13. リーベ村調査始動
森を抜けると、視界がぱっと開けた。
朝の陽光を浴びて、小さな村が丘の上に佇んでいる。ここが今回の目的地――〈リーベ村〉。町から徒歩で半日という距離のため、早朝から出発した歩夢たちは、昼前には到着していた。
「ほとんど畑と家しかない村なんですね……」
ミナが素朴な感想を漏らす。遠くに広がる畑には、じゃがいもやキャベツなど、見慣れた作物が風に揺れていた。
「報告では、“いくつかの区画で作物が突然枯れた”って話だったよな。病気か、魔物の仕業か……」
歩夢は簡易ギルドから受け取った依頼書を見返しつつ、足元の道を確かめる。
「じゃあ調査開始ね。情報は――村長から聞けるかしら?」
濃紺のローブを風に揺らしながら、エルが先に歩き出す。彼女はこの数日で、すっかり歩夢たちの輪に馴染んでいた。リアも特に何か言うことなく後に続く。
「油断はしないで。見た目で安心しないこと」
リアの短い忠告に頷きつつ、歩夢は村の入口で出迎えてくれた年配の男性――村長に声をかけた。
「ギルドから来ました。調査の件で」
「おう……ご苦労さまじゃ。案内しよう」
彼は疲れた様子で、それでも歩夢たちを丁寧に迎え入れてくれた。村の中心を抜けて裏手の畑へと案内されると、目の前には明らかな異常が広がっていた。
他の畑が青々としている中、ここだけは土の色がくすみ、葉が茶色く変色して萎れている。
「やはり……ただの病気や枯れではなさそうですね」
リアが膝をつき、土に触れる。ミナも静かに周囲を見回していた。
「不自然……ですよね。他の作物には広がっていないのに、ここだけ一気に……」
歩夢も畝の間を歩き、空気を感じ取ろうとする。だが、風は穏やかで、魔力の揺らぎも感じられない。
(本当に、ただの自然現象ならいいけど……)
ふと、何気なく見たエルの表情がいつもより静かだと気づく。
「どうかしたか?」
「……いいえ。少し、気になることがあっただけよ」
曖昧に答えた彼女は、それ以上口を開こうとしなかった。
その沈黙に、歩夢の中で何かが引っかかったが――今は調査が先だ。
「ひとまず、畑を三班に分けて見て回ろう。リアは土壌、ミナは周囲の植物。エルは魔力の痕跡を確認してもらえるか?」
「了解」
「わかりました。やってみます」
「ふふ、任務分担ね。いいわ、やってみましょう」
それぞれが動き出す中、歩夢は自分の役目として、村人たちに話を聞いて回ることにした。
枯れた畑の近くにいた老婆に話を聞くと、どうやら一週間ほど前までは問題なく育っていたらしい。急に変化が起きたのは数日前から。そしてその日の夜、妙に空気が冷たく感じたという。
(魔力的な異常……? でも痕跡は、ない)
調査を進める中、ふとミナの視線が遠くの木立に向けられていることに気づいた。
「ミナ?」
「……なんでもありません。ちょっと、風の流れが変だったから」
そう言って誤魔化したが、歩夢には見逃せなかった。その目は、わずかに怯えているようにも見えたのだ。
(まるで、何かを思い出したような……)
だが、問いただすことはしなかった。今は調査に集中すべきだと、頭では理解していたから。
「――歩夢、こっち。少しだけ、土の層に異常があった」
リアが手招きし、彼の意識を現実に引き戻した。
空は、まだ澄んでいた。
だが、見えない気配は、確かに忍び寄っていた。