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3. 使命を負って

 ミュゲの村に夜のとばりがおりた頃、


ミライとカコはふたりでひとつのベットにもぐり込み、ちいさな声でおしゃべりをしていた。



「王子さま?」



「はい、わたくしの大切な、たいせつなフィアンセですわ」



「こ、婚約者……! そうだよね、カコちゃんの王子さまなんだものね」



 ミライはカコからシー王国での暮らしぶりについて話を聞いていた。


その話の中でカコには王子さまがおり、帰りを待っていてくれているということだった。



「でも、その王子さま……セイくんも辛かっただろうね。


こんなにきれいで可愛いカコちゃんをひとりで旅立たせなきゃいけなかったなんて」



「ありがとうございます……でも本当にセイには最後まで悩ませてしまいました。


けれど “わたくしが行かなければいけない理由” もあって、やっと折れてくれましたの」



「そっか……やさしい王子さまなんだね」



 ミライは言うと、カコはうれしそうに頷く。



「でもそれなら、ふたりでくることはできなかったの?」



「ええ、本当はそうしたかったのですがわたくしが乗ってきた飛行潜水艇は――


唯一残っていた古代のシー王国人がグラウンド王国に上陸し始めた時代のものだったのです。


それを国の有識者とともに一年かけて修理してなんとか作りあげたものでした。


ですがあれは人ひとり乗るのがやっとだったので、わたくしがくるしかなかったのですわ」



「そういうことだったんだね」



 ミライは神妙な面持ちで、カコの話に耳をかたむけていた。


するとそれまで真剣に話していたカコだったが、急に弾むような声で言う。



「ところで、ミライちゃんには好きな方や付き合っている方はいらっしゃるのですか?」



「えぇっ!? そ、そんな急に……」



 カコの問いにミライはモゴモゴと口ごもると頬を赤くそめる。



「憧れは……あるけど、残念ながら……」



「あら、ミライちゃんだってこんなにキュートで愛らしいのに」



 ミライは「いやいや」と苦笑すると天井を見あげた。



「わたし……お父さんっ子だったから、きっと自分よりも強い人に憧れてるのかもしれないね」



「強い人? そういえば、あの剣は……」



 カコは部屋の片隅に立てかけられていた、ひと振りの剣を思い出す。



(お父さんっ子 “だった” ……?)



