8.ただ一心に、助けるために
「――誰か、倒れてる」
リアの制止より先に、俺の身体が駆け出していた。
森の中、爆発の痕跡が残る広場の隅。
木の根元にもたれるように、少女がひとり倒れている。
長い金髪。白い修道服のような衣装。
その肌は血の気がなく、まるで人形みたいに静かだった。
「待て、歩夢! 不用意に近づくな」
リアが後ろから警告する。
けれど、俺の足は止まらなかった。
だって――あのときの自分と重なったから。
あのとき、目が覚めた森で、俺もまた誰かの助けを求めていた。
だから今度は、俺が“助ける番”だと、自然に思えた。
「大丈夫か……! 聞こえるか?」
少女に呼びかけながら、魔力を集中する。
火、水、風、土――それらの属性魔法とは別に、
魔力の“流れ”を感じ取る術を、ここ数日で少しだけ掴めてきた。
「生命力は……まだある。息も、ある」
そう確信した瞬間、肩の力が抜けた。
そっと少女の身体を抱き上げる。軽い。
こんなに細い身体で、どうしてひとり森の中に――。
「応急処置を。私が水を」
リアがすぐに水筒を差し出してくれる。
彼女も俺の覚悟を見て、もう止めるつもりはないようだ。
少女の唇に、少しだけ水を含ませる。
そのとき、わずかにまぶたが震えた。
「……っ……ぁ……」
目が、ゆっくりと開いた。
淡い水色の瞳が、俺の顔を見て揺れる。
「き……いて、くれて……あり……がとう」
かすれた声。でも、確かに届いた。
「無事でよかった……助かったんだ。君は」
思わず安堵のため息が漏れる。
少女は、俺の手を弱々しく握ったまま、小さくうなずいた。
「名、前……ミナ……です……」
ミナ。
その名前を、俺は忘れないだろう。
命をつないだ瞬間の、あの温もりと共に。
***
「これくらいなら安全だろう」
森の開けた岩陰に、焚き火を起こした。
ミナはそこで休ませている。
まだ顔色は優れないが、目覚めてからは落ち着いた様子だ。
「随分と、危なっかしいな。君は」
火を見つめながら、リアがそう言う。
「助ける理由も、正義も――そんなものは、あとからついてくる。
だけど、今の君は“先に動く”。無茶すぎる」
「……自分でも、そう思うよ」
俺は苦笑する。
「でも、あのとき放っておいたら、きっと後悔してた。
だから……助けたいと思った。ただ、それだけだ」
リアは少しだけ、目を細めた。
「……ふうん。悪くない答えだ」
そう呟いて、焚き火にもうひとつ薪をくべた。
その表情は、少しだけ柔らかく見えた気がした。
***
霧が――立ちこめてきた。
森の空気が、さっきまでとは違う。
「……魔力の揺らぎ。これは――」
リアが警戒の眼差しで立ち上がる。
「誰かが、近くにいる」
そして、霧の中から現れたのは、フードを被った小柄な人影。
「……ようやく終わったと思ったら。助けてたのね、君たち」
凛とした声。どこか小馬鹿にしたような響き。
そして、その姿は――
「誰……?」
「通りすがりの幻術士よ。
あなたみたいな、まっすぐでお人好しな“おバカさん”って……嫌いじゃないの」
「いずれ、この目で確かめさせてもらう。あなたの強さをね」
目が合った瞬間、ぞくりと背筋を撫でる感覚。
彼女はにやりと笑うと、煙のように霧へと消えていった。
「……なんだったんだ、今の」
「幻術だな。だが、敵意はなかったように見える」
「きっと、また会う気がする……なんとなく、だけど」
そのとき、ミナが小さく呟いた。
「……ありがとう、歩夢さん」
俺はそれに、微笑みで返す。
理由なんて、いらない。
ただ――助けたいと思っただけだから。