プロローグ
それを初めて聞いたのは、5歳の時だった。
「どうしたんだ?」
「大丈夫?」
「何かしてしまったか?」
周囲に心配される程、それはあまりにも衝撃的なもの。
たった一言聞こえてきただけだというのに、それは僕の心を激しく揺さぶる。
その聞こえてきた言葉は、
《イベント『剣聖の一番弟子』及びエンディング『師弟決戦』が消滅しました》
こんなもの。
どうしてそんなものが聞こえてきてしまったのか。どうしてこのタイミングで聞こえてきたのか。今までの人生の中で、何をして来ればよかったのか。
何も分からないまま僕は、まだ5年しか生きていない人生を振り返り反省点を探し始めた。
転生、という物を僕は経験した。
ちょっとした事故によって命を落としてしまった僕だけど、その意識は再度浮上し、異世界で目覚めた。
最初こそ理解はできなかったけど、抱き上げられる自分と自分の体の様子を見ていると嫌でも理解することになる。
こういう時には神様に会ったりする物語も多いけど、何とも接触することはなし。頂上的な存在に出会えなかったのは少し残念だったけど、転生できたというだけでも悪くないのだから不満はない。
心にあるのは、もし僕がいなければ自分という物を持って育つことができたのかもしれないこの子のためにも精一杯生きようという思いだけ。
「オギャアアアァァァァァ!!!!!!」
「エサカ。今日もずいぶんと元気がいいな~」
「今は良いけど、将来がどうなるか心配ねぇ」
ということで、泣くのも精一杯やってます。何事も全力でやってみる事って大事だからね!
別にオギャることが好きとかそういう趣味はないよ!(ないったらない
そんな転生した僕の名前は、エサカ・スイフ。少し変わった名前のように感じるけど、これはきっと前世のせいだと思う。この世界ではこういう名前が普通なんじゃないかな。
スイフなんていう名字だけど特に水夫の家系ではなく、どうやら田舎で農家をしているみたい。普通オブ普通の家庭だね。家族は両親だけで、兄弟とかはいない様子。
住んでいる村も田舎とは言うけどそこまで田舎過ぎるわけでもなく、人はそれなりの数いるし両親の話を聞く限り外から来る商人の人とか冒険者の人とかも多いらしい。
ちなみに冒険者というと割と粗暴な印象があるけど、
「冒険者ギルドでまた喧嘩が起きたらしいな」
「あそこもずいぶんとヤンチャな人が多いわよねぇ」
両親の評価はそこまで悪くはなさそう。呆れた表情はしているけど、喧嘩をしていると聞いても頭を抱えたりはしてない。
この様子なら、将来の選択肢に冒険者なんてものを入れてみてもいいかもしれないね!実は農家の職業を極めると最強になれます!みたいな世界だったりしないかな?鎌を振ればモンスターの首が飛んでいく、みたいな展開とかない?
農家の力にも興味はあるけど、さすがに今は農家の力は鍛えられない。ただ、もちろんできることはある。
赤子の時にやることと言ったらそれは当然魔力を使うこと!よく物語では、幼いころに魔力を使って魔力を枯渇させると魔力量が増えるなんて言う転生者に有利過ぎるご都合主義的展開があるからね!
なんて考えて色々と試してみたわけだけど、
「う~」
「何だ?何かやりたいのか?」
「抱っこしてほしいのかな~?」
何も起きないです。起きる事なんて、せいぜい色々やってる僕を見て両親が何かを要求されてると考えてかまってくれるくらいだね。
魔力なんて全く感じられないし、動かせる気しないよ~。前世で魔力なんてものはなじみがなかったし、どうやったらいいのかなんて分かんない。物語の主人公とかって、どうやって魔力を感じているんだろうね?自分の内側に意識を向けるだけ今まで感じなかったものを感じられるようになったりするものなのかな?
