スモモトリとガラパゴシーズ
──カラン、コロンと鈴が鳴る。
カウンターに居た店主は入店したお得意様に声をかける。
「らっしゃい、ハルト、ソニアちゃん。」
「お邪魔します、スモモトリさん。」
「スモモのおっちゃん、こんちわー!!」
入店者も爽やかな挨拶を店主に返す。
「おいおい、おっちゃんは勘弁してくれソニアちゃん。俺は老け顔なだけで若いんだから。」
「?おっちゃんはおっちゃんだろ?パパに喋り方にてるし、加齢臭しそうな顔つきしてるぞ。」
「ゔっ……。か、加齢臭がしそうな顔?」
「ソニア、この世の中には思っても言っちゃいけない事があるんだよ。」
「……ハルト、お前……悪いやつだな。」
「ありゃ、バレてたか。」
お茶目に舌を出しながら、犬獣人の青年はカウンターに近づいた。
「ん?どうしたんだハルト。剣士用防具はあっちだぞ。」
「いやぁ〜、実はお願いがあって。」
──一転、申し訳なさそうな顔をしながらハルトは店主に用件を話し始めた。。
◇◇◇◇◇
「つまり、パーティメンバー全員で工業区に入りたいと?」
店主はソファーに腰掛けながら聞き返す。
「いきなり、んな話をするからビビったぞ。少なくとも店内でする様な話じゃない。」
以前、別の客にも店内で話を持ちかけて来たのだが、それを小耳に挟んだのか客たちが押しかけてきた時期があった。
あの時の客は1度も買い物をしたことも無い客であったため、領主様に訴えを出し全員入国禁止処分にしてもらったのだ。
しかし今回は顧客であった為、客室に通す事にした。
「すみません、配慮が足りませんでした。」
机を挟んで向かいにあるソファーにソニアと並んで座ったハルトは、額が机に付く程に頭を下げ謝罪を口にした。
ソニアは壁に顔を向け『あの時計綺麗だなー。家に欲しいなー。工業区に入ったらオーダーメイドで作って貰おう』と決心した。
「……顔を上げろ。俺とハルトの仲だ。ソニアちゃんは……相変わらずだな。」
店主の言葉にハルトは感謝し、話しの続きをしようと顔を上げた。合わせてソニアも「最初から真面目でしたよ?」とでも言わんばかりに、すまし顔で店主を見つめる。
「どうしてもパーティ全員分のオーダーメイド品が要るのです。」
「量産品の防具だと、弄る必要があってメンドクサイんだぞ。」
ハルトの言葉に、ソニアが背中の翼をパタつかせながら付け加えた。
犬獣人のハルトをリーダーとする傭兵パーティ、「ガラパゴシーズ」はミノタウロスや蛸魚人が所属する獣人パーティなのだ。
「う〜ん、分かってはいた事ではあるし、ハルトやソニアちゃんだけなら招待状を渡しても良いんだが……。会った事ない奴に渡すのは流石に……な。というか、他のメンバーはどうして店に来ないんだ。」
そう、スモモトリが経営する防具店─李ノ内─にはこの2人以外にガラパゴシーズのメンバーは来た事がないのだ
店主が当然の疑問を口に出すと、
「あいつらは…………現実でも野生に帰ろうとしていますから。」
濁してはいるが、明らかに手遅れな答えを返した。
「そっかー、そりゃ無茶を承知で俺に頼むわな。」
「なぁ、『野生に帰る』ってどういう事だ?おっちゃんは分かるのか?」
店主が遠い目をするのに対し、ソニアは純粋な眼差しを向けていた。
「それはあれだよな、ハルト。お前の方が分かるだろ。」
店主は元凶にキラーパスをする事にした。
「ええー!?ハルトは知ってるの?ずるいぞー!!」
ソニアはハルトの背中を翼でバシバシ叩き抗議する。
「いや〜、そうだね〜。そ、そんな事よりさ、カオスパレイドの領主ってどんな人なんだ。」
「いや、流石にそれは無理や──」
「私も気になるぞー?」
「えぇ…?」
どうやら、ソニアは鳥頭の様だ。顔はヒトと大差ないが。
「…………そうだな。凄い人だな。」
「凄い人?」
ひどく曖昧な答えにハルトは疑問を口にした。
「まずは、この国には兵士がいない。」
「はい?国境には兵士がいましたよ。」
妙に寡黙な要塞の門番たちを思い浮かべながら、ハルトは店主の言葉を否定した。
「あれは、領主様の使い魔であってNPCでもプレイヤーでもない。」
