エンドNO.30 油断
「ふぅ。今のはなかなか危なかったよ」
「っ!逃がしましたか!」
カーミエちゃんはギリギリの体勢で防御する選択肢を捨てて、回避に移行した。無理な姿勢での回避だったから相手によっては命とりな手段だったけど、残念ながらエタノちゃんはそこに追撃を仕掛けられるほどの技術と判断力をまだ持つことはできていなかったみたい。
ただ、チャンスは逃してしまったけどまだまだチャンスはあるはず。カーミエちゃんの様子を見る限りまだ完全に本気を出すという様子でもなさそうだし、手を抜き続けるのではないかと思うんだよね。
「良くないクセだな。危険を感じてなお油断するなど、場合によっては命とりだぞ」
「というかまず、油断することが命取りなんですけどね」
「うむ。それもそうだな………だが、カーミエのものはそれよりもさらにひどいということだ」
先生はそれを見て苦い顔をしている。カーミエちゃんが調子に乗りすぎていると感じているみたいだね。さすがにそれには僕も同意せざるを得ないよ。僕はあなrな愛用に気をつけないとね。
そこからまた何度かカーミエちゃんが攻撃を繰り出し、エタノちゃんが防御したりパリィしたりしてじわりじわりとカーミエちゃんを追い詰めていく。
毎回絶妙に決めきれないで逃げられるんだけど、それでも毎度無理な体勢で避けているからカーミエちゃんの体の方に不調が出始めてもおかしくはない。あと、体力的な問題が出ることもね。
たださすがにこう何度か打ちあうところを見ると、
「最初の攻撃でやけに攻撃方法を確信していると思ったが、そういうことか。エサカ、さてはカーミエの癖を教えたな?」
「ありゃ~、さすがにバレちゃいますか………実はそうなんですよね。こうやって勝利に近づけて、なおかつカーミエちゃんの側がちょっと頑張れば対策できる方法をエタノ様には教えておきました。僕もまだエタノ様をどれだけ信用していいのかは分かりませんでしたので」
「なるほどな。私の流派の事を説明したわけではなかったのか。本気で鍛えるつもりならば1人に特化させるようなやり方は良くないが、懸念の事を考えればそれも悪くないな。エサカもずいぶんといい判断をするではないか」
「そうですか?ありがとうございます」
先生に褒められちゃった。今回の僕の判断は悪くないという評価らしいね。
自分ではもう少し頑張れたんじゃないかと今の戦いの様子を見ていて思ったけど、先生が良いというんだからいったんこれで良かったと思っておくことにしようかな。下手にいろいろと望み過ぎるより、一旦認めて落ち着いた偏りの少ない心で改善点を探していくという風にした方が良いでしょ。
そんな先生も悪くないと評価してくれた僕の教えを受けたエタノちゃんは、というと、残念なことに調子に乗ってしまっていた。希望が見えてきたから仕方がないことではあるのかしも入れないけど、これだけやれば良いみたいな思考に陥ってしまっているんだよね。
ただその考え方には問題がある。
先生も気づいたし、いくら何でも時間をかけすぎちゃったのかな。おそらくカーミエちゃんも何となく気づき始めてしまったんだよね。だから、少しずつ動きを変え始めている。エタノちゃんが何に対応できて何に対応できないのか見極めるために。
「次の次くらいか?」
「そんなにすぐに決まりますか?」
「おそらくな。試している順番から考えるとそのくらいだろう」
先生の見立てによると、次の次の打ち合いくらいで結果は出るらしい。カーミエちゃんを観察する限りそう見えるみたいだね。僕にはわかんないけど。
本当にそのタイミングだろうかと思いつつ僕が眺めていると、実際にそのタイミングで、
「っ!?剣の動きが!?」
「柔軟性がないね。もっと他の可能性も考えないと」
カーミエちゃんは、フェイントとを入れた。これにより、エタノちゃんは追いつけなくなってしまう。
フェイントの見かけの攻撃の方に対処しようとしてしまい、急に切り替わった攻撃には対処できない。
