転生したら眼鏡だった剣~〝元最強剣〟の俺、前世の能力を引き継いだ上で眼鏡として転生するが、かつて〝無能〟と呼ばれた村娘(持ち主)が死ぬ程修行して強くなり過ぎたため、全然剣としての能力を使って貰えない~
俺は〝人間が扱える武器〟としては世界最強である剣――〝女神剣〟として生まれた――
「喜ぶが良い! 妾が創ったのじゃ! 森羅万象を斬る優れものじゃ! 聖剣など目では無いのじゃ! ほれ!」
――直後に――
「ほれ! ほれ! ほれ! ほれ! ………………あ」
――死んだ。
女神が人智を超えたその馬鹿力で調子に乗って振り回したせいで、俺は折れてしまったのだ。
「……………………」
「……………………」
気まずい沈黙が流れる。
「そ、そう落ち込まない事じゃ。おお、そうじゃ、良い事を思い付いたのじゃ! 其方を転生させてやるのじゃ! しかも、〝女神剣〟の能力を引き継いだままじゃ! どうじゃ、嬉しかろう? 特別じゃぞ?」
そう言って、女神は、〝魂のみ〟となった俺を転生させた。
そうして俺は、転生する事になったのだった。
――何の因果か、〝眼鏡〟として。
※―※―※
「おい、そこの下民!」
王都の〝冒険者育成学校〟の廊下で、一人の少年が声を荒らげる。
「何で〝長剣〟も〝魔法〟も使えない〝無能〟の下民が、ここにいるんだ? 将来〝勇者〟となるこの僕と違って、何の才能も無い奴め! 目障りなんだよ! 今直ぐ消えろ!」
サラサラの金髪に碧眼、整った顔立ちをしており、背も高い彼は、その豪奢な服装からすると、どうやら貴族らしい(尚、〝勇者〟とは、そう呼ばれるに足る実績を積み重ねた〝後〟に得る事が出来る称号だ)。
彼が話し掛けているのは、真正面から歩いて来る、黒髪短髪黒目褐色の肌、眼鏡を掛け、漆黒の布衣を身に纏った、小柄且つ無表情な少女だ。
彼の罵声は、周囲の生徒たちが立ち止まる程に大きかったが――
「おい、聞いてるのか、この下民が!」
「………………」
――少女は何の反応も示さず、一定の速度を保ったまま歩き続ける。
「無視だと……!? どこまで僕を馬鹿にする気だ……!」
少年の瞼が苛立ちからピクピクと痙攣する。
「コルム様! お任せ下さい!」
「今日こそ〝ぎゃふん〟と言わせて見せます!」
コルムの取り巻きらしき少年二人が、少女に近付いて行く。
二人がほくそ笑みながら、少女の左右から同時に足を出して、転ばせようとした――
――次の瞬間――
「「なっ!?」」
――少女が高く跳躍、唖然とする二人が後方を見上げると、彼女は弧を描いてコルムへと向かい――
「〝田舎出身の下民〟は、大人しく消えておけよ!」
――眼前に落ちて来る少女に合わせて、その顔面に、コルムは握り締めた右拳を突き刺す――
――と見せ掛けて――
「フッ」
――当たる直前に手を開いて、指で突いた。
――所謂〝目潰し〟だ。
空中で、しかも数センチとは言え、目の前でリーチが伸びるのだ。
躱せる訳が無い。
目論見通り、コルムの指は突き刺さった。
「何だと!?」
――少女の残像に。
恐ろしい反射速度で身体を捻って回避した少女は、コルムの右側に着地、立ち上がって何事も無かったかのように歩いて行く。
一方、コルムは、避けられた事で前のめりになり、バランスを崩して――
「ぎゃふん!」
「「コルム様!」」
――顔から床に突っ込んで、情けない声を上げた。
「クソッ! 覚えてやがれ! クソ下民が!」
――背後から聞こえるは、負け犬の遠吠え。
いつもの風景――ではあるが、俺は怒りを抑えられなかった。
「なぁ、アネス。やっぱりアイツ、ぶった斬ってやろうぜ! よりにもよって、眼鏡とアネスの両方にダメージを与えようとするとは、良い度胸だ!」
そんな俺の声を世界で唯一聞く事の出来るアネスが、感情の読めない顔で返事をする。
「ぐーちゃん、やめて。出来れば人間は殺したくない」
ポツリと呟いた言葉だったが、俺はゾクッとした。
〝場合によっては、人殺しも厭わない〟、とも取れる言い方だったからだ。
「………………」
沈黙した俺が〝心配している〟と勘違いしたのか、アネスは俺にしか聞こえない程度の小さな声で言葉を継ぐ。
「大丈夫。あんな攻撃じゃ、あたしは殺せない」
