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『山下悟』の邂逅 ①

ピリオドが嫌いだ。

シャーペンの芯をしまう時にノートについてしまう汚れと見間違うような点。

文章など永遠に続いてこそ美しい。皆、盲目的に“終わり”の美学ばかり唱えて“続く”ことへの希望を見失っているのだ。

だからメールやSNSで文字を扱う時はいつだって句点は打たない。更に言えば読点も苦手だ。

入試や定期テストの英語や国語の時は参った。書かないことで減点されるリスクは容易に想像できたので、半ば目を瞑りながらピリオドを打ち、小さな丸を書いた。その瞬間、いつも途方もなく何色でもない哀しみが襲ってきて、それはいとも簡単に俺の自尊心を傷つけた。


ナギとアカウントを交換してすぐに送った、

「これからよろしく」

というメッセージにも勿論「。」はつけない。

そして、すぐさま彼から返ってきた、

「こちらこそよろしく」

にも「。」がついていなかった。やっぱりみんなそうなのだ。区切りをつけることを恐れているのだ。たとえそれが違う理由からの行動だとしても、無理に自分の勘違いを押し通すことで気兼ねなく文字を送ることができた。これで何とか息を継ぐことができる。


白壁が眩しい図書館のゲートでリーダーに学生証をかざすと、駅の改札口のような羽根が音もなく折りたたまれて俺の進む道をつくってくれた。左肩に掛けたトートバッグの内ポケットに学生証を入れた黒いカードケースを仕舞いながら、足早にゲートをパスし、眼前の広い空間の中央近くまで進んで息を呑んだ。貸出カウンターの前にはカフェのようなテーブルとスツールが十分すぎる間隔を保って点在している。見上げれば五階まで四角い吹き抜けになっていて、高い高い天窓から午後の強めの陽光が降り注ぐ。吹き抜け構造のおかげで各階の書架の連なりの美しさをここからでも眺められた。

建築を専攻する俺は、しかし未だそのイロハすら学んではいないのだが、それでもこの建造物の光の採り入れ方や、空間の絶妙な塩梅、無駄のない機能美には心の内で唸るしかない。地下には貸しスペースやオーディオルームも備えているらしく、そちらの様子も気になったが、今の胸の裡は思いの外余裕がないらしく、俺の目は案内板で素早く自習スペースエリアを探していた。

各階に予備校の自習室にあるようなブースがあるようだが、既に逸る気持ちを抑えられない俺は貸出カウンターの横をすり抜け奥へと歩を進める。途中で開架式の書架に横付けされたワゴンから誰かが返却した本を一冊とり、更に奥へと時折躓きそうになりながら脚を交互に動かす。もう少しで堪えきれず走り出してしまいそうだ。


最奥にある空席を目で捉えると、抱えた本を持つ指にも力が入った。周囲に他に人がいないことを確かめながら椅子を力強く引き、これもまた空いていた隣席のグリーンの椅子を引き寄せるとその上に鞄をのせる。道すがら手にした本を雑に開いて息を吸うと、書籍特有の紙の匂いと埃っぽい香りが鼻腔をくすぐった。

心臓が波を打って自身に存在を顕示してくる。ああ、そこにいることは分かっているよ、と左手を胸に当てて息も整えた。手の平の熱が心臓にも伝わって一層血流が増した気がした。バランスをとるように右手で今しがた持ってきた一冊の本の角を撫でれば、今度はひんやりとした感触に脳が喜ぶ。

(何の本だろう…………?)

つるりとした表紙を確認する。

ようやく熱さと冷たさが混ざり目も冴えてきた。

(…………………エリアーデ……………?)

本来なら適温とも言うべき生ぬるい図書館の片隅で、俺は左肘をつきながら額に温かい手を当てると右手でぱらぱらとページを繰る。

「…………………知らんし」

俺は無意識に呟いて目を閉じた。

脳裏にあの七月の噎せ返る熱気と幾層もの歓声が綯い交ぜになって鮮やかに蘇る。

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