6.この手で守るため
村の朝は、やけに静かだ。
鳥の鳴き声が、澄んだ空気を震わせている。
俺は小屋の外に出て、大きく伸びをした。
異世界の暮らしにも、少しずつ慣れてきた気がする。
朝食は、宿代わりの小屋を紹介してくれたルカさん――村の門番が差し入れてくれる。
今日も柔らかなパンと温かな野菜スープ。素朴だけど、どこかほっとする味だった。
「よく食べるな、歩夢」
「はい。すごく、うまいです」
「はは、そうか。ならよかった。……まぁ、あんた、色々と訳ありだろうしな」
無骨そうに見えて、意外と気遣いが細かいルカさん。
こういう人が村を守ってるから、子どもたちも安心して暮らせるのだろう。
朝食を終えた後は、村の手伝いをしていた。
薪を割ったり、井戸から水を汲んだり、子どもたちの遊び相手になったり。
地味なことばかりだけど、誰かの役に立っているという感覚が、こんなにも心地いいなんて――。
「歩夢ー! もう一回、魔法見せて!」
「火のやつ! 火のやつやってー!」
「こら、やめな! 火なんて危ないだろ!」
子どもたちは俺のことを“魔法のにいちゃん”と呼んで、妙に懐いていた。
あの日、焚き火代わりに《フレイム》を見せてからというもの、ちょっとした人気者だ。
「……楽しそうね」
ふと、後ろから声がした。振り向くと、リアが腕を組んで立っていた。
「リアさん。ああ……こんにちは」
「こんにちは」
相変わらず表情は硬いけど、どこか雰囲気が柔らかくなったように思えた。
もしかして、あの模擬戦が少しは“効いた”のかもしれない。
「……少し、時間ある?」
「はい。なんでしょう」
リアは村の外れ、小さな草原に俺を連れていった。
風が吹き抜ける開けた場所。誰もいないその空間に、二人きり。
「この前の模擬戦……あなたの動き、ただの素人じゃなかった。誰かに教わったの?」
「いえ、自己流です。っていうか、たぶん、魔法の補正がかかってるのかも……」
「ふぅん……そう」
リアは腰掛けると、視線を空に向けた。
「……私は、小さい頃に村を襲われたわ。
家族も、仲間も、誰一人守れなかった。剣を握る理由は、それだけ」
その声には、悲しみと怒りと、そして確かな覚悟が宿っていた。
「誰かが、“守る”って言ってくれたら、きっと救われる命がある。
だから私は、その“誰か”になりたかったの」
「リアさん……」
俺は、ただ言葉を失っていた。
剣を振るう理由。
それは、ただ強くなりたいとか、誰かを倒したいとか、そんな軽いものじゃない。
「あなたは? 魔法が使える。それだけでも、たくさんのものが救える力だわ。
――あなたは、何のために力を使いたいの?」
そう問われて、俺は胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
俺は……なぜ魔法を使う?
なぜ、この世界で、生きている?
「……わかりません。まだ。でも……俺も、誰かを守りたいって、思い始めてる気がします」
素直にそう答えた。嘘偽りのない、本心だった。
「……そう。なら、いつか分かる時が来るわ」
風が吹いた。
草が揺れ、リアの銀の髪が、そっとなびいた。
その時だった。
遠くで、爆ぜるような音が聞こえた。
「……今の音、聞こえた?」
「うん……なんだろう、今の」
リアが立ち上がり、剣に手をかける。
「村の北の森。距離はそう遠くない。……見に行ってみる?」
俺は、頷いた。
何かが、動き始めている――そんな予感があった。