表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

5. 真昼の月

 次の日の朝。カコは風の音で目覚めた。昨日と同じように森は光に満ちて、ざわめいている。


カコはちいさくあくびをして、ぼんやりと横を向いた。



「あら? ミライちゃん、早起きですわね」



 ポツリと言うと、隣に寝ていたはずのミライの姿がなかった。


起きてだいぶ時間が経っているようで、隣半分のブランケットは冷たくなっている。


木の葉のテントから顔を出しあたりを見まわすと、リジュの姿もなかった。



「ふたりとも一体どこへ? ――あら」



 ふとテントのうしろを覗くと、少し離れたところにふたりがいた。


ミライは剣を手にしてリジュからなにやら指導を受けているようだ。


時々ミライの威勢のいいかけ声が聞こえる。



「はぁ! ……うーん、違う。やぁ!」



「こうだよ。ここで斬りあげて、弧を描くように……」



「たぁ!!」



「そう、そんな感じだ」



 カコはテントから出て、ふたりのもとへ駆け寄る。



「ミライちゃん、リジュくん。おはようございます!」



「あっ! おはよう、カコちゃん」



「おはよう。よく眠れたか?」



「はい、ぐっすりです!」



 三人は挨拶をかわすと、カコは首をかしげる。



「朝からお稽古ですか?」



「うん、リジュくんに頼んで、昨日の閃術を教えてもらっているの」



「まぁ! あの光の技を……?」



「すぐにできるものじゃないけど、基本だけ。でもミライ、センスあるよ――


もしかしたら、ひとつくらいできるかもしれない」



「ほっ、本当!? よーっし! がんばるぞ〜!」



 リジュの言葉にミライは弾けるような笑顔でガッツポーズをとって、教わった形をもう一度確かめていた。







◇ ◇ ◇







 太陽がのぼりきり気温も少しあがってきた頃。


ミライとリジュは閃術の練習をひと区切りして休息を少しとり、三人は先へ進んだ。



 ミライはまだブツブツ言いながらイメージトレーニングをしている。



「ミライ、そのへんにしておけよ。疲れるぞ」



「勉強熱心ですわ! ミライちゃん」



 リジュはそんなミライを見て少し呆れながらまた前を向き、カコはミライに感心していた。









 野営場所から出発して数時間後──ついに道が途切れると、


木々と緑が自分たちを囲っているような、ぽっかりとした空間が三人の前に現れた。



 目の前はつたがからまった緑の壁がそびえ、


足もとには大人が四、五人手をつないで丸くなったほどの大きさがある円盤が地面に埋め込まれている。



 その円盤には複雑な模様が繊細に描かれていたが、中央には大きく翼をモチーフにしたであろう模様が刻まれていた。


カコはそれにひざまずいて見入る。



「ここが風の精霊が座るといわれている『台座』だ。


カコが言うエレメントジュエルは、たぶんこのあたりぐらいしかないんじゃないか?」



「ええ……この先ですわ!」



「先?」



 ミライが立ちあがるカコを見ると、カコは胸もとからペンダントを取り出す。



「そのペンダントは……?」



「これはニザベリル家に代々受け継がれる『ニザベリルの家紋』ですわ。


これにわたくしのルネの力を注ぎ込めば、精霊に会うことができるはずです!」

 


 カコはそのペンダントを包み込むように手を組み合わせ、祈りはじめた。


この間のようにカコの体からは光が満ちあふれる。


リジュはそれに驚き入って、少し後ずさった。



(すごい……これがシー王国の王族の力なのか)



