邂逅 ⑦
漫然と揺蕩う気怠さと余韻を残してオリエンテーションが終了したのはもう正午を20分も過ぎていた頃だった。どうりで空腹を覚えるはずだ。
僕がシラバスやらペンケースやら忘れ物がないよう確認しながらリュックに一つずつ収めていると、横から
「ねぇ、学食行ってみない?」
と弾んだ声が飛んできた。
そちらに首をまわしてみると隣の彼も白いキャンバス地のトートバッグにプリントやら水筒やらを無造作に放り込んでいるところだった。
「学食?1号棟にあったっけ?」
確かに彼とは今日が初対面ではあるけれど、先程の笑い合った少しの時間が既に僕達の間にあった気兼ねという柵を取っ払っていて、僕の頭も心も彼に向けて小さく開け放たれていた。
「ここにはないらしいけど、なんか隣にあるみたいよ」
彼に背中をぽんと叩かれて教室の出口へと促される。
メインのカフェテリアという名の学食はこの1号棟から少し離れた中央棟にあるそうだが、そこまで足を伸ばさなくとも学食は他にもあるらしい。
今朝、桜並木を抜けて右折した時、突き当たりの1号棟の他に2号棟と3号棟が左側に見えた。彼から聞いたところによると、その建物は渡り廊下で繋がっており、その真ん中に位置する2号棟に学食が入っているらしい。去年の学校見学で見た校内地図を再び思い出しながら、彼に続いて大教室をあとにすると、明るい廊下を横に並んで歩いた。光射す開放的な幅の広い廊下を曲がったところで
「俺、山下悟って言います。えっと、5月生まれ、三人兄弟の末っ子、好きな色は白、好きな食べ物は最近は魯肉飯で………ま、そういうのは追々でいい?」
と、歩くリズムに合わせてつらつらと流れるような自己紹介を始めた青年は僕に口を挟む余地を与えない。醸し出す陽キャ感に多少気圧されながら何とかこちらも名前を名乗る。
「あ、おれは佐治凪沙です。えー……6月生まれで、一人っ子で好きな色は……あー………なんだろ、うーん……………緑かな」
「はは、無理して探さなくていいよっ」
肩をぽんと叩きながら彼、山下君は言う。
こざっぱりと清潔感あるツーブロックと細い首に左耳のフープピアスが映える。シルバーやゴールドではなくターコイズブルーを選ぶあたりが彼の意思の強さを体現しているように思えた。
「あ、そうだそうだ、横浜出身、ね。でも一人暮らし」
「………あのさ、神奈川の人って、神奈川県出身って言わないで都市名で言うよね、なんで?」
「あーー!おぉ、確かに!ナギ、鋭い!」
2号棟との渡り廊下を過ぎ学食に着く頃には僕はナギと呼ばれていた。それはマシュマロのような甘さと柔らかさを伴って僕の脳幹を大きく揺さぶる。途端に生じた目眩が今日は妙に心地良くてどこか懐かしいとも思った。
そうだ、僕はそんな呼ばれ方をしていたことがあったんだ。




