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人の妬みは風の如く 人の好意は大樹の如し

 ――アン=シャーロット第八王女殿下 素行不良により王籍を離脱される――


 ローレンシア始まって以来のこの大スキャンダルは、貴族のみならず市民の間にまであっという間に広まった。


 と言うのも、アン様のフィアンセだったあのサイラス・ヘーゼルが、積極的にこの事実を触れて回っているからだ。

 彼の意図がどこにあるのか分からない。けど、とにかくそのおかげでアン様はいつもに増して多忙の日々を送ることになる。

 なにしろ、この話を聞きつけた貴族たちが「この度はまことに……」とか、「残念でならない」とか、心にもないような言葉をわざわざ言いに押しかけて来るようになったのだから。


 そんなわけでノースケイプに赴任するまでの間、わたしたちは今までとはまったく違った忙しさを味わうことになった。


 しかしそんなある日、小用で実家に帰っていたわたしは、贔屓(ひいき)の貴族様から胡乱(うろん)な噂を聞かされる。


 貴族たちの中に、今回の件について(わら)う者が出始めていると言うのだ。

 いや。それどころか、彼らはアン様の王籍離脱についてある事ない事言い触らしているらしくて……




「ん? ボク主催のお茶会に出席した人たちが、こぞって腹痛を訴え始めた?」


 お茶の時間。

 ミセス・アランからそんな話を聞かされたアン様は、ピタリと手を止めて彼女の話に耳を傾けた。


「はい。しかも困ったことに……」


 ミセス・アランは深刻そうに続ける。


 この話は、わたしが(くだん)の貴族様から得た情報をそのままミセス・アランに話したものだ。

 いつもならそんなしょうもない噂話に乗ってくることはない婦長なのだけど、今回ばかりは出所が出所なだけに、彼女も無視することが出来なかったようで。


「へええ。中には歩くこともままならないほどに衰弱して、明日をも知れないほどの者もいると? ハッハハハ、それは大変だ。彼らがどうにかなってしまう前に、早く医師と見舞いを手配しないと! ハハハハ――」


 しかしアン様は、この話に悲しむどころか、目が輝かせた。


「なっ、なにを笑ってるんです!? 腹痛だなんて柔らかい言い方をされてますが、つまりは毒を盛ったと言われているのですよ!」


「ハハハ、勿論分かってるよ。でも別にいいじゃないか噂ぐらい。何を言われようと、天地神明に誓ってボクは潔白なのだし」


「それはそうですが、そう言う話ではありません! アン様のお茶会には御兄姉様方も御出席なされていたのです! もしこの話が宮内省(くないしょう)の耳にでも入ったら――」


 大逆罪――ミセス・アランの危惧していることに気付いて、わたしははっとした。


 先日のアン様が主催されたお茶会は、アン様のご兄姉らをはじめ、王族や多くの有力貴族が出席する盛大なものだった。

 なのに、その会に出席した者たちが毒を盛られたなんて噂が広まれば、アン様は王族殺しを謀った大罪人と言うことになってしまう。

 勿論、アン様がそんなことをするはずがないし、配下のわたしたちだってそんなことをするわけがない。

 でも今重要なのは真実がどうかじゃなく、宮内省がこの話を信じるかどうかと言うこと。

 文官の中でも特に慎重で思慮深い人材が集う宮内省にあって、まさかそんな与太話を真に受ける人がいるとも思えない。けど、今回のアン様の