「いや、攻撃っていうか、嫌がらせ――だったのは昨日までだな。今日のアレは、違った。あそこまで明確な攻撃は初めてだ」
「うん、初めて。でも、確かに今日は攻撃されたけど、嫌がらせなんか受けてない」
「え? 毎日されてたじゃん。入学してからずっと」
「この三年間、嫌がらせをされた日なんてない。さっきから何言ってるの、ぐーちゃん?」
「………………」
相変わらず表情の乏しい顔で答えるアネスに、思わず俺は絶句する。
コルムが悪口を書いた紙をアネスの背中に貼ろうとしたら、スッと高速サイドステップで避けられて、体勢を崩した自分が逆に転ぶ羽目になった時も。
階段状になっていて一番下の演台奥に教師がいる形式の教室にて、目の前の席に座っているアネスの頭に羽根ペンをぶつけてやろうと思って、コルムが勢い良く投げたら、超至近距離にも拘らずサッと頭を左に傾けて回避されて、猛スピードで飛んで行った羽根ペンが先生の頭に刺さって、「いてっ! 誰だ!?」「ヤベッ!」となり、知らんぷりしようとするが「コルム! お前は後で特別指導だ!」「え!? 何で!?」と、〝コルム以外に持っている者はいない金色の羽根のペン〟のせいでバレた時も。
〝とある目標達成〟のために常に神経が研ぎ澄まされているアネスは、全て華麗に回避しており――
俺は、〝何だかんだ言ってアネスも毎日ストレスを抱えながら生活している〟と思っていたのだが、彼女は〝無意識に〟避けていたらしい。
〝冒険者育成学校〟に於いて重要なステータスとされる〝長剣〟も〝魔法〟も使えないにも拘らず、〝恐ろしい程の努力で培った身体能力と戦闘力〟でそのハンデを覆す少女――
そう。
彼女こそが、〝元剣〟であり現在は〝眼鏡〟である俺の持ち主だ。
※―※―※
俺がアネスと出会ったのは、四年前――まだ彼女が十一歳の頃だった。
その更に一年前に、王都から少し離れたアネスの村は――
――ファイアードラゴンに襲われて、彼女以外の村人は皆殺しにされた。
そして、事件直後。
冒険者になろうと決意した彼女は、冒険者になるための〝王道〟である〝冒険者育成学校〟に入学する為の〝重要なピース〟を得るために、冒険者ギルドを訪れた。
狙いは、その〝博識ぶり〟で有名なギルド長。
だが、ギルド長は多忙だ。そう簡単に会えるものではない。
そこで、アネスは、一計を案じる事にした。
冒険者ギルドの受付前にて、小柄な彼女は、精一杯背伸びをしながら告げる。
「ギルド長に会わせて」
「ごめんなさいね、御嬢さん。ギルド長は、事前に面会予約をした人しか会えないの」
申し訳なさそうに断る受付の若い女性。
しかし、アネスは一歩も引かない。
「ギルド長に会わせて。さもなくば、ここで自殺する」
そう言って腰に差した鞘から短剣を抜いた彼女を、周囲の冒険者たちは――
「ガキが。〝ままごと〟なら家でやってろ」
「ケッ。そんな事言って、どうせ何も出来ない癖に」
――と、本気にしなかった。
――だが。
「ぐはっ」
「きゃあああああああああああああああ!」
――彼女は実際に自分の腹部を短剣で突き刺した。
女性の悲鳴。
倒れる少女。
吹き出る血。
「嘘だろ!?」
「おい、誰か、回復魔法を!」
騒然とする中、ベテランらしき受付の中年女性が駆け寄る。
「気を確かに持ちな! 大丈夫、直ぐに治療するから! あんたたち! 誰でも良いから、早く僧侶連れて来て!」
「治療は……良い……あたしは……もう……助からない……」
「何言ってんだい! 絶対に助けてやるから! 諦めるんじゃないよ!」
「そんな事より……最期に……ギルド長に会わせて……」
「いや、それよりもまずは治療を――」
「……会・わ・せ・て……!」
「! ……分かった」
怨霊も顔負けの〝目を血走らせた必死の形相〟に、生まれて初めて悪寒が背中を走った中年女性は、アネスを抱き抱えてギルド長室へと走った。
ギルド長室に入った瞬間――
「もう治ったんで。ありがとうございました」
「「!?」」
――中年女性の腕から飛び降りたアネスは、スタスタと歩き、応接用に向かい合う上等な椅子の片方にちょこんと座った。
村に隣接する畑でアネスが育てた〝トマト〟をふんだんに使った血糊が、お気に入りの椅子を汚すが、そんな事に意識を向ける余裕もないギルド長(立派な髭を蓄えた中年男性)が唖然とする中――
