3. 小さな村の大きな一歩
木々の間から開けた場所に出たとき、
俺は思わず息を飲んだ。
視線の先に広がっていたのは、
簡素な木造の柵で囲まれた、小さな集落だった。
建物は粗末で、まるで中世の村のような印象。
だが、今の俺にはそれが――とても眩しく見えた。
「……本当に、村だ」
煙が上がっているのは、生活の証。
人の声もかすかに聞こえる。
安堵が、胸の奥からじわじわと広がった。
そして、村の入口の前に立ったそのときだった。
「そこのお前、止まれ!」
鋭い声と共に、槍を構えた男が現れた。
――門番だ。
汚れた服、ぼさぼさの髪、どこか焦点の定まらない目。
それが今の俺の見た目なのだろう。
「あ、あのっ……!」
どう言えばいい? どう説明すれば信じてもらえる?
混乱したまま、俺は口を開いた。
「……助けてほしい。森で目覚めて、
何が何だかわからなくて……。
気づいたらここに来てて……」
言葉になってない自覚はあった。
でも、それが今の俺の精一杯だった。
門番の男は眉をひそめ、しばらく黙って俺を見ていた。
そして――
「とにかく、村長に会ってもらう。こっちに来い」
突き放すような態度ではあったが、槍を下げた。
俺はただ、深く頭を下げてその場に従った。
村の中には、予想以上に人がいた。
子どもがこちらを見て隠れ、老人が警戒の目を向ける。
その空気に、胸が締め付けられる。
だが同時に、どこか懐かしさのようなものもあった。
誰かの暮らす場所――それが、今の俺には眩しかった。
村長の家は、村の中央にある少しだけ大きな建物だった。
中に通されると、白髭をたくわえた老人が
椅子に腰掛けてこちらを見ていた。
「ふむ、珍しい来客だな。名は?」
「……黒川、歩夢。日本から来た……かもしれません」
「にほん……? 聞いたことのない国だな。
ふむ。異邦の者か。ならば問おう――
お主、魔力は持っているか?」
唐突な問いに、俺は戸惑いながらも頷いた。
「少しだけ……魔法が使えます。火の魔法です」
すると、村長は目を細めてうなずいた。
「ならば、追い出す理由はないな。
この村も、魔獣の脅威に晒されておる。
使える者は、誰であれ歓迎だ」
まるで肩の力が抜けるように、俺は息を吐いた。
初めてこの世界で――誰かに「いていい」と言われた気がした。
「礼を言います。本当に……ありがとうございます」
村長は頷き、門番の男に言った。
「ルカ、彼を案内してやれ。泊まる場所も必要だろう」
「……わかりました、村長」
名前を呼ばれた門番――ルカさんは、
さっきより少しだけ柔らかい口調で俺に向き直った。
「とりあえず今日は、俺の家の物置で寝てくれ。
あしたからは……少し働いてもらうぞ」
「……はい!」
小さな村。初めて交わした言葉。
ぎこちないけれど、どこか温かい人たち。
これが、この世界での“最初の出会い”だった。