魔女の魔女狩り〜異端者による異端審問は大虐殺〜
モブ達の物語第六弾です。
異端審問、それは異端者を炙り出す術。
異端審問、それは異端者を滅ぼす所業。
そして、異端者とは少数派。
社会の大多数が成す正統とされるものから外れた忌み嫌われる者達。
だが、弱者とは限らない。
正統者達は知らなかった。
異端を生むのは数では無い事を。
異端を生むのは絶対的な信念。
しかし、異端者から異端と言われても正統者は一笑に付すのみ。
だから、多数派は自らを正統者と信じて疑わない。
多数派が異端ではないかと疑い始めた時、全ては手遅れだった。
正統と異端を分けるもの。
それは正しさでは無く。
正統と異端を分けるもの。
それは数では無く。
正統と異端を分けるもの。
それは信念では無く。
正統と異端を分けるもの。
それは力だった。
そして、異端者による異端審問は、魔女による魔女狩りは人類の大部分を対象とした大虐殺に他ならなかった。
いつの世も少数派は忌み嫌われ時に怖れられる。
力ある少数派は尚更。
リュジェール世界の人間社会において特に怖れられたのは魔女だ。
不気味な術を使う者、悪魔をその身に宿す者、そうした者達を呼ぶ名としてではなく、この世界には魔女族という種族が存在していた。
外見は人族と全く同じ。
しかし、膨大な魔力を有し、強大な魔術を扱え、歳を取りにくい人族よりも力を持つ存在。
魔女族は女性しかおらず、必ず他種族との間に生まれる。血が薄まる為か子の殆どは魔女としては誕生せず、殆どの魔女は他種族間で先祖返りとして生まれる。
人の間に突如生まれる才能の差では誤魔化せない、種族差として明らかな力を持つ存在、それが魔女族。
魔獣や時に魔王が現れるこの世界。
人々は魔女に頼り生存圏を維持していたが、開拓が進み平和な時代になるとその力への怖れが大きくなり、いつしか彼女達自身が脅威と捉えられるようになった。
平和な世を神の力によるものとして信仰していたある教団は、開拓期を魔女が助けてきた歴史が信仰を広げる妨げになると隠蔽し、いつからか魔女は神の敵であるという教えに変わった。
ある国では開拓期の王の活躍を誇張し神聖化する為に魔女の存在を無かったものとし、ある一族は先祖の栄光を伝える為、時には単なる嫉妬から。
平和の訪れと共に魔女は脅威に、そして悪となった。
だが、何事にも例外は存在する。
魔女を愛する小さな社会も、世界には存在していた。
リューシェル神皇国の東方、辺境とされるロレスマーレ地方の更に端にひっそりと存在したその村では、この村で生まれた小さな魔女を村人達全員が愛していた。
特別扱いもせず、他の子供達と同様に愛していた。
小さな魔女、メービスは他の子供達と一緒に野を駆け回り、笑い合い、時に叱られ、普通の少女として育つ。
しかし、彼女が五歳の頃、その悲劇は起きた。
それは五年に一度の徴税の日。
辺境故に短い期間での徴税が難しいメービスの住む地域では、五年に一度徴税隊が訪れるのが習わしだった。
五年分の税を徴収し野盗から税を守り抜く為に多くの兵力で編成され、脱税を見逃さない各種専門職、そして神殿のない地で婚姻や誕生の祝福を授ける神官達で構成された徴税隊。
彼らは徴税の他に、辺境に逃げ込んだ犯罪者、そして異端者を見つけ出し討ち滅ぼす役割も担っていた。
転んで怪我した友達や村人の傷を持ち前の優しさと力で治していたメービスが魔女であることを村人達は知っていた。
両親や村人達は相談し、昔から薬や治癒魔法で村人達を治療してくれていた親交のある薬師の魔女に頼み、徴税隊が村に留まる三日間預ける事にした。
薬師の魔女は快諾し、メービスは村を離れた。
そして村に帰って来たメービスは駆けて村に入った。
「ただいま〜!」
メービスにとっては楽しいお泊りの話を、誰かに聞いてもらいたかったから。
しかし、誰も応えなかった。
「メービスっ!!」
異常に気が付いた薬師の魔女アイビスが慌てて制止するも、それは間に合わなかった。
「えっ……」
きっと、広場にみんな集まっているんだろう。
そう思って走り寄ったメービスの目に入ったのは、この世の地獄だった。
「メービスっ! ……ああ、なんてことを。見ちゃいけない! 目を閉じるんだ!」
村人、だったものが無残に散乱していた。
斬られ、焼かれ、潰され、倒れる村人達。
誰もが苦悶の表情を浮かべ、こと切れていた。
あまりの酷さに、誰だったのか判別出来ない遺体も多い。
立ち尽くすメービスの目を咄嗟にアイビスは覆い隠した。
「ああ、なんてことを。ああ、なんてことを」
アイビスは膝から崩れ落ち、そのままメービスを包む様に抱いた。
だが、アイビスの手は濡れなかった。アイビスの頬は濡れても、メービスの目は濡れていなかった。
この世のものとは思えない地獄に、少女は目を閉じることすら出来なかった。
「……メービス、ちゃん…? …メービスちゃん、なの……?」
「アリアちゃん!」
だが、優しい少女は聞こえて来た消えそうな声に、反応する。
アイビスは一瞬迷った末に、メービスを離した。
メービスはすぐにまだ息のあった友達に駆け寄り、無詠唱で回復魔法をかける。
「お願いアリアちゃん! 治って!」
同い年の少女、一番仲良しの少女の傷は癒える気配が全く無い。
胸の真ん中を貫く杭から流れる血が止まる事は無かった。
「アイビスお婆ちゃん! 助けて! アリアちゃんを助けて!」
アイビスは静かに首を横に振る。
「そんな! どうして! お婆ちゃんは凄い魔法使いなんでしょ!」
「私の力では無理なんだよ。メービス、アリアちゃんが何か言おうとしている。せめて、聞いておやり」
「そんな……」
メービスの小さな希望は、伝わってくる嗚咽を抑えたアイビスの言葉と震えに断ち切られた。
それでも少女は回復魔法を止めない。
「……ごめんね…メービス、ちゃん…。私…メービスちゃんの…こと…、自慢した、くて…話し…ちゃった…の…。…凄い、お友達…が、…いるっ…て…」
「そんなっ! 違うよ! アリアちゃん!」
「…お母さん…も……お父…さん…も…、…リグラ…くん…も、……メービスちゃん…の…お母さん…たちも……、みんな……」
「お願い! 治って! また遊ぼうよ!!」
「……ごめん…ね………………」
「アリアちゃん? アリアちゃん! 起きて! 起きてよ!!」
村に残った最後の生き残りである少女も、逝ってしまった。
やっと少女の目から涙が零れ落ちる。
「メービスっ!!」
だが、地獄では死者を弔う時間すらも無かった。
空から大量に降り注ぐ火球や火の矢。
村から離れた徴税隊は最後に異端者達の村に火を放った。
存在したという記録すら、残さないように。
メービスはアイビスに抱えられながら、想い出が、想いが燃えてゆくのを見た。
家も、友達三人で遊んだ広場の木も、おやつをくれる村長の一番立派な家も、怪我すると叱りながら治してくれるお婆さんの家も、玩具を作ってくれるおじさんの家も、みんなで作った花壇も、全部が全部、燃えてゆく。