「ドラゴンに襲われた村の唯一の生き残りが、あたしです」
「そ、そうか、お前があの……大変だったな」
「あたしが可哀想だと思わないんですか?」
「え? まぁ、そうだな、可哀想だと思う」
「可哀想ですよね? 不憫ですよね? 同情しますよね?」
「お、おう、そうだな」
「じゃあ、これから一年間、あたしが〝冒険者育成学校〟に入学する為に、毎日勉強を教えてください。勿論無償で」
「へ? いやでも、俺結構忙し――」
「両親の仇を討ちたいんです。あのドラゴンを倒したいんです。そのためには、〝冒険者育成学校〟に入って、冒険者にならないといけないんです。分かりますか? 毎晩〝血の涙〟で枕を濡らしているあたしの気持ちが」
「う」
「分かりませんか? それとも、ギルド長には人の心が無いんですか?」
「……分かった」
――こうして、アネスは一年間、朝から昼までは、〝冒険者育成学校〟筆記試験合格に向けて、冒険者ギルド長室にて、ギルド長から勉強を教えて貰う事になった。
「お前の交渉の仕方、エグいな。ドラゴンより怖ぇよ」と言われながら。
実技試験――つまり、〝実戦形式〟の試験用対策に関しては、〝王国騎士団団長〟の妙齢の女性(冒険者で言うAランクの実力者)から、戦闘訓練を受ける事になった。
こちらも、毎日。昼下がりから夜まで、村にて。
小柄で、膂力があまりなく、長剣を扱えないアネスのために、「これを使うと良い」と、団長がくれた業物の短剣を使いながら。
村が襲撃された際に、助けに来るのが遅くなり、結果的にドラゴンを追い払った時には、アネス以外の村人は全滅していた事を、団長は深く悔やみ、アネスに謝罪していた。
「悪いと思ってるなら、あたしに〝戦い方〟を教えて下さい」
突然の要望に、目をパチクリさせていた団長だったが――
「良いだろう。但し、やるからには徹底的にやる。厳しいぞ」
――その身を包む銀鎧と同じ色の瞳でアネスを見詰めながら、快諾した(本来ならばする必要の無い〝村の警備〟も兼ねて、団長は村に滞在してくれた。副団長に無理を言って、「不在の間の騎士団を率いてくれ」と頼んだ上で)。
※―※―※
このような経緯で、俺がアネスの〝眼鏡〟になった頃には、彼女は一年掛けて勉学と戦闘訓練を積み重ねていた。
日の出前に起きて、馬車で一時間程の距離にある王都の冒険者ギルドへと〝走って〟行き(〝速度〟を鍛えるため、全力で短距離を走って、その後ペースを落として、また全力短距離走、という事を繰り返しながら)、座学を終えた後は、今度は村まで、一定のスピードで走り続ける(こちらは体力をつけるため)、という事を繰り返していたアネス。
そんな彼女は、夜間は、ギルド長から貸して貰った大量の本を、蝋燭を買う金はないため、月明かりで読んで必死に勉強していた。
そして、当然の帰結だが、目が悪くなった。
そこで俺の登場だ。
「ギルド長、今日はやけに背が低いですね」
「それ、俺じゃなくて椅子だよ」
そんな、生活に支障が出る程に視力が低下したアネスを救うべく、俺は現れた。
ある夜、例の事件で半焼したアネスの生家に突如現れた俺は、ふわりと浮遊し、自分をアネスの顔に無理矢理装着させた。
「俺は〝元女神剣〟の〝眼鏡〟だ。宜しくな、アネス。この通り、視力矯正だけじゃなくて、闇の中でも、まるで昼間のように周囲を見る事が出来る。あ、ちなみに、俺の声は、お前にしか聞こえないから、そのつもりでいてくれ」
そこまで一気に説明した俺は――
「………………」
――無言のままの彼女に――
あ、ヤベ。自分で動く眼鏡がいきなり自身を装着させてベラベラ一方的に話し掛けて来たら、流石に気味悪がるか。
――そう思い――
「俺は決して怪しい者じゃないから、安心してくれ」
――如何にも怪しい台詞を吐いたのだが、アネスは――
「問題ない。幻聴だろうが何だろうが、使える物は全部使う。目標を成し遂げるために」
「!」
――そう告げると、闇の中で瞳を鈍く光らせた。
※―※―※
尚、俺が彼女の〝眼鏡〟として転生したのには、一応理由があった。
きっかけは、誕生したばかりの俺を圧し折って殺した女神が、罪滅ぼしのために、「絶世の美女の下着に転生させてやるのじゃ」と申し出た事だった。