ということで、魔力を感じることも操作することも独学でやることはあきらめ気味。もちろん続けるけどね。
…………もしこの世界に、魔法なんてものはないって言われたら絶望しそう。
さて、赤ん坊のころはそういう風に過ごしたわけだけど、成長していくにつれて行動範囲も広がってくる。
魔力をどうにかすることはかなわなかったけど、物語の主人公たち同様僕も真っ先に家の中をハイハイで徘徊して書斎(という名の両親の寝室にある本棚)を見つけ出し、文字習得のために本を読むってわけさ!
ちなみに聞く方はかなり初めの方の段階から自力で習得できたから、こちらもいけるのではないかという考え。
幸いなことに両親も僕が徘徊したところでそこまで慌てることはなく、僕が本に興味を持っていることがわかればすぐにそれを読み聞かせしてくれたりして、
「…………であるからこそ、『勇者はいずこ』はスグニ・ウラギールの残した作品の中でも最高傑作だと言えるだろう」
「???」
僕は選んだ本のチョイスに失敗したことを理解するとともに、両親の本の好みにとてつもなく疑問を覚えることになった。
そこそこ分厚い本だったのに、他の人の作品1つをただただ批評していくような内容だったんだけど?しかもも、あまり面白みもないという地獄。批評している作品を知っていればもしかすると楽しめたのかもしれないけど…………いや、それでも無理だったんじゃないかな?あまりにも内容がとっ散らかってて結論がさっぱり分かんなかったし。共感できるところも少なすぎた気がする。
あと、筆者の名前がひどすぎない???
けど、おかげで文字は少しだけだけど覚えられた。
こうして僕もさらに成長しているというわけ。
そして、成長で言うと他にもできることは増えて、
「あぅ~」
「きゃきゃっ!」
「エサカは随分とアエリュに気に入られているな」
「全くね~。将来は夫婦になったりするかしら~」
「エサカ君なら優しそうですし、娘も幸せになれそうですね」
1歳になったくらいで、僕は同年代の子と出会うことになった。
つまり、赤ちゃん仲間ってことだね!名前はアエリュー・サーノ。ご近所さんで、最近はよくどちらかの家が一緒に僕たちを見ているということも多い。
もちろん僕は精神が大人なので全力でアエリュちゃんの面倒を見てるよ。最近は僕のほっぺたがお気に入りみたいでよくぎゅっとつままれてるね(ちょっと痛い
「タスミ、最近はどう?疲れとか出てない?」
「はい。大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」
「良いんだ。旦那さんもなくなって大変だろうし、こちらもエサカの面倒を見てもらっているからな。持ちつ持たれつってことだ」
「エサカ君はしっかりしてますし手もかかりませんから、あまり面倒を見ているという感じもないんですけどね」
アエリュちゃんのお母さんであるタスミさんはどうやら旦那さんを亡くされているらしくて、僕の両親も気にかけているみたい。
ちなみに亡くなって落ち込んでいると両親からは思われているみたいなんだけど、誰にも見られていないと思っている時のタスミさんはよく亡くなった旦那さんの悪口を言ってるんだよね。
どちらかというと、こういう言い方は良くないかもしれないけど、いなくなって清々した、みたいな雰囲気かな?話を聞く限り夫婦仲が悪かったわけではないけど、タスミさんは旦那さんの事を好ましくは思っていなかったっぽい。
赤子の世話をする時にそんな愚痴を言う人っているんだね。
複雑だからこのへんにしておくけど、とりあえず精神的な面で言うと昔より元気になっている様子のタスミさん。さすがに1人で子育てしているから(もちろん村の中のコミュニティでの助けはあるけれども)肉体的疲労はあるようだけど、まだまだ限界ではないって雰囲気かな。
あんまりつらくならないように、僕も一緒にいる時はアエリュちゃんの面倒は全力で見ますとも!
「あぅ」
「うばぁ~」
ただ、そろそろ頬を離してもらったりできませんか?アエリュさん。
…………あっ、無理ですか。そうですか。
寝るのを待つしかないか~。