好きなものが、全て無くなってゆく。
村を出た時には、そこには炎と煙しか無かった。
メービスはそれからアイビスの手で育てられた。
アイビス、時に他の魔女と共に、村から村を転々とする日々。
アイビスやアイビスの知り合いの魔女達は当初、メービスの村の惨劇から人里との交流を絶ってひっそりと暮らすつもりであったが、彼女達の活動する地域の医療などは彼女達に全面的に依存しており、徴税隊も暫く来ないからと引き留められた為、旅をしながら暮らしていた。
辺境の村々は徴税にしか来ない徴税隊やその上の領主や政府、神殿よりも魔女達を信頼していた。
魔女達やメービスの故郷の人々に同情し、神殿に対して怒りを覚えている。
だから、メービスは人間という種族に絶望することも、恨むことも無かった。
村々の隣人達に親愛を感じ、親愛されている。
メービスは優しい心を残したまま、成長した。
故に、正統者にとっての悪夢へと、地獄そのものへと変わる。
その日も、彼女は医者のいない村で回復魔法をかけて回っていた。
十二歳になり、アイビス達に取り敢えず独り立ち出来ると判断されたメービスは、一人で村の怪我人や病人を治していた。
それだけ回復魔法の使い手が辺境にはいなかったからだ。
「どう、マルシアさん? 腰の調子は良くなった?」
「お陰様でね。メービスちゃんの作ってくれた湿布がよく効いとるよ。この前なんか、走ってバカした孫を捕まえたよ」
「もう、無理しちゃだめよ」
「孫がメービスちゃんくらい良い子だったら良いんだけどね」
「はぁっ!? 俺のどこが魔女より駄目だって言うんだよ婆ちゃん!」
「そういうところだよ! メービスちゃんを魔女なんて呼ぶんじゃない!」
「やだね! 本当の事だろう? や〜い! 魔女!」
村の少年はそう言ってどこかに走り出す。
「コラッ! ごめんね、ヘンリックはメービスちゃんの事が好きなんだよ」
「な、なんて事を言うんだよ! う、嘘! 婆ちゃんの嘘だからな!」
ヘンリックはそう言うと本当に逃げ出した。
大人達にとってはとても微笑ましい平和な光景。
だが、その日の午後、それをぶち壊す出来事が起きた。
「この村に魔女がいると聞いた!!」
村の入口の方向から届く怒声。
「メービスちゃん! 早く隠れて!」
咄嗟に隠れるメービス。
「い、いきなり何でしょう? どなた様で?」
「我らはこの付近に依頼で来た冒険者だ! 俺達は神皇庁より異端審問を行う許可を得ている! 匿っている魔女を早く差し出せ! そうすればこの村の全財産の半額で許してやる!」
「何の証拠があって…?」
「この小僧が道端で魔女と呟いていたのだ」
「「「っっ!!」」」
そう言いながら集まってきた村人達の前に放り投げられたのはボロボロになったヘンリックだった。
「…だから、この村に、魔女なんか、いないって…」
「嘘をつくな!」
「がはっ!!」
ヘンリックは蹴り飛ばされ転がる。
「ヘンリッ!」
「メービスちゃん! 抑えて!」
思わず飛び出そうとするメービスを付近の村人達が抑える。
「魔女を匿う村は皆殺しにすることが許可されている! 今なら許してやると言っている! 出さなければ一匹ずつ殺してやる! まずはこの小僧からだ!」
転がるヘンリックを踏みつけ、冒険者は剣をヘンリックに向ける。
「…だ、だから、知らない!!」
力強く冒険者を睨みながらヘンリックは死ぬ覚悟で叫んだ。
「なら死ね!」
振り下ろされる剣。
それを見たメービスはもう耐えられなかった。
惨殺された故郷の人達の顔が、燃え落ちる村の光景を鮮明に思い出す。
(もう二度と同じ思いはしないし、させない!!)
そして、深く突き刺さった。
剣、では無く黒い槍が。
冒険者の腕が剣を握ったまま千切れ飛ぶ。
続けて残る四肢を黒い槍が貫き、冒険者は宙吊りにされる。
「アギィアアアアアッッッーーーーーーーッッッ!!!」
一瞬の出来事に、そして予想すらしていなかった出来事に誰も動けない。
村人達も、残りの冒険者達も。
そんな中、メービスだけが力の抜けた村人の腕から抜け出し、歩み出る。
「ヘンリック、ありがとう」
「全部俺が悪いんだ……。ごめん…」
絶叫をあげる冒険者を完全に無視して、ボロボロのヘンリックに回復魔法をかけた。
「む、無詠唱で回復魔法だと!? 貴様が魔女ガァァァッッーーーーーー!!!」
「武技パワーアァァァァァァッッッ!!!」
「ギォアガアヒヘェーーーーー!!!」
メービスこそが魔女だと察した冒険者達は動くも、一瞥もしないメービスの伸びる黒槍に貫かれ磔になる。
「どう? 動ける?」
「ああ、ありがとう。すっかり痛みが引いた。今日はゴメンな…。お前の事を魔女なんて呼んで…」
「今日は? いつもの事でしょう?」
「……本当にゴメン……。なんて呼んだらいいのか、分からなかったんだ…」
「メービスでいいのよ」
「よ、呼び捨てでいいのか!?」
「良いけど?」
「よっしゃぁぁ!!」
「どうしたの? 頭も打ったの?」
どんな絶叫も無いものと扱う二人。
村人達もそんな二人の様子にほっこりとし、ヘンリックの保護者達は溜め息した。
「ぎ、き、貴様らぁーー!! た、ただで済むと、思ってあるのかぁ!! グボァッ! アガッ! やめっ!」
「ま、魔女の仲間共めぇッ!! イガッ!! ウガッ!!」
「俺等がただで済まさねぇよ! 村の子供を痛ぶり狙いやがって!」
「誰か! 塩を持って来てくれ! こいつ等の傷口に練り込むぞ!」
「お〜い! 辛子を持って来たぞ! この前、ベックが配合間違えて失神した奴だ!」
「「「ッッッーーーーーーーーーッッッ!!!!」」」
村人達の怒りが大噴火し、絶叫に全ての音が掻き消されそうになったところで、治療を終えたメービスが冒険者達のもとにやって来る。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
「メービスちゃんのおかげで無事だよ」
「ありがとう。ヘンリックを助けてくれて。すまない。儂らが先に動くべきじゃったのに」
聞くに耐えない程の絶叫が未だ響いているが、やはりメービスは一瞥もしなかった。
そんな事よりも、村人達が大切だから。
ゴミの分別中に家族が倒れたという連絡が入ったら誰であってもゴミの事なんか忘れて病院に駆け付ける、それと同じだった。
そして、村人達に怪我が無いことを何周か確認してやっと、冒険者達にメービスは意識を向けた。
「静かに」
まず煩い絶叫を止めろと、それぞれの黒槍をひねる。
「静かに」
余計に酷くなった絶叫に対して、今度は黒槍を太くする。
「静かに」
そしてやっと冒険者達は強引に黙った。
涙と汗でもはや別人。
だが、冒険者は上から命じた。
「おっ、お前が投降したら、他は許してやるっ!!」
「はっ、早く解放しろっ!!」
「おっ、俺達を、殺したら、軍勢がここを蹂躙するっ!!」
しかし、メービスは動じなかった。
