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4.ありふれた「初心者マーク」と「魔剣『霧雨』」と「オタク君」

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

タイトル変えました。


挿絵(By みてみん)


冒険者ギルド1階フロアの雰囲気は、そこらにある市役所の1階ロビーと変わらなかった。この建物はまだ築2年のはずなのにもうどこか擦り切れくたびれたイメージが漂ってる。発券機から番号札を取る。前に10人ほど待っているみたいだ。申込みはスマホから済ませているので、記載台で冒険者登録届出用紙に住所氏名だけ書いてマイナンバーカードと一緒に保持して待つ。普通市役所なんかだと受付カウンターのところでのみ会話が交わされ、待合の椅子では静かに座っているものだけど、ここは仲間と連れ立って来る若者が多く期待に胸膨らませているせいかザワザワと落ち着かない。シオンと前の方のベンチに座ってくつろぐと、後ろの席からぼそぼそと囁く声が聞こえた。シオンに顔を向ける風を装って後ろを盗み見る。さっき立ち台でオタクに囲まれていたYouTuberが、自撮り棒に固定したスマホに向かって喋っていた。


「‥‥ギルドっていうから、もっと派手な感じかなと思ってたけどお。この前免許の更新で行った警察の受付窓口と変わらないなあ。次があたしの番みたいです」


スマホに向かって愛嬌を振りまく彼女の後ろで、さっきオタクたちを規制していた男3人が無言で座っている。背中にごついハンマーアックスを背負ったままだ。殺傷能力充分な武器を普通に持ち歩いてる。この世界では銃刀法が改正されているらしい。そこまで調べなかったので、今後のやることリストにつけ加えておく。そこで彼女の整理券ナンバーが読みあげられる。彼女はひとり立ちあがり、いそいそとカウンターに向かっていった。カウンターに番号札を見せると脇のブースの方に案内されていた。いろいろと記入物もあるからだろう。5分ほどしてボクたちの番号札が呼ばれる。居眠りしかけているシオンを蹴り起こし、窓口に行って申込用紙と番号札を出す。すぐにカウンター横のブースを案内された。座ったところは先に案内されたYouTuber『星空蜜柑』ちゃんの隣だった。事前のネット申請をしていないようで、係員に促されながらひとつひとつ書式を埋めているようだ。座るときカウンターの端に自分へ向けたスマホが置いてあるのが見えた。どうやらこの一連の手続きも録画しているみたい。シオンと並んで席に座り待つほどもなくふくよか体型の年配おばさんがやってきて前に座る。


「担当します『柴田』です。神代湊さんと長内詩音さんの冒険者登録を担当いたします。登録申請書と親権者の同意書はすでに受理されていますので、本日はマイナンバーカードのリンクと免責同意書へのサインをお願いします。マイナンバーカードは持参していただけましたでしょうか?」


ボクたちがカードを差し出すと柴田さんが受け取り、順番に横の機械に差し込む。ちょっとした時間の空きにシオンが小声で質問してきた。


「免責同意書ってなによ?」


「冒険中に怪我したり命を落としたりしても完全な自己責任で日本国は責任を負わない、って趣旨の同意書だよ。それと他の国と繋がってるダンジョンだから他の国と繋がる転移ゲートまでは日本の法律が適用されるけど、それ以降は法律が適用されない場所になる。なんでそこから先は自己責任でって話。国同士でいろいろ取り決めも進んでるけど、中国・ロシア・北朝鮮・中東・南アメリカのいくつかの国が参加してなかったりして実効性がまだ薄い。昔の西部劇の世界だね。無法地帯って感じ。日本の法律が及んでる所だってダンジョンの中に交番があってお巡りさんが巡回してるわけじゃないから治安はいまひとつらしいよ」


機械と同期したタブレットを渡され暗証を入れるよう促された。


「リンクができました。では、免責同意書を確認していただきサインをお願いします」


柴田さんが卓上のモニターをクルッと回す。細かい文字がみっしり並んでいた。横でウゲッとシオンがため息を漏らした。画面を下までスクロールさせ現れた同意ボタンを押す。すると手元のタブレットがシグネチャー画面になった。指でなぞってサインする。ボクが終わってシオンにタブレットを渡す。シオンは当然読みもせずに画面を送り、躊躇いなくサインした。


