とりまきモブ女が平穏を勝ち取ったのにラスボス王子が巻き戻ししてきます。
悪役令嬢なるものがもしこの世に存在するのなら私は聞いてみたい。
なぜみずから破滅の道を進むのですか?と
映画や漫画や小説。物語というものには大抵
正義と悪。主人公と敵がいるものだ
悪役がいるからこそ主人公がひきたち輝きを放つようにできている。
主人公は甘んじてそれを受け入れているし、生まれかわるならと質問したならば、きっとまた同じ人生がいいと答えるだろう
だったら悪役の方はどうなのだろうか…。
もし自分が物語の悪役だと初めから決まっていて、『最後には正義の主人公によって破滅する。』と、もし事前に知ることができたなら、その悪役は自らの運命を受け入れるだろうか。
それとも反発し、新たな道を切り開こうとするのだろうかーー
「どうでしょうか、悪役令嬢のソフィアさん」
「どうもこうも信じられるわけないでしょう。わたくしがゲームの中の悪役だなんて」
ソファにふんぞり返り、プイっと顔を逸らし眉間に皺を寄せる目の前の令嬢は
転生前の私が夢中になっていたゲームのキャラクターだ。
いずれ入学する学園で、始まるであろうゲームの悪役。主人公であるヒロインと婚約者をとりあい、散々嫌がらせをしたのちにヒロインに惚れた元婚約者によって断罪され破滅する悪役令嬢…という役目を背負っている。
このソフィアさんの友人として転生してきた私は、そのゲームのあらゆるネタバレを悪役令嬢ソフィアさんにしてみたのである。
原作崩壊?いや私が存在する時点でもうそうでしょう
だって私はこのゲームのすべてを知っている
進行するも崩壊させるも自由自在。いわば神的な存在に等しいのでは?
そう思い立つやすぐに行ったネタバレだけど、ソフィアさんはいまいち信じてくれないようだ。
まぁ当たり前か。幼い頃からの友人だとしても急にこんな突拍子もない話をされて、信じろという方が無理な話だ。
「それで?」
「え?」
「わたくしはどうやったら破滅しなくてもすむのかしら?」
「えぇ~」
まさかの信じてくれたパターンですか?なにこの人かわいいんですけど
ちょっと照れくさそうに横目で聞いてくるその顔最高100点キュン死に必須
「まずですね。今ソフィアさんが婚約されてる王子いるじゃないですか」
「ルーク様?」
「そう。そのルーク王子はクソ野郎なんで、今のうちに気持ちだけでも切り替えときましょう」
幸いまだソフィア様はルーク王子に対してそこまで本気で恋心を抱いてないはずだ。
確か学園に入学して、ルーク王子がヒロインといい感じになっているのを見て面白くないと思ったのが恋の自覚だったはずだから。
婚約破棄は家の問題もあるから無理としても、今のうちに恋の芽を摘んでさえおけば、嫉妬でヒロインに嫌がらせ等してしまうことはないはず。
だいたい、出会って数日であっさりとヒロインにぞっこんになってしまうような王子だし、長年共に過ごしてきたソフィアさんをいとも簡単に捨てるようなクズだ。
こやつのせいで悪役令嬢ソフィアさんは追放され破滅ルートまっしぐらになるのである。
だからなるべく接触するのは最低限にしましょう。と原作ゲームの内容を思い出しながらひとさし指を立て私が告げたことにソフィアさんは目を丸くしていた
「わ、わかったわ。ルーク様のことは諦めます。これで破滅はなくなるのかしら」
「いえ、実はまだあるんです」
「そうなの?」
嫌そうに顔をしかめるソフィアさんがなんだかかわいそうになってくる。
本当悪役にされる人って不憫だ…。
私はできるだけのネタバレをし、ソフィアさんが破滅ルートを回避する方法を教えた。
ーーそして物語はゲームが開始する、学園の入学式へと進み、
そこで私は自分はソフィアさんのとりまきというモブだったのだと気付くのだけど