「私は、知っています。人間とは優しく暖かい家族です。私の知っている故郷の人達、村の人達はみんなそう。人間は悪である訳が無い」
「魔女が悪だって分かってんなら、早く降伏しろっ!!」
「だから、そろそろ正体を現したらどうですか?」
メービスの瞳は一点の曇りも無く、澄んでいて、冒険者達にとっては何よりも冷たかった。
「はっ? 何を言って…?」
本来なら意識も失いかねない、いや失う事も許されない激痛の中、思わず怯む。
「では、言い方を変えましょう。悪魔よ。もはや演技しても無駄です」
「はっ…?」
「ですが、悪魔に誑かされただけかも知れません。なので、異端審問を開始します」
だから、もし誑かされただけなら安心してと、メービスは微笑む。
その笑顔は慈悲深く、聡明で、まるで聖女のように見えた。
「安心してください。私は異端審問について学びました。何故、私の村の皆は死んでしまったのかと。答えを見つける為に必死に学びました。だから安心してください。私は異端審問官よりも異端審問に詳しいと自信があります。間違う事は無いとお約束します」
神々しい程の笑顔のまま、メービスは黒槍を操作し、まずは冒険者達のリーダーを、ヘンリックを殺そうとした冒険者を自分の前に出廷させた。
冒険者達のリーダーは貫通する黒槍を動かされる激痛よりも、得体の知られぬ恐怖に何も口に出せなかった。
「まず、お名前は?」
「ガ、ガウズだ」
「そうですか。ではガウズ、貴方は悪魔ですか?」
「ち、違うっ! ぐがぁぁぁーーーーーっっ!!!」
黒槍から黒い炎が噴き上がり、ガウズを内側から焼く。
「嘘はいけません。貴方が悪魔で無いのなら、何故ヘンリックを攻撃したのですか?」
「そ、それは魔女と内通しているから!! ウギィアガァァァアーーー!!!」
黒槍から更に無数の棘が生え、ガウズはズタズタに裂かれた。
「答えになっていません。異端審問官の目的は悪魔や悪魔の内通者を炙り出す事です。神が、倒せとおっしゃられているのは魔女ではなく悪魔。魔女がいるから、それは本物の異端審問官、それに準ずる方であればあり得ない動機です」
実は、教義としてはメービスが正しかった。
多くの勢力が魔女を迫害して来たが、その理由として悪魔に通じているからという大義を掲げていた。
悪魔は太古から人類の敵、魔王に匹敵する脅威であり続けたからだ。
そしてメービスは、迫害される側でありながら神を信じていた。
正確にはその奥にある正義を。
故郷の人達は絶対的な善であったから、正義に否定される事などあり得ぬ事であった。
故に、故郷を滅ぼした徴税隊を、自分達魔女やその友達を迫害する存在を、文化の異なる人々、相容れない人々、単に敵、いつか分かり合える可能性のある同じ人間ではなく、世界の敵である絶対悪と、悪魔と信じて疑わなかった。
「ち、違う! 俺は悪魔じゃない! 悪魔を狩るものだ!」
「私の故郷は、異端審問であると偽る悪魔達に滅ぼされました。悪魔は狡猾です。異端審問官という最も悪魔と疑われない衣を被って隠れている。ですが安心してください。どんな悪魔も私は暴き滅ぼします」
そして、態々ガウズを引き寄せ頬に優しく触れると、相変わらず慈悲深い笑みで、清らかな声で、聖女のように告げる。
「悪魔でないと言うのならば、証明してください。大丈夫、悪魔で無いのなら治療します。私、回復魔法は得意ですから。悪魔と自白した悪魔しか滅ぼしませんから、貴方が悪魔でないと言うのならば安心してください。それでは、続けましょう」
「ヒィアァァァァァッッッガッァァァーーーーーー!!!」
あまりの恐怖と激痛から、ガウズは半ば発狂した。
しかし、気絶も出来なければ、完全に理性を手放す事も許されない。
「人を害するのは悪ですか? 子を害するのは悪ですか!」
「あっ、悪だっ!! 悪に決まっているっ!!」
「つまり、悪と理解しながら悪を成す。貴方は悪魔という事ですね?」
「違ァァァうッッ!! お、俺は、悪魔じゃなぁぁぁいいい!!」
貫通した黒槍はガウズに絡みつき、徐々に四肢を捻ってゆく。
ベキメキゴリゴキと鳴ってはいけない音と激しい絶叫が轟く。
「もう、死にそうですね。これでは異端審問が続けられません。一旦、回復させましょう」
「アアガァアガァアッッッーーーーー!!!」
ガウズの傷は治されるも、貫かれたままの状態では回復された直後から再び傷が開き、本来人間の構造上感じる事が出来ない、上限を越えた痛みがガウズの全身を襲う。
しかし、徐々に薄れつつあった意識はより確かになり、余命的には回復している事を自覚した。
そして、悪魔でないと証明しない限り、これが永遠に続く事を悟る。
「お、俺はっ!! 悪魔に騙されたんだ!! 俺は悪魔じゃない!! 悪魔に命令されただけなんだ!!」
咄嗟にガウズはそう叫ぶ。
「悪魔に命令された? 騙された? 先程、貴方は子を害する事が悪であると自覚していましたが?」
「イギィアガァァァァッッーーーーーッッ!! 違っうっ!! つぃがぁぁぁうつっっ!!」
腕を捻った状態で骨を繋げ、捻った方向と逆に回転。
あり得ない方向に骨が砕け、一部は肉を突き抜け飛び散る。
「反省しているっ!! 反省しているんだぁ!!」
「嘘ですね」
「嘘じゃ、無いぃぃ!!」
「言い忘れていましたが、私に嘘は通用しません。この黒槍は捕らえた穢れた魂で生み出したものです。悪魔を魂を喰らい魂を弄ぶ魂の権威、だから私は悪魔に再利用されない様に、倒した魔獣の魂を捕らえていました。闇属性魔法と聖属性魔法の、回復魔法の応用です。この黒槍は魂の塊、だから、魂に触れる事が出来ます。完全に心の声を聞くまでは出来ませんが、嘘を言っているのかくらいなら判断可能です」
「じゃ、じゃあ!! 俺が悪魔じゃないのも本当だと分かるだろう!!」
「正直、驚きました。悪魔はここまで正体を隠すのが巧みだとは。流石は魂を喰らうものですね」
「アッァァァァァァァッッッッッッーーーーーーー!!!」
「子を害するのは悪だと理解しながらも、悪事を働き、反省すらしない相手が悪魔で無いと? 正体を隠していても、人が悪魔を滅する為に編み出した異端審問の前では全てが白日の下に曝されます。本当に貴方が悪魔で無いのなら、人間であると示してください」
血が、骨の破片の一部が顔に飛び散っても、慈悲深い笑みを浮かべ続けるメービス。
これは、善き人々を滅ぼす悪魔を見つけ出し処分する人助けで有るのだから。
悪魔にとっても、これ以上の悪事から救う救済であるのだから。
「今日は遅くなりましたから、また明日、異端審問を再開しましょうか」
「………俺は…あ、悪魔だ……」
絶望を、この世の地獄を知ったガウズは遂に自白した。
そして、悪魔の処刑が始まる。
「良くぞ、正直に言いました。最期に善の一片を知った貴方は、きっといつか生まれ変わり救われる事でしょう。どうか、来世では愛を知れますように」
再び黒槍から魂すらも焼く炎が噴き上がる。
「―――――――――――――――――ッッッ!!!」