「…………参りましたわ」
これにて戦いは終了。残念ながらエタノちゃんの敗北という形で幕引きだね。
敗因はやっぱり、時間をかけ過ぎたこと。決めきるだけの力がなかったことはもちろん、相手に攻略法を考えさせて試させてしまう時間を与えたことも問題だったね。正直反省点は多いと言わざるを得ないよ。
癖とかを教えた僕が言うのかっていう話ではあるんだけどさ。
ただ、反省点ばかりでもない。
カーミエちゃんにフェイントを使わせたことは大きな成果だとも僕は思うね。カーミエちゃんは普段、フェイントなんて絶対に使わないんだから。
何せ、先生がフェイントなんて教えてないんだよ。先生の剣を好んでるカーミエちゃんが使うわけがないよね。
それでもカーミエちゃんはフェイントという手段を選択した。僕がたまに使うから学ぶ機会があったことは間違いないだろうけど、プライドの関係上なかなか使えないものを使わせたっていうことはそれだけ追い込めたということにほかならない。
勝てはしなかったけど、かなり食らいついていたし惜しかった。だからこそ、
「どうやらボクは間違っていたみたいだね」
「え?」
「貴族の人間に、ろくに剣など学ぼうという気がある人間はいないと思っていた。正直期待なんて全くしていなかったんだ。エタノ嬢の事も、お遊びで触れているだけという風にしか思っていなかったんだよ。それがまさか、ここまで力をつけてくるなんて!君は実に凄いよ!」
「え?え?わ、私、負けたんですわよね?」
カーミエちゃんはその実力を認めた。エタノちゃんは敗北したにもかかわらずここまでカーミエちゃんに褒められていることに違和感があるようで、ものすごく困惑しているね。
ただ、その様子を見せてもカーミエちゃんは変わらない。
エタノちゃんの剣を腕を褒めたたえるとともに、
「本当に素晴らしかった。良ければまた、手合わせをしてもらってもいいかな?」
「っ!も、もちろんですわ!!」
かなり距離を詰める選択をした。これから2人は、こっちでお互いを高めあっていくんだろうね。場合によっては、僕たちの方に来る機会が減ったりなんかしちゃうかな?
「さて、そろそろ良いか?」
「あっ!先生!」
「っ!?お、おはようございます!お邪魔をしてしまい申し訳ありませんわ!」
2人が友情のような何かを芽生えさせているところへ、いい加減見ているのに飽きたのか先生が近づいてい良く。エタノちゃんの反応を考えると、先生って結構恐れられてそう?
昨日の貴族の人達の反応は恐れているとは少し違った気がしたけど、先生ってどいう言う風な認識のされ方をしているんだろうね?
そんなエタノちゃんが背を伸ばして反応をする先生はいつもどおりの様子で、
「良い具合に体も動かせたようだし、少し訓練でもするか?」
「はい!」
「エタノ嬢だったか?君も見学するならしてもらっても構わない」
「わ、分かりましたの」
どうやらここから剣の指導をしていくみたい。カーミエちゃんの動きを見て教えたい事でも出てきたのかな?色々気になる点はあったし、気持ちは分からないでもないかも。
なんて僕が思っているとカーミエちゃんは僕とは違うことを気にしていて、
「しかし、エサカ君やアエリュちゃんはどうしますか?まだ2人の姿は見えませんが?」
「ああ。エサカなら私と一緒に隠れて見ていたぞ。今もあそこにいるだろう?」
「え?…………あっ、本当だ。相変わらず隠れるのが上手いですね」
「うむ。であるからエサカは良いとして、問題はアエリュだな。起きているならば呼んで来ればいいだけだが」
僕はここにいるけど、アエリュちゃんはまだ部屋にいるはず。寝ているならば無理して起こすのも忍びないから、起きているかどうかを確認した後に起きているならば呼んで来ようということになる。
こういう時は僕が動くべきだろうかと思ったんだけど、僕たちについてくれている使用人さんが動いてくれるらしいからその必要はないみたい。
ごめんね使用人さん。影が薄くてすっかり存在を忘れていたよ。