「ごきげんようソフィアさん」
「ごきげんよう。今日はお菓子を作ってきたの。後で一緒にお茶しましょうね」
高飛車で天邪鬼でわがままな性格を改善し、人にやさしく慈愛溢れる令嬢へと変貌を遂げたソフィアさんは、すでに悪役令嬢なんていうものとは程遠いので、このゲームはもはや崩壊したとみて間違いない
つまり私もモブという役目もないわけだ
好きでやりこんだゲーム故に少し寂しい気持ちはあるものの
悪役令嬢ひとり不幸な道に進むのはいくらざまぁ展開だとはいえ、いざ転生しそれが現実になるかと思うと気持ちいいものではない。あれはゲームだからいいのだ
現実は皆が幸せハッピーエンドでいいと思う
波乱などいらぬ
盛り上がりもいらぬ
平穏にいこう。もうゲームは崩壊したのだから。
入学するやすぐ私がしたことは主人公であるヒロイン。アイリス嬢に近づき懐柔することだった。
設定上も、優しく穏やか鈍感で無自覚たらしの純真ヒロインだったので容易いものだ
数カ月たった今では悪役令嬢とヒロインが仲良くお茶をするまでになり物語は順調に平穏を築いている
私は安心していた。
このままなにもないだろうとーー……
「原作崩壊させたのは貴様だったのだな」
「は?」
どういうことだろうか。目の前にドクズのルーク王子が私を睨みつけている
しかもメタ発言までしている
・・・え、なに、どういうこと?
「入学前からおかしいと思っていたが、まさかこんなモブが原因だったとは…。俺様としたことが見落としていた」
「あの、何をおっしゃっているのかわかりかねます」
「とぼけるな。悪役令嬢ソフィアの性格を改善し、ヒロインであるアイリスまで懐柔したのは貴様だと、もう調べがついているのだ」
「……それはどこのどなたが調べたのでしょう。誤情報ではないですか?例えば王子を蹴落とそうとする者の企みとかでは?私よりもそちらをきちんと調べた方がーー」
「ええい!今更食い下がってくるな鬱陶しい!!全て俺様自ら調べたことだ。お前が原作崩壊などという所業ができたように、俺様にもこの世界のゲームを筋書き通りに戻す力があるんだ」
「え。」
「俺様には何度でもやり直すことができる。原作崩壊の原因が判明した今こんな世界に用はない!今すぐにでも巻き戻しだ」
「ちょっと待ってください!本気で言ってるんですか!?せっかく順調に皆が幸せになっているのに!」
「しるかそんなもの。俺様はヒーローになってアイリスを妻にする原作通りの未来しか認めん。これは俺様のための物語だ」
「はあ?なんですかその唯我独尊発言は!!」
「うるさい」
ドクズ王子はやはりドクズクソ野郎だった。
そんなクズ王子は私に背中を向けると、時計のようなものを取り出しチキチキチキとネジをまいていく
まさか本当に巻き戻るというのか
信じがたい気持ちのまま、あっという間に世界はみるみる歪んでいき、気付けば私はいつかのソフィア様とお茶をしていた
「それで?わたくしに何か話したいことがあるのじゃないの?」
「・・・へ?」
「話があるというからわざわざ時間をとったのよ?」
…あ…。あぁそうだ…ここはソフィアさんに初めてネタバレした時だ。
ちょうど私がネタバレする直前まで時間を巻き戻されてしまったということか…
あのクソ王子め。よくも私の努力をぶちこわしやがって…
「………。」
「…ねぇどうしたの?大丈夫?」
「大丈夫です。ソフィアさん…」
上等よ…。そっちが何度でもやり直すというなら
こっちも何度でもぶち壊してやろうじゃない
私にとってはもうここは現実なのだから
もうゲームではないのよ。ドクズ王子の為の物語なんて進行させてたまるもんですか
ヒーローだとかヒロインだとかモブだとか悪役だとか
誰かのための物語なんてあっていいものではない
皆が助け合い、生きていくのが正しい現実の生き方でしょう…!
