エンドNO.6 猿真似
冒険者の人から、なんだか複雑だけどとても大切な話を聞いた僕。
異世界に来たのにもかかわらず、前世で頭抱える人がたくさんいた問題と直面することになるなんてね。会社員って、こういう意味だと楽なんだろうなぁ…………。
「じゃあ、ちゃんと使ったお金の記録は残さなきゃいけないんですね」
「そうだぞ。坊主もちゃんと、お小遣いで使った金額は記録しておけよ」
「はい!分かりました!」
「良い返事だな。偉いぞ坊主!…………よし!そんな坊主には俺がミルクのお代わりをおごってやろう!」
「わぁ~。ありがとうございます!…………ちなみにそれも帳簿とかにつけておくんですか?」
「ハハハッ!よく勉強できてるじゃないか!だが良いか?酒が入ってるときにまともに計算なんてできるわけないんだよ!」
こういうところはとても冒険者らしい気がするけど。いや、どちっかって言うと冒険者というよりも酔っ払い?
とりあえずそんな感じなわけだけど、だんだん酔いが回ってきたのか本格的に酔っ払いなところが出てきたのでパーティーメンバーの人たちが僕からその冒険者さんを引きはがしてくれる。
ちなみに酔っ払いの人の名前はダイリキさんらしい。また会うことがあるかは分かんらいけど、一応憶えておこうか。
酔っ払いの人がいなくなると今度こそ僕は観察に戻る…………となるかと思ったんだけど、どうやらギルドにいる子供というのはやっぱり物珍しいし興味を持たれるみたいで、
「ふっ。冒険者に興味があるのならば、我の伝説的な活躍を聞かせてやろう」
「伝説ですか?」
「うむ。あれは数年前。我は単身で龍の住処へと侵入したのだ。そしてその底から、財宝を奪ってきたのである!」
「えぇ!そうなんですか!凄い!」
「フハハッ!そうだろうそうだろう」
「いやそれ、狩りで外に出てる間にギルドカードを回収しただけじゃない。しかも、龍って言ってもワイバーンだし」
「う、うるさい。余計なことを言うな」
酔っ払いの人のパーティーメンバーに絡まれて、自慢話とかを聞かされることになった。正直言って全く興味はないんだけど、話しの誘導の仕方次第ではこっちが聞きたいことを聞けないわけでもない。
それこそ、
「じゃあ、今日はどんなお仕事をされてたんですか?」
「今日は、近くの森にオークが出たということだったからそれの処理だな」
「そうそう。でもこいつ、今日は失敗したのよ。奇襲するつもりだったのに、途中で気づかれちゃったの」
「むぅ。そう余計なことを言うでない」
「えぇ?そうなんですか?何かあったんですか?」
「そういうわけではないはずなのだが…………身の隠し方が悪かったのか近づき方が悪かったのか。一応足音を消せてはいたはずなのだがな」
不満そうにしながら足を動かす相手の人。それを僕は間近で見られるうえにだいたい何のための動きなのかも分かるわけだから、学習できる。先生に通用するかは別として、足音を消すような歩き方は身につけておいて損はない。当たりの技術を引き出せたかもね。
こういう風に失敗したところとかうまくいったところとか、その場面を想像させて反芻させるような体の動きを引き出すことで僕は学習をしていく。
装備から考えても実力はある人達のはずだし、こういう人たちの技術を盗めるのは良い事だよね。
今見た技術は先生に攻撃することには使いにくいけど、いっぱい出てくる動きの中には通用しそうなものだってあるからとてもいい時間を過ごせてると思うね。
そう思いながらひたすら話を聞いて観察を続けていると、
「マスター。水をくれ」
「はい。すぐにお持ちします」
どこからか聞き覚えのある声が。
気になって横を向いてみれば、
「あっ、先生!」
「ん?エサカ?なぜここに?」
先生がいた。少し服が汚れているから、おそらく仕事をしてきた後なんだと思う。
ただ、汗をかいている様子とかが全くないから恐ろしさを感じるね。
向こうは僕がいることが驚きだったようで、本物かと疑うような顔で見てくる。やっぱり先生も、子供だけでギルドに来るのはさすがにマズいとか思ったのかな?
本物だって証明することも含めて色々と説明しようと思ったんだけど、
「え?先生?」
「弟子とか取ってたんだ…………」
「かわいい子供だと思ってたけど、もしかして私より強かったりする?」
「ふむ。さすがにここでは騒がしいな。帰りながら話すか…………ということで大丈夫そうか?」
「はい!大丈夫です!」
どうやら先生はかなりギルドですでに有名になっているようで、周囲がざわつき始めてしまった。おかげで、いづらくなったから帰ることになっちゃった。
結構いろんな技術を見てそろそろ僕の記憶力にも限界が来てたから、ちょうどいいタイミングだったかもね。忘れないように頭の中で思い出しておこう。
ただ、先生がどういう方向性で有名なのかは気になる。
都会から来た人だから話題になるのは確かだろうけど、ここまでギルド内がざわつくっていうことは他にも何かあるということ。先生は割と変な人だし、悪い方向の話じゃないと良いんだけど…………。
「それで?わざわざぎるどに来てまで私に伝えたい事でもあったのか?」
「いえ。単純に僕が見学したかっただけです」
「好奇心旺盛だな。ちゃんとご両親に許可は取ったのか?」
「はい。ダメだって言われるかと思ってましたけど、結構あっさり許可してもらえました!」
「そうか…………そういう家庭もあるんだな」
帰り道、先生は僕の説明を聞いて何とも言えない顔をしている。
他人の家の問題だから何も言えないけど、先生としては子供にギルドなんて行かせるべきじゃないと思ってるんだろうね。今回は大丈夫だったけど、それはたまたまだったのかもしれない。
「確かにここのギルドは比較的危険は少ないから大丈夫なのかもしれないが、他の場所では絶対にギルドに1人ではいくなよ?子供にだって容赦なく暴力をふるう粗暴な輩は多いからな」
「はい!分かりました!」
「良い返事だな…………とても不安だが」
「えぇ~。なんでですか~」
先生に注意されつつ帰る僕。だけど、その頭の中では見たものを忘れないように何度も繰り返し思い出している。
そして、帰宅したら即実践!
…………の前に、
「記録しておかないとね。この世界の紙が比較的安価で良かった~」
正確には紙ではなくホワイトボードのようなものなんだけど、僕はそこに文字を描き込んでいく。もちろん、文字で書けない部分は絵で表現もしたりするけど、とにかく見たものを記録に残しておくんだ。
これで忘れてしまう数は少なくなるはず。
そして今度こそ実践を開始して、
数日後。
ほとんどは再現できなかったけど、いくつかは身につけたり参考にできたりしたものがあったからそれを使って、
「えい!」
「ほぅ?」
思いきり空振ってしまうことになった。
速く剣の触れる振り方、距離を誤認させるような相手への詰め寄り方、そして一瞬気配を消す方法なんかを試してみたわけだけど、結局届かなかったよ。
いくら何でも付け焼刃過ぎたかな。一応最適なタイミングを見極めて使ったつもりではあったんだけど。
なんて僕は落ち込むわけだけど、先生の方はどこか楽しそうな顔をしていて、
「それは、自分で考えたのか?」
「いえ。この間ギルドに行ったときに観た物をまねしただけですけど」
「なるほど…………私とはまた違った方向性での成長だな。面白い」
そういわれた後、僕は定期的にギルドへ通って観察することを修行内容に入れることを告げられた。
何と、酒場でのミルクは先生のおごりらしい。