自由の惑星
私、気づいてしまった。
彼は私を幸せにしていない。
「外には出るな」
彼が厳しさを眉毛の上に浮かべ、命じた、いつものように。
「なんで?」
でも今日の私は、いつものようじゃない。
「私の好きなようにするわよ」
付き合って初めての反抗を試みた。
彼は私の言葉には答えず、次の命令をする。
「今夜は一緒にパーティーに出るぞ。お世話になっているお偉いさんが家族パーティーを開くんだそうだ。俺も──」
「家族じゃない!」
私はさらに強い反抗を露わにした。
「私たち、ただ付き合ってるだけの関係でしょ? 家族でもないのに、どうして私がそんなものに出席しないといけないの?」
「ゆくゆくは家族になりたいんだ」
虫唾が走るようなことばを、さも私が嬉しがるのを期待するように、微笑みながら、そのひとは口にする。
ごめんだ──
なんでもかんでも、私を従わせようとする、こんな支配者みたいな男と家族になるだなんて。
「……私、部屋にいるわ。一人で行ってらっしゃい」
ぷいと横を向いて、たまたまそこにあったタブレットの電源を点けた。
「独りで映画でも観てる。そのほうが楽しいもの」
「一緒に行くんだ」
「好きにさせてよ! いっつもあんたってそう! 私を縛ってばっかり! 私、あんたのために生きてるんじゃないのよ!」
「ナーリ……」
彼が私の下の名前を呼びながら、後ろから抱きしめてくる。
「君は一人では何もできないだろう? 俺がついててやらないとだめなんだ」
その腕の温かさに、私はうつむき、絆されかけた、いつものように──
反抗だ──
反抗するんだ。
私は一人ではなんにもできない女じゃない!
「カークル」
彼の下の名前を、突き放すように、私は口にした。
「別れましょう……。私、もう、こんな人生は嫌」
「なんだって?」
彼の腕が、緩みかけて、すぐにまた巻きついてくる。
「何を言い出すんだ。君を愛しているんだ、ナーリ」
振り向くと、彼の目に、涙が浮かびそうになっている。
私の目も波紋のようにぼやけて、でも口に出したことばを撤回する気にはなれなくて──
「お願い、別れて……。私、私になりたいの」
星空に三日月を描いたタペストリーが、彼の背後で滲み、キラキラと輝いて見えた。
彼は私からゆっくり離れると、傷ついたように手で顔を覆う。そしてふらふらと考え事をするように、スリッパの底を静かに鳴らして歩き回ると、私のお願いには何も答えず、キッチンのほうへ歩いていった。
ここは彼の部屋だ。
出て行くなら、私のほうだった。
音を立てずに、外へ出た。
外へ出るのは、産まれて初めてだ。
私は彼に守られ、彼に縛られ、その反動に自由を求めたのだ。
聞いてはいた。この惑星は温暖化があまりに進みすぎて、外は人間が住めないことになっていると。
何もなかった。
ただ激しいまでの暑さと、水槽に張られた熱湯のような湿気が私を包んだ。
何もない赤い大地に、きのこだけが生えていた。ぽこぽこと、そこかしこに白いきのこが生えている。名前は知らなかった。
湿気がなければ、すぐに引き返そうと思ったことだろう。でも、100℃はありそうな気温の中を、湿気が私を先へと歩かせた。
どこまで歩いても何もなかった。
私の口が、勝手に同じことばを繰り返す。
「水……。水……」
大気は湿気に満ちているのに、水が欲しくて仕方がなかった。
やがて、それを見つけた──
人間ひとりが入れるおおきさの壺が、横にいくつも並べられてある。
聞いたことがあった。
外で帰り道を失った者のための、それは救済措置だと。
中にはたっぷりと、冷たくなれる綺麗な色の水が、満たされていた。
うっとりとした微笑を浮かべ、独り言を、私は呟く。
「カークル……私、幸せじゃなかった」
今、幸せを見つけた。