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私の中の人

作者: 安堂 藤

 ざぶんと船から飛び込んだ。

 一体何が?人か?物か?いや物が自ら水に飛び込むわけが無い。

 ただこの言葉には私の人生の大きな節目である事を物語っている。この話は私,五十嵐命みことさんの人生,そして私の人生をまとめた随筆あるいは日記である。


第一章

 いつからか私に欲は無かった。私の人生の第2の人生の起点は恐らくあそこだろう。私はイギリスに住む,日系の両親の元,生まれた。かなり裕福の家庭で育った様だった。ただ私の両親はすでに死んだ。そこが私の第1の人生の終点でもあったと思う。事が起こったとは私が大学生の頃,大学院まで進み,卒業間近だった頃らしい。私と両親が事故に遭ったらしい。両親は死に,私は記憶を無くした。この話は私の妹が私に伝えた事をそのまま話している。私の記憶は大学に入ってから(16歳)の頃から無い。それ以前(16歳より前)の記憶もあやふやである。幼い頃の記憶はもちろん中学,大学入学間近までの記憶はあり得ないくらい鮮明である。しかし不思議な事にこの記憶はまるでアルバムだった。アルバムの様に整理されており,アルバムの様にとある一場面は鮮明に覚えているのにアルバムに写真が無い(載っていない)とその場面が解らないように,私の記憶はそれ以外は全く解らなかった。食事の記憶(写真)があったとしよう。私にはその料理を見た記憶も,食べた記憶も,味も店も記憶(写真)に写ってない事は一切解らない。医師はこれは一種の記憶障害だと言った。別に今,私の人生に過去何で必要無かった。あの事故(私の第2の人生のスタート)から今年で丁度10年となる。今年私は32歳だ。結婚願望も何も無く,今,とあるホテルで給仕人として働いている。あの事故の後,記憶のない私は大学を辞め,何故かホテルの従業員として働いている。気付けばいつの間にか昇進して給仕支配人となっていた。昇進にすら興味がなく,ただ淡々と私の仕事を全うした。


第二章

 ある日だった。私が仕事からの帰宅後,家に一通のチラシが単体で届いていた。変だと思った。いつもならチラシは手紙や他のチラシと共にまとめて届く。誰かがわざわざ投函したのだろう。そのチラシはとある客船の船内,客室乗務員の募集であった。わざわざ投函したのは私に応募させたかったのか?わからない。それなりに月給がよく,今の月給の3倍(3ヶ月分の給料)この客船,約3ヶ月間の旅だそうだ。私はこれに応募した。何故だかわからない。ただ月給が良かったからなのか?いや,そうでは無い様に思う。何が惹かれるものがあった。何なのかわからないが。

 これが私の人生(第2の人生)に大きく関わってくる。


第三章

 応募した客船の客室乗務員としての仕事が始まった。私はホテルでの働きを評価されて,今回の旅の中でも給仕支配人として働く様になった。今回の客船の利用者はとある医学学会の教授,研究者の学会会場兼旅行目的であった。様々な研究者たちは医学雑誌でよく見る顔だった。

 私の仕事は給仕人達に指示を出したり,まとめたりする。他にも普通の給仕人の様にドリンクを持って配って行ったり,クレーム処理,お客様のご要望にお応えしたり。暇では無かった。毎日各ブースで仕事を行っている給仕人からの呼び出しで船内を走り回った。私があの船内で1番好きだった仕事は,デッキでのドリンク配りである。デッキからの風景は美しく,太陽の光が海面で反射して光輝いていた。生暖かい微風がも心地良かった。夜は夜空が綺麗で,寒くなんて無かった。よく,お客様の中にも夜にデッキで葉巻を吸ってる方も見かけた。

 そんなある日だった。1人のビリヤード室を持ち場とし働く給仕人(部下)より,「お客様が給仕支配人である,五十嵐命様をお呼びです。」そう言われた。初めてだった。私を給仕支配人の「五十嵐」であると認識し,名指しで指名するお客様は。気になりビリヤード室に急いだ。