 まばゆい光が円盤までも飲み込むと、中央の翼の模様がキラリと強くかがやく。


それを合図に目の前のからみ合った蔦がスルスルとほどけ、


その先に思いもよらないほど広い空間が出現した。


まるで緑に覆われたドームのようだ。



 ミライは驚きながらも一歩進み出る。視線を前方にむけると、ドームの一番奥の緑の壁にひとつのきらめきを見つけた。



「カコちゃん! あれ、もしかして……」



「エレメントジュエル、ですわ」



 三人はゆっくりと緑のドームへ足を踏み入れる。その空間を吹く風は穏やかすぎるほどやさしく、頬をなでた。



 ついにエレメントジュエルの前へたどり着き、


三人は手にすっぽりとおさまるほどのちいさな薄緑色のかがやきを見つめた。


それを守るように蔦が幾重にもからまり、切断しない限り取り出すことはむずかしくみえる。



 三人が押し黙っていると、風の中に女性の声が響いた。



――私になにかご用ですか?  “ヴァイスの子” よ――



 カコは顔をあげ、緑の天井を仰いだ。



――あなたがこの地へきたということは、今ヴァイスの身が危ういということですね――



 風の精霊はまるでカコの事情を知っているようだった。


その声が響いた直後風がやみ、三人は背後に気配を感じると振り返る。



 そこには、純白の翼をもつ儚げな美しい女性が空中に浮かんでいた。 


カコは凛としたまなざしを向け、ミライとリジュはその姿に驚愕していた。



 白い衣をまとい、肩まである絹糸のような優美な髪は流れるようにゆらめく。


白く透ける肌に、薄い花びらのようなくちびる。


穢れなき瞳。ちいさな額には円盤に刻まれていた翼の模様がある。


その人知を超える絶美なる女性は、まさに精霊だった。



 カコはゆっくりと口を開く。



「あなたが宝石を守るという風の精霊『シルフ』ですね?」



 そう呼ばれた女性――シルフは、カコに微笑んだ。



「どうかお願いします、シルフ。ヴァイスを救うため、わたくしにこのエレメントジュエルをお与えください」



――あなたたちは、散々ヴァイスを苦しめてきた。


それなのに “またあなたたちのために” ヴァイスを生かそうというのですね?――



 シルフの言葉に、カコは神妙な表情をしてうつむいた。



「はい……これは人間のエゴかもしれません。しかしわたくしは大切な人たちを助けたいのです。


あなたからすれば人間などちっぽけな存在かもしれませんが――どうかわたくしに……一度だけでいいのです。


お慈悲を……機会を与えてください」



 カコはひざまずき、こうべを垂れた。ミライとリジュもそれにならう。シルフはしばらく一同を見渡し、



――いいでしょう。ですがこれは風の力の結晶です。


心技体、すべての強さを持たなければ手にすることはおろか、この力に飲まれてしまいます。


あなたがそれに耐えうる人間であるか……この場で示してごらんなさい――



 その言葉にミライは、カコの横顔を見た。



「カコちゃん……それってまさか」



「シルフから、わたくしたちの力を認めてもらわねばなりません」



「精霊とやり合うっていうのか」



 カコは静かに頷くと、スッと立った。


ふたりも戸惑いながら立ちあがり、剣の柄に手をかけ、弓を取り出して矢をつがえた。



「わたくしは絶対に、手に入れなくてはなりません……


ミライちゃん、リジュくん、どうか……わたくしに力を貸してください!」



 カコが決意に満ちた澄んだ声で叫ぶ。



 次の瞬間、緑のドームを吹く風が強まる。シルフが手を振りあげると、三人の前に竜巻が出現した。



 それは三人に突進してきたがミライはカコを抱きのがれた。リジュも飛び退き、すかさず矢を放つ。



時雨しぐれ!」



 空中に放たれた風をまとう一筋の光は、無数の矢となって雨のように降り注ぐ。


シルフはそれをまともに受け、ひるんだ。



 カコが唱える。



「……光よりいでし水流の力よ、かのものを飲み込め――スパーク・ウェイブ!」



 カコのまわりから飛び出していく水流が、シルフを押し流した。



――いきますよ、テンペスト!――



 シルフは水流に流されながら手を前にかざすと、ドームの中に嵐が起こった。風が刃となり、一同を襲う。


ミライとリジュは嵐からカコを守るように立ち、足を踏みしめ、それをこらえた。


嵐がおさまり、ミライが剣を抜く。



幻龍剣げんりゅうけん!」



 シルフのふところに飛び込み剣を振りあげ、かがやく刃は弧を描く。


直撃し、シルフはちいさく悲鳴をあげると倒れた。


同時に周囲の風がピタリとやんだ。



「ど、どうしよう! シルフ死んじゃった!?」



「ミライちゃん、大丈夫ですわ。精霊は死ぬことはありません!」



 慌てるミライにカコが言うとシルフはゆっくりと立ちあがり、また空中に浮かびあがった。



――よくがんばりましたね。よろしい、風の力の結晶『トパーズ』を授けましょう――



 シルフは微笑んでエレメントジュエルを指さす。その瞬間、蔦はスルスルとほどけた。


