4.剣の音、銀の瞳
翌朝、目覚めると太陽はすでに高く昇っていた。
ルカさんの家の物置――と呼ばれていた場所は、
草の匂いと木の香りが染みついた、けして快適ではないが、
不思議と落ち着く空間だった。
「……生きて、目覚めることに意味がある。か」
昨日、村長に言われた言葉が、心の奥に残っていた。
この村で、何かを掴めるかもしれない。
そんな期待が、小さく灯っている。
外に出ると、ルカさんがすでに待っていた。
「起きたか。じゃあ今日は、水汲みと畑の手伝いだ。文句あるか?」
「いえ、やります!」
異世界に来たからといって、特別扱いされるわけじゃない。
地道に信頼を積み重ねる。それが、今の俺にできることだった。
水汲みは重く、畑仕事は腰に来る。
慣れない作業に汗だくになりながらも、俺は――なぜか笑っていた。
そんな午後。
村の裏手にある空き地から、鋭い金属音が響いた。
キィンッ。
まるで空気を裂くようなその音に、思わず足が止まる。
音のする方へ近づくと、そこには――
一本の剣を振るう、少女の姿があった。
陽光を受けて揺れる銀色の髪。
整った顔立ちに宿る、凛とした瞳。
その身体から放たれる空気は、村の誰よりも異質で、そして――美しかった。
(……誰?)
剣の軌道は、正確で無駄がない。
まるで計算された舞のように、美しく、鋭い。
言葉を失うほどに、目を奪われた。
「……そこにいるのは、誰?」
ピタリと剣が止まった。
少女がこちらを向く。銀の瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。
「あ……すみません、通りがかって、つい」
「人の鍛錬を覗き見する趣味でもあるの?」
「ち、違います! あの、ただ――すごいなって思って……」
少女は剣を鞘に納めると、ふぅと息を吐いて肩を落とした。
「……村人じゃないわね。見ない顔」
「はい。昨日、この村に来ました。歩夢って言います。黒川歩夢」
俺が名乗ると、彼女はほんのわずかに目を細めた。
「……リア。リア・フォルティス。旅の剣士よ。
今は一時的にこの村に滞在してるだけ」
「剣士……やっぱり強いんですね。今の動き、すごく綺麗で……」
「褒められても何も出ないわよ。……でも、ありがとう」
初めて――彼女が、ほんの少しだけ笑った気がした。
その表情に、なぜだろう。胸が熱くなる。
その日、村の空は雲ひとつなかった。
眩しい陽射しの下、俺は初めてこの世界で、
“同世代の誰か”と出会った。
銀の髪。鋭い剣。凛とした瞳。
彼女の名は――リア・フォルティス。
これが、彼女との旅の始まりだった。