全体を、獲物を探すように見つめ始めた。