「……………………ハルト、気づいてなかったのか?私は気づいてたぞ。ハルトは馬──」
「まさか、全ての兵士が使い魔とでも言うつもりですか?」
ハルトはソニアの戯言を無視する事にして、店主に続きを促す
「ああ、国境での哨戒、領内の巡回、防衛戦は全て使い魔が担っている。」
「……俺は死霊使いが治める国に行ったことがあるのですが、使い魔は見なかった。維持するだけでも普通は大変なんだろう。」
信じられない話だが、態々傭兵に嘘を言う商人はいないだろう。どちらも、客との信頼関係が有ってのものだ。それに──
「まあ、本当かどうかは実際に確かめてみます。」
「……そらせなかったか。」
店主は頭を掻きながら呻いた。
「俺はソニアと違って鳥頭じゃありません。」
「……私は翼人であって鳥人じゃないから、鳥の頭じゃないぞ?」
首を傾げながらソニアはハルトに言った。
「そういうことじゃない。」
「????????????」
何がわからないのか、ソニアは百面相をし始め、顔面が作画崩壊し、最終的には
──バヒュウウウゥゥゥゥン
「……逝ったか。」
「今日も逝きましたね。」
ソニアは強制ログアウトされた。
「ソニアちゃんのVRドライバー、大丈夫なのか?」
「中古品ですが、AIだけは最新の奴に換装してあると本人は言っているので大丈夫です。プレイヤーが50人以上視界に入ると、処理落ちで強制ログアウトさせられるポンコツですけど。」
「ポンコツなのはVRドライバーなのか、はたまたAIなのか。ソニアの頭の可能性もあるか。」
本人が不在なのを良い事に2人は好き放題に弄る事にした。
「あれ、なんか忘れてないか?」
◇◇◇◇◇
カリカリ、カリカリ、カリカリ。
書斎にペンが走る音が響く。
ギシィィィィ
主が椅子の上で背を伸ばし、椅子が悲鳴を上げる。漸く仕事を終え、ログアウトをしようと立ち上がり
ガチャッ
書斎の扉が開き車輪が生えた郵便箱が入ってきた。
投入口から封筒をベロに乗せ主に差し出す。
主が封筒を受け取ると、器用にベロでドアノブを回し颯爽と部屋を出ていった。
押されているのは李ノ内のロゴが入った封蝋。
時計に目をやると17時半を指していた。
この国の法律では書簡の受け取りは17時半まで、使い魔が持ってきた時点で分かる事だがギリギリの滑り込みだ。
「面倒くさい。」
渋々、領主は席につく。時間ギリギリに渡したという事は余程重要な書類かもしれない。
領主はボロッボロの黒い和服の袖から、錆びた鉄製の杖を取り出した。
怒りをぶつけるように封蝋を叩き割り、書簡を取り出す。
中身ははたして──
「……『ガラパゴシーズ』の工業区立ち入り許可。」
本来、正体は住民の判断で出して良い事としている。割と酷な法律を敷いているのを理解しているが故だ。
しかし、李ノ内─確かPNはスモモトリだったか─は態々許可取りしようとしている。
「『ガラパゴシーズ』……あぁ、思い出した。傭兵だったかな?」
確かメンバーの1人が何故か「触手ASMR配信」を行い、パーティの共同チャンネルがBANされたと話題になっていた。
因みに、そんな事をしでかした変態淑女さんは裸族のロリコンとも聞く。勿論、そんな物の立ち入り許可は
「却下したいけど………この人、招待状の事で酷い目に会ってるんだよね。」
そう考えると、書簡を送ったのも時間がギリギリになったのも葛藤があって、それでも『ガラパゴシーズ』を信じて書簡を出したのかもしれない。
「……私も信じてみますか。」
◇◇約1時間前◇◇
「別に明日出せば良いんじゃないですか。」
「善は急げ…思い立ったが吉日…好機逸すべからず…今日なし得ることは明日に延ばすな…今日の一針、明日の十針………と、言うだろう?5つも似たような諺があるんだ。早い方が良いに決まってる。」
急いで書簡を書きながら店主は答えた。
そもそも、書簡が要らない?生憎、店主の座右の銘は「困るくらいなら、全部持つ。」である。
Q.B.鳥頭は伝染するのか?
ソニアちゃんが鳥頭なのはVRドライバーがポンコツ過ぎて考えすぎるとオーバーヒートを起こすから、かもしれない。ただただ馬鹿なのかもしれない。