エンドNO.3 先生に教わろう
「ご、ごめん。なんか眩暈が」
「あぁ。最近暑いからな」
「熱中症ってやつかしら~?」
一旦ごまかした僕。
それからすぐに部屋に戻り、先ほど聞こえてきたものを思い出し考えていく。
ゲームの世界に僕は転生していて、しかもその転生先は主人公だった。
そんなこと、全く僕は予想できていなかった。一応体作りとか魔力を感じる練習とかは続けているけど、それが主人公として活躍できるだけの下積みとなっているかと問われると自信を持ってそうだとは言えない。
しかも、もしその下積みが問題なかったとしても、先ほど聞こえて来た声から判断すると、
「本当は、別の師匠ができるはずだった?」
先ほど消えたと伝えられたイベントの名前。それは、『剣聖の一番弟子』という物。つまりそれは、僕が本来剣聖という人の弟子となるはずだったということ。
それなのに僕は、今フェスキさんに剣を教えてもらうことになった。つまり、弟子入りしてしまった。
だからこそ、剣聖という人の弟子にはなれなくなってしまったんだと思う。
「もしかして、それがないと世界が終わるとかある?」
もし主人公が強くならないと世界が滅ぶタイプのゲームだった場合は、取り返しのつかないことをしてしまったことになる。
あくまでもイベントと一部のエンディングが消えただけだから未来はあるという可能性はあるけど、それでもいくつエンディングがあるかすらわかってないんだから警戒しないとマズい。それに、これの影響で僕も今後かなり本気を出していかないといけないということも分かったからね。
主人公だというのなら、そして剣聖とかいう人の弟子となる可能性があったというのなら、それに追いつけるだけの力をつけないといけない。
「そういうことなら、今すぐにでも剣を習いたいところだけど…………うわぁ。失敗した。眩暈がしたとか言っちゃったせいで今日無理じゃん!」
僕は早々に直前の自分の発言を後悔することになった。
体調不良を口にしてしまったせいで今日から鍛えようとしても周囲から止められていることが目に見えているのだから。
「困ったなぁ」
今の僕にできることはそこまで多くない。
本気でできることを全てやろうと思うなら前世の知識を使って一儲け、なんて考えるところなんだけど、この世界って意外と生活水準高いし娯楽もあるんだよね。魔法の道具で水も出せるし火もつけられるからお風呂も使えるし、水洗ではないけどあまり臭わないトイレもある。人間は無理だけど道具を綺麗にする魔法の道具もある程度お金を出せば買えるらしいし、そこまでせっけんの重要性も高くない。
それなら娯楽方面でリバーシはどうかと考えても、こっちにはこっちで独特の遊びがいくつもあるからあまり爆発的にも売れるとは思えない。
「もうちょっと専門性の高い知識を持っていれば知識チートっぽいことはできたのかもしれないけど、そこまで特殊な知識は持ってないからなぁ。いろんなソフトの使い方を知ってたりプログラムが多少できたとしてもこの世界では何の意味もないしね」
となると、結局僕にできるのは体を鍛えたり魔法を使えるようにしたりすることだけ。
なんだけど、今日はそれも難しいという頭を抱えたくなる状況。
「うぅん。とりあえず、フェスキさんに剣を振るところを見せてもらえないか聞いてみようかな。見学だけだったら許してもらえるでしょ」
せいぜい僕ができるのは、この程度だった。
僕も剣を振った経験はないし、見学するだけでも何もしないよりはだいぶましだとは思うけどね。
ただ、
「ん?今、剣を抜いたんですか?」
「ああ。見えなかったか?」
「…………全然見えなかったです」
あまりにも相手の技術が高度だと、何やってるかさっぱり見たところで分からないっていうことがわかったよ。これでも十分すごいのに、剣聖とかいうゲームでの師匠はどれだけ化け物だったのやら(白目)。
ただフェスキさんも見学している僕が見ているだけでも飽きないようにしようといろいろ頑張ってくれる。見えないと言えば頑張ってギリギリ見える程度の速度には抑えてくれたし、
「良い武器の見分け方というものを教えよう。さすがに君に私の武器を振らせるわけにもいかないから、鍛錬をするときには木の棒を振ることになる。そこで、良い木の棒を見つける時にも通用する技術を伝授しようというわけだ」
「ほへぇ。なるほど~」
実際の技以外のところでもいろいろと教えてくれる。
やっぱり道具にもこだわる必要があるんだね。一流なら道具は関係ないとか言い出すかと思ったけど、全然そんなことはないんだ。
なんて思って聞いてみたら、
「確かに、相手が圧倒的に格下なら武器は関係ないな。しかし、相手が自分と同格だったらどうなる?そしてその時、自分の武器が木の棒で相手が真剣だったらどうなる?それは当然、こちらが負ける可能性が非常に高くなってしまうだろう。逆に言えば、少しくらい格上でも武器やアイテムの性能差が圧倒的であれば勝つことすら難しくないとも考えられる」
「ほえ~」
とりあえず、武器は質も重要ということらしい。
特に今のところまだ何かができるようになったわけではないけど、話を聞いていただけでとても強くなった気がするね。とても不思議。
そういうなんだか気持ち的にはとても強くなれていそうなその講義はしばらく続いて、
「それはまずはこの10本の中から良さそうなものを選んでみろ」
「は~い!先生!」
「先生?…………先生か。悪くない」
1人で勝手にかみしめるようにして頷いているフェスキさん改め先生は放っておき、僕は実践を始める。おそらく最初だから簡単にしているだろうということで聞いた話を基に集められた木の枝を見極めていくんだけど、このくらい先生の講義を聞いた僕には余裕だね。なんだかとっても強くなった気がしてるから、こんなことに苦戦するイメージが全く湧かないよ。
こんなもの3秒もすれば、
「…………」
「師匠ではなく先生というのもやはり違った趣があるか」
いや、さすがに3秒は短すぎたかな。
それなら10秒で、
「…………」
「しかし私が先生というのもまた感慨深いものがある」
10秒もさすがに無理があったかも。
なら、30秒で。
「…………あれぇ?」
「ふふふっ。どうした?難しいか?」
「いや、あんなに条件とか聞いたんだから余裕なはずなんですけど…………はずなんですけどねぇ」
「そうだな。そのはずだな」
僕は瞬時に達成できると思っていたことを成し遂げられずにいた。
そんな僕を見てどこか楽しげな表情を浮かべる先生。そこから考えるに、おそらくこうなることは予想されていたのだろうことがわかる。
こんなことを予想したうえで話を組み立てるなんて、本当にさっきまで先生って呼び名について独り言をブツブツ言ってた人と同じ人だとは思えないんだけど。
「理論だけ聞いてもそれを実行はできない。戦いというのはそう簡単なものじゃないということだ。何かにとらわれず、一度話を思い出して何が大事なのかもう一度考え直してみると良い。いつだって基本に立ち返ることが大事なのだから」
「はい!先生!」
「先生…………うむ。良いな、先生というのは」
ちょっと変な人だけど、間違いなく強いだろう先生からこうして僕は戦い方を学んでいく。
これで剣聖という人の弟子になった時とどこまで差を縮められるかは分からないけど、それでも独学でやるよりは圧倒的に効率は良いはず。
もちろんただ教わるだけで満足するつもりはないし、まだまだ強くなるために頑張るぞ~!
目指せ、ハッピーエンド!