カコはゆっくりとトパーズを手に取り、その薄緑色の宝石をやさしく包み込む。



「ありがとうございます、シルフ!」



――その宝石を持っていれば、精霊の力『テンペスト』を使うことができます。


この先、あなたたちの役に立つでしょう。


しかしその力は強大です。くれぐれも使いどころに気をつけなさい。


旅の無事を願っています――



 シルフはそう言い残し消えてしまうと、緑のドームに静寂が戻った。







◇ ◇ ◇







「ミライちゃん、リジュくん! ありがとう! ありがとうですわぁ〜!!」



 緑のドームから出たカコは、あとから出てきたふたりに飛びつく。


ふたりはびっくりしながら、よろこびにあふれているカコを支えた。



「よかったね、カコちゃん! まさか精霊と戦うなんて思ってもみなかったけれど……」



「確かにな……でも、なんとかなってよかった」



 ミライとリジュは冷や汗をかきながら、顔を見合わせた。



「これであと三つですわ! あと三つ集めれば…… “ヴァイスを救う力” を手に入れることができますわ」



「ひゃー……あんなすごい技が使える宝石を、あと三つも……


ヴァイスを救うことは、それだけ大変なことなんだね」



 ミライが遠い目をするとカコはやっとふたりから離れた。スキップをして進み出し、くるりと振り向く。



「きっと大丈夫ですわ♡ おふたりの力があれば、どんな困難も乗り越えられる気がします!」



「えっ?」



 その言葉にリジュの端正な顔が引きつった。



「オレも?」



「はい! リジュくんは物知りで閃術も使えて、とても頼りになりますし……


一緒にきていただけたら、うれしいのですが」



「そっか、そうだよね! わたしたちだけじゃ心もとないし……だめかな?」



「…………」



 ふたりはリジュを見つめた。リジュはあごに手を当てて切れ長の目をつむると、


ややあって「……少し、考えさせてくれ」と静かに言う。


ミライは慌てて笑った。



「あー……そうだよね! リジュくんお仕事あるし……すぐには決められないよね」



 カコは物悲しげな表情で手を組み合わせると「そう……ですよね」とつぶやいて、また歩き出した。







◇ ◇ ◇







 三人はなんとか夜になる前に森を出ることができた。


サントゥール島の町灯りが赤い夕暮れの中にこぼれ、ミライとカコは久しぶりの人の気配にホッとする。


そんなふたりにリジュが言った。



「ふたりはこれからどうするんだ?」



「そうですね……他に当てもないですし、もう暗くなりますから、お宿で一泊しましょうか?」



「うん、シルフとの戦いで疲れちゃったしね」



「そうか。なら、うちの店の一階が宿だから一緒に行こう」









 ふたりはリジュに案内してもらい、ちいさな商店街の中にある宿屋へたどり着いた。


ミライはふと二階を見あげると、たくさんの種類の弓が置かれた店がある。


すると店内にいた大柄な男性が三人に気づき、ドアから出てきた。


黒ぐろとした短髪と濃いひげが印象的な、快活そうな中年男性だ。



「おお! リジュじゃねぇか、遅かったな。弓はどうだ?」



「うん、だいぶ良くなったよ。もう少し直してみようと思う」



「そうか! ――ん? なんだ、若い女の子ふたりも連れて」



 男性が大きな声で尋ねると、リジュは少し間を置いて言った。



「……森に迷い込んでたから連れてきたんだよ。こっちがミライで、こっちがカコ」



 リジュが男性に紹介し、ふたりは会釈した。男性も豪快にひとつ笑って


「べっぴんさんじゃねーか、おじさんもよろしくな!」とうれしそうに言う。



「落ち着いたらあがってこいよリジュ。作業が結構たまってるんだ」



「わかった、すぐ行く」



 男性は手早く言うと、店内へ戻った。ミライが黄土色の目を丸くしてリジュを見る。



「今の人がもしかして……リジュくんのお父さん?」



「びっくりしたか? 熊みたいだろ」



「た、確かに……リジュくん全然似てないんだね」



 ミライは呆気にとられて頭をかいた。カコはその隣で二階へと続く外階段の脇に立てかけられた、店の看板に見入っていた。



「アロー・ユーダリル……リジュくんの姓は “ユーダリル” というのですか?」



「ああ」



「もしかして、古代伝説に出てくる戦士ウル・ユーダリルとなにか関係が?」



「よく知ってるな。子孫かどうかわからないけど、たまたま一緒なんだよ。親父が気に入って店の名前に使っているんだ」



「すてきですわぁ」



「……カコなんか古代から続く家系の本物だろ? そっちの方が驚きだよ」



 リジュは呆れた声で言うと、カコは苦笑した。



「じゃあ、悪いけどそろそろ行くよ――明日の朝には答えを出しておくから」



 そう言い残し、リジュは軽やかに外階段をのぼっていった。



「さ、お宿に入りましょうミライちゃん」



 ミライは店の窓から見えるリジュの父親をじっと見つめ「うん!」とカコに笑いかけた。



(お父さんかぁ……)