「それで喜ぶのはごく一部だけだ! 男がみんなそんな変態だと思うなよ!」
「まずはこちらの女子じゃ。どうじゃ? 王女じゃ。美人でしかもナイスバディじゃろ?」
「人の話聞けよ!(剣だけど)」
勢い良く突っ込む〝魂〟のみの俺。
ちなみに、「人間に転生って選択肢は無いのかよ!?」と聞くと、「人間への転生は今まで散々やったからのう。飽きたのじゃ」「飽きたて」との事だった。
「あの娘も駄目、この娘も駄目。何とも贅沢な奴じゃ」
「だから人の話を――」
「では、王族貴族に比べて多少地味にはなるが、町娘はどうじゃ?」
俺をひたすら無視し続けて、女神が様々な少女たちの映像を映し出す。
全く興味を引かれなかった俺は、特に何も言わなかったのだが――
「町娘も駄目となると、あとは村娘じゃが――」
「! ちょっと待て! 今の子!」
――妙に気になったのが、アネスだった。
「この子……この子が良い!」
「分かったのじゃ。では、早速この娘のパンツに――」
「何でだよ! 下着から離れろよ!」
「えー」
「〝えー〟じゃねぇよ!」
そんなやり取りをした後、俺は――
「何でも良い。この子の力になりたい……!」
――そう願うと――
「任せるのじゃ」
――そう笑みを浮かべる女神に、多少不安はあったが――
――俺は、アネスの〝眼鏡〟として転生する事になった。
付け加えておくと、アネスが俺につけた〝ぐーちゃん〟という名前は、眼鏡から来ている。
※―※―※
俺と出会ってから直ぐ、アネスは、近くにある森の中を流れる川へと、いつものように水を汲みに行った際に、エルフの少女(Bランク冒険者)と出会った。
そして、それから半年掛けて、少女から弓矢の扱い方を学んだ。
弓矢を習得した後は、ダンジョンで偶然出会ったドワーフの中年男性から、爆弾の作り方を半年掛けて学んだ。
尚、俺は、初めて出会った翌日に、森の中心部にある〝巨大樹〟へとアネスと共に行き、そこで、〝前世から引き継いだ女神剣の力〟を用いて、眼鏡から細長い〝光線〟を生み出して、〝巨大樹〟を真っ二つにしてみせたのだが――
「アネス、お前はこの力を使えば、世界最強の戦士にだってなれるぞ!」
「ぐーちゃん、その力は金輪際使わないで」
「そうだろうそうだろう、よし、一緒に世界最強に……って、え? 今何て?」
「その力は、金輪際使わないでって言ったの」
「へ? 何で?」
「何でも」
――どうやら、〝自分の力〟で〝目標〟を達成したいらしい。
「う~ん……分かった……」
「ありがと」
釈然としなかったが、彼女の意向を無視するわけにはいかず、俺は渋々承諾した。
※―※―※
その後。
十二歳になったアネスは、〝冒険者育成学校〟入学試験を受けた(受験資格が〝十二歳以上〟なので。ちなみに、冒険者ギルドでは、冒険者になるための試験を受けられるのは〝十五歳以上〟だ)。
ちなみに、受験は無料、入学後も優秀な生徒に対しては、奨学金制度が設けられており、アネスのような貧しい者でも挑戦する事が出来る。
魔法が使えないアネスだったが、実技試験の内、魔法試験は零点だったにも拘らず、筆記試験満点、短剣で挑んだ剣技試験も満点という成績を収めて、見事合格した(盗賊志望の者もいるため、魔法は使えず、戦闘は短剣のみ、という形で合格した者も歴代にはいるが、その場合には、〝罠探知と解除〟という盗賊の特殊技能を見せる事で、加点されて合格する、というのが一般的である)。
そんなアネスを見て、「気に食わない! 何なんだお前は!」と、突っ掛かって来たのが、入学試験〝首席〟合格だったものの、〝筆記試験、長剣での剣技、魔法、全て高得点だが、満点は一つも無かった〟コルムだ(理不尽な文句を言われたアネスは、全く気にしていなかったが)。
※―※―※
そして、現在。
三年間が経ち、〝冒険者育成学校〟を卒業する季節となった。
アネスは十五歳となり、日々の鍛練と、〝冒険者育成学校〟の図書館で読んだ膨大な本から学んだ知識と、爆弾・そして〝毒〟に関する弛まぬ探究心、更には、冒険者登録する前にも拘らず、Bランクダンジョンに単独で何度も潜ってモンスターとの実戦で鍛え抜いた戦闘能力によって、既にBランク冒険者相当の実力を身に付けていた。
