2. 水のない晴れた海へ
「それっ!」
威勢のいい声が響く、陽光が照る穏やかな大地――ここはグラウンド王国。
グラウンド王国の北西に位置するちいさな島に『喜びの村ミュゲ』はあった。
その村の中央広場では、少年少女たちが剣術の練習に精を出している。
その中でもひときは目を引く愛らしい顔をした、16歳くらいにみえる少女がいた。
「たぁ! えぇい! まだまだ!!」
「くっ……! うわぁ!」
ズンズンと少女よりも年上にみえる少年との間合いを詰め、ついにはピタリとその額に木刀の刃先をさだめた。
ひとりの審判係らしい少年はパッと手をあげると、
「勝負あり! ミライの勝ち!」と叫んだ。
周囲で思わず手を止めて見入っていた者たちから、わあっと明るい歓声がいちどきにあがる。
ミライと呼ばれた少女と戦っていた少年は木刀を放り出して、地面にへたりこんでしまった。
「やっぱりミライは強いなぁ。どうしても勝てないよ」
ミライは少年にニコッと笑いかけると、少年の手を取った。
「もっともっと鍛錬だよ! わたしもがんばるから、きみもがんばろう!」
「ミライはもういいだろー!」
少年がげんなりとしながら手を助けに立ちあがる。ミライはブンブンと頭を振った。
「剣の道に終わりはないよ! もっと強くなって、お父さんを超えるくらいの剣士になるんだからね!」
「本当になりそうでこわいな……」
「なるよー! がんばるよー!!」
ミライは弾けるような笑顔で拳を高くかかげる。
空はどこまでも広く澄んだ、紺碧の空だった。
剣術の練習が終わり、中央広場を出たミライは家までの帰り道に海岸を通る。
グラウンド王国の海はいつも穏やかで、荒れることはなかった。
潮の香りが浜辺に近づくほどに、強く香る。
白くかがやく砂浜の砂が、歩を進めるたびにやわらかく足元を包み込んだ。
ひとつ伸びをすると、陽光を受けて輝くつぶらな黄土色の瞳で海を眺めた。
時折吹き抜ける潮風は、ミライの光に透ける若草色の髪をすり抜けていく。
ふたつに結った髪はサラサラと風に遊んでいた。
「今日もいい天気」
つぶやくように言うと、薄もも色のミニスカートのベルトに差してある剣を抜いた。
その紅色の石がはめられた両刃の剣は、女の子が持つには大ぶりのものだ。
ミライは考え込むように剣を見つめる。
「お父さんを超えるくらい……か」
苦笑して、空を見あげる。瞳をゆっくりと閉じた。穏やかな風の音が体をめぐる。
少しの間そうしていると、聞き慣れない違う音がまざってくるのに気がついた。
パッと目を開き持っていた剣を鞘に戻す。音のする方向がわかった。
「……なんだろう?」
身構えながら、海の沖合が不自然に盛りあがってくるのに目を止めた。
「な、なにか浮かんできた!?」
そう言う間もなくその物体は海上に現れると、速度をあげてあっという間に浜辺に突っ込んでくる。
砂が舞いあがりその物体はその速度を保ったまま防風林にぶつかって衝撃音とともに止まった。
ミライはそれをスレスレのところで身をかわしていた。
「危なかったぁ……一体なんだろう? これ」
恐るおそるその物体に近寄ってみた。水の滴る銀色の物体。楕円形をしている。
砂ぼこりがおさまってくると、妙な機械音がした。
ミライは体をビクッと緊張させ、無意識に剣の柄に手をかける。
すると、銀色の物体の一部がちいさな長方形に開く。
その中からおぼつかない足取りで、人影が出てくるのがわかった。
足元には、動物のような影も見える。
フラフラと歩いてくる人影が陽光を受けてはっきりとしてくると、
ミライは驚きのまなざしで、その人物に見入る。
「クラクラしますわぁ〜……ここ、本当にグラウンド王国なのかしら?」
そこには、ひとりのミライと同じ年頃にみえる少女が現れたのだった。
見慣れない、まるでお人形のようなフリルやリボンがふんだんに使われた、
水色を基調にした豪華なドレスを身にまとっている。
少女はミライの目の前でペタリと座り込んでしまった。
その少女のやわらかそうな、麗らかな日に広がる空のようなライトブルーの長い髪が、力なく地面に流れる。
ミライはやっと我に返り、少女のもとへ走り寄るとひざまずいた。
「大丈夫!? 怪我はない?」
少女の肩を支えると、間近でふたりの目が合った。