 カコはミライの言葉に違和感を感じた。


それにミライの家に来てから一度も父親を見ていないのをカコは疑問に思っていたのだが――


カコはなにも言わずに、隣にいる彼女の寂しげな横顔を見る。



「お父さんのおさがりなの。お父さんはね……この王国を守る組織『黒の騎士団』の団長だったんだ。だからかな?」



 そう言うと、ミライはすぐにつとめて明るい声で続けた。



「えへへ! こう見えてもわたし、この村で随一の剣士なんだよ。男の子にだって負けないんだから」



「まぁ! そうだったのですね! 女の子なのに勇ましいですわ。


わたくし、運動はからきしだめなので……かっこいいですわぁ」



 カコはうっとりと海色の瞳を閉じた。



「わたしはおしとやかなカコちゃんも、すてきだと思うけどなぁ……」



 ミライはつぶやくと、顔を見合わせる。カコはクスクスと笑い


「じゃあふたりでいれば男の子はイチコロですわね」といたずらっぽく言った。


するとミライはカコに抱きつく。



「カコちゃんはだめだよ〜、セイくんが悲しんじゃう」



「それならわたくしだって、こんなにキュートなミライちゃんを男の子に取られたくありませんわ!」



 その言葉にミライは「イチコロなんじゃないの?」とおかしそうに笑うと、


間近にある海色の瞳をやさしく見つめる。



「セイくんのもとへ帰ることができるまで……絶対に、わたしがカコちゃんを守るからね」



「ミライちゃん……」



 カコもミライのつぶらな黄土色の瞳を見つめ返すと、頬をばら色にそめた。



「明日からよろしくお願いします……ミライちゃん」



「うん……がんばろうね、カコちゃん」



 ふたりはしばらくすると互いの手をつないだまま、ゆっくりと眠りに落ちていった。







◇ ◇ ◇







 ミュゲの村の早朝の光は、村の入口まで続く並木の足もとに咲く白いスズランの花の群生を薄ぼんやりと映し出した。


濃い緑色の葉にたまった朝露が、ぱらりとかがやき落ちる。



 ミライとカコはその景色とともにミュゲの村を発った。



 太陽の光が少しづつ世界を包みはじめた頃――目を覚ましたレインは家の静けさに気づく。


一匹のトラ柄の子猫が、レインのいる寝室のドアをカリカリとく音が妙に響いた。



「ん? 何の音?」



「ミュウ……ミュ〜ウ」



 その鳴き声を聞いてレインは、昨日から泊まっていたカコが連れていた子猫のショコラというのに、はたと気がついた。



「はいは〜い。今開けるね」



 ドアを開けるとショコラがなにかをくわえてちょこんと座っている。


寝室の窓からは、みずみずしい光が差し込んできていた。


レインは眠たそうに笑う。



「ん……どれどれ」



 ショコラの口にくわえられたもの――それは手紙だった――を受け取ると、銀色の垂れた目を細めて文字を追った。


文字が力強く書かれていて、裏がぼこぼこしている。


レインはベージュ色のセミロングの髪を時折かきあげた。



 窓から差し込む光が徐々に強くなり、寝室を満たしていく。


もうすぐ朝露も空気と混ざり合う頃、ゆっくりと読み終えてショコラをなでた。


ショコラは「ミュー……」と甘えた声を出す。



「血は争えないわね。まだあの子が男の子だったらそこまで心配しないけれど……まぁでも、あいつとの子だし」



 言いかけて、ちらっと手中にある手紙を見る。



「なんとなく、今日みたいな日がくる気がしてたよ……ね」



「ミュー」



 ひょいとショコラを抱いてレインはリビングに出た。


手紙をテーブルに置いて、椅子に座る。どこからか朝食の香りが漂ってきた。



「一緒にお留守番だね、ショコラ」



 そうつぶやくと、ショコラのちいさなお腹をなでてやった。


真っ白でふかふかな毛に指がうずまり、可愛い足がパタパタとくすぐったそうに動く。


レインはクスクスと笑った。



「可愛い子ねー! さってと。この際だから、おけいこごと増やしちゃうか!」

 


「ミュー!」



 グンとひとつ伸びをして、深く息を吸って、はいた。いつの間にか光は、部屋のすみずみまで照らしていた。







◇ ◇ ◇







 ミュゲの村を立ったミライたちはコスモスの咲きみだれる平原を南へと進んでいた。


繊細な繊維せんいのような緑色の葉に淡い色の花が揺れ、からりとした風がそよいでいる。



 この先にはちいさな港『コスモスの港』がひとつだけあり、


そこから東には隣島の『生成せいせいの島サントゥール』に、


南に行けば王国最大の大陸へ渡ることができる。









 昨日の夕食後ミライはカコから “ヴァイスを救う手立て” を詳しく聞いた。


それはグラウンド王国に住まう『四大精霊』たちに会い、


精霊の力を宿す宝石『エレメントジュエル』を与えてもらうことだった。


それを四つ集めることで “ヴァイスを救う力” を得ることができるらしい。



 カコの話では『四大精霊』というのは、光の神ヴァイスの力が具現化したものだという。


グラウンド王国ではルネを刻印しなくても、火を起こし、水が流れ、風が吹き、大地が豊かであるのは――


それぞれ『精霊』が存在するおかげなのであった。









 ミライは昨夜の話を思い出しながら、家にあった簡易的な世界地図を広げてカコのために道を足で作りながら歩く。



 カコはそんなミライのあとから、コスモスの花を横目についてきていた。



「精霊かぁ……実際に見たことはないけれど、どんな感じなんだろうね」



「言い伝えではみな、美しい女性の姿をしているそうですわ」



「へぇ……みんな女の人なんだ。なんでだろう?」



「それはヴァイスが女神であるからだそうですわ。


人間の女性を生み出したのもヴァイスだといわれていますし、


“女性” という性別は古来から神聖な性別なのだそうです」



 ミライはそれを聞き昨晩教えてもらった話――


シー王国の王族は女性しか生まれず、王国で一番(えら)いのも “女王” なのだということを思い出した。



「なるほど! シー王国での王族のしきたりにも当てはまるね」



「ええ、もちろんですわ。シー王国の王族であるニザベリル家は、


最初に生まれた女性 “エムブラ” の子孫ですから! 