人の口から出るとは思えない、肉体のみならず魂を焼かれた悪魔の断末魔が地平線の彼方まで響き渡る。
まるで、文明の終焉を告げる鐘の音のように。
これが魔女メービスの魔女狩りの、断罪の始まりであった。
尚、ガウズの仲間達は村人達に制裁を受け、最終的に黒槍の傷から流れる血により、ガウズが処刑された頃には出血多量で死んでいた。
「あっ、私ったら!」
「あはははは! メービスちゃんも抜けているところが有るんだね」
「視野は狭めちゃ駄目だよ。まだ若いんだからね」
悪魔が滅びた後の村では、恥ずかしそうに顔を隠すメービスを、逞しい村人達の笑い声が包んでいた。
優しく勇敢な少女、メービスは善良なる人間に害を成す悪魔達を放っておけなかった。
彼女は翌日になると、ガウズから聞いた情報、他の悪魔を滅ぼす為に村を出た。
話によると、村から二日三日で行ける程の、彼女達の感覚では非常に近い所に仲間がいるらしい。
とても放置は出来なかった。
村人達に害が及ぶかも知れない。
空を飛べるメービスは馬車よりも遥かに速い速度で移動する。
ガウズから聞いた悪魔達は簡単に見つかった。
そしてメービスの事も彼らは簡単に見つけた。
空を飛ぶ人間など見つけない方が難しい。
「魔女だ! 魔女があそこにいる!」
「速く矢を放て! 仕留めろ!」
「はは、馬鹿な魔女だ! 自分から飛び込んで来るとはな!」
「報奨金で一息つけるな!」
問答無用で矢や魔法がメービスに迫る。
この時点でメービスは彼らが情報通り悪魔だと確信した。
逃げる事も避けることも無く、正面から迎撃する。
黒い矢が悪魔達、ガウズ達と同じくこの地に来ていた冒険者達の攻撃を正確に正面から撃ち破る。
そしてそのまま冒険者達を貫いた。
特にいい獲物がいない辺境に相応しく、冒険者達の質が大した事が無いというのもあるが、メービスは強かった。
魔女として莫大な魔力や魔術に対する適性があるだけでなく、メービスは魔女の中でも天才と呼ばれる様な才能を有していた。
加えて幼い頃からアイビスと共に村を巡り、日常的に回復魔法を使い、自然と鍛えて来た。整備が行き届いておらず、魔獣が出没する辺境の道で、何度も魔獣を討伐した事もある。
そして、まとまって捕まらない様、普段は個人で活動しているアイビス以外の魔女達も、メービスを気にかけそれぞれ様々な魔術を教えていた。
ステータスの存在する、スキルやレベルアップの存在するこの世界では、全ての経験は経験値となり、着実にメービスの力となったのだ。
才能があり、幼少より多くを学び、実際にそれを使う機会に恵まれた彼女は、情報が来ない為に辺境の人々は誰一人知らなかったが、相当強かった。
具体的には才能の時点で異世界から召喚された勇者に並ぶ程のポテンシャル。
聖女枠でなら既に勇者と一緒に旅に出られる。
ついでにジョブは本当に聖女だ。
辺境に来ていた冒険者達では歯が立たず、あっという間に制圧された。
全員が黒槍でぐるぐる巻に拘束され、十字にされている。
失血死してしまい、一人しか異端審問出来なかった反省から今回は黒槍を貫通させていない。
「離せ! 穢らわしい魔女め!」
「俺達に攻撃した代償は高くつくぞ!」
「クソぉ! 殺してやる!」
「楽に死ねると思うなよ!」
喚く冒険者達の前に、メービスはゆっくりと降り立つ。
聖女の微笑みを纏って。
冒険者達は思わず息を呑んだ。
メービスが聖女そのものに見えたから。
地上から見た姿と直に見た姿は想像と大きく異なっていた。
「では、異端審問を開始しましょう。貴方達は悪魔ですか?」
「違っ!!」「お前がっ!!」「そんな訳っ!!」「巫山っ!!」「死ねっ!!」
当然の様に返って来るのは否定に罵倒。
当然の様にメービスは締め付けを強くする。
バキッメキッ!
当然の様に鳴ってはいけない音も響く。
「答えたく無いようですね。でも大丈夫、私は異端審問について学んでいますから。悪魔は私が祓って差し上げます」
当然の様に冒険者達は悲鳴を上げているが、メービスは聖女の笑みを浮かべて動じる事は無い。
「質問です。通りすがりの人間を襲う事は正義ですか?」
「お前みたいなのを殺すのは正義だっ!」「当然だろっ!」「何が悪いっ!」「奇襲は基本だっ!」「化け物相手にルールなんて要らないっ!」
「皆さんは、隠す気が無いようですね。悪を正義という、これは人間にはあり得ない、悪魔にしかあり得ない事です」
「「「「――――――――――ッッッ!!!」」」」
巻かれていた黒槍が体内に伸び貫通、四肢を貫かれ絶叫をあげる冒険者達。
「もう一度問います。貴方達は悪魔ですか?」
「「「「――――――――――ッッッ!!!」」」」
「答える気がないのですか?」
同時に質問している為、答えが聞こえなかったメービスはお互いに正体を隠すために態と悲鳴をあげていると判断して再度問う。
無数の棘を生やした黒槍が冒険者達の周りを動き回り、無数の細かい傷が刻まれる。
装備は削り取られ、全身を刻まれた事でもはや何を着ていたのかは全く判別出来ない。
浅い傷を全身に刻むのは難しいようで、力加減、距離を間違い血と共に肉片も弾け飛んでゆく。
「ごめんなさい。力加減を間違いました」
少し恥ずかしそうにそう言うと、メービスは回復魔法をかけた。
弾け飛んだ肉、刳り取られた部分すらもメービスの回復魔法で再生してゆく。
「もう一度やり直しますね」
冒険者達の心は早くも砕かれる。
それから一刻も経たない内に冒険者達は自白、悪魔は処刑された。
村の近くにいた悪魔達を滅ぼしたメービスであったが、異端審問の中で多くの人に紛れる悪魔の名を聞いていた。
一度村に戻り、悪魔を滅ぼして周って来ると告げると、再び異端審問に出かけた。
幸い、冒険者達の所持品を回収して旅費は十分。
まず目指すは辺境の端、このロスマーレ地方でで最も大きな街、代官も住まうマーレの街。
そこに冒険者達に異端審問許可状を出した、魔女とそれに与す物を滅ぼせと命じたクラーマ司教。
聞けば、クラーマ司教はロスマーレ地方全域のリューシェル教、国教における最高責任者であり、ロスマーレ地方で異端審問許可状を出せるのはクラーマ司教一人だという。
十年前からその位にあり、つまりメービスの仇でもあった。
空を飛べるメービスであったが、その道のりは決して短いものでは無かった。
何故なら、悪魔を見逃せないから。
別に一つ一つの村や町で悪魔を探し周った訳では無い。
普通に空を飛んでいたら悪魔の方から、ここに居ますと攻撃を仕掛けて来た。
そして今は、初めての町で足止めされている。
「……C級冒険者、三人で、歯が、立たないだと……」
「……D級冒険者の被害、三十人以上です」
「……衛兵は既に五十人が処刑されました」
町の人々は、逃げも隠れもしないメービスを、怯えながら見ている事しか出来なかった。
初め、正面から町に入った魔女に、魔女の処刑が見れるぞと娯楽扱いしていた人々であったが、囲む兵士を簡単に制圧。
