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好者、邪多し(2)

【あらすじ】


“星彩の花”と称されることもある第八王女のアン=シャーロットは、今年度よりノースケイプ修道院の財務官として着任した。


手始めに帳簿の精査を始めたアンとそのメイドたち。けれど、その精度の低さに頭を抱えてしまう。

すると、アンがおもむろに、「割り算はできるか?」と問うてきて……


 夜。湖面に反射する月明かりが照らす森の中。

 わたしは、目の前の貴人に自らの想いを打ち明けていた。




「嗚呼、いけません。いけませんわアン様……わたくしたちは、決して結ばれない運命の元に生まれた者同士なのです。ですから……ですからもう、わたくしをお求めになるのはおよしになって。貴女には日の光に満ちた明るい世界に生きて欲しいのです」


「何を言うんだ!? キミのいない世界に光などない。キミこそがボクの光なんだ! それに、今のボクはキミと同じ何も持たぬ者。ボクたちを阻んでいた身分と言う名の障壁は、もうないじゃないか! だからほら、そんな顔しないで……その天使のような笑顔を、もっとボクに見せておくれ」


「あ、ああ……そんな……アン様いけませんわぁ! いけませんわぁ……」


 ぐっと力強く抱き寄せてくるアン様を、わたしは懸命に拒否した。

 けれど、アン様の唇は段々と近づいてきて……


「嗚呼。ボクの愛しいキミ……」


「アン様……」


「もう……離さないよ」


 そして二人は、月下の森の中、永遠の愛を誓う口づけを交わし――


 ◇◆◇


「ふひっ……うへへへへ……アンしゃまぁ……あれ? アンしゃまって意外と唇カサカサなんでしゅねえ――って、()ったぁ!?」


 お耽美な夢想に耽っていたわたしは、頭に一発貰ったような衝撃に飛び起きた。


「あ、あれ? アン様は? 月下の森は? 湖は?」


「おはよう。目が覚めたかしら?」


 キョロキョロとパートナーを探すわたしに言ったのは、ミセス・アランだった。

 彼女は今、丸めた帳簿をパシッとやりながら、にこやかにわたしを見下ろしている。


「あ……おはようございます」


 不穏な気配を察したわたしは、慎重に応じた。


「ええ、おはよう。でね、起きたばかりで悪いのだけど、まだ全然帳簿の精査が終わっていないのよ。早速続き、頼めるかしら?」


「はい。勿論です……」


 わたしは、床に落ちていたよだれが()みた毛布を拾うと、がっかりした。




 ここは月下の森なんかじゃなくて、修道院の食堂だった。

 さっき、予期せぬアクシデントで気を失ってしまったわたしは、ベンチで寝かされていたのだ。


「おや? お目覚めかい?」


「はい。ご迷惑をおかけしました」


 アン様の前に出たわたしは頭を下げた。

 あれはとんでもない失態だった。

 誰にも知られちゃいけないわたしだけの秘密。――それが、急なことだったとは言え、よりにもよって本人に知られてしまうところだったのだ。


「迷惑? ハハハッ。キミのことを迷惑と思ったことなんて、ただの一度もないよ。それよりも体の方は大丈夫?」


「え? あ、はい。おかげさまで」


「ならよかった。キミが急に鼻血を垂らして倒れてしまうものだから、何事かと思ったよ。でもなんでもないのなら良かった。体調が悪い時は無理しないで休んでくれたまえ」


「あ、ありがとうございます」


 真っ赤になった顔を隠すようにうつむいたわたしは席に戻った。

 アン様の優しさが痛い。なんかもうしばらくはアン様の顔を見られそうにない。




「さて……」


 席に着いたわたしは帳簿の精査を再開した。

 ああそうだ。計上をミスっている箇所を探し出して修正しなきゃいけないんだった。でも一体どの部分が間違ってるのか? それを探すのが、これがまた一苦労で……


「あぁ……メンドクサぁ……」


 わたしは開始1分も経たないうちにため息を吐いた。

 この帳簿、一から作り直した方が早いんじゃないかってぐらいひどい出来なのだ。


「ああそうそう。ちょっといい?」


「はい。なんでしょう?」


 ミセス・アランに声をかけられたわたしは手を止めた。


「さっきアン様が(おっしゃ)ろうとしていたことなのだけど、貴女、引き算と割り算はできたわよね?」


「はいまあ」


「なら、その帳簿でちょっと試してみて欲しいことがあるのよ」


 ミセス・アランに言われるがまま、わたしは作業した。


 ◇◆◇


「――あ。ありました。はい。ここです」


 ミセス・アランの指示通りに作業してみたわたしは、いとも簡単に(くだん)の修正箇所を突き止められて、驚きの声を上げた。


「これなら作業が(はかど)ります。ありがとうございます」


「でもこれ、間違っている箇所が1つだけの場合じゃないと使えないのよ。あまり過信しないようにね」


「それでも全然いけますって」


 いつ終わるとも知れなかった地獄の作業に一筋の光明が見えて、わたしのやる気は右肩上がりになった。


 今、ミセス・アランから教わった精査方法とは、次のようなものだ。


 ◇◆◇


 1.まず、自分が算出した額と帳簿に記載された額の差分を出す。


 2.次に、その差分を2で割る。


 3.そうして算出した数字を帳簿の中から探す。


 ◇◆◇


 これだけだった。

 この方法は、本来足すべき数字を引いてしまった(引くべき数字を足してしまった)場合にのみ使える方法だ。

 欠点はミセス・アランが言った通り、間違っている箇所が複数ある場合だと使えないということ。

 けれどこの帳簿、1日ごとに合計を出しているおかげで項目は多くても10個。これなら今教わった方法だけでも相当捗りそうだ。




「はぁ~……さすがアンしゃま。賢い……しゅきぃ♡」


 思いがけず叡智(えいち)を授かったわたしは、もうメロメロだった。


「あら? まだ寝ぼけているようね? なら、気つけ代わりにもう一発――」


「いいえっ! もう十分ですっ! ばっちり目ぇ覚めてますっ!」


 ちょっとだけ(・・・・・・)気が緩んでいたわたしは、覚醒をアピールした。


【登場人物とか】

アン王女      ……ローレンシア王国第8王女。ボクっ娘15歳。星彩の花

サイラス      ……ヘーゼル侯爵家嫡男。オレ様系18歳

ミセス・アラン   ……アン王女のメイドを束ねる婦長。しっかり者系三十路(アラサー)


わたし       ……アン王女のメイド

バスティアン    ……サイラスの執事。腹黒系


ローレンシア    ……西の方にある小さな島国

ノースケイプ修道院 ……ローレンシアの最北端にある修道院


タイトルについて……色事を好む人には、邪な誘惑が多いと言うこと。


【更新履歴】

2024.5.15 微修正


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