それに四大精霊を呼び出すことだって、わたくしたち王族にしかできないことなのですよ」



「精霊を呼び出す? 精霊って滅多に会えないものなの?」



「ええ、精霊の意思であらわれるならともかく、


呼び出すにはわたくしニザベリル家の人間でなければできないことなのだそうですわ」



「そっか……だからカコちゃんがグラウンド王国にこなきゃいけなかったんだね!」



 ミライは振り向き興奮気味に言う。



 するとその時、コスモス畑を一陣の風が吹き抜けた。


ざぁっと花をなぎ倒していった風にミライたちは驚いて顔を見合わせる。



「わぁ、すごい風。精霊のうわさをしていたからかな?」



「もしかしたら、そうかもしれませんわね! ――


ところでミライちゃんの知っている風の精霊がやどる場所は思い出せましたか?」



 カコが問うと、ミライは首をひねった。



「……こればっかりはお母さんに聞いてくればよかったね。


地図にも載ってないし……でも『風のやどる森』っていう名前は確かなの。


それだけはよく覚えているから」



 ミライがまだ3歳だった頃、母の故郷サントゥール島にある風のやどる森で


四年に一度おこなわれる “風の精霊に感謝するお祭り” に行ったことがあったのだ。



 そこにはミライと同い年の男の子がいる母の幼馴染が家族三人で住んでいたので、


その家族に呼ばれてパーティをした記憶があった。



「知ってる人にあらためて聞いてみるしかないね……」



「ええ。でもお祭りがあるくらいですから、きっとわかりますわ! 


それにいざとなれば、お母さまの幼馴染のご家族を訪ねてみましょう?」



「う〜ん……でも覚えてるのは家族構成だけだしなぁ――


それにそのお母さんの幼馴染は早くに亡くなっているし、


旦那さんはお父さんと同じ騎士団の人で大親友だったそうだけど……


わたしが見てもわからないだろうなぁ」



 ミライは考えをめぐらせて肩を落とすとカコは「幼い頃の記憶はそういうものですわ」と励ました。


それからミライは力なく微笑むと瞬間、顔色を変える。


地図をしまい、素早く剣の柄に手をかけると前方を見据えた。



「……カコちゃん、わたしから離れないで」



 カコはミライのただならぬ気迫に体を固くし、ミライの背後に隠れる。


ミライが剣を抜き構えると同時に、


前方から狼のような形をした黒いものが躍り出た。



「あれはなんですの……!?」



 にじり寄ってくる黒い狼との間合いを定めているミライの背後からカコが言う。



「あれは『黒い影』と呼ばれている危険な存在だよ。


人の少ない場所に現れて人を襲ってくる……剣や武器で倒さないと消えない厄介ものなんだ」



 そうミライが説明しているうちに、狼の形をした黒い影はすぐそこまできていた――


次の瞬間、黒い影は激しい咆哮ほうこうとともに、ふたりに襲いかかった。



 ミライは正面から走り込み、影の腹部を斬りあげる。


影は地面に叩きつけられたがすぐさまミライの背中に飛びかかる。


ミライは体を反転させ、それをしのぐ。



「くっ!」



 飛び退いた黒い影はまだ体力が残っているようだ。すると、遠い場所にいたカコが叫んだ。



「ミライちゃん、あとはわたくしにおまかせください!」



「え!? カコちゃんだめっ! さがっていて!」



 カコは両手を組み合わせ、祈るポーズをする。まばゆい光がカコのまわりからあふれた。ミライはその姿に息を呑む。



(グラウンド王国の光よ、力を……!)