最終試験は――
〝Eランクダンジョンでのモンスター討伐〟
――だった(ちなみに、ダンジョンは、Sランク、Aランク、Bランク、Cランク、Dランク、Eランク、Fランク、そしてGランクがあり、冒険者のランクも同じだ。〝冒険者育成学校〟では、一年生の間は、授業ではGランクダンジョンにしか行けず、二年生になっても、Fランクまでしか行けなかった(が、先述のように、個人的に勝手に高ランクダンジョンに潜る事は、禁止されていない)。
「楽勝だな!」
「そうだね。でも、油断せずに行こう」
俺の言葉に、アネスが首肯する。
モンスター討伐の詳細は、〝単独でも、仲間と一緒でも良いから、Eランクダンジョンに潜って、低級モンスターを三匹、もしくは中級モンスターを一匹仕留めて、その証拠(例えば、ゴブリンなら耳)を持ち帰る事が条件〟、というものだった。
これから一週間の期間内ならば、いつ行っても良く、教師も、ダンジョンの入口には立って面子と人数と入り時間・出の時間のチェックはするものの、中での監視はしない、との事だった。
それを聞いたコルムは――
「この僕をここまでコケにするだなんて! もう我慢ならない! アイツには、少々痛い目に遭って貰うぞ!」
――仄暗い笑みを浮かべた。
※―※―※
翌日。
早速、〝短剣、弓矢、爆弾、毒、そして眼鏡〟という装備で、Eランクダンジョンに潜ったアネスだったが――
「何か、モンスターが全然いなくね?」
「………………」
――俺の指摘に、アネスは沈黙を保つ。
尚、アネスの〝モンスター狩り〟の方法は、独特だ。
彼女は、俺という〝暗闇でも問題なく周囲を視認出来る〟道具を得たことで、〝松明などの明かりを全く使わずにダンジョン攻略が出来る〟ようになった。
つまり、〝黒髪黒目褐色〟のアネスは、〝闇と同化して〟モンスターを不意打ちするのだ。
無論、ダンジョン内にも松明はあるのだが、基本的にそれ程の数は無く、薄暗い事が多い。
しかも、場所によっては、完全に〝暗闇〟と化している部分もあり、そう言った〝通常の人間ならば避ける〟箇所を、逆にアネスは〝狩り〟の場所として好む。
臭覚が優れたモンスターもいるが、アネスは、極端に体臭が少ない――人間は感知出来ず、モンスターでも難しい――ため、それも彼女の武器の一つとなっている。
さて。
俺とアネスは、モンスターの気配がしない、ゴツゴツとした岩で出来たダンジョン内を歩いて行くが――
「「!」」
――途中から、モンスターの死骸を度々目にするようになっていく。
スライム、ゴブリン、魔兎、魔鳥、魔蜥蜴、魔蝶と言った、低級モンスターから――
オーク(豚の半獣人のモンスター)、ミノタウロス(牛の半獣人のモンスター)、ハーピー、火蜥蜴、水晶蜥蜴、魔狼、魔蠍と言った中級モンスターまで。
殺され方も、炎で焼かれたり、氷柱で串刺しにされたり、または剣で首を斬り落とされたりと、様々だ。
更に、最終試験合格のための〝証拠〟となるモンスターの〝身体の一部〟に関しても、全く持ち去られた形跡がない。
どう考えても、おかしい。
「一体、誰が、何のためにこんな事を……?」
「………………」
モンスターを求めて、奥へ、奥へと向かう俺たち。
と、そこで。
流石の俺も、漸く気付いた。
「アネス」
「うん」
「俺たちを、ダンジョンの奥へと誘い込もうとしている奴がいる」
「……うん」
短剣を握るアネスの手に、力が入る。
※―※―※
ダンジョンの最奥部――天井もかなり高く、広大な広場に出ると、そこに待ち構えていたのは――
「待っていたぞ、〝長剣〟も〝魔法〟も使えない〝無能〟の下民!」
――コルムと――
「「待っていたぞ!」」
――取り巻きの少年二人だった。
前にいるコルムを真似して、取り巻きたちも腰に手を当てて、仁王立ちしている。
「今日こそ、ここで、三年間の恨みを晴らす!」
「「晴らす!」」
得意顔で長剣を抜き放ち、ビシッとこちらを指す三人の少年。
息もピッタリの彼らに――
「はぁ」
――思わず溜息をつく俺。
そんな気はしていた。
あれだけのモンスターを倒せる実力を持った者たちだ。
優秀な事は間違いない。
にも拘らず、何故こんな無益な事をするのだろうか?