「給仕支配人である五十嵐命です。お呼びでしょうか?」

私を指名したお客様はお客様の中では若い方の30代…いや40代前半くらいの方だった。お客様が発した言葉はただ一言。

「久しぶりだね。命」

正直驚いた。私はそのお客様と面識がなかったから。どう返せば良いか解らなかった。そして彼(お客様)は続けた。

「知ってるよ。私を覚えてない事くらい。大学の頃の仲間だ。テオドール・アントニオと言う。」

前の私,五十嵐命を知っている人に出会ったのは命の妹以来だった。ただ私にはわからない

「申し訳ありません。」

彼を知らない私は深々と初対面の人に頭を下げる。命の学友か…。

「構わないさ。事故に遭ったんだってな。…気の毒だな…大学も後ちょっとで卒業って時に…」

私にとって丁度良かった。ひとつ聞いてみたい事があった。

「…命の母上はお元気ですか?」

その命の学友は笑って

「あぁ!安心しろ!って言っても記憶無いんだよね…」

死んだはずの母は元気だと言った。私の脳内で複数のジグゾーパズルのパーツが噛み合っていく。やっと学友は自分の犯した「失態」に気づいた。そして咄嗟に訂正してきた

「って今,母上って言ったのか?ごめんごめん妹の事聞かれてるのかと思った」

一瞬不穏な空気が流れた。そして私は自分でも驚くべき事を言った。

「ご用がお済みでしたら,私は持ち場に戻らせて頂きます。」

何でこんな事を言ったのだろう。私は給仕人であり,相手はお客様,私があんな事を言える様な立場では無い事は後々気づいた。ただ今,命の学友から離れたかった。何故なのかわからない。命の過去を知ったところで私に何も害なんて無いはずだ。一体何から逃げていたのだろう。ただ命の学友が嫌だったか?そんな事ない。そんなにデッキに戻りたかったのか?そうかも知れない。ただそんな浅はかな理由でお客様にあんな事を言う人では無いと思う。なにか大きな理由があったに違いない。私の返事を聞いた命の学友,テオドールはこう返した。

「そうか。また命の事,話したい。時間があったら私の部屋来ないか?」

私は恐らく傷つきたくなかったのではないかと今,思う。命の事をなんて興味ないと思っていた。命は私の過去であり,私では無い。同じ人なのに同じ人じゃ無い。しかしあのテオドールのセリフが命の事を知ったところで私にはどうって事無いと思っていた考えを私自身で覆した時だった。私は命の過去を知りたく無い。命は命であの事故で死んだ。そうと確信した。

「申し訳ありませんが私は仕事に戻らねばなりません」

一瞬テオドールの顔が曇った。しかしすぐに笑顔になって

「なら仕事が暇な日,ここに連絡してよ。」

そう言って電話はの書かれた一切れの紙を差し出した。テオドールはこの紙をわざわざ準備していた。何故かはわからない。

「かしこまりました。」

紙を受け取ったが電話なんてするつもりなんて無い。そうして私は早足でその場を立ち去った。


第四章

 事態は少しずつ動き始めていた。あのビリヤード室での出来事から約1ヶ月後。船旅の終盤に差し掛かった頃である。再び私はテオドールに呼ばれた。(私はいつからお客様の事を「彼」と言っているのだろう)今回,夜(7時頃)に彼,お客様より呼び出しがあった。呼ばれた先は彼の部屋などではなく,とある教授の一室だった。

「お呼びでしょうか?」

あの部屋に入った時,謎の感覚に襲われた。恐らく第2の人生初の「逃げ出したい」と思った時だろう。逃げ出したくてたまらなかった事,何かが恐ろしく足がすくんでしまった事を今でも覚えている。部屋に入るなり私はみんな(部屋には2,3人の人がいた)の向かいのソファーを勧められた。私が座るなりテオドールは話をし始めた。

「命,これから私達が話す事を聞いてくれるか?」

「それは給仕人としてですか?それとも五十嵐命としてですか?」

他に何で返したら良かったのだろうか。もちろんテオドールの返事は「命としてだ」だった。そしてテオドールはポツポツと話を始めた。

「私や命は■▼■●■▼大学院のドリス教授のもとで研究をしていた。ドリス研究所では主に脳の発達についての研究をしていた。命は誰もが認める研究者であり,天才だった。そんな命はある日とある研究を開始した。人間の脳をAIにする。という事だ。命が発明した特別なAIを脳に入れ,人類を物理的にAI化させるとの事だった。これはAIが意思,感情の他に大脳の働きの一部と体内へ分泌する様々なものの指令をAIがやってもらうという事だ。動物実験の段階で,様々な問題が生じたが改善の末,命はとある事を言った。「人類にしてみないか?」。命が一生を通して目標にしていた事は「完璧なAIロボット」であった。全身のロボット化は経済的にも今の社会で

も不可能であった。膝を表現できない。表情を表現できない。燃料や電力など,毎回の点検から何まで…無理がある。そこで人間の脳にAIチップを入れ,生命維持をしてもらう。これは前代未聞の試みであり,動物実験の段階で手術中に死ぬ確率は30%と低くない数値だった。実験にはヒトが必要となった。脳にAIチップを入れるという事は人格を失う事だ。人格がどれほど大切であるかは誰でも知っているだろう。「第二の心臓」とも呼ばれる脳をAIチップに変えるのには実験体と実験体に合わせたAIチップの作成をする必要があった。実験体は予め決めてあった。彼自身が名乗り挙げた。」

やはり聞かなければ良かった。

「でしたら私は実験が成功した…という事ですか?」

そしてテオドールは続ける。

「成功と言えば成功だ。しかし私には失敗とも言える。元々この実験は約10年の月日が経ってもAIチップが正常に作動しているか,実験対象の生死の確認だ。しかしAIチップも独自で…命の身体でAIまでもがプログラム以外の事をしている。つまりお前はAIながら成長をしている。これが失敗点だ。このAIチップは命独自が作り,予め(あらかじめ)命自身がその過去のデータを入力している。命が作ったAIは入力されたデータの他に,別で入力されたこれからのAIの自然成長の方向性を入力し,我らがAIに求めている未来をAIなりに実現してもらうのだ。AIとは言え予め完成予想図がある。しかしお前(AI)は違った様だ。我らの完成予想図とは異なる成長をしている。」