 ミライはぼんやり思いながら、カコに続いて宿屋へ入っていった。









 宿屋はこじんまりとしており部屋は三部屋あるばかりだったが、質素ながらも清潔で居心地がよかった。



 夕食をすませたふたりは次の行き先を話し合う。ミライの簡易的な地図には目ぼしい場所は見当たらなかったが、


北西に位置する島にひとつだけあるミュゲの村、今いるサントゥール島ときて、


あとは大陸に渡るしか選択肢はなさそうだった。



 それからシャワーを浴びたふたりはおそろいの白いナイトドレスを着て、ふかふかのベッドに体を沈み込ませた。



「なんだか、いろんなことがありすぎて……ミュゲの村を出て一日しか経ってないなんてうそみたいだよ〜」



「ですわぁ〜」



 ふたりは無意識に同じタイミングで長いため息をつく。


それに気づくと、顔を見合わせてキャハハと明るく笑い合った。



「でもカコちゃんに大した怪我がなくてよかったよ」



「ミライちゃんのおかげですわ! いつもわたくしを身をていして守ってくれて……」



 カコはミライのベッドに飛び乗り、ミライにギュッと抱きついた。



「ミライちゃんは、わたくしのもうひとりの王子さまですわ!」



「て、照れちゃうなぁ……」



 ミライは顔を赤らめると、恥ずかしそうに笑う。



「で・も! ミライちゃんも可愛い女の子ですわ。ミライちゃん自身の体も大切にしてくださいね」



「ありがとう、カコちゃん」



 カコはビシッと言って間近にあるミライの顔を覗き込んで穏やかに笑う。


そのあと、思いついたように起きあがってその場に座りミライに尋ねた。



「そういえば……リジュくんは本当に、お母さまの幼馴染の息子さんじゃないのでしょうか?」



「そうだね、確認したかったけれど──どう確かめればいいかわからなかったよ。


それにリジュくんち弓のお店だったし、やっぱり人違いじゃないかなぁ?」



「残念ですわぁ。もしご本人だったら運命的でしたのに!」



 カコは手を組み合わせて立ちあがり、目をつむった。ミライもむくりと起きあがって、カコを見あげる。



「運命的?」



「幼い頃に会ったきりの男の子がもし、あんなに頼りがいのある美男子に成長していて、再会したとしたら……


なにがはじまるかなんて、もう決まっていますわ!」



 カコはくるりとまわると自分の肩を抱いた。



「すてきなロマンスですわぁ♡」



 うっとりと頬をばら色にそめるカコを見てミライは苦笑して、ふとリジュの剣を構えた姿を思い出す。


ミライはリジュの剣さばきと剣術の知識の豊かさに疑問を感じていた。



 ミュゲの村のどんな男の子にもミライは勝つ自信があったが、


自分でも不思議なほどに、リジュには勝てる気がまったくしないのだった。


彼には今まで出会ってきたどんな男の子よりも強い、にじみ出るオーラがあった。



(本当に、ただの職人さんなのかなぁ?)