しかし町で一番強いC級冒険者の参戦で、どうせすぐに処刑されると信じて疑わなかったが、彼らも串刺しに。
メービスは串刺しにした兵士を増やしながら、町の中心である広場へ。
一歩一歩、メービスが歩む度に、恐怖が、悪夢が人々を呑み込んだ。
そして広場までやって来たメービスは何と異端審問をすると宣言。
町の人々は何が何だか分からない。
異端者である魔女が異端審問。悪夢としても見たことが無い、それどころか冗談ですら聞いた事に町の人々はまず混乱した。
だが、その後実際に行われた異端審問、冗談どころか悪夢の領域にすら収まらない、この世の地獄を見て恐怖する事しか出来なかった。
何より、メービスはただ攻撃を仕掛けて来た相手を異端審問するだけでは無かった。
メービスを悪魔と断じ糾弾しに来た聖職者や熱心なリューシェル教徒、石を投げた人も拘束し、異端審問をしていた。
異端審問の対象は、町全域、人々はそう確信した。
「悪魔め! 離せ! リューシェル神の天罰により地獄の業火で焼かれると良い!」
「神は人の子を焼くと? 襲撃を受ける子供が悪で、襲撃者が正義だと? そのように判断するのは神ではなく悪魔だけです」
「キャァァァァッッッーーーーーーっっっ!!!」
「業火で焼かれるのは貴方です。お忙しい神様に変わって私が燃やして差し上げましょう」
「悪魔がァァァああっっ!!!! 燃やしてやるぅぅぅっっ!!!! 燃やしてやるぅぅぅっっ!!!! 貴様をぉ!!!! 貴様を匿う異端者共の村をぉぉ!!!!」
今も熱心な、熱狂的なリューシェル教徒として知られるメービスより三つ上の、成人したばかりの少女が焼かれている。
今年、長年の夢だった異端審問官ななったばかりの少女が、魔女による異端審問により焼かれている。
魔女の異端審問の対象は、年齢も性別も関係ない。
「…わ、わらしは、悪魔、れす…、」
町一番の狂信的な少女も、心を粉砕される程の拷問を受け、悪魔となった。
魔女は聖女のように優しく微笑みながら少女を燃やし灰にする。
町の戦力はほぼ全滅。
依頼で町の外に出ている冒険者達はいるが、魔女に殺られた人数より少なく、質も同等、結果など明らかだった。
そして魔女は仲間の悪魔は誰だと自白を強要し、襲撃者以外の悪魔を候補を探し始める。
血とあまりの痛みや恐怖に垂れ流される糞尿の臭いが町に充満しているが、誰一人恐怖により吐く事すら出来なかった。
だが、町の人々は気が付く事が出来なかったが、メービスは異端審問にかけた全員を処刑している訳ではなかった。
メービスの目的はあくまでも悪魔の殲滅。人々の虐殺では決して無い。
「貴方は、子供に襲いかかるのが悪であると知っていますか?」
「はっ、はいぃ!! ごめんなさいごめんなさい!! 本当に悪い事をしました!! ギィアガァァァーーー!!!」
「では何故、悪と知りながら悪事を?」
「お、俺が馬鹿だったんだ!! 君みたいな少女を攻撃するなんて正気じゃない!! 全部俺が悪い!! 天罰だったんだ!! だ、だから!! だから頼む!! お願いだ!! 殺すなら俺だけにしてくれ!! お、幼い弟達には、母さんには、手を出さないでくれ!! 頼む!!」
痛みによるもの以外の涙と鼻水も流し、自分ではなく大切なものの為に懇願する少年。
「良いでしょう。貴方は反省している。誰かの為に泣ける。自分よりも他者を愛する事が出来る。貴方は人間です。貴方の罪を許しましょう。さあ、ご家族の元に帰って安心させてください。ご家族の幸せを守る事、それを貴方の贖罪とします」
「あ、ありがどうございばふ……」
地獄の中にも、切り取り方によっては過去と向き合い未来を向く少年、家族を命がけで守ろうとする少年、罪人を諭し更生させる聖女、自分へ向けられた罪を許す聖女、と捉える事が出来なくも無い光景があった。
まあ、少年がズタボロ血塗れ糞尿垂れ流しな事などを超高度なフィルターで排除した場合に限るが。
少なくとも、事情を知らなければ瀕死の少年を完全回復させた聖女の姿は、そこだけ見れば奇跡に見えた事だろう。
「貴方は、盗みを働いたそうですね。先程悪魔からお聞きしました。盗みは、罪ですか?」
「はい、勿論罪です。ううっ、すまねぇ、すまねぇカエラ……。俺は、俺は、最後まで、盗人のままだった……。お前と同じ場所に、逝けそうもねぇ……。ああ、これが罪の痛みか……。魔女、いや聖女様、俺を存分に断罪してください……。どうか罪が許され、来世で彼女にひと目でも再会できるよう、罰を与えてください」
異端審問により名があがった悪魔候補、証拠が揃わないだけで、町の誰もが知る盗人はメービスの捕らえた魂を使い魔にした存在に捕らえられ、異端審問される中で人生そのものに対して懺悔した。
これも当然の報いだと、天罰だと受け容れた。
「……貴方の後悔は伝わって来ました。貴方の後悔は、愛の誓いは、悪魔にできるものでは無いでしょう。私は盗みを許す立場にありません。ですから、自分で償っていってください。そうすればきっと、カエラさんは貴方を迎えてくれる筈です」
「聖女ざま……」
こうして罪を心から後悔し、償うことを誓う盗人も解放された。
これも、切り取れば聖女が罪人を更生させた良き光景なのかも知れない。
盗人がやはり血塗れ糞尿垂れ流しで、加えて漫画補正が効かず上半身の服ではなく下半身の衣類が吹き飛び、見苦しいものが丸出しなのを無視すればだが。
しかし、このように確かな基準を持ち、異端審問と魔女裁判により全員を処刑した訳ではないが、結果的にこの町で二百人以上が処された。
メービスは最後まで血濡れていた事を除けば、外見は聖女そのものだった。
この町での惨劇は、メービスの慈愛そのものに他ならないのだ。
このように、メービスの旅は単なる移動ではなく、異端審問の旅であった。
二百人の異端審問がそう簡単に終わる訳も無く、一日程度の時間は取られていた。
町を出て最初の異端審問は、街道を進んでいた軍隊。他の町に走った伝令達の知らせを聞き、メービスを討伐する為に組まれた近隣の町や近隣諸侯の混成軍だった。
その数はおおよそ六百。
即日編成し動かしたにしては、大規模な軍であった。
これはメービスによる被害を聞いてこの規模にしたたのでは無く、魔女が現れたというだけで、第一報のみで集結した軍であった。
それだけ魔女が危険だからという訳では無い。
それだけ魔女は迫害されているのだ。
そして宗教国家であるリューシェル神皇国では、神の敵とされる魔女を滅ぼす事が出来れば、国の重鎮の歓心を買えるという利もあった。
しかし、故に大失敗となった。
すぐに動かせる様な戦力ではもはやメービスの敵とはならず、経験値となってしまった。
加えて、メービスは悪魔に渡さぬようにここでも全ての魂を捕らえた。
魂を捕える技能はやがて固有スキルとなり魔術の枠を超えて強化され、魂そのものも力となった。
生み出せる黒槍の数や規模は当然捕らえた魂の分だけ増大し、魂そのものの力を引き出せる様になった。