白く透き通る肌に上品でおしとやかな印象を与える可憐な少女。
大きく見開かれた瞳は青くまるで海の色のようだ。
(きれいな子だなぁ……)
しばらくその吸い込まれそうな瞳に見とれていると、少女は小首をかしげて言う。
「こんにちは。あなたは……グラウンド王国の方でしょうか?」
「あっ! うん、そうだけど……?」
ハッと気がつき、ミライは急いで言った。
少女はその言葉を聞いた途端、思い切り晴れやかな笑顔で、そばにあるミライの両手を握った。
「よかったですわぁ! 無事に着いたのですねー!」
少女はパッと立ちあがり、同時にミライもつられて立ちあがる。
少女はミライの腕をひょいひょいと動かして、小躍りした。
そばにいた動物はぴょんと少女の肩に飛び乗ると嬉しそうに「ミュウ」と鳴く。
「わぁ! こ、子猫だったんだ」
「まぁ、ショコラもよろこんでくれますのね! 本当によかったですものねー!」
「あっ、あの!」
「はい?」
ミライは一緒に今となってはダンスを踊りながら少女に声をかけた。
「わたしミライ・レナンディっていうの! あなたの名前は?」
「あっ! 申し遅れました!」
ミライが名乗ると少女は手を離しパタパタとドレスについた砂を叩くと、ドレスを両手でつまんで会釈する。
「わたくし、カコ・ニザベリルと申します。こちらが愛猫のショコラですわ」
トラ柄をした子猫はカコと名乗った少女の肩でまたひとつ鳴いた。
「カコちゃんとショコラだね! ……ちょっとびっくりしたけど、よろしくね!」
「はい! こちらこそ、ミライちゃん」
ふたりはあらためて握手をかわす。年齢を確認してみるとお互い16歳で同い年だった。
うれしい偶然にふたりは頬をばら色にそめて笑い合うと、ミライはふとカコの乗っていた機械に振り返る。
「でもカコちゃん、一体どうしてこんな乗り物に? しかも、さっきグラウンド王国の方って……」
「あっ! そうですよね……ええと」
「あっ!!」
カコが事情を説明しようとしたときミライが声をあげる。
と、同時にカコはピョンと飛び跳ねるように驚き、話を止めた。
「な、なんでしょう?」
「ごめんね、わたしが聞いておいて……でもここだと落ち着かないし、
そろそろお昼にはいい時間だし……わたしのお家で話さない?」
ミライは先ほどからむなしく鳴るお腹をさする。
カコは花のように微笑むと「よろこんで!」と、はしゃぐような声で言った。
◇ ◇ ◇
カコにとって目の前に広がる風景はとても新鮮だったようで、
彼女の手を取っておいてあげないとついつい横道にそれてしまいそうになるのだった。
クルクルとカコの海色の瞳が動く。
「なんてあたたかくて、穏やかなのでしょう。明るくて、風がこんなにもやさしい世界だったのですね。感動ですわ~」
そんなカコを見ながら、ミライは「うーん」とうなった。
「そっかぁ、やっぱりカコちゃん、本当にシー王国の人なんだね」
「はい、もちろん!」
カコはあのあと自分は海底の世界シー王国からやってきたのだと話した。
グラウンド王国の言い伝えでは、両国は遥か昔に交流があったという。
現在では交流していた技術は失われて久しいがシー王国人はグラウンド王国人の先祖であるとも伝えられている。
カコはそっと手をすり抜けて、ミライの目の前に立った。
「この地図を見たことはありますか?」
そう言うとカコは、ドレスのポケットから一片の紙を取り出して見せた。
四つに折りたたまれた生成り色の紙を開くと青のインクで地図が描かれている。
ところどころ変色していて、古いものだというのがわかった。
「これは……グラウンド王国ではないし……まさか、シー王国?」
「そうです、それも遥か昔のシー王国ですわ。
人間が誕生する以前、シー王国とグラウンド王国はひとつの大陸だったというお話は、ご存知ですか?」
「うん。もともと大陸は海底にのみ存在していて、一部の大地が浮かびあがって、グラウンド王国ができたんだよね……
でも、こんな地図はじめて見るよ!」
ミライはその小さな地図を凝視した。
その地図は自分の見慣れた形の大陸が、もうひとつの見慣れない大陸と合体している。
「そうですか……シー王国でも大陸が分断される前の文献は数えるほどしかありませんでしたが、
グラウンド王国でも分断前のことを知っている方は少ないのかしら?」