「どうする、アネス? やっぱり俺がぶった斬ろうか?」
「ううん、ぐーちゃんは手出ししないで」
「だよな。了解」
アネスが、短剣を構える。
「漸く本気になったか! そうだ! 全力で来い! 返り討ちにしてやる! 将来〝勇者〟となるこの僕がな!」
「………………」
とは言え、人間相手だと問題が生じる。
基本的に、アネスの〝狩り〟は、〝相手を確実に殺すため〟のものだ。
一体どうやって手加減すれば良いのか――
「行くぞ!」
「「行くぞ!」」
長剣を構えたコルムたちが、気勢を上げた――
――直後――
「「「「「!?」」」」」
――轟音と共に、コルムたちの背後の壁が破壊されて――
――中から――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「な、何でEランクダンジョンに!?」
――ドラゴンが出現した。
※―※―※
「アネス、ごめん。あのドラゴン、どうやら、俺が引き寄せたみたいだ」
俺はポツリと呟く。
〝女神剣としての能力〟をも有する俺は、世界最強であるが故に、たまに高ランクのモンスターを引き寄せてしまう事があるのだ――という事を女神が言っていたのを、思い出した。
まさか〝最上級モンスター〟且つ〝最強〟と謳われるドラゴンが来るとは思わなかったが。
「「うわああああああああ!」」
「お、おい! 待て!」
取り巻き二人は、長剣を捨てて、さっさと逃げてしまった。
一方、コルムは――
「くっ!」
――腰を抜かしており、動けないようだ。
その背後から――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
――小山かと見紛う程の巨躯を誇る真っ赤なドラゴンが、その前足を、頭上から――
「おいおい、嘘だよな!?」
――振り下ろして――
「うわあああああああああ!」
――コルムを叩き潰す――
――寸前に――
「いてぇっ!」
――瞬時に移動したアネスが、剣でコルムの背中を軽く刺し、弾かれたように立ち上がったコルムは、前方へと回避する事に成功した。
つい一瞬前までコルムがいた地面が、ドラゴンの足で叩き付けられ、陥没する。
コルムの取り巻き二人が残して行った長剣の内一本を重そうに拾い上げ、常軌を逸するスピードでドラゴンとコルムの間に移動、剣で刺すという荒療治で窮地を脱する事を可能にしたアネスに、「何するんだ!」と、振り返ったコルムが、背中を押さえながら抗議の声を上げる。
当然のように危険区域から離脱(長剣は投げ捨てた)していたアネスは、短剣を構えながらドラゴンを見上ると、背後を振り返らずに呟いた。
「早く逃げて」
「お前は、どうするんだよ?」
「あたしは……コイツに用がある」
ドラゴンを真っ直ぐに見据えるアネス。
そんな彼女を見て、コルムは思わず目を瞠る。
「お、お前……まさか……!」
〝アネスは、自分が逃げるための時間稼ぎをしようとしている〟と、勝手に勘違いしたらしいコルムは――
「僕が助けを呼んでくる! それまで絶対に死ぬんじゃないぞ!」
そう言い残して、走り去っていった。
いつもは、モンスターたちに気取られないようにと、〝殺気〟を極力抑えている彼女が――
「ずっと、会いたかった」
――初めて、その瞳に明確な〝殺意〟を宿す。
眼前に立ちはだかるは、ファイアードラゴン。
その〝左目〟は、剣によって斬られ、閉じている。
それが、アネスが探していた〝村人たちを皆殺しにしたファイアードラゴン〟の〝特徴〟だった。
一方のドラゴンは、そんな事は一々覚えてはいないとばかりに、その縦長の瞳孔で、ただ矮小な存在を見下ろす。
――と、その時――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「「!」」
ドラゴンが大口を開け、ドラゴン息――炎を吐いた。
猛スピードで迫るそれを――
「………………」
――アネスは右へと高速移動しながら、避ける。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
その存在の〝代名詞〟とも言える猛炎を放ち続けるファイアードラゴンだが――
「………………」
――上下前後左右、文字通り縦横無尽に飛び回るアネスには、掠りもしない。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
苛立ったドラゴンが、前足を振るい、噛み付くが――
「………………」
――その鋭い爪と牙は、空を切るばかりで――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
――その巨体からは想像もつかない程のスピードで身体を一回転させ、尻尾を大きく振り回すが――
「………………」
――風を切る巨大なそれを、極限まで前傾姿勢となったアネスが、小柄な身体を活かして、地面との間にある小さな隙間を通り抜けて回避――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
息つく暇もない猛攻だが――
「当たらねぇよ」
――無言で戦闘に集中するアネスの代わりに、俺が呟く。
――当たらない。
そう、当たらないのだ。
小柄で鎧も装備出来ない、長剣も振り回せない、膂力の劣る、魔法も使えないアネスが鍛え抜いたのが、この〝スピード〟だった。
人間の目では、追う事すら困難な速さ。
それが、〝通常、鎧や魔法でも防御し切れないドラゴンの攻撃〟から逃れる為の策だった。
「大体、分かった」