魂は生前の力をある程度再現した使い魔の様な存在となり、異端審問の効率を大幅に上げた。
数による時間稼ぎ、数の力というよりも、異端審問の手間を増やすという意味での足止めが、極端に効力を失った。
そして、軍を送った町や領地は、当然次のメービスの標的。
伝令よりも圧倒的に早く飛来したメービスにより、町は各個異端審問。
性別や年齢は勿論、貴賤を問わず容赦なく魔女を異端視する存在は処されていった。
マーレの町にやっと情報が届いた時には、十三の町で異端審問を行い、少なくとも五千人近くの悪魔を処分した後だった。
魂の掌握に成功したメービスは、魔術の腕前などを考慮しなくとも、実質五千人の軍隊と同等。
もはやそれは魔女狩りという規模に収まらず、戦争だった。
それがメービスが悪魔を狩り始めてから、たったの十日後の出来事だった。
魔女を蔑視し侮った結果、いやそもそも魔女というだけで迫害した代償は大き過ぎるものだった。
だが、人々はそれがただ魔女を迫害したことを心から謝罪し、悔い改めれば通り過ぎる天災だという事を知らない。
メービスは敵と思う限り敵であり、敵と思わなければ友である心優しく、自ら危険に飛び込み人々を救おうとする勇気を併せ持つ聖女だ。
しかし、そんな事を一片足りとも妄想する事すらないリューシェル教に染まった者達、クラーマ司教やマーレの街の上層部は、情報が届いた時点で情報を分析し、すぐさま大規模な討伐隊を編成した。
ロスマーレ地方の最高戦力、B級冒険者相当の実力者と言われるロスマーレ聖騎士団の聖騎士団長、副聖騎士団長率いる聖騎士団の精鋭。
そして同じくB級冒険者相当の実力者とされる長官率いる異端審問官達の精鋭部隊、執行機関の総員。
冒険者の等級は一つ上がる毎に、一つ下のランクの者が十人束になっても敵わないとされる。
E級冒険者から数えてB級冒険者は正しく一騎当千の実力者。
その実力者三人と彼らが率いる精鋭達。
ロスマーレ支部の名誉を賭けた精鋭達、間違いなくロスマーレ地方政府の最高戦力だった。
五千人の軍勢、それよりも大規模な軍勢に勝てる戦力。
加えて、精鋭達の前では生前の力程度しかない、魔女に簡単に負けた兵など幾らいても問題ない。
確実に勝てる。
その筈だった。
「魔女よぉ!! 滅びろぉーーーっ!!」
メービスを守るように現れた魂の兵士、黒い泥の様な兵を容易く斬り飛ばし、無数に伸びる黒槍も打ち払い消し飛ばし、メービスの元に一直線に駆けるオーガス聖騎士団長と、その周りを固める腹心の部下達。
部下達にも黒槍は効いていなかった。払われない攻撃も、殆どが鎧に弾かれている。
対魔女用に魔法に対する守りを固めた装備を全員が纏っていた。
背後からも副団長や異端審問官達が迫る。
「はぁ、仕方ありません」
だが、メービスは慌てていなかった。
しかしいつもの聖女の笑みは消し去る。
それを聖騎士達はメービスが諦めたと捉えた。
「異端審問を行った上で、確かな悪魔のみ排除したかったのですが」
メービスは展開していた黒槍や黒泥兵を全て消し去る。
そして人里に出て初めて詠唱を開始する。
「――贖え 贖わぬ罪人よ 汝救済を拒みし者 汝現世に座無き者 汝しがみつくならば ここに喚ぼう 永劫の責苦を 地獄の業火を――“インフェルノ”」
放たれたのは黒き炎。
それが大波のように広がってゆく。
それは聖騎士達を呑み込み、術式を焼き、装備を焼き、肉体を焼き、魂を焼いた。
聖騎士達は殆ど抵抗できず、灰となり、魂となっても断末魔を上げ続ける。
彼らは大きな勘違いをしていた。
メービスはこれまで一度も本気を出していなかった。
黒槍はあくまでも拘束手段であり、異端審問の手段。敵を倒す為の手段では無なかった。
生け捕りにする為の手段でしかなかった。
メービスは魔女。
真に得意とするのは魂の束縛でも、その利用でもなく、普通の魔術だった。
異端審問の為ではなく、自衛の為の魔術は聖騎士団と地形を容易く焼いた。
団長達強者はなんとか耐えるも、黒き業火は耐える者に流れ込み、十秒もしない内に灰の仲間入りを果たす。
こうして、リューシェル教ロスマーレ支部の最高戦力は全滅した。
そして、メービスは通り道付近の町で異端審問を行いながら、二週間程かけてマーレの街に到着した。
この時点で処刑されたのは二万強、マーレの街の上層部は到着までに集められる戦力では勝てないと判断し、首都に逃亡した。
当然、上層部が逃亡したのはリューシェル神皇国にとって最悪の選択だった。
メービスはクラーマ司教らを滅殺する為、迷う事なく首都を目指した。
勿論、近隣の悪魔を苛烈な異端審問の上で滅ぼしながら。
一日で二つ三つの町が異端審問の対象となり、千を超える悪魔が滅ぼされるのなど当たり前。
町より規模の大きい街が近隣に有れば、五千を超える処刑が行われる事もあった。
メービスの力の前では街の規模など、関係なかった。メービスが気にするのは距離のみ。ただ悪魔の取り零しを許せないから。
時に近隣に街が複数ある時は、一日で二万を越す悪魔が処刑された。
類を見ない規模で異端審問を繰り返す事で、メービスの異端審問技術は磨きに磨かれていた。
熟れた魂の掌握、黒泥兵による人海戦術、異端審問官から没収した拷問器具の掌握した魂、黒泥による再現。
黒槍のみならず黒きアイアンメイデンや黒き苦悩の梨、黒きファラリスの雄牛、黒き三角木馬など多種多様な方法で、当社比二十倍の絶叫を引き出す事に成功した。
メービスの移動速度は早すぎて、逃げ出せるのは一部の人間のみ。
権力者すらも大部分は逃げる時間が無かった。
隣町から地獄の様な無数の断末魔が轟く頃には、掻き集められるだけの戦力で抵抗するしか出来なかった。
そして余計に犠牲者は増える。
誰も、普通に対話するという簡単に解決する方法をとらなかった。
ただ、魔女だと迫害しなければ良かっただけなのに。悪だと断じ無ければ良かっただけなのに。
メービスは普通に街に宿泊した。
普通に街で買い物をし、食事を取り、誰もいなくなった神殿で悪魔を滅ぼしたと報告する。
人々はメービスの狂気としか思えない行動に発狂した。
まあ、メービスを悪だと断じ、見知らぬ魔女そのものを強烈に恐怖し、悪と見るのも無理は無かったかも知れない。
だが結末は、人々が悪魔となり、果てた。
普通に宿泊するメービスに、国や領主は次々と暗殺者を送り込んだ。
だが、メービスの掌握する魂は、メービスの就寝中でも悪意を感じ取り自動防御。されどメービスが起きている時と違い本能に近いそれは、メービスの悪魔に対する憎悪に染められており、異端審問以上に苛烈に拷問を加えた。
正面からも搦め手も無意味。寧ろメービスにより多くの贄を贈るだけ。
そうして一月の内に四の地方、七つの都市、無数の街がメービスの手で浄化された。
二十の諸侯混成軍や都市の常備軍、リューシェル教直属の聖騎士団が討伐を試みたが、成果なし。
軍人だけでも八万人が悪魔と認定され処された。異端審問を通り抜け生存したのは極僅か。