「登録完了しました。あと、これは任意なのですがDNA登録はなさいますか?」


「DNA登録したらなにかいいことあるの?」


とシオン。柴田さんが束の間いい淀んだのでボクが答えた。


「ダンジョンの中で死体が発見されて、それが肉片でも身元がわかるわけね。ダンジョンでの行方不明は『特別失踪』にあたるから、失踪後1年しないと死亡宣告されないんだよね。だから相続とか法的手続きが遅れるんだけど、DNAで死亡がわかれば1年待たずに済むわけ」


「そなのか。ウチ財産ないから関係ないなー」


リュックの中に4000万円入ってるけどね。


「ボクら最近入院してまして、DNA情報は医療情報としてマイナンバーカードに紐づけされてるはずです。なので改めてする必要はないと思います」


「そうですか。わかりました。では冒険者証を発行いたしますので少々お待ちください。免許交付手数料がおふたりで2万4千円になります。支払いのご用意をお願いします」


柴田さんが支払い可能電子マネー一覧表を置いて席を立ち奥へ引っ込む。すぐに細長いケースに入った鎖つきドッグタグをふたつ持って戻ってきた。ステンレス製。エンボス加工されたアルファベットで名前、生年月日、血液型、出身地、国籍、登録番号が印字されている。エッジにサイレンサーと呼ばれるゴムのカバーがついていた。戦闘中にカチャカチャ金属音を立てて自分の位置をバラしてしまわないようするための物だ。エッジの金属で肌を傷つけないためもあるかな。


「つねに身に着けて行動してください。ダンジョン内では機能しませんが、中に電子チップも組み込まれていますので表の世界でパスポートや身分証として使えます」


支払いは現金で済ませる。なんとなくこの世界の外から来た異邦人気分が強いため、足のつきやすい電子マネーの類は使いたくない。


「講習を受けるまでは仮登録扱いとなります。講習終了後にタグを上書きして本登録になります」


「わかりました。11時に予約してますので大丈夫でーす」


シオンが楽しげに答える。


「冒険者は銃刀類の持ち歩きが許可されますが、ダンジョン外の公共の場所では必ずケースに収めるかカバーを装着してください。銃砲刀剣類所持等取締法違反となります。ではご武運を」


冒険者タグをケースから出して首にさげる。横のブースでも星空蜜柑さんがキャピキャピとタグを受け取っていた。ボクたちとほぼ同時にブースを立ち、通路を譲り合う。半歩速かった彼女がありがとうとにっこり笑って待合の男性メンバーのもとに向かった。漏れ聞こえる声でボクたちと同じ11時の講習を受ける予定らしい。ボクたちはその集団の横を抜けて庁舎横手の連絡通路へ向かい、巨大ドームマーケット通称『アームリィ』へ向かう。ドームの直前に空港にあるようなウォークスルー型セキュリティゲートがあった。


「金属探知ゲートかな。小銭とかスマホとか出さなくていいのかな?」


「もらった冒険者タグが自動反応するはずだからそのまま行けると思うけど」


シオンが恐る恐るゲートを抜ける。警報は鳴らない。ボクも続いた。ゲートを抜けて10mほどでドアがあり、近寄ると自動で開いた。途端に中から活気ある喧騒が流れ出してくる。朝のラッシュアワーほどじゃないけど、1000人単位の人が溢れていた。仲間内や係員と話す声が重なり合ってドーム天井に反響している。ノリのいい音楽がBGМとして流れ、無数に設置されたデジタルサイネージが商品説明の動画を繰り返してる。入口すぐ横にある自動販売機が柔らかな女性の声でワイヤレスイヤホンの購入を促していた。イヤホンを買うと商品の説明が聞けるのだそうだ。シオンとふたりの分を2千円で購入する。


「わお。活気あるねー。まずなに見る?」


「やっぱ、武器でしょ。攻撃は最大の防御なり。自分の身は自分で守らないとね」


スマホにダウンロードしておいたアプリを起動する。コーナー表示を眺めて近接武器コーナーへ向かう。手が届かないくらいの高さまで壁にフック掛けされ、量産品の刀剣類がずらっと並べられていた。その奥に透明ケースに収められた高級品が並んでいる。量産品を覗き込むシオンを促して、奥の高級品コーナーへ連れ込んだ。