久方振りに口を開いたアネスが、ぽつりと零す。
ドラゴンの攻撃パターンとスピードを把握したアネスは――
「行くよ」
――攻勢に転じた。
走りながら、背中に背負っていた弓を取り、腰の右側に備え付けてある矢筒から矢を一本引き抜いて――放つ。
その鏃に〝毒〟が塗ってある矢は、ドラゴンの腹部に命中したが――
「……硬い」
――最高級の〝防具〟として加工される事もあるその〝鱗〟によって弾かれた。
ドラゴンが吐く紅蓮の炎を掻い潜りながら、「それなら」と、アネスは弓を背負い直し、腰の短剣を引き抜くと、素早く跳躍、矢と同じく〝毒〟が切っ先に塗ってあるその刃をドラゴンの背に突き立てんとするが――
「……これも駄目」
――〝鱗〟の防御を貫く事は叶わず――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
――ドラゴンの首が百八十度回転、その牙で小さな獲物を噛み砕こうとするが、その数瞬前に、アネスはドラゴンの背を蹴って地上へと生還を果たしていた。
唯一鱗で覆われていない〝目〟ならば、短剣も突き刺さるかもしれない。
――が、当然ドラゴンも警戒しているはずだ。
片方の目は既に剣で潰されており、その経験もある事から、易々と攻撃させてくれるとは思えない。
目まぐるしく行われる攻防の中で、アネスは大量にあるポケットの中の一つから、球形の小型爆弾を取り出して、投擲した。
ドワーフの男性に教わった〝ぶつかった衝撃で爆発する〟という、着火不要の逸品だ。
ドラゴンの右後ろ足に当たった爆弾は、その小ささからは想像もつかない程に大きな爆発を起こしたが――
「……やっぱり駄目」
――ドラゴンの最強防御を突破するには至らない。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ダメージは無くとも煩わしい事には変わりないらしく、怒り狂ったドラゴンが、更にスピードを増した爪と牙による連続攻撃を繰り出すが、その全てを紙一重で避けつつ、アネスは再び爆弾を投げる。
自身の胴体に向けて放たれたそれを、ドラゴンは前足で弾いて防いだ。
と同時に爆弾が爆発する――心做しか先程よりも小規模に――が、ドラゴンは傷一つ負わない。
その様は、まるで、〝こんな攻撃、何度繰り返されようと無意味だ〟と言わんばかりだ。
だがしかし、アネスが――
「それ、爆弾じゃないから」
――そう告げると――
「!」
――先刻の爆発で発生した〝霧〟が、ドラゴンの全身を包んだ。
それは、ドラゴンの〝白鱗〟を見付け出すための薬品だった。
アネスが、この五年間に読んだ数え切れない程の本で学んだ知識の一つである〝白鱗〟。
それは、ドラゴンの喉元に一枚だけあるという、〝他よりも脆弱な鱗〟の事だ。
しかし、通常は他の鱗と形も色も同じで、見分けがつかない。
そこで必要となるのが、アネスがばら撒いた薬品だ。
〝白鱗〟だけに反応して、〝白く変化させる〟この薬品によって、アネスは――
「そこか」
――両目を見開いてドラゴンの首元を凝視すると――
更にスピードのギアを上げて、ドラゴンの猛撃を躱しつつ跳躍、胸元から取り出した小瓶から、〝高ランクダンジョンで入手した植物から抽出した〝粘着性〟のある液体〟を、爆弾三個に付着、ドラゴンの前足による攻撃を身体を捻って回避しつつ〝白鱗〟に到達すると、爆弾を鱗に接着して、即その場から離脱、空中で矢を放ち、爆弾に衝撃を与えて爆発させて――
「弱点、見っけ」
――〝白鱗〟が剥がれ、皮膚が曝け出されると、アネスの両目に宿る殺意の光が、その鋭さを増す。
弱点が露呈したドラゴンは、初めて〝敗北の可能性〟に思い至り――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
初めて羽搏き、一旦上空に逃れて体勢を立て直そうとする。
――だが。
「逃がさない」
――大きく跳躍したアネスが、胸元から取り出した別の小瓶を開けて〝毒〟をたっぷりと短剣に塗り直しつつ、上昇するドラゴンに肉薄するが――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
――その両翼を更に力強くはためかせたドラゴンには、届かない――
「……とでも、思った?」
「!」
――そう呟いたアネスが、一気に加速する。
自身の足下――空中――に四個の爆弾を放ち、もう一個別の爆弾を投げつけて衝撃を与え、五個同時に爆発させたアネスは、小柄なため、爆風で吹っ飛ばされ、その勢いで、ドラゴンの反応速度を超越して――
「これで、終わり」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
――ドラゴンの皮膚に〝毒〟を塗った短剣を突き刺すと、ドラゴンを蹴って地上へと舞い戻った。
その数秒後、轟音と共に落下したドラゴンは――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア! ガアアアアアアアアアアアアアアアア!! ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
――苦しみ、藻掻き続ける。
火や水といった属性に関するもの(逆の属性のもの)を除き、基本的に、あらゆる攻撃に対して高い耐性を持つドラゴンには、毒は効かないと言われている。
それは、通常ならば正しい。
但し〝ただの毒なら〟だが。