冒険者ギルドでメービス討伐依頼を受けた冒険者達は、軍に参加し無かった者達だけを数えても三万人は悪魔となり世を去った。
依頼を受けずに、個別に街でメービスと相対し襲いかかり消えた冒険者達の数は、もはや冒険者ギルドでは把握出来ていなかった。
魂を黒泥兵へと変えられるメービスの所持する兵力は兵士十万以上。
一月で、メービスは国家にも匹敵する存在となった。
加えて、ただの兵士十万では無い。
一騎当千の猛者、B級冒険者相当の実力者が二十人も処されていた。
一騎当百のC級冒険者相当の実力者の被害は少なくとも百以上。
そして遂に、リューシェル神皇国の中央領域、首都の存在する地域までメービスは進軍していた。
そのリューシェル平原に入った時、地上に展開されていたのはこれまでに見た規模を大幅に越える大軍勢だった。
『忠実なる神の僕達よ!! 魔女だ!! 我らが神に仇なす諸悪の根源が、この世の悪がそこに現れた!! 神の加護を厚く受けし勇士たちよ!! 準備は良いか!!』
「「「「「おおおおおおおっっっっーーーー!!!!」」」」」
『これは聖戦!! 今、我らは英雄となる!! 未来永劫語られ、英霊として讃えられるだろう!! 征けぇぇーー!!』
「「「「「うおおおおおおおぁぁっっっっーーーー!!!!」」」」」
それ神皇国のトップ、リューシェル神皇国神皇ハインリヒⅩⅤ世が直々に率いる各地から主戦力を集めた神皇国の残存兵力の内、動かせる実質的な総戦力、十五万の大軍だった。
神皇国はやっと、メービスをそれだけの存在と理解したのだ。
質も最強戦力を動員しており、A級冒険者相当、一騎当万のパウルス総聖騎士団長、異端審問官コンラート特別司教、筆頭聖女マシュー。
そして在野からA級冒険者が三名。
だがそれは、神皇国の存続を賭けた軍勢では無かった、過剰戦力、国家の威信を賭けた兵力であった。
合理性を抜きにして、教義信条を元にした大軍。魔女という悪を許さないという。
軍の中でも狂信的なコンラート特別司教が、メービスを発見するなり光の翼を生み出し、一直線にメービスに斬り込む。
事前の情報から迫る黒槍の束を無視して。
「ガハッ!!」
そして容易く貫かれた。
国宝である鎧や護符、神官達による護りを容易く突破されて、四肢を幾つも黒槍に貫かれた。
前に手加減が出来ず異端審問が出来なかった後悔から、メービスは練習していた。
ついでに集まった五桁の魂の有効活用法を模索していたところ、魂を束ね強度を大幅に向上させる事に成功していた。
そもそも、数は力というが、数が倍になれば力も倍になる訳では無い。
何事でも同じだ。組み合わせが良ければ倍以上にもなるだろう。しかし、数が多くなればなる程、そうなる事は少なくなる。
だが、メービスが掌握しているのは純粋な力に近い魂。それは数を多くすれば驚異的に効力を増す事も無かったが、容易に倍にはなった。
千もの魂が収束された黒槍、それは千人の兵の全力攻撃が一つに束ねられたに等しく、その黒槍が一つ二つでは無い。
一騎当万程度でどうにかなるものでは無かった。
「悪魔がァァァッッッ!!!!! ウグゥガァァァァァッッッーーーー!!!!!」
磨きに磨かれた異端審問技術の前に、悪魔に屈する事は絶対に無いと豪語し、誰もがそう信じて疑わないコンラート特別司教は堪らず絶叫をあげた。
「本当は、今すぐ悪魔かどうか異端審問したいのですが、ごめんなさい。まだやるべき事がありますので、少しそのままで待っていてくださいね」
「――――――――――――ッッッッッッ!!!!!」
正義の、正しき筈の教義の象徴が、絶望のオブジェへと変わり、魔女を討伐するぞと息巻いていた軍に静寂が訪れる。
そんな所に、ゆっくりとメービスは降りてゆく。
いつもの慈悲深い、聖女の笑みを浮かべながら。人々を救済しようと、美しい顔や可憐な白いワンピースに返り血が付いているのも気にせずに、降りてゆく。
冷静さを取り戻した兵から、対空攻撃を始めるが、殆ど攻撃は黒投槍に撃ち破られ、そのまま黒槍の餌食となった。
まるで、メービスを迎える賛美歌であるかの様に、メービスが地上に近づく毎に大きく、そして増える絶叫。
一番始めに黒槍に貫かれ、拷問され続けているコンラートも既に白目を剥いて、されど気絶も許されず涙に鼻水、糞尿を垂れ流していた。
地上にメービスが降り立った頃には、逃げ出す者が現れ初め、戦場は処刑場に侵食され、戦意は恐怖に変わろうとしていた。
そしてメービスは降りながら、まずは黒泥兵を召喚した。
神皇国軍を囲う様に。
何を馬鹿なと通常なら失笑するところであるが、屈指の実力者であるコンラート特別司祭が絶叫オブジェに変わった事で、誰もが理解してしまった。
メービスに逃げる気など欠片もない。それどころか、自分達を一人残らず処分するつもりだと。逃がす気が本当に無いのはメービスの方だと。
もはや、戦場は絶望が優勢になった。
メービスの相手をするよりは黒泥兵を倒した方が何百倍も勝算があると、逃げようとする者が無視できない数現れた。
「どけぇぇーー!!」
黒泥兵の横を通り抜けようと、攻撃してくるならば倒してみせると、斬りかかる様に駆ける逃亡兵。
「えっ……」
黒泥兵が動く事なく、無事包囲から抜け出そうとした時、逃亡兵は転がった。
足元を見れば、足が無い。
「あああああっっっーーーーーっっ!!!」
黒泥兵の剣は血に濡れ、そこに斬られた足が転がっている。
「皆さん、逃げようとしても無駄ですよ。外側に出したのは強い魂に形を与えた兵です。確か、B級でしたか? そう呼ばれていた方々を筆頭に配置しています。私から逃げる。それはやましい事のある証拠。悪魔である可能性が高いという事に他なりません。逃す訳、無いでしょう?」
静かな澄んだ声は、不思議と戦場に広く浸透した。
それと共に、絶望に大きく天秤が傾いてゆく。
トンッ。
「「「あああああっっーー!!」」」
ただ降り立っただけ、それだけで近くにいた者達は耐え切れずに逃げ出す。
失禁失便して気絶する者までいた。
「だから、逃しませんよ」
そう言うと、メービスから影のように黒泥が広がり、そこらか無数の黒槍が射出された。
「「「「ギィアアアアッッッーーーーーー!!!!」」」」
魂を加工した、ある程度自律性のあるそれは、一人を貫いても勢いそのままに、次の兵、次の兵と貫き進んでゆき、一槍で百人二百人千人と倒れてゆく。
黒槍による初撃で、三万の兵が戦闘不能となる。
実に二割が、もう戦力とはならない。
そして衰弱しない内にと異端審問を開始する。
まだいる兵を無視して。
本当に全ての刺さる鋭利な槍を内蔵した黒きアイアンメイデンを開いては回復、開いては回復と繰り返される聖騎士は声にならない絶叫をあげ、アイアンメイデンがまるでジャース製造機であるかの様に血の川を生み、早々に自白。
異端者や異民族を容赦なく討伐しまくった聖騎士は、悪魔としてこの世から消えた。
