邂逅 ⑤
左手首のフレームが午前中の柔らかい太陽の光を四角く跳ね返す。
入学式から二日が経ち、盛大な桜が散り始めている。短い命を惜しむように、方々から揺らめき横滑りをしながらゆっくりと落ちる桜の花びらを見つめながら、僕はふと浅川さんからもらったメッセージカードを思い出していた。あれは今、卒業アルバムに挟まれて本棚の一番下の段の隅で安らかな呼吸を繰り返している。
桜は咲くよりも散る方が何処か哲学的で歯がゆいと思う。
今日は一年次の履修科目の説明会がある。所謂オリエンテーションだ。入学式の一昨日とは打って変わって、グレーのパーカにブラックジーンズ、足元はキャンバススニーカーと、最も“僕らしい”カジュアルな服装で、この正門からの桜並木を眺めている。一陣の風が僕の前髪を散らし、肩口に花びらの渦を作る。ピンク色の一片が僕の頬を撫で、口唇の端で小休止すると、再び舞う。
この清志館大学はキリスト教系の大学だ。ミッション系ならば何故、清志“院”ではなく清志“館”なのだろうと、僕は昨夏の学校見学に来た際にはずっと不思議に思っていたのだが、他の受験生にとってそれは詮無いことらしい。
皆、そんな理由よりも伝統校として名高いこの大学の入学証の取得方法を知りたい、と、大層クーラーのきいた説明会場では横に座る短髪の高校生が入試方式について説明する入試課の人を睨みながらパンフレットの余白にペンを走らせていたことを思い出す。僕は隣の彼を目の端でつぶさに観察しながらその熱量と部屋との温度差に正直なところ呆気にとられていた。そういえば、彼は無事にこの大学に入学できたのだろうか。
ただ僕も僕とて、この大学の在校生になるという肩書きには非常に魅力を感じていた。きっとこの称号は僕に漲る自信を与えてくれる筈だといつも夢想した。無事に入学した今、それは叶えられるべき現実として僕の胸の奥に確かな熱を与えている。
今日のオリエンテーションが開かれる大教室は1号棟だ。この桜並木を抜けたら右に曲がらなければならない。入学書類一式の中に校内設備と地図が掲載された薄い冊子があったが、それよりも学校説明会で配られたパンフレットの最終ページの地図の方が色も鮮やかで分かりやすかった。内よりも外面を大事にするタイプなのかもな、と先程まで熱っぽく桜並木を見つめていたくせに、変なところで斜に構えている自分もいて、二律背反の感情に正直戸惑ったりもしている。
そういえば、あの暑い日の学校見学会で在校生が僕達受験生に校内を案内する学内ツアーがあった。講義棟に始まり、図書館、学食とまわり、最後にたどり着いたのは、この大学の象徴ともなっている煉瓦造の大講堂だった。荘厳な外観はうら若い僕等を嘲笑うように太陽を背に聳え立ち、四角と半円を過不足無く配置したデザインはまさに圧巻だった。説明する学生にとっても胸を張るべき箇所だったのか、歴史や設計について細かく説明するその口振りには大分熱を帯びていた。数メートルの距離越しに立っていた僕にもその熱意が徐々に伝播してきたようで、首の後ろがじりじりと灼けるような火照りを棒立ちしながらただただ感じていた。
しかし、内部に案内され、講堂の入り口を囲むような不思議な空間に立った瞬間、つらりと背筋を冷や汗が伝った気がしたことを覚えている。その小ホールのような大人数でダンスでも踊れそうな部屋の床は板張りで、不自然なほどに艶のある床が、ずらりと宗教画が飾られていた壁面を逆さ富士のように映し出していた。
僕は入り口に近い絵から奥へと順々に視線を移す。
受胎告知、あの天使はガブリエルだろうか。マリアの母子像、つまりあの胸に抱かれているのはイエスか。復活、十字架の後ろに淡く光の輪が見える。なけなしの貧弱な知識で一つずつ順を追う。聖人、マルコ、マタイ、ルカ………あと、誰がいただろう、と、ついになけなしの知識が枯渇したのと同時に、どうやらいつの間にか僕の口はだらしなく開いていたままだったようで無性に喉が渇いて仕方がないことに気付く。
首に掌を当てて渇きを落ち着かせようとゆっくりと撫でるが、喉の皮膚と皮膚が絡まり今度は無性に爪を立てたくなる。この焦りのような胸を掻きむしりたくなる衝動は何処からくるのか。このままではすぐに干乾びてしまいそうで、防衛本能が働いて全ての感覚をシャットアウトするよう眼を閉じようと試みるが、何故か、どの絵にも怨念と情念、欲望が滲み出て僕を招いているような気がして目が離せない。
そんな筈はない。これはただの宗教画であるし、そう、僕はカトリック信者でもない。それどころか、そもそも無宗教だから無関係だ。それなのに、その塗り固められた黒に、赤に、闇に、血に到底計り知れない質量の畏れが幾層にも積み重なっていて、蠢く人々の感情が何かの拍子に一斉に襲ってくるようだ。
もはや大袈裟ではなく窒息して死んでしまいそうだった。薄い胸を最大限に上下させ息も絶え絶えに、ここを出たら何か飲み物を買わなければ、と言葉にして考えるのがやっとだった。
あの日、外気温よりももっと熱い風に巻き込まれかけた僕は、今後できればあの歴史的建造物には近づきたくはないと思っている。これは身を守るためだ。何故だかは皆目分からないが、ただあの時あの場で何らかの波長が合ってしまったのだと後になって思い至った。
運が良いことにその建物は今日向かうべき1号棟とは逆の方角にある。
並木道を抜けたところで空気が変わった。今までの桜の香りにさえ気付けていた僕でもないが、ここのポイントで何かを失い、そしてそれ以上の雑多な何かがモザイクのように混ざり合っていることは確かに分かる。それは土埃か新緑の青さか、いやこの場所に新入生という若さが集まる熱エネルギーの塊か。時折むせそうになる空気の中の少しでも清らかな層で必死に呼吸を繰り返しながら1号棟に向かって歩みを進める。この濃くも薄い空気は昔から苦手な筈なのに今日は頬がゆるんで仕方がない。
何もかもが新鮮だ。
正門から続く桜も、目の前で恐らく同じように1号棟へ向かう風景から今ひとつ浮いたままの集団も、足元のコンクリートのひび割れに修復のあとが見られる歪な膨らみも、歩く度に左腕で揺れる美しく四角い輝きも。
今日はあの桜吹雪のせいでこのパーカのフードにきっと花びらが入っている。帰ったら優しく取り出して、この人生の宝物にしよう。そんなことを思って右手の甲で目許を拭うと、今度は濡れた影が揺らめいた。
前世で僕は大学生にはなれなかった。