「命を懸ける道具は惜しんじゃだめでしょ」


「そーね。お。これなんかいい感じ」


シオンが刀身長50cm、全長70cmで超大型サバイバルナイフみたいな意匠の剣を覗き込む。ケースの横にデジタルサイネージがあって商品の説明動画が流れていた。イヤホンをサイネージに近づけて同期する。説明によればデザイン的には細身のサバイバルナイフだけど、製法は日本刀と同じで玉鋼を使い『折り返し鍛錬』や『焼入れ』といった日本独自の技術が使われているそうだ。サイズとしては代表的な日本刀である『打刀うちがたな』の刀長70cm、柄まで含んだ全長90cm程度よりも短く脇差しの種類でいう中脇差に近いサイズだ。シオンが以前から使ってきた双剣がこのサイズだった。


「気に入りそうなら試しに握ってみるといい。えっと。試用するには係員を呼ばないといけないみたいだ。これかな。ぽちっと」


5秒で感じのいい女性スタッフが現れた。


「試用ですね。もうご存知と思いますが、試用にあたりましてはトラブル防止のためにデポジットをご用意して頂く必要があります。こちらの商品の販売価格と同額を預けていただくことになりますがよろしいでしょうか?」


「はい。124万円ですね。ギルドのデポジット口座に入金しました」


デポジットとは保証金のこと。デポジットには消費税を含めないので124万円が剣そのものの値段。


「ありがとうございます。ギルド登録及び入金を確認しました。それではお手にとってお試しください」


スタッフがケースのロックを解除して蓋を開く。シオンがケースから刀剣を取り出した。シュリンと鞘から抜く。スタッフが白手袋した手で鞘を受け取った。シオンがボクたちから数歩離れ、周囲を見回してから軽く素振りをする。世界を超える都度身体は作り直されるけど、経験は脳に刻まれる。ウォーミングアップ程度の動きだったけど見る人が見たら無駄ひとつない達人の動きだった。スタッフのお姉さんが目を見開いてシオンの剣捌きを見つめてる。


「いい感じ。重心がほどよく手元重心で、ウチの好みにフィットする。握りも手にしっくりくるわ」


「じゃあ、それを買い。でいいね?」


「うん」


スタッフがタブレットを操作している間にシオンが顔を寄せて聞いてきた。


「保証金積まないと触れないなんて厳重ね」


「去年できた各国ギルド共通の決まりみたいだよ。日本では少ないけど海外の治安の悪い国なんかだと、手にした武器で係員を脅して持ち逃げしようとしたり、値切り交渉がうまくいかなくて揉めたりってことがいろいろあったんだって。で。高級武器防具は値切り不可、同額の保証金を積めない相手には触らせないってルールになったみたい」


「へー。お試しでやっぱ買わないってなったらお金は戻るのよね」


「試用手数料2%差し引かれて戻される。この刀だと2万4千800円が手数料。買った場合、試用手数料はなしになる」


ピッとスタッフの操作してたタブレットが鳴る。


「はい。手続きは完了いたしました。所有登録は長内様でよろしかったでしょうか?」


「はい」


シオンが顔横にビシッと手を挙げて応えた。差し出されたタブレットにサインをする。


「長内様のギルドアカウントに領収および刀剣管理番号を送信いたしました。ご確認ください。刀剣のホルスター類は右奥の防具・装備コーナーにて販売されております。併せてご検討ください」


深々と一礼されてボクたちはその場を離れた。


「ミナトは見なくていいの?」


シオンが聞いてきたけど、ボクは最初にダンジョン・アーティファクトを見たいと思っていた。ダンジョンの宝箱やモンスターのドロップで稀に見つかる武器防具の類だ。巨大なドーム空間の左奥を占める巨大な立方体建築物がダンジョン・アーティファクトの展示販売スペースだった。建物の周囲に8カ所もの警備スポットがあり、武器を携行した警備員が詰めている。警備員というよりおそらく自衛隊員だろう。入口ゲートにはボディスキャナが設置され、スキャナ前には武器預け用のコインロッカーが設置されている。シオンが買ったばかりの刀を預けた。ボクは現金入りのリュックをいっしょに入れる。女性用と男性用が別れているルートを当然女性用に進む。スキャナ画像をチェックするのは男性用が男性隊員、女性用が女性隊員だった。透過画像は丸裸みたいな画像になるのでその配慮だろう。小銭入れとスマホと冒険者タグは身に着けたままスキャナを通過。異常なし。シオンも続いて問題なし。厳重だなあ。門衛が立つ入口ドア前にカウンターテーブルがあり、そこに座った女性士官がにこやかに入場のための保証金を告げてきた。


