表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

邂逅 ②

通学路を横切る小鳥と目が合った。

何の鳥だろうか。その鳥の種類は僕には皆目分からないのだが、身体全体は茶色めいているのに、ところどころに入る銀の筋が既に傾きかけた太陽の光を方々に跳ね返していてちょっとかっこいい。

じいと見つめ続けるその眼差しを受け止めたまま左のポケットに手を差し入れれば、すぐに小さなつるりとした球体に指が届いた。少し伸びた爪で引っ掻かれたキャンディの袋がカシャリと音を立てる。

小学校も高学年となれば少なからずルールを破る者がいる。学校にスマートフォンを持ち込む者、帰り道でコンビニに寄り買い食いをする者、毎日こっそりとメイクをしてくる者、恐らく先生にも気付かれているだろうが、注意したところで子どもの好奇心の炎に油を注ぐだけだから何も言わないのか、または数年で異動する彼等は揉め事の種になりそうなことには触れたくないのか、多くの場合、皆だんまりを決め込んでいる。

今朝、斜向かいの家のおばさんに「毎日元気に挨拶ができる良い子だわ」と褒められた僕だって、実は少しばかりルールを侵している。毎朝、お腹の空く放課後のためにポケットに一つだけキャンディを忍ばせているのだ。友人達とは方向の異なる乾燥無味な帰り道に少しばかりの彩りを付してくれるキャンディはいつしか欠かせない相棒となっていた。

今日も空には雲がない。ずっと目の前に佇んでこちらに丸く黒い目を向けていた正体不明のあの鳥は既に飛びたった。今は二本先の電柱から伸びる電線の上だ。真っ青な空を背景にしてめいっぱい嘴を上げて何やら口ずさんでいる姿は、やはり絵になる。もはや鳥の種類など何でも良かった。そういえばスカイブルーってこんな色なんだな、と空に目を移して妙に納得したりもする。

今朝はいつものレモンをやめてソーダ味のキャンディを選んでいた。小さい三角の切り込みから地面に落とさないよう丁寧に開けて、空の色を映し取った球体を親指と人差し指で摘み出すと投げるように口へ放り込む。指先が少し粘ついて不快だ。

じゃりじゃりじゃりじゃりと舐める間もなく力強く噛み砕けば、その破片が口の柔らかい皮膚をいくつも傷つける。舌も少し噛んでしまったようだ。電流が走ったような鋭い痛みに頬を歪めると、少し置いて血の味が混じる。


僕が前世を覚えているのは嘘じゃない。

自分自身でも記憶があやふやなほど幼い頃から断片的な映像が頭の中で再生されてきた。ジグソーパズルのひとつのピースが浮き上がってくる感覚だ。しかしピースは隣り合うもの同士順番には現れない。色も形も全く異なるピースが毎回時間も決めずにふっと頭の中に現れては再生されていく。それは短ければ静止画のよう、長くても数十秒の短編動画だ。もしそれが美術館で見かけるような高名な絵画の額縁のように存在感を放って四方から埋まってくれれば、僕にだってそのピースの集まりが何か関連のあるものだと理解できていたかもしれない。しかし、もぐら叩きゲームのように四方八方から出現してくるものだから、僕はそれが白昼夢の類だと疑わず、そしてそれは万人に起こり得るものだと思っていた。

だから僕は

「大きな犬がお家にいてね、みんなココと呼んでたよ」

とか

「飛行機に乗ったら耳が痛くて泣いちゃった」

など、その時流れた映像を両親に説明することも多かった。それは僕にとって今日学校で覚えた新しい漢字を嬉々として報告するくらい自然で当然なことだった。

お母さんはいつも

「もし怖い夢を見たら誰かに話した方が怖くなくなるから、どんどん話した方がいいのよ」

と僕の頭を撫でながら優しく言ってくれた。

お父さんは時として

「こんなに感受性の強い子なら将来楽しみだよな」

と手を叩いて喜んだ。

その二人の反応を受けて僕は

(そうか、やっぱりこれも夢なのかぁ)

と眠っている時以外にも夢を見ることがあるのは特別なことではないと一人納得していた。

その潮目が変わったのは、今から一年程前だっただろうか。

浮き上がるピースを一つずつ丁寧にしまっていた脳内の宝箱の中で、ジグソーパズルの全容が薄っすらと見えてきた時があったのだ。それと同時に、これは何の絵だ、何の写真だろうか、ともう一人の僕が頭蓋骨の天辺に張り付いて俯瞰で見ようとしていることにも気がついた。もしかしたら輪郭が全て出来上がるのではないか、そうだ色味の似ているあのピースをこちらに置いてみよう、ほら思った通り右側の凸と左側の凹がぴったりではないかーーーーーーーーー。

僕は夢中になってパズルを組み立てた。確かに完成までにはまだまだ遠いのだが、それでも最終形態に思いを馳せるぐらいにまでは組み上がった。

そして気付いたのだ。

(これはたまに見る夜の夢とは違う。もっと意味を成すものーーーーーーー)

初めて“どうやら生まれる前の人生を覚えているらしい”と自覚したのは去年の清々しく晴れ渡った夏の日だ。その日、僕は初めて門限を破った。


毎日僕が時計代わりにしている大学生風の女性が、今日も小走りで僕の左側を追い抜かして行く。ここはいつもの交差点よりずいぶんと前の地点なので、きっと今日は僕の歩みが遅かったのだろう。到底読めないフランス語っぽいロゴのTシャツを着た彼女が一気に僕を抜き去る時、夏の空気と共にその跳ねる髪からほのかにレモンの香りがした。

ああ、今日のキャンディもレモンにしておけば良かったと、ふと思う。


鉄のソーダ割はやっぱり美味しくはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