 ミライは天井を見あげ、首をかしげた。







◇ ◇ ◇







「下のお嬢ちゃんたちはにぎやかだなぁ」



 宿屋からもれてくるふたりの笑い声にリジュの父ジュノはニコニコしながら木を削り出していた。


ときどき、たまってくる木くずを大きく無骨な手で払いながら、繊細に作業を進めている。


リジュはその近くで弓の弦を張り、その張り具合を慎重に確かめていた。



「お前本当に連れて帰っただけかぁ? ずいぶんと怪我してよぉ」



「…………」



 リジュはそれに答えず作業に集中していたが、しばらくしてその手を止めジュノの顔を見る。



 ジュノも手を止めて顔をあげ、息子の心の内にしまいこんでいる考えを読み取ろうと、


大きな黒い目で切れ長の銀色の目を真剣に見つめた。



「親父は……オレのことを信じてくれるよな」



「あたりめぇだ。息子のことを信じられなくなったら、親なんてやってられねぇよ」



 ジュノはリジュに体ごと向き直った。



「……なにがあった?」



 リジュは一瞬目を泳がせたが──決心したように持っていた弓を置き、ジュノを見据えた。



「風のやどる森の台座まで行って、精霊と戦ってきた」



 その言葉にジュノは面食らった。



「お前……そりゃどういうこった! 精霊なんて会うのさえむずかしいのに、戦っただと?」



「さっき紹介したライトブルーの髪の女の子――カコは、シー王国からきた王女なんだ」



「王女ぉ!?」



 ジュノは次々に明かされる驚愕の事実に、思わずのけぞった。



「……ニザベリル家って親父も知ってるだろ? 古代から続く “四大精霊を統べる” 王族」



「そりゃもちろんだ! 俺たちユーダリル家のご先祖さまが何を守っていたと思ってんだ――


だが、なぜ今? どうしてこっちの王国へひとりでやってきたんだよ?」



「それは――」



 リジュは真剣な面持ちで、カコの打ち明けてくれた話を語りはじめた。









「シー王国の危機、か……なるほどな。それで “ヴァイスを救う力” とやらを得るために、


あのお嬢ちゃんたちは精霊たちに会って宝石を集める旅をしてるってわけか――


国の一大事に王女がひとりでっていうのは疑問だが……


でもお前、これは他人ごとじゃねーぞ」



 ジュノが今までの話を飲み込むと、語気を強めた。



「光の神ヴァイスが存在しているからグラウンド王国の精霊だって存在しているんだ。


すなわち――ヴァイスが消えるということは、グラウンド王国の自然現象も消える。


それと同時にヴァイスの与えた “知恵” であるルネという概念も消え去る。


だから俺たちも生きていられなくなる」



 リジュは絶句し、血相を変えた。



「この事実にお嬢ちゃんたちが気づいているか知らねぇが、


俺は今まで精霊の研究者の知り合いにその関係性を常々聞いてきたから確かだ」



 ジュノはそこまで言い切ると、熟考している様子のリジュを見る。



「なぁに迷ってやがる、お前のやることはひとつしかねぇだろ」



 リジュは顔をあげた。



「ふたりについていけ。弓の職人になるのはそれからだ」



「えぇ!?」



「バカ野郎! 世界がぶっ壊れちまったら、何にもなれねぇんだぞ!? ――


貧弱なやつにはこんなことは言わねーよ。だがお前は腕が立つし、


つちかってきた土台がそこらの同年代の男とはわけが違う。信用もされている。


それを見捨てるなんて男じゃねぇ! これは命令だ」