「神代湊様、長内詩音様。2名様でのご来場ありがとうございます。2名様合計でデポジットが2千万円になります。よろしいでしょうか」


ボクはスマホのアプリを開いて用意していたので一瞬で送金が終わる。女性士官の眉がぴくっと動いた。冒険者登録をしたその日に2千万円の保証金を支払えるうら若き女子高校生など初めての経験だったのだろう。どっちかといえば後ろ暗いお金だけど、悪い奴らから巻きあげて社会に還元しているんだから堂々と使う。冒険者タグを見える位置に出すよういわれ、Bluetooth送信で入館パスを電送された。入口の強化ガラスドアを抜けるとき門衛の隊員がチラ見してくる。ここに入る未成年が珍しいのだろう。中に入ると、一品ずつ強化透明ケースにディスプレイされた武器や防具が展示されていた。所々に立っているスタッフはボクたちのブラ見を邪魔せず、見守っている。ここでアーティファクトを盗もうとなんてしたら、お上品なスタッフが自衛隊特殊部隊に変身するのかもしれない。ボクたちの他に2組の客が奥の方で説明を受けている。入口近くに展示されているのはトルソーにディスプレイされた防具類だった。


「ねー。この胴鎧、ルキナの世界で使ってた胴鎧に似てない?」


シオンが透明ケースに鼻をくっつけそうなほど顔を寄せていった。確かにあのとき重宝した胴鎧に似たデザインだ。何本もの金属ベルトをV字に織りあげたような構造をしている。胸部分がカップになっているから女性用だろう。サイズなんかはどうなのかな。横のサイレージを見るとどうやらフリーサイズらしい。どういう原理か不明ながら身に着けると各金属ベルトが伸長し、身体の曲線に自動フィットするらしい。タングステンカーバイド並みの強度を誇りながらアルミより軽く身体の動きに合わせて編み込みが自動で伸長するため動きを阻害しないのだそうだ。色は艶消しの黒。渋い。身に着けると魔力の被膜が全体を覆い、耐刃・耐寒・耐熱性能が付属するという。金額を見る。貧乏人根性がビビる1200万円。


「これ買おう。命あってのことだから」


手近な女性スタッフに目を向けると猫のような音のない歩みで近づいてくる。


「お気に召されましたか?」


「はい。あの。これって1点限りですか?」


「あ。いえ。こちらのアーティファクトはダンジョン4階のダンジョンボス討伐後に出ることが多く、現在まで吉祥寺ダンジョンでは22点発見されています。現在のところ、もう1点在庫がございます」


「それはよかった。じゃあ、それもください。このまま着ていきます」


「え。あ。はい。かしこまりました。2点で消費税を入れて2640万円になります」


支払能力を疑われる前に支払いを済ませた。透明ケースが開けられ中の装備がシオンに手渡される。試着ボックスでシオンが身に着けて出てきた。もともとだぼっとした白いトレーナーを着ていたから防具が隠れて見えない。


「勝手にスルスルベルトが動くのこそばゆい。でもいまはピッタリして軽いから着けてないみたい。いいんじゃない?」


「では、在庫をお持ちします。少々お待ちいただけますか」


「じゃあ。その間にあっちの武器コーナーで見てます」


かしこまりましたと猫のような無音走行でスタッフさんが奥に向かう。2品も同時に買う客なんてほとんどいないのだろうな。ボクたちは武器コーナーに向かいながらシオンのお腹にグーパンチを叩き込んでみる。ヘビー級ボクサーの全力アッパー並みな衝撃があったはずだけど、シオンはケロッとしてた。ボクの拳の皮が剥け、ペロペロ舐めてるうちにもフェムトマシンが超過労働に対してブイブイ文句をいってる感じで修復してくれる。武器コーナーの真正面奥。ボクの目は一振りの日本刀に吸いつけられた。ケースの中、山形の向きで2段に飾られた抜き身の刃と鞘。刀掛けの脇に小さな黒漆の銘板が置かれていて、『霧雨』と読めた。この刀の銘か。刀の長さから打刀と呼ばれる主流の刀だとわかる。抜きやすく扱いやすい実践的な武器だ。ボクの目はその刀の剥き出しにされた刃文に吸いつけられている。深く神秘的なほどに美しかった。