黒き苦悩の梨を与えられた神官は、説明書を読んでもいまいち使い方が分からなかった事から、穴という穴に様々なサイズの苦悩の梨が投入され各所でパカリ、鼻は飛び散り口は裂け、胃や腸も裂かれ、人間の構造上不可能とすら思える絶叫をあげた。しかも一度ではなく回復されては何度も何度も。
血肉や、裂かれた出口から垂れ流れる汚物の山があっという間に出来、敬虔かつ異端者を決して許されないと知られていた神官は数分の内に悪魔であると自白し、異端者として処された。
それらの光景を見せつけられた残る八割は、立ち尽くす者、恐怖のあまり無鉄砲な突撃をし実力を発揮出来ず無力化されるもの、そしてそれらの戦力にならない者達が障害物となり、何とか冷静さを保っている戦力も力を発揮出来なかった。
そして二割の大部分が処された。
そんな混乱の中、第二撃。
「「「「イィギィアアアアッッッーーーーーー!!!!」」」」
新たに三万の魂が加わり、四割が戦闘不能となった。
A級冒険者やB級冒険者達が、四割の兵や騎士達が倒れ、道が出来た今しかチャンスは無いと駆け出す。
が、それは悪手であった。
道は出来たが、メービスの黒槍はまだ異端審問をしていない為に、全槍が即座に動ける状態。
黒槍の嵐に襲われ、領域に踏み込んで三歩駆ける内に、全員が無数の黒槍に貫かれた。
それと共に僅かな希望は、穴だらけになった。
まだ軍には四割が、六万の兵が残っている。
しかし、切り札五人の内、三人は希望の象徴から絶望のオブジェに。
最初に貫かれ、拷問を受け続けるコンラート特別司教に関しては、メービスがすっかり忘れているらしく、それはそれはこの世か外れた苦悩の塊のような形相で絶叫し続けている。
残りの、まだ辛うじて冷静さを保ってている精鋭達は、メービスを討ちに前に出るのでは無く、神皇ハインリヒⅩⅤ世ら、首脳陣の元に向かった。
彼らはもはや勝利を諦めた。これから成すべきは逃走、撤退戦。
しかしやはり動けぬ兵で道を塞がれ、中々首脳陣の元に辿り着けない。
そして辿り着けても、戦闘の経験が極めて乏しい首脳陣は狼狽え一心不乱に神に祈るばかり。
聖騎士達の言葉は右から左に抜けてゆく。
神の代行者である筈の首脳陣のそんな姿に、精鋭達の心すら折れてゆく。
その混乱の中で、黒槍により戦闘不能にされていた四割の兵達の処刑も終わった。
生き残っているのは、メービスが異端審問している理由に気が付き懺悔した、数え切れる程度に僅かな数人。
そうした生存者も徹底的に心を折られ、例えメービスが悪魔だとしても逆らう気力は残っていなかった。
比較的無事だったのは三角木馬の別の使い方で責められた第ニ皇子くらい。
彼はメービスが違う分野の本で三角木馬の使い方を調べた為、何とか助かった。
まあ、比較的無事であっても、そこに敬虔かつ禁欲で知られた若き聡明な皇子は存在していなかったが……。
それでも、最も幸運なのは三角木馬で責められた彼らだろう。
しかし、そうした絶望の中で奇跡が起きる。
メービスが第三撃、最後の大規模攻撃をしようとしたところで、首脳陣達の上か眩い光が降りてきた。
信仰の危機に、何と彼らの神が応えたのだ。
黒槍が届く前に、聖騎士達の前に光の壁が展開された。
「「「嗚呼、神よ!!」」」
そして殆ど抵抗を許さないまま突き進んだ黒槍に、聖騎士達は貫かれた。
「「「嗚呼、神よぉぉーーっっ!!!!」」」
神の奇跡はまるで役に立たなかった。
そして光の中に姿を現していたリューシェル神自体が無数の黒槍に貫かれた。
そして、消える。
人界の魔法などまるで無意味と降臨したリューシェル神であったが、魂で作られた黒槍が霊体であるリューシェル神にも普通に効いた。
「「「「「…………………」」」」」
生き残り達は、恐怖や痛みすら忘れて、放心する。
リューシェル神の奇跡は、メービスに利する結果となり、最後が最もスムーズに拘束できた。
そして異端審問。
こうして、メービスは悪の首領を発見する事が出来た。
事実上のリューシェル神皇国総軍に紛れる悪魔を無事に見つけ、処刑したあと、メービスはそのまま首都にも向かった。
尚、首脳陣達は異端審問を続けたまま、首都を始めとした中央領域を周った。
首脳陣達は悪魔の中でも高位の存在、多くの悪を知っているだろうと判断した為だ。
神皇ハインリヒⅩⅤ世らの悲鳴はそれはそれは激しいものだった。
メービスの許しを乞おうと、神の否定、魔女の賛美など、次々と叫び、我らは悪の根源だと、だから一刻も早くこの世から消してくれと、叫び続けた。
こうして、リューシェル神皇国の悪魔達は殲滅された。
信仰心や常識もあっという間に殲滅され塗り替えられた。メービスが何も言っていないのに、歴史書や聖典、法は書き換えられ、神殿は迫害によって散った魔女に祈りを捧げる施設となった。
因みに、首脳陣が丸ごと消え去った後のリューシェル神皇国は、生き残った第二皇子が動かす事になった。
断罪された神皇の身内であるが、メービスの悪魔でないというお墨付きを得た為、寧ろ臣民達に推されてトップとなったのだ。
メービスの椅子が将来の夢となった調教済み皇子は、メービスよいしょの政治を行ったが、それも反対者はおらず、彼の治世でメービスが当たり前だと断じる迫害や差別の無い国へと早変わりするのであった。
ついでにメービスを信奉する彼は、重罪人に対して自らが受けた三角木馬による責を導入し、なんと重罪人を寧ろ暴行してください盗んでくださいと言う真反対の性格に変えることに成功し、犯罪率を大幅に下げる事にも成功したという。
そして、メービスはまた辺境を巡る生活に戻り、元通り愛し愛されながら平和に暮らした。
時に魔女が迫害されている、とある種族がその種族というだけで迫害していると聞くと、悪魔を滅ぼしに向かった。
その結果、また国家が事実上滅びたり、『手を組むならば世界の半分をくれてやろう!!』とかいう虐殺のプロが虐殺されたりと、国境を越えて世界に影響を及ぼす事となった。
彼女に処刑された人数はリューシェル神皇国だけでも百万を越えるが、後世の歴史家はメービスによって億単位の人々が救われたと評価している。
何故なら、メービスによって迫害や差別という概念そのものが狩られたから。
恐怖が根底にあったとしても、人々はメービスの影響で戦争等の争いが極端に減った。永きに渡り特定の宗教等の大義名分による争いが消えたのだ。その結果として、多くの命が散らずに助かった。
それに歴史家は知らなかったが、虐殺のプロさんがもし本格的に活動していたら世界の存続すら怪しかったりする。
そして百年後、メービスは聖女として歴史に名を残していた。
迫害や差別の無いその時代になると、完全にメービスに処刑された人々は悪だと認識される様になった。紛う事なく、彼らは悪を信奉する異端者となったのだ。
更に平和な時代が千年続くと、メービスは平和を司る女神として世界中で信仰されていた。
そして、メービスに敵対した者達は、悪魔としてそれ以後の歴史に刻まれ続けるのであった。