「…………」



 ジュノは大声でまくしたてた。それにリジュは観念したように目を閉じると、


ゆっくりと深く息をし、切れ長の目を開く。その瞳には決意がにじんでいた。



「……よし、いい目つきだ。それでこそユーダリル家の男だぜ」



 ジュノは腕を組んで満足そうに頷いた。その直後、リジュは口を開く。



「そうだ親父……もうひとつ驚いたことがあったんだ。もうひとりの、若草色の髪の女の子なんだけれど――」







◇ ◇ ◇







 月光が、今日もやさしく降り注いでいる。



 港から届くさざ波の音はサントゥール島の夜の中に溶け込むように響く。


酒場から聞こえるにぎやかな声は、夜更けの闇の中に吸い込まれていった。



 宿屋のドアがゆっくりと細く開き、白いナイトドレスを着たミライは星空をドアのすき間から眺めた。


ほどなくして外に出るとパタリとドアを閉め、宿屋の壁にもたれる。



 おろした、まだ少し湿っている若草色の髪が夜風にそよいだ。



「はぁ……また目が覚めちゃったよ。なんなんだろう?」



 緊張なのか、恐れなのか。自分では感じ取れない心の奥底にあるなにかが、ミライの眠りを浅くしているようだった。



 少し、うつむく。その時ひとりの人影がこちらを見ているのを、ミライは気づくのに遅れてしまう。


顔をあげた時には、その人物がもう目の前に立っていた。



 月光にかがやく銀色の髪がひときわその人物を美しくみせる。



「……あなたは」



 その人物は船で森のことを尋ねた女性だった。



「昨日ぶりね、お嬢さん。こんなところでこんな時間にどうしたの? 誰か待ってた?」



 銀髪の女性はぞくっとするような笑顔を浮かべ、腰に手を当てる。



 ミライはすぐにその女性の不穏な雰囲気を感じとり、急いで宿屋に戻ろうとした。


だが女性はミライの細い左手首をひっつかんで体を寄せると、ミライの耳もとでささやく。



「風の精霊と無事会えたみたいね……どうだった? ちゃんと持ってこれたのかしら、かがやく宝石」



 ミライはその言葉に顔を紅潮させる。


ミライは振りほどこうともがいたが、その女性は驚くほど強い力で手首をがっちりつかんでいた。


白い手首がだんだんと赤くなっていく。



「なぜ……あなたに言わなきゃいけないんですか」



「だって、知りたいじゃない? ――シー王国の王女さまについて」



 ミライの顔つきが変わった。そのまま女性の左手首をつかみ返し、力任せに宿屋の前から女性を引きずり出す。



「ちょっと……なにすんのよ!」



 女性はわめくように口走ったが、ミライに道の脇にある草むらに連れ込まれた。



「お願いです! わたしたちに関わらないで。あなたは……カコちゃんに、なにもいいことをしてくれないようにみえるの!」



「なにそれっ! 偏見だわ!」



「だったら正体を明かしてください……それがいやなら、ここから今すぐ消えて!」



 ミライは涙声になりながら叫ぶと、ミライをつかんでいる女性の腕を何者かがつかむ。


その腕を強引にミライから引きはがすと、ミライを守るようにその人物が立ちふさがった。



「なにをしている」



 低く落ち着いた声色の中に、鋭さがあった。ミライは耳を疑う。ついさっきまで聞きなじんでいた声だった。



「……!」



 女性はよろめくと、舌打ちをしてその場から逃げるように闇に消えていった。



 月夜の中に光る切れ長の目はそれをつらぬくような眼光で追っていたが、しばらくしてミライに振り返る。