刃文はもんは大きくふたつに区別され、ひとつは真っ直ぐな『直刃すぐは』、もうひとつは波打つ『乱刃みだれば』。その刀の文様は『互の目(ぐのめ)』と呼ばれる乱刃みだればの一種だった。『互の目(ぐのめ)』の中でも『片落ち互の目(かたおちぐのめ)』と呼ばれる複雑で勇壮な刃文だ。ボクの強化された視力でよくよく目を凝らせば、刀身全体が薄青く光っているように視える。これがダンジョン産の証拠だ。柄は『摘巻つまみまき』と呼ばれる編み方で、柄糸が重なる部分を摘むように高く盛りあげていくのが特徴。装飾としても見栄えがよく滑り止め効果も高くなる。鞘に文様などはないけど漆黒の深みが尋常じゃない。とにかくひと目で魅了された。チャームの魔法にかかったみたいだ。胴鎧を持ってきてくれたスタッフのお姉さんにその場での買取を申し出ていた。胴鎧は試着ボックスに入るまでもなく上着のフィールドジャケットを脱いでシオンに持っててもらい、その場で着用する。たしかに自動で金属ベルトが滑っていく感触がこそばゆい。身体に完全フィットするとズボンからスマホを取り出して入金しようとそのとき初めて売値を見た。1億6千万円。消費税入れて1億7千600万円。ちょっとビビったけど顔には出さず送金した。いや半分くらい出てたかな。


その後、シオンの双剣化のために脇差しタイプのアーティファクトを6600万で買う。今日は下見のつもりだったのに気がつけば2億6千964万円も使ってしまった。この世界の日本経済にかなり貢献したわけだ。ダンジョン・アーティファクトコーナーにこれ以上長居したら破産しそうだったので通常品売り場に戻った。デポジットが自動変換される。スマホで入金を確認し、刀を背に背負うための刀剣ホルダーを買い求めに売り場までブラブラ歩いた。脇差しタイプもあったけど、ボクもシオンも背負いタイプ一択。ボクは1本差用。シオンは双剣用X字交差タイプを選んだ。ホルダーを胸に締め、背に『霧雨』を差した頃から周囲でざわめきが起こる。


「おい。あの娘たち見ろよ」「なんだ。おお。マブいな。なに。ナンパしたいのか?」「ちゃうって。あのふたり、さっき『アームリィ』から出てきてたんだよな。あのキャップの娘が背負ってるの、袋に入ってるけど『霧雨』じゃね?」「なになにー。『霧雨』。んー。あ。そうかも。ウチらのクランでデポジット貯めて先月初めて入ったんだけどさー。いま『アームリィ』に展示されてる日本刀であの大きさって‥‥確か、その時点で1本しかなかったはず」「マジか?」「『霧雨』って確か売値が億だったよな?」「億って円でか?」「ウォンじゃないぞ」「2億近かったんじゃない?」「あの娘たち、さっき初登録してたみたいよ」「なんだと。新人がポンと1億出してダンジョン装備買ったってか?」「どんなお嬢様だよ」「あ。ウチらのマスター来た。ねえ。『アームリィ』に一瞬だけ入ってきたいんだけど、デポジットをクランの予備費から出してくれない?」「『アームリィ』に一瞬だけ入るって?」「なにも買わなきゃデポジット全額戻ってくるんだからいいでしょ」「んー。まあ。使わないならいいけど」「あのキャップの娘もマスクしてるけど、かなりイイ線いってるんじゃね?」「そうだな」「ん?」「あの娘。銀髪じゃねえか?」「銀髪?」「オマエ知らんのかよ。多摩方面で異形を1発ノックアウトしたり、人命救助したりでYouTubeで爆盛りあがりしてる娘」「マジかよ。でもそんなスゲーのが初心者マークって、ありか?」「オマエ声掛けてこいよ」「冗談だろ。なりかけとはいえ異形を一発KOだぜ」「なんだっけ‥‥『戦姫』だっけ。あの娘がそうとは限らないだろう」