 ついに体は光に包まれ、唱えた。



「光よりいでし火炎の力よ、黒い影を焼き尽くせ!」



 カコはスッと腕をあげ、人さし指を天に掲げた。



「スパーク・ファイア!」



 叫んだその時、体を包んでいた光が無数の炎の球体となって燃えあがり黒い影を襲う。


それを受け、黒い影は跡形もなく消えてしまった。



「いっ……今のは一体?」



「わぁー! よかったですわ! 大・成・功!!」



「火が出てたけど!?」



「あ! 驚かせてしまってごめんなさい!」



 カコははしゃぎながら驚いているミライに笑いかけると、ブイサインを決めて胸を張った。



「これが昨日話した、ルネの力を利用した護身術ですわ!」



「すっごーい! はじめてみたよっ! 光が……火になっちゃった!」



「成功してよかったです! もしかしてと思いましたが……


グラウンド王国の太陽の光はエーテルと同じで、ルネに反応してくれるのですね!」



 カコはスキップをしながら、ミライのもとへ戻った。



「でもカコちゃん昨日…… “ルネは道具に刻む” って言ってたよね。何も持ってないのに、どうして?」



「わたくしの家系ニザベリル家は特別で、生まれながらに体にルネが刻まれていますの。


だから武器がなくても大丈夫なのですわ!」



「そういうことなんだ! 驚いたぁ」



「でもミライちゃんの剣さばきも見事でしたわ♡ かっこよかったです!」



 ほれぼれとした声でカコが言うと、ミライは恥ずかしそうに頭をかく。



「ありがとう! でもはじめて村の外の黒い影と戦ったけど……


村の近くの森にいるのとは段ちがいだね。まだまだ、鍛錬しなくちゃ!」



 ミライは自分の手を見て、グッと握った。







◇ ◇ ◇







 ふたりは正午頃やっと平原を抜けてコスモスの港に到着した。


住人はおらず船が停泊しているだけのちいさな港だったが賑わっており、


さまざまな年代の人々が行き交っている。



「わぁ〜すごい人!」



 ミライは黄土色の目を丸くすると、そばにあるカコの白い手を握り「はぐれないようにしないとね」と言った。


カコもニッコリ笑って頷く。



「島に行く船はどこでしょうか?」



「航路はふたつだけのはずだから……あっちの船に行ってみよう」



 ミライは港に入って左側の船に近づいて、船の乗り場にいる若い男の船員に尋ねた。



「あの、この船はサントゥール島行きですか?」



「ああ、そうだけど……でも、めずらしいな。こんなに若い女の子がふたりで行くのかい?」



 船員のいぶかる表情に、カコは小首をかしげた。



「どういうことですの?」



「だって、サントゥール島にある町はものづくりの町だぜ? 


もっぱら職人と買いつけの人間ぐらいしか、行くやつはいない島だからなぁ。


家族や知り合いとか、親戚がいるならわかるが……見かけない顔だしなぁ」



「あー……知り合いの家族を訪ねに行くんです! わたしたち。はい! じゃあこれ乗船代です!!」



 ミライが急いで言うと船員に乗船代の金貨『ガル』を渡して、


視線を避けるように、カコの背中を押してさっさと船に乗り込んだ。









 船の中は人でごった返しており、ふたりはあらためてあたりを見まわしてみると


確かに自分たちが浮いていることに気がついた。



 年代はさまざまだったがミライたちくらいの年代はおらず、女性も数えるほどでほとんどが男性である。



「なんだか、わたしたち……場違いのような」



「……ですわぁ」



 身を寄せ合ってふたりは席を探していると、若い女性がひとり座っている長椅子に


ちょうどふたり分のスペースがあるのを見つけた。



「あ、あそこ! 座らせてもらおうか」



 そう言うとミライはカコの手を引いて歩いて行き、長椅子に腰かけた。



「隣、失礼しますね」



「ええ、どうぞ。あら……」



 ミライの声に今まで読書をしていたらしい女性は顔をあげる。


ショートカットのサラサラとした銀髪に同じ色の瞳をもつ、どこか鋭さのある美しい女性。


年は20代前半ほどにみえた。



「可愛らしい旅人さんね」



 女性は微笑むと、ふたりは少しホッとした。



「あの、失礼ですが……サントゥール島におくわしいですか?」



「もちろん。実家の生地屋が島にあるから、これから帰るところよ」



 その女性の返答にふたりは笑顔で顔を見合わせる。ミライはカコに無言で頷くと、続けた。



「でしたら……風のやどる森って、どこにあるかご存知ですか?」



「ああ、その森なら……」



 女性は言いかけると、ふたりを一瞥いちべつし少し言いよどんだ。



「サントゥールの町の東側の出口を出て、北東にあるわ。すごく大きな森だからすぐわかるはずよ」



「そうですか! ありがとうございます」



 ミライは顔をほころばして女性に礼を言うと、隣のカコとちいさくよろこび合う。


女性はそんなふたりの様子を横目で見ると、また読みかけの本を開き目を落とした。






 



 ほどなくして船が動き出し、カコは目をランランとかがやかせる。



「出港ですね! ワクワクしますわぁ♡ シー王国でも船はとても重要な交通手段ですのよ」



「そうなんだ、シー王国も同じものがあるんだね。なんだか少し安心したよ〜」



 喜々として語るカコにミライはやさしく微笑んだ。



「ミライちゃん! 少し外に出てみませんか? シー王国だと寒くて凍えてしまいますが……


グラウンド王国ならきっと気持ちがいいと思いますわ!」



「そうだね! わたしも船に乗るなんて滅多にないし、行ってみようか」



 ふたりは立ちあがると足早にデッキへと続く階段へ向かう。



 そのうしろ姿を銀髪の女性が目で追っていたことにふたりは気がつかなかった。


女性はにやりと笑うと、ポツリとつぶやく。



「みーつけた……」

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