カコは地図を折りたたみ、ポケットにしまった。
「そうなのかな? この地図は見たことなかったけど、
グラウンド王国ではシー王国のことは伝記として語られているよ。
小さい頃よくお父さんにシー王国の物語を読んでもらった憶えがあるよ」
ミライは穏やかな海を眺めながら懐かしそうに言った。
「でもこうして歩いている大地も昔は海底にあったなんて……なんだか不思議だね。今じゃこんなに明るい世界なのに」
「ええ、本当に。この王国は光の力で満ちていますわ。
限りない天の花嫁から注ぐ恩恵に包まれて……今のグラウンド王国はあるのですね。
なんて美しく、豊かなのでしょう」
カコは空を仰ぎ見て、うっとりとひとりごとのようにつぶやいた。
そんなカコの横顔を見ながらミライはニッコリと微笑む。
「なんだか嬉しいな、わたしの住むところをそんな風に言ってくれて……さ、早くお家に行こう!」
「はい!」
ミライはカコの手を引いて、家へと続く並木道を駆けていった。
「さぁ、到着! ……と、そういえば」
「どうかしましたか? ミライちゃん」
ミライは家の玄関のドアノブに手をかけ今にも開けようとしたのだが、
うしろにいるカコのその豪華なドレスに気がついた。
「お母さん、びっくりするかなぁ……それより、カコちゃんが怪しまれたりしたらどうしよう」
ミライは頭を抱える。カコはニコニコと笑っているばかりだが、少し困惑しているようにも見えた。
ショコラはというと、カコの手の中でスヤスヤと眠っている。
だが、しばらくしてミライは意を決したようにカコの顔を見た。
「……とりあえずなるようになる! カコちゃん、ちょっとごめんね」
「え?」
ガチャッとドアを開いた先にはこじんまりとしたリビングがあり、
その奥にはちいさな台所があった。
右脇には二階に続く角度の急な階段があって、ミライの部屋はその先にある。
ミライの母レインはちょうど玄関に背を向けるかたちで台所に向かい、
できあがり間近のクリームシチューをじっくりと煮込んでいる最中であった。
白い湯気が立ちのぼり部屋中にいい香りが漂っている。
「ミライ? おかえり。もうすぐできるからね〜」
レインは振り返らずに言った。「うん!!」というミライの返事に力強さがある。
「大好物のクリームシチューよ」
「うん! すごくうれしい!!」
ミライは言うとギシギシといつもよりも重みのある足音をたてて階段を登る。
そろそろ腕も震えてきていた。
「ミラ……」
「……シー」
カコは小さな声で言いかけたものの、ミライに制されて慌てて口をつぐんだ。
「お、お母さん」
「う〜ん?」
レインは穏やかに返事をして、味見をしようとおたまでシチューをすくい取り小皿にのせた。
「今日は仲良くなったお友だちとふたりで食べたいから、わたしの部屋までお昼ご飯持ってきてもらっても……いいかな?」
「あらそう? いいわよ〜。あとで持っていくから、ゆっくりしててね」
と言うとはじめて振り返りレインはそのお友だちを確認しようとしたが、
すでにふたりは二階の廊下に到着していたのだった。
「ん? もうあがっちゃったのかしら?」
レインは「はて……?」と不思議そうに誰もいない玄関先を見ていたが、
まだ途中であった味見をして上機嫌に「うん、上出来!」と、ひとりよろこんでいた。
◇ ◇ ◇
「ふうー……なんとかなったぁ」
「ミライちゃん力持ちですのね!」
ミライは自分の部屋に入ると後ろ手でドアを閉めて、へなへなとその場に座り込む。
ミライはカコをお姫様抱っこでかつぎあげたのだった。
「いやぁ、カコちゃんくらい軽いかるい! ただ、ドキドキしちゃって……
じゃあ今のうちにお洋服着替えちゃおう! わたしのが合えばいいけど」
「まぁ!」
カコは洋服たんすを探るミライの手もとをうしろから覗き込み、わくわくしながら待っていた。
ほどなくして、ミライは一式そろえてカコに洋服を手渡す。
「これなんかどうかな? 最近買ったんだけどちょっとすそが長くて、あまり着てないんだよね」
カコはさっそく広げてみるとAラインのすみれ色のジャンパースカートだった。
肩のとめ具の所はマーガレットの花の形をした、大ぶりのボタンになっている。
それに合わせて白いタートルネックのインナーに、スカートの下にはくもも色のバルーンズボンも一緒にあった。