パーソナルアビリティボーナスで聴覚がアップしてるから、遠くのヒソヒソ声もクリアに聞こえる。なんかボク‥‥やらかしたかもしれない。シオンが面白がってボクの顔色うかがってる。衝動買いは身を滅ぼすってホントかも。顔を伏せて装備類コーナーを回り、通常仕様の手甲脚甲やらを追加で買い求める。視線が痛くて吟味もせずに買った。


「やっぱり。『霧雨』売れてたわ。アラブの石油王のひとり娘かなんかじゃない?」


そんな声とそれに続くどよめきを背に、シオンのための冒険者用高機能レギンスや高機能フィールドジャケットも買った。もろもろ合計で22万。小銭に思える。金銭感覚がおかしくなってるなボク。そんなこんなしてるうちに11時が近くなった。人目から逃げるようにギルド庁舎に戻り、3階の講習会場へ入る。会場入口で受付発券機にタグを晒すと自動で読み取って番号レシートを吐き出してくれる。ギリギリだったせいでボクは59番。シオンが60番。かなり後ろの席だ。正面にプロジェクタースクリーンがあり、脇にマイクが置かれた演台がある。中央の通路を挟んでメモテーブル付きのパイプ椅子が整然と置かれていた。左右に6脚ずつの列が6列。72人が一度に受講できるスペース。コロナの影響も残っていて椅子と椅子の間隔がやや広めだった。椅子の背もたれに表示されてる番号を見て奥から2列目の右端がシオン、その左横がボクの席だとわかる。刀剣ホルダーを外し椅子の横のフックに引っ掛けた。リュックは背もたれに背負わす。席に着くと横から小さな驚きの声が響く。


「あらあ。またご一緒ですね」


横を向くと、星空蜜柑さんが満面のアイドルスマイルで覗き込んでくる。ずんぐり猫のキャラクターが海賊船長のオウムみたいに左肩の上に乗っていた。よく見ると猫の胴部にアクションカメラが組み込まれている。動作してるようだ。人目を忍ぶ警戒モードが湧きあがって顔を逸らしそうになったけど、悪いことなどほぼしてないのにコソコソ逃げ隠れするのが理不尽に思えた。えーいままよ。と息苦しいマスクを外し、キャップを脱ぐ。お団子に巻いてキャップに収めていた髪がほぐれてサララと落ちた。


「あ。えと。はい。よろしくお願いします」


「あら。おふたり、刀を選んだんですね」


「あ。はい」


「1階のスライムはハンマーで叩いたほうが効率的って聞きました。ダンジョンに入って最初のセーフゾーンってところでハンマーをレンタルしてくれる店があるそうですよ」


「あ。えと。アドバイスありがとうございます。いろいろ試行錯誤しながらやっていこうと思ってます」


そこまで話したところで講義が始まった。女性スタッフが「1時間の上映の後、10分休憩でその後に講義1時間」とか説明したり、喫煙場所について話したりしてるのをぼんやり聞く。場内が薄暗くなりスクリーンに動画が映し出された。ダンジョン0階層セーフゾーンの説明。1階層2階層のおもな出現モンスターについてやドロップアイテム、経験値についてなどの説明が続く。開始10分でシオンが寝落ちした。ボクもウトッとしかけたけど、隣から聴こえてきたカリカリとペンを走らせる音にハッと目覚める。上下の瞼の間に爪楊枝をぶっ刺して強引に開きっ放しにするイメージを頭に浮かべながら隣を見ると、星空蜜柑さんが真剣な表情で手帳にメモを書き込んでいた。真面目な努力家なんだなあと、行きあたりばったりな自分をちょっと反省する。動画はダンジョンモンスターの討伐実写になっていて、スライムは中でヌルヌル動く赤い核を正確に破壊しないと倒せないとか、通称デブネズミことファットラットは粘着性のある手足で壁や天井を走るので不意打ちを受けやすいとか、巨大ミミズは前後の両端部にある膨らんだ節を両方破壊しないと死なないため真っぷたつに切っても平気で攻撃してくるから要注意だとか解説してくれてる。星空蜜柑さんはなかなかに可愛いイラストを中心に注意事項をびっしり書き込んでいた。その字もまた丸くて可愛い。ときどき声を潜めて独り言を行っているのかと思ったら、生配信してるようだった。机に置かれたスマホ画面が配信画面になってて、コメントが次々とアップされていく。


