12.四人の影、新たな道のはじまり
朝の村の空気は冷たく、だがどこか澄んでいた。
宿の前で身支度を整えながら、歩夢はリアとミナの前に立つ。
「……昨日の訓練のあとだけど、俺、ひとりで森に行ったんだ」
「ひとりで? 危ないことはしてないでしょうね」
リアが眉をひそめると、ミナも不安そうに歩夢を見つめる。
「大丈夫。怪我はしてないよ。ただ――そこで、またエルと出会った」
「……エルさん?」
ミナが小さく首を傾げる。歩夢はゆっくりと頷いた。
「前に一度会った、幻術の使い手の魔法使い。あいつと少し模擬戦をした。で……そのあと、話して。旅に加わってくれることになった」
言い終えた瞬間、リアはしばらく無言だった。
だが、やがて目を細めて、短く頷く。
「判断は悪くない。戦力としても、頭脳としても、頼りになりそうだ」
「わ、私も……! あの人、ちょっと怖いけど、でも……歩夢さんが選んだ人なら、信じます」
ミナはそう言って、少しだけ笑った。
「ありがとう、二人とも」
そのとき、濃紺のローブが風に揺れ、エルが姿を現した。
「紹介は済んだかしら? いきなり顔を合わせて気まずいのは、苦手なのよね」
「……エル。紹介ってほどじゃないけどな」
「ふふ、それで十分よ。よろしくね、お二人さん」
エルはいつもの皮肉めいた笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。
新たな仲間を迎えた四人は、朝の光の中、ギルドへと向かって歩き出す。
朝のギルドは、予想以上に賑わっていた。
冒険者たちの声が飛び交い、依頼掲示板の前には既に人だかりができている。昨日までの静かな空気とは打って変わった様子に、歩夢はやや気圧されつつも、受付へと向かった。
「おはようございます、歩夢さん。カードの準備が整いましたよ」
受付嬢の女性は、優しく微笑みながら歩夢とミナに一枚ずつ、金属製の冒険者カードを差し出した。銀色の地に名前と登録番号が刻まれている。
「これが……冒険者カードか」
歩夢はそれを手に取り、しげしげと見つめた。カードからは微かな魔力の波動を感じる。個人識別とギルド管理のために、簡易的な魔術が施されているのだという。
「歩夢さん、これでようやく、正式な冒険者ですね」
隣でカードを受け取ったミナが、どこか誇らしげに言った。その頬には、淡い紅が差している。
「そうだな。……ここからが本番って感じがするよ」
歩夢はカードを懐にしまい、リアとエルの方へ視線を向けた。
「準備は整ったかしら?」
リアが腕を組んだまま、静かに問いかける。
「ああ。エルもいいか?」
「ええ。あまり無茶な依頼を選ばないなら、ね」
飄々とした口調で返すエルの表情は、相変わらず読めない。
四人は掲示板へと足を向ける。依頼の数は多いが、内容はピンキリだ。
「これなんてどうだ? 近くの村で、作物の一部が急に枯れ始めたらしい。原因調査の依頼だな」
歩夢が手に取った紙を見て、リアが小さくうなずく。
「探索と簡易調査か……初動としては悪くない」
「危険な魔物が出る可能性も低いようですね。村の人たちも困っているみたい……」
ミナが申し訳なさそうに呟くと、エルが肩をすくめる。
「いいじゃない。私たちも暇じゃないんだし、まずは手堅くいきましょう」
依頼票を受付に提出し、必要な手続きを済ませると、四人はギルドを後にした。
「村までは徒歩で半日くらいらしいな」
「食料と水、あと簡易な調査道具も持っていこう」
「……あの、私、薬草の知識が少しあります。現地で手伝えると思います!」
ミナの声に、歩夢は自然と笑みを浮かべた。
「心強いな。頼りにしてるよ、ミナ」
「は、はいっ……!」
リアが先頭を歩き、ミナがその後に続く。歩夢とエルは並んで最後尾を進んでいた。
「なんだか、ちゃんと“パーティ”って感じになってきたな」
ぽつりと漏らすと、エルが横目で彼を見た。
「ふふ。それを言うには、ちょっと早いんじゃない?」
「そうか?」
「まだ一緒に危機を越えてないもの。……でも」
そこまで言って、彼女は口元を僅かにほころばせた。
「悪くないスタートだと思うわよ。今のところはね」
その言葉に、歩夢はどこか安心したように息をついた。
こうして、彼ら四人の初めての本格的な探索が始まった。
だが――
その村には、彼らの予想もしない“不自然な気配”が、静かに忍び寄っていた。