アネスが精製した毒――これまでの三年間で命懸けで集めた、有毒植物、毒キノコ、毒蛙、毒蛇、毒魚、毒イソギンチャク、毒蠍、更には複数のモンスターたちの毒をも混ぜ合わせて作り出したこれは、唯一無二であり〝世界最強の毒〟だ。
如何にドラゴンと言えど、この毒からは逃れられない。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア! ガアアアアアアアアアアアアアアアア!! ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
――暫くの間、のた打ち回りながら苦しんでいたドラゴンだったが――
「ガアアア……アア…………ア………………」
やがて力尽きて――息絶えた。
「スゲー! スゲーよ、アネス! ドラゴンに勝っちまうなんて!」
俺が興奮しながらそう叫ぶが、それまでずっとドラゴンから目を離さなかったアネスは――
「っかはぁ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
やっと〝戦闘態勢〟を解くことが出来て、膝をつき、息を乱し、足りなかった酸素を目一杯吸い込む。
極限まで酷使した肉体に、疲労が無い訳がなく、それ以上に――
「うっ」
「アネス! 大丈夫か!?」
「……大……丈夫……」
――爆弾による爆風で負ったダメージが、かなり響いている。
「無茶しやがって……。でも、これではっきりした。お前は将来〝勇者〟になる! そう断言出来るぜ、アネス!」
俺の言葉に、アネスは「……〝勇者〟?」と、徐に立ち上がると――
――どこか遠くを見詰めながら、言葉を紡いだ――
「あたしは、〝勇者〟じゃない」
「!」
――刹那、彼女と常時身体を接触させているからだろうか、俺には、彼女の脳内に過ぎった、ある〝光景〟が見えた。
※―※―※
焼き払われた村の奥。
少女の目に映るのは、巨大なドラゴンと、それに立ち向かう一人の少年。
彼女を庇う幼馴染の少年の左腕は千切れ、右手に持つは、十歳の誕生日に父親から貰った粗末な銅剣だ。
だが、そんな状況で――少年は、怯まず、諦めず、一歩も引かなかった。
そんな彼が、常日頃から話していた夢――〝冒険者になって、魔王を討伐して世界を救う〟という〝夢物語〟を、少女はいつも楽しそうに、笑顔で聞いていて――
――最期まで彼女を守り抜いた彼が、力尽きた時――
――少年の代わりにその夢を叶えるのが、少女の〝使命〟となった。
※―※―※
そして、今。
成長した少女は――ドラゴンを屠ったアネスは、顔を上げると――
「〝勇気ある者〟を〝勇者〟と呼ぶならば、彼以上の〝勇者〟を、あたしは知らない」
「!」
――そう告げた。
その時、俺は思い出した。
俺は、剣として生まれる前は――〝人間〟だったと。
そう。
俺は〝二回〟転生していたんだ。
人間として生まれて、死んで。
剣として転生した後、更にまた、今度は眼鏡として転生し直した。
「アネス……俺……俺は……」
それだけじゃない。
まだ、〝何か大事な事〟を忘れている気がした俺が、そう呟いた――
――次の瞬間――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「「!」」
――崩れた壁の奥から、別のドラゴンが現れて――
――疲労が限界を超え、肉体のダメージも少なくないアネスの反応が遅れて――
「くっ」
――彼女の小さな身体が、ドラゴンの牙に貫かれる――
――寸前に――
「! ……ガ……ア……」
――ドラゴンの身体が、一刀両断された。
――巨躯の半身が、それぞれ左右に倒れ、轟音を上げる。
「ふぅ。危なかったな。大丈夫か、アネス?」
俺の問い掛けに、アネスは、自分が倒したドラゴンと、俺がぶった斬ったドラゴンとを何度も見比べた後――
「あたし、ぐーちゃんよりも強くなってみせる。絶対に」
「……へ? いやいやいや、俺はお前の〝眼鏡〟であり〝剣〟だぞ? 謂わばお前の〝所有物〟だ。そんな俺に対抗意識を持っても――」
「なるったら、なる」
「……分かった。楽しみにしておく」
変な所で頑固なんだよな、と俺が思っていると――
「でも」
――アネスは――
「助けてくれてありがとう、ぐーちゃん」
「!!!」
――そう言って、朗らかな笑みを浮かべた。
まるで太陽のように温かいその笑顔に、俺は言葉を失った。
それはほんの一瞬で、直ぐにアネスは、いつもの仏頂面に戻ってしまった訳だが――
「どうしたの、ぐーちゃん?」
「……いや、お前が笑うの、初めて見たなって思って」
「嘘。あたし、笑ってなんてないよ」
「いや、笑っただろ!」
「あたしが笑う事なんてない。ぐーちゃんの嘘つき」
「だから、笑ったっつーの!」
俺とアネスの言い合いは、その後暫く続いたが――
――その最中、俺は、密かに――
コイツが、また笑顔でいられるような日々を、絶対に取り戻してやる。
――そう心に誓った。
――これは、嘗て〝無能〟と呼ばれた少女が〝勇者〟になるまでの物語――
――そして――
――一人の少女が、再び笑顔を取り戻すまでの物語だ――
―完―
※お餅ミトコンドリアです。
最後までお読み頂きまして本当にありがとうございました!
新しく連載を始めました。
【トカゲしか召喚出来ない無能は要らないって、勇者パーティーから追放されちゃったけど、みんなは知らない。それがドラゴンだってことを~ドラゴンが存在しない異世界でドラゴン召喚士の少年が無自覚ざまぁする話】
https://ncode.syosetu.com/n5010kp/
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