「その私(AI)が完成予想図に近づかなかった事が何故失敗なのですか?」

「それは私と命でとあるゲームをしたからさ。賭けだね。AIが我々が事実の少しでも勘づく事が出来るか出来ないか。命が作ったプログラムは完璧でかなり自由な所はあるけど隙がなかった。だから私達はこの実験は無事実験体も入力した完成予想図に近づき,成功していると賭けた。でも命は違った様だ。このAIは独自で自問自答し始めるだろうと言った。実際のお前だ。きっと今まで目を逸らし続けたのだろう?違うか?自分が他の人と違うとなにか気づいていたのでは無いか?」

一瞬いやしばらく静かな時間が起こった。

「そうだったのかも知れませんね」

決して自分が目を逸らし続けた事を悟らせない曖昧な返事をした。ただ今の私の頭は高速で回転していた。全てのジグゾーパズルが完璧にひとつになった時だった。テオドールがこう言った。

「やはり目を逸らし続けたのだな。」

私の言動だろうか…。そしてテオドールは続けた。

「命の考えとしては入力したプログラムとAIの自由に思考出来る環境があまりにも整い過ぎている事により,AI自身は自身が何者であるのか徐々に気になり始めるのでは無いかと考えた。しかもそれは実験から約5〜7年後この期間はAIの感情が1番行動に左右されるであろう時期だ。私達は心理学の研究者では無いからよく分からないがAIにも実験体もの身体,および実験体が分泌する様々なホルモンなどによって少しずつ変わってくる様だ。お互い影響しあってるのである。しかし今回のケースはAIが負けた様だ。AIが脳が分泌するものに左右された。それがAIの心理に繋がってくるそうだ。命はここまで考えていたのだ。残念ながら我々の負けだ。我々はシガレット二箱と10ドルを賭けた。ちなみに彼はこの賭けに我々1人ずつに50ドル支払う事を賭けていた。今年でこの実験は10年目。つまり我々の監視から,実験対象から卒業する。彼はこの後の判断は「未来の私」に決めさせて欲しい。と言っていたよ。もうだ?未来の命よ。道は2つ。このまま生きるか,死ぬか。生きるのであればこれから多少の検査やメンテナンスが必要だろう。死ぬのは簡単だ。AIチップを抜けば終わりだ。脳がないと生きれないからな。どっちだ?」

そんな事を急に言われてもどちらを選べばいいかわからない。少し考えたいがそんな時間提供してくれるのか?しばらく黙っていたら研究者の1人(名はわからない)が口を開いた。

「この実験には命の数多くの論文の中で彼が1番時間を費やし,自身を犠牲にした実験だ。命はこの実験の最終段階を我々に託した。我々も最後の最後の締めを見送りたい。」

そんな事を言われたって人工知能である私が今,どう思ってるなんて知らないだろう。今,私は何故か自分がAIである事を認め,受け入れ,嫌っていない。私(AI)は今の私(AI)を気に入っている。そうなると返事はひとつだ。

「私は生き続けます」


第五章

 その後私は彼らから命の事について沢山聞いた。その中の幾つかをお話ししよう。

 まず,命が私のAIチップに私がホテルの給仕人として働く様,設定しておいたのか?だ。それは単に命の夢だったそうだ。命が幼い頃,船の旅で世話をしてくれた給仕人に憧れがあったそうだ。天才の考える事はよくわからない。次に私(AI)に入力された情報は何処までが事実なのか?た。それはかなりがウソの情報である。命の両親は死んでいない。命は事故なんて遭ってない。そこで私が気になった事は何故私(AI)にそこまで情報を入力したのかだ。私の情報を全く入力しなくても良かったはずだ。私は事故で全ての記憶を失った。とでも言っていたら良かったはずだ。なのに何故私(AI)に命の過去などの情報を入力したのだ。AIの成長が左右され,私に少しでも意思が芽生えた原因はこれでもあるはずだ。何故そこまでしたのか。この疑問は研究者に質問していない。後々私が思った事だ。この疑問の結論としてはこの様な研究だったのだろう。あの実験は「人間をAIにする」という事。「AIを人間化する」ということでは無い。そして命自身私の事を「未来の命」と話していた。私は命の様な意思は無いが命である。不思議な感覚であるが過去か未来かの差だ。

 他にも命がこの実験の受験体として自ら名乗り出た理由も聞いた。自身のことを1番知っているのは自分である。まさにこれだ。命はこの実験を成功させるためには自身が1番知っている人を選んだ。

「この実験は命が1番時間を費やし,自身を犠牲にした実験だ。」


第六章

 今,私は夜のデッキにいる。風が冷たく私の頬を掠める。今の私の興奮してほてってる体にはピッタリだ。私はポケットに手を突っ込んだ。命が研究者との賭けで貰ったシガレット二箱と10ドルがある。私はシュガー二箱と10ドルを取り出し,海へ投げた。これは私が貰うべきものでは無い。シュガー二箱と10ドルは海の底へと沈むのを私は見送った。

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