邂逅 ①
僕にはちょっとした秘密がある。
それは一種の能力とも言えるのだが、別に漆黒の闇から世界を救ったり理不尽に攻撃された誰かの傷を癒したりするRPGの世界で呪文となって登場するようなものではなく、別段、今後も我が人生上で何の役にも立たないだろうと思われる秘密だ。
「おれさ、前世を覚えてんだよね」
小学五年の初夏に隣りの席の陸斗に話したことがある。僕の通っていた小学校では二年毎にクラス替えがあり、勿論それまでの四年間で石橋陸斗の存在は知っていたのだが、同じクラスになったのは初めてだった。隣りの席に座る彼は同い年とは思えない程の大人びたオーラをその身に纏っていて僕は密かに憧れていた。風が吹くたびにさらりと踊る少し茶がかった軽い髪や長めの細い首がやや几帳面さを表していて神秘的だ、と僕は勝手に評していた。一方で黒目がちな瞳は丸く大きく、彼と他愛ないお喋りをしている時などその瞳に映った自分にどきりと心臓が波打つ瞬間がある。
僕の突飛な言葉を受けて、今日も陸斗はその魅力的な眼を僕に向けてくる。身体もこちらに向けるよう捻り、小学校の小さい椅子に横向きに座り直した。彼が僕に興味を持ってくれることが素直に嬉しい。そして彼こそが僕の秘密の共有者に相応しいとも感じた。
陸斗がグレーのパーカのフードの形を確かめるように左手を首の後ろにやりながら
「どういうこと?」
と訊いてきたので
「生まれる前の記憶があるんだよ」
と正直に答える。
陸斗が後ろにやっていた左手を前に戻して口唇を触る。きっと理解が追いついていないのだろう。何か凄い思索を巡らせているのかもしれない。僕も黙って彼の次の言葉を待った。
僕の席から一番遠いところで今年も同じクラスになった藤本が半袖から伸びた長い両手を振って何かを言っている。しかし、今の僕と陸斗の間の張り詰めた緊張感に彼に構う隙間などはない。
「……………………徳川家康に会ったことあるの?」
口唇に指先を当てたままの陸斗が訊いてくる。予想とは少し違った彼の反応に僕は若干の焦りを感じながらも急いで真実を答えた。
「ないよ、それにおれの前世はもっと後」
「じゃあ、坂本龍馬か」
「えっ」
「おれ、坂本龍馬の本もらったばっかりでさ。いいなぁ、坂本龍馬に会ったことあんのって」
「ちょっと待ってよ、坂本龍馬にも会ってないよ。だって前世って言ったって今から二十年ぐらい前だもん」
焦りすぎてまるで逆ギレしたような語尾になってしまったことを悔やむ。陸斗はそんな僕を正面から見据えてきた。既に彼の魅惑的な瞳は輝いていない。
「……………なんだ。つい最近じゃん」
なんだ、とはなんだ。
もっと僕に対して一目置いてくれるようになる展開を期待していたのだが、何とも萎えてしまうやり取りだ。陸斗は確かに大人びた雰囲気は多分にあるのだが、それだけで中身まで担保されはしない。どこにでも居る小学五年生なのだ。現に、この話にこれ以上の続きなど必要ない、と「今日まじで暑い」とパーカーを脱ぎ始める。
僕の密かな“陸斗と親友になる計画”はあっと言う間に潰えた。
僕は一抹の寂しさを心の隅に宿しながら、水色の無地の半袖姿になった陸斗からゆっくりと目を離すと、最近ようやく見慣れてきた三階のこの教室をぼんやりと眺める。ついさっき手を振ってきた藤本はもう僕等に興味を失ったのか、両手で頬杖をついてまわりのクラスメイトと談笑していた。
何とも呆気ない。
そう、人生とはそんなものだ。僕はまだ10歳だがそれを知っている。ただそれだけだ。
もうすぐ休み時間が終わる。今日はいつもよりとても短く感じられた。