その人物は、リジュだった。



「リジュくん! ありがとう――でも、どうして?」



「ミライこそ、こんな時間にどうしたんだ? 女の子がこんな格好で外にいていい時間じゃないぞ」



「ごめんなさい……また目が覚めちゃったの」



 ミライは申し訳なさそうに頭を下げると、リジュは尋ねる。



「今の女と知り合いだったのか?」



「うん……知り合いというか、サントゥール島に行く船の中で森の行き方を尋ねた人なの」



 リジュはそれを聞いて、苦い顔をした。



「それはまずかったな……」



「どういうこと?」



「オレがふたりと会ったときに話した森をうろついてるやつ……あいつなんだ。生地屋の娘、リノっていうんだけど」



「そういえば……! あの人はなにを企んでいるの?」



 ミライは言うと、眉をひそめた。



「わからないけど……噂では大陸とこの島を行き来して、精霊についてなにか調べてるみたいなんだ――


町のみんなもその変わりように不審がってる」



「そんな人だったなんて……どうしよう、わたしがあの人に聞いたばっかりに」



「今さら仕方ない。でもあの女がカコに関心をもっているのは、はっきりしたな――


とにかくこの先は警戒していくしかない」



 するとミライが左手首を押さえて、急にうずくまる。リジュはそれに驚き「どうした?」と彼もひざまずいた。



「あいたたたぁ〜……なんかさっきつかまれた手首が急に痛くなってきた」



「少しはれてるな、冷やしたほうがいい」



 リジュは言いながら、そばに置いてあった紙袋を抱えて立ちあがった。









 それからミライはリジュの店で手首の手当をしてもらった。



 店の片隅で丸椅子に向かい合うように腰掛け、リジュは氷のうをミライの細い手首に当ててそれごと包帯で巻く。


「ありがとう――そういえばリジュくんはなんでこんな時間に外にいたの?」



「親父のおつかいで酒場に酒をもらいに行ってたんだ。


仕事が立て込んでいて、昼間行けなかったらしい。それで今夜は飲むんだって豪語してたのに……


寝室にこもって出てこないんだもんな」



 リジュはジュノの寝室をにらみながら言う。



ミライは「でもそのおかげで、助けてもらえたからよかったよ」と力なく笑った。



 リジュはまたミライに視線を戻し、そばにある若草色の髪をぼんやりと見つめて目をふせる。



「ミライは幼い頃の記憶って、どれくらい覚えてる?」



「へ? うーん……印象的な部分が断片的に、かなぁ」



「そっか……」



 ミライは首をかしげたが、リジュはそれ以上聞くことはなかった。


リジュはゆっくり立ちあがると店の入り口に向かい、振り返る。



「手当も終わったし、宿まで送るよ――眠れそうか?」



 リジュは気遣わしげなやさしい声で尋ねる。ミライはその声に不思議な安堵感をおぼえると、


ふわりと眠気がやってくるのに気がついた。



(あれ……急にどうしたんだろう?)



 ミライは突然しょぼしょぼし出した目をこすり、立ちあがった。



「うん、眠れそう。すごくよく眠れそうだよ」



「そうか、ならよかった」



 ミライはリジュに一階の宿屋まで送ってもらい、自分のベッドにもぐり込んだ。


とても安らかな気持ちに包まれたまま、ミライはやわらかい眠りに身をまかせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