星空蜜柑さんのメモを盗み見ているうちに動画上映の時間が過ぎ10分の休憩時間になった。シオンがムクッと起きあがり「といれー」といい置いて講習会場を出ていく。税込み6736万4千円の双剣は置きっぱなしだ。周りをざっと見回すと半数近くが女性だった。トイレは混み合うだろうな。ボクは自分の膀胱と相談したけどまだ大丈夫そうだったんでパスする。いざとなればフェムトマシンに命じて体内水分を分解調整させるしね。5分かからずシオンが戻ったので荷物番を任せ、ブラブラと会場を出て廊下に設置された自販機からホットコーヒーを買う。窓辺に移動して外を眺めながらちびちびと苦いブラックコーヒーを舐めた。見えるのは大部分が『アームリィ』の巨大ドームとダンジョンを囲う防壁。吉祥寺の町並みが窓の左にわずかに見える。いい天気で風もなく日差しは温かい。


「あのお‥‥」


顔を向けると、なんというか、漫画から抜け出てきたみたいな典型的オタク青年がスマホ画面をボクに向けてかざしながら立っていた。黒縁メガネは必須なのかな。散髪してないボサボサ髪。太めで猫背ガニ股。


「はい?」


「あのお‥‥。これ。貴女ですか?」


病院で異形をノックアウトしたときの監視カメラ映像がスマホ画面で再生されてた。ノックアウトシーンが終わると多重衝突事故映像になる。異形ノックアウトだけなら諸々面倒臭くなってるいま認めるのもやぶさかではないけど、事故救出映像も一緒だとバイク盗難を認めることになるのでしらばっくれるしかない。


「んー。誰これ。知らんけど。共通点は女だってことと、髪の脱色ってことだけで決めつけられてもねえ」


米軍レンジャー部隊みたいないでたちで、真面目な顔でめあげるとそれなりに迫力出るんだな。


「あ。え。はひ。し。失礼しましぃ」


マイケル・ジャクソンのムーンウォークばりの後退速度でスススっと廊下の奥に消えていく。ごめんねー。怖がらせるつもりはなかったんだけどねー。講義後半は生身の講師がダンジョン探索の留意点を講義してくれる。スライムによる窒息死亡事故がキャンプ中に多いとか、天井から落ちてきて頭部を包みこまれる事故とかその際の引き剥がし方法は火が効果的とか意外と実用的な知識を話してくれる。ただ講師の口調が講談師かってくらい抑揚が強い上にべらんめえ調なのが困ったちゃん。文末にばかり力が入り「〜でぇございまして」「〜と、あいなります」ってとこばかり耳につき、肝心の内容が聴き取りづらいってえアンバイ。まあそれでも日本国の主権は第1ブロックの5階層分だけにしか及ばず、それ以下は法が及ばない無法領域となること。現状は警察的機関がセーフゾーンにしかなく、それ以下の階層に治安が行き届いているわけではないことなど教えてくれる。もうだいたい知ってたけど。初心者は十分に力と経験をつけてから下層へ挑戦するようくれぐれも教えられた。ダンジョン内でステータスパネルを開くやり方とステータスポイントを振り分けるやり方も教えてくれる。ボクやシオンには釈迦に説法だった。1時間でダンジョンの危険をすべて教えることなど不可能。講師は時間切れとなり最後に経験者とパーティを組むことが命の危険を減らす一番の方法だと述べて講義を終えた。経験者が善人ばかりじゃないことまでは教えられなかったな。講義受講済の印としてタグのデータを上書きしてもらい終了。ボクもシオンも晴れて初級冒険者となった。


「いやー。よく寝た。で、次はどーするの?」


などと不遜なことをあたり憚らずのたまうシオンとは他人のふりをして小声で答える。


「ダンジョンに初潜りだね。まずは小手調べ」


横から声を掛けられる。星空蜜柑さんだった。


「私たちこれからダンジョン初潜りです。どこかで出会ったらよろしくお願いしますね」


「あ。こちらこそー」


シオンが愛想よく手を降る。それからこっちを向いて宣言した。


「ダンジョン潜るならまずは腹ごしらえね。コンビニ寄って食料買い込もう」


乙女なシオンは花より団子だ。



イラストはChatGPTの無料版で生成したものです。意外とイメージ通りになるなあ。

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