ギリリと奥歯を噛んで私がソフィアさんにもう一度ネタバレをしようとした時だったーー
ーーガチャリと開いたドアから、さきほどよりもほんの少し若い、ドクズ王子が現れて私は目を見開く
「やぁソフィア嬢。友人とお茶をしているのかい?」
「え、ルーク殿下!どうしてこちらに?」
「急にソフィア嬢の顔が見たくなってね?ぼくもお邪魔してもいいかな?」
「も、もちろんですわ」
にっこりと笑うクズ王子にソフィアさんは少しだけ顔を赤らめてキラキラとした顔で微笑んでいる…
…そんなソフィアさんは可愛いのだけれど…
(このクソ王子め。露骨に邪魔してきたわね…)
ソファから立ち上がると、私は王子の目の前に立つ
目を細め、ほのかに笑みを見せるドクズ王子に私はピッと指を差した
「受けてたちますわルーク王子。私は必ずあの平穏な未来を取り戻してみせますので」
「ぼくに勝てると思ってるなら痛い目をみるぞ。モブ女」
睨み合い、バチバチと火花を散らす私と王子をソフィアさんがポカンと見つめていた
安心してくださいソフィアさん
私が必ずあなたを破滅にはさせません
こんなドクズ王子には絶対に負けませんからね!
「フン、これで8度目の巻き戻しか。いい加減観念したらどうだモブ女」
「観念するのはそっちですよクズ王子!なんですかさっきのは!私が邪魔だからと城の地下室に閉じ込めるなんて!犯罪ですよ!アイリスが助けにきてくれなかったら死んでましたよ!」
「…むしろ今度は本当に殺してみるか」
「それこそ原作崩壊必須ですよバーカバーカ!私にはソフィアさんのとりまきというモブの役目があるんですからね!」
「口の減らないモブ女だ。どうしたらお前は諦める」
「王子が諦めたらどうですか?」
「…いっそお前が俺様に惚れたらいいんじゃないか?」
「…………ハ?…」
そうすればさすがのお前もいうこと聞くだろう。とニヤリと笑った王子に、私はポカンと固まった
「喜べモブ女。今回はお前のことも口説いてやろう」
グイっと顎を掴まれ告げられた絶望的な宣告に私は顔面蒼白で吐きそうになった
「100回巻き戻しをしても、私が王子に惚れるなんてことは起こりません」
「ほぉ…ならば試してみよう。」
クズで馬鹿なこの王子はもはや救いようがない
面白そうに口角をあげる王子にゾッとした私は逃げるようにソフィアさんの元へと走った
「ソフィアさん!いっそ私と逃避行しませんか!王子が来ない海の果てとか!」
「…いきなり来て何を言っているのあなた…」
変なものでも食べたの?と首を傾げるソフィアさんが可愛い、綺麗、癒される…!
「ソフィアさんの為なら私は頑張れます…」
「…よくわからないけど、ほどほどにしときなさい」
ソフィアさんの淹れてくれた紅茶に口をつけながら、私はふと考える
もしもこの世界が原作にはなかった私と王子のキャラ変のせいで別のなにかに変わってしまったのだとしたら、それは例えばどんなものだろうか
どんな物語であるにせよ。ラスボスはソフィアさんではなくあのクズ王子だろう。
早くラスボスを倒す勇者が現れてくれないかな。と窓の外を見た私の視界に
こちらにゆっくりと近づいてくるラスボス、もといクズ王子が見えた
「もしや私が勇者なのかな?」
「さっきから何を言ってるの?」
「とりあえずソフィアさん。ラスボスがこちらに来てるので、逃げましょう」
まずは装備と準備を整えるところから始めよう。仲間も集める必要があるかもしれない。
あのラスボスは、一筋縄ではいかぬので
「観念しろ。モブ女」
「でたなラスボス!ドクズ王子!」
何度巻き戻しをされても、いいわよ。
どちらかが観念するその時まで、付き合ってやろうじゃない
平穏を勝ち取るまで、私は絶対に諦めない。
読んで頂きありがとうございます。
『平穏望むモブ女』と『ドクズラスボス王子』の恋の…話…のはずなんですが…???ここだけじゃ恋にならなかったので、おそらく続きます。