「すてきですわ! さっそく着てみますね」
カコは笑顔で着替えると、サイズはピッタリであった。
「あと、髪の毛を結ったら動きやすいかな?」とミライは
カコの豊かなライトブルーの髪を高い位置でポニーテールにしてあげる。
すると今までふくらはぎまであった髪の長さが腰くらいまでになって、
とても軽やかな身なりになった。
「わぁ! カコちゃん似合うにあう! とっておいてよかった〜」
「とってもうれしいですわ! ありがとう、ミライちゃん!」
カコはひとつまわってみせると、ミライに抱きついた。ふたりの明るい声が響く。
その直後ノックの音がしてドアが開く。
レインがクリームシチューをのせたおぼんを手にニコニコしながら入ってきた。
「まぁまぁ楽しそうねぇ。お母さんもまざりたいところだけど、邪魔しちゃ悪いものね」
カコはハッと気がついて「お邪魔します!」と言うと、レインはやさしく「いらっしゃい」と声をかけた。
「ゆっくりしていってね。夕飯の分もと思ってたくさん作ってあるから、いっぱいおかわりしてね!」
レインはクリームシチューをテーブルに置きグッとガッツポーズをすると、手を振って部屋を出ていった。
「ありがとう〜お母さん!」
「ごちそうになります!」
陽気なレインにふたりは笑顔でお礼を言い、顔を見合わせてクスクスと笑い合った。
「明るくて、すてきなお母さまですね」
「うん! わたしの自慢のお母さんだよ。あ、冷めないうちに食べようか」
ふたりはテーブルに向かい合わせで座り、湯気の立つ温かなクリームシチューをすすった。
ショコラにはあとからミルクが与えられ、尾っぽをピンと立てて一心になめている。
「はぁ〜……やっぱり体を動かしたあとのクリームシチューは最高だなぁ」
「まぁ、クリームシチューというのですね! 心がほっこりします……とってもおいしいです!」
ミライはそのまろやかなスープをしみじみと味わい、カコは頬に手を当ててしばし目をつむった。
「口に合ってよかった! お母さんもよろこぶよ……あ、でもシー王国にもこういう料理ってあったりするの?」
「そうですね……このシチューというものに似たものはありますよ。
でもこうやってカラフルなお野菜がたくさん入ったものは滅多に食べられませんわ。
シー王国の大地はあまり土地が良くないので」
「そうなんだ、やっぱり違うんだね……わたしとカコちゃんは同じ女の子に見えるのになぁ」
ミライは自分とカコを見比べてみた。体型や肌、それぞれの質感、
目や髪の色は違ってもちゃんと同じ “女の子” 同士に見える。
シー王国――近そうで遠い、グラウンド王国の住人にとって伝説と化している深海にある王国の人間がここにいる。
ミライはとても不思議な思いがしたのだった。
「ミライちゃん?」
じっと自分に見入っているミライにカコが言う。ミライはあわてて目をそらした。
「あっ、あー! ごめんね!! ついカコちゃんに見とれちゃって……」
そう言ってズルルッとクリームシチューをすすったが、くちびるにはねて「あちちっ」と熱がった。
カコはクリームシチューを丁寧にすくい取り、その白く温かなスープを見つめる。
それをゆっくりとすすると静かにスプーンを置いた。
「ミライちゃん、わたくしは……この王国に救いを求めてやってきたのです」
ミライは軽くやけどしたくちびるを水で冷やしている手を止めて、真剣に見据えてくる海色の瞳を見た。
「……救い?」
「はい。シー王国は今、滅亡の危機に瀕しているのです」
カコの言葉にミライは面食らった。
「め、滅亡!? どうしてそんなこと……」
「少し長くなりますが……聞いていただけますか?」
ミライはゆっくりと頷くと、カコはシー王国の現状を静かに語り始めた。
◇ ◇ ◇
シー王国にはグラウンド王国でいえば「月」と「太陽」のように、「闇」と「光」の神が存在する。
その二柱の神のうち「光」を司る神『ヴァイス』の力は
“すべてを動かす根源” といわれている。
カコが言うには――大陸が一部上昇し、グラウンド王国が生まれたのもヴァイスの力によるものなのだという。
そのヴァイスの力を利用して、シー王国の住人は生活を営んでいるのだった。
「光って、太陽の光とか電球の光とかのことだよね?
――グラウンド王国では火とか水とか風の力をエネルギーに変えてるけれど――
それだけで生活をしているっていうのは……どういうこと?」
「多くの自然現象はヴァイスの存在だけで発生していますが、
他はヴァイスがもたらした光をあやつる刻印……『ルネ』というものによって起こすのですわ。
ルネを道具に刻むことでその刻印がヴァイスから発せられる力
――光の物質『エーテル』というのですが――を吸収して、
それをエネルギーに変換するのです」
「ルネ……そんなに便利なものがあるんだね」
「ええ。ですが……逆をいえばわたくしたちは
ヴァイスがいなくなってしまったら、生きてはいけないのです」
「……いなくなる?」
ミライの問いにカコはうつむくと、続けた。
「そのヴァイスが、今にも消えようとしているのです」
「! ……どうして!?」
「わたくしたちシー王国の住人がヴァイスの力、エーテルを過剰に使っていたためですわ。
エーテルの供給よりも需要が勝ってしまったのです」
そのためシー王国の多くの住人は、国からのおふれでエーテルを節約しながら生活をしているのだった。
しかし中にはそれを守らない人間もいるため、ことは急を要するという。
「今のままではいずれヴァイスが消えることは確実ですわ。
そうなったら王国中が闇を司る神『シュヴァルツ』から発せられる闇の物質『タナトス』に支配され
エーテルを失った人々はみな死にたえるでしょう……
だからわたくしはヴァイスを救う力を得てシー王国に持ち帰らなくてはなりません。
そのために、このグラウンド王国にやってきたのです」
「じゃあ……グラウンド王国には “ヴァイスを救う手立て” があるんだね」
ミライは揺るぎない気持ちを込めて語るカコに言う。
カコはその言葉に顔をあげたが美しい海色の瞳は潤んでいて顔はどこか悲しみをたたえていた。
それを見たミライは心に一瞬にして熱いものがこみあげてくるのを感じた。
ミライは席を立つと、カコの手を握る。
「でも、どうして? なぜカコちゃんが……ひとりでがんばらないといけないの?」
「…………」
カコは押し黙りミライはカコの白い手を見つめた。か細く、繊細なちいさな手。
「カコちゃん、わたし……カコちゃんに協力してもいいかな?」
「……ミライちゃん」
「わたし、はじめてだったの。こうやって同い年の女の子とおしゃべりしたり笑い合ったりするの」
ミライはカコに微笑むと壁に立てかけてある剣を見て、凛々しく言う。
「とってもうれしいんだ! だからカコちゃんの笑顔をもっと見ていたいの……
シー王国の危機なのにそれだけが理由なのも簡単すぎるかもしれないけど、
カコちゃんが困っているならわたし――あれ?」
ミライは言いながら少しずつ恥ずかしそうに下を向くと、カコが目の前から抱きついてきた。
その海色の瞳からは涙があふれ、はらはらと大粒のしずくが床に落ちる。
「……カコちゃん?」
「ミ、ミライちゃん……わたくしもうれしいです!!」
しゃくりあげながら言うと、カコはミライに頬ずりした。
「わたくしも……はじめてです!
うっ……ずっとお友だちもいなくて、女の子と遊んだりしたこともなくて
お城でいつも外ばかり眺めていて……」
「お城……おしろ!?」
「うぅっ……い、いつも近くの広場で楽しそうに女の子たちが遊んでいるのが見えて、
すぐにでも駆け出して行って友だちになりたかった……
セイもそばにいてくれたけれど、やっぱり男の子とは違うのだろうなと思っていたので……
うっう……うれしいですわぁ〜!」
「カ……カコちゃん?」
ミライはたくさんの思い出をめぐらせて涙に拍車をかけてしまっている間近にある彼女の泣きぬれた顔を覗き込んだ。
「はい?」
「まさか……カコちゃんって……」
そのあとの返事にミライの部屋からは驚愕の叫び声が響き渡ったのだった。
「お姫さまーー!?」
「はい!」
カコはガッツポーズを決めて目をキラキラさせる。ミライは口をあんぐりと開けて、呆然とした。
必死に今日クリームシチューを食べるまでの流れを整理してみたが、クルクルと目がまわりそうだった。
(シー王国からひとりで……キラキラのドレスを着たわたしと同い年の女の子……
しかも大きな使命を持っていて……シー王国のお姫さま……)
「す、すごいっ!」
と、ひと言でまとめるのが精一杯だった。
カコはきょとんとした顔で目をまわすミライを見守っている。
「あの……ミライちゃん」
「う、うん?」
「……お友だち、ですよね?」
「……!! ……もちろんだよ!」
カコはパッと花が開いたようにはなやかな笑顔になって
「お友だち! うれしいですわぁ〜!」とミライの手を取ると踊りだした。
ミライはそれにまた戸惑っていたがすぐにほぐれて、はじめての “同い年の女の子の友だち” に胸がいっぱいになる。
下の階ではレインがニ階のふたりのはしゃぐ声を微笑ましく聞きながらクリームシチューをすすっていた。
「いいなー。やっぱりまざってこようかしら」