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15.それは幻か、記憶か

 枯れた畑の異常を確認した翌日、歩夢たちは朝早くから森の調査へと向かっていた。


 村の裏手に広がる森は、それ自体は特別な魔域でもなければ危険指定区域でもない。だが、今回調査対象となった畑の隣接区域である以上、土壌や環境への影響を探る必要があった。


 木々の葉がざわめく音を背に、四人は静かに森の中を進む。


「空気が……少し、重いですね」


 先頭を歩くミナが、不安げに呟く。その足取りも、どこか慎重すぎるように見えた。


「魔力の揺らぎは感じない。でも、気配は薄く漂ってる……そんな感じね」


 エルが木々に手をかざしながら、目を細める。その横顔は冴えない曇り空のように沈んでいた。


 歩夢はそんな二人の様子に違和感を抱きつつも、言葉にはせず、代わりにリアへ視線を送る。


「リア、そっちは?」


「今のところ魔物の痕跡はない。ただ……この踏み跡、少しおかしい」


 彼女が指さした地面には、何かが引きずられたような痕跡が残っていた。腐葉土の上に複雑に重なる足跡――だが、それは人のものとも獣のものとも判別がつかない。


「これ、動物って感じでもないな……」


 歩夢がしゃがみ込んで観察する。足跡の縁が黒ずみ、草が異様に枯れていた。


「この腐食……魔力反応なし。けど、自然に見えるとは言いづらいわね」


 エルが慎重に杖をかざしながら呟いたその時――


 森の奥から、風が吹き抜けた。


 それは自然の風ではなかった。突如、冷たい空気が背筋を撫でるように走り、肌に鳥肌が立つ。森の奥の樹々が、ざわ……と不穏にざわめいた。


「……今の、感じたか?」


「はい……あの風、魔力を帯びてました。でも、なにか……歪んでいたような」


 ミナの声は、かすかに震えていた。


「向こうに何かある。行ってみよう」


 歩夢は、直感に突き動かされるように先へ進んだ。


 ――そして、木々の合間を抜けた先。ぽっかりと空いた小さな空間に、彼らは足を止めた。


 そこには、直径数メートルほどの黒ずんだ地面が広がっていた。周囲の木々はすべて腐食し、枝は崩れ、葉はまるで焼けたように変色している。


「これは……魔法による腐食か? いや、でも……魔力反応が……」


 歩夢が試しに魔力を放ち、周囲を探る。だが、空間はまるで“死んだように”反応を返さない。魔力が、吸い込まれていくような感覚だけが残った。


「これは……“魔力封じ”の痕かしら。それとも……」


 エルの表情が険しくなる。その瞳の奥に、微かな記憶の色が浮かんだ――だがそれを言葉にする前に、背後で小さな声が漏れた。


「……いや……こんなところで、また……」


 振り返ると、ミナがその場に膝をついていた。顔色が蒼白で、肩が震えている。


「ミナ、大丈夫か!?」


 駆け寄ろうとした歩夢を、エルがそっと制した。


「……彼女は、たぶん“思い出した”のよ」


 その声には、どこか沈んだ確信があった。


「思い出した……? 何を……」


 問いかける歩夢の前で、ミナがか細い声で呟いた。


「……あのとき……この森で、私……誰かに呼ばれて……気がついたら、ここにいた……」


「ここに?」


「そう……気がついたら、こんな場所で……暗くて、怖くて、でも――誰かの声がしたの。助けて、って……」


 エルがそっと視線を落とす。その沈黙の中に、何かを知っている気配があった。


(まさか……この腐食と、ミナが倒れていたことに……)


 歩夢が問いかけようと口を開いたとき、森の奥から――今度は明確な、魔力のうねりが走った。


 全員の視線が、音のした方へ向けられる。


 空気が震えた。何かが、こちらを“見て”いるような気配がした。


「――来る。構えて!」


 リアの声と同時に、緊張が森全体を走り抜けた。


 森の空気が、さらに一段と冷たくなった。

 歩夢は自然と魔力を巡らせ、背中の剣に手をかける。


 そのとき――視界の端、木立の陰で“何か”が蠢いた。


「……影、か?」


 確かにそこに存在したはずのものが、一瞬にして霧のように消える。音も気配もなく、それはただ、闇のように“そこにいた”。


「歩夢、あれは……普通の魔物じゃない。形が……曖昧すぎる」


 エルの声には焦りが滲んでいた。彼女がここまで警戒するのは、極めて珍しい。


「幻影、じゃないんですね……」


 ミナが顔を上げる。その目はまだ不安定だったが、確かな意志が戻りつつあった。


「いえ……幻影まぼろしに近い。でも、違う。これは……もっと“現実”に食い込んでる」


 エルが杖を構え、ゆっくりと前に出る。その指先には、見えない魔法陣がうっすらと浮かび上がっていた。


「来るわよ。あれは“見るだけ”じゃ足りない。――対処しないと、喰われる」


 その言葉の意味を問う暇もなく、空間が歪んだ。


 黒い影が、音もなく森を滑るようにこちらへ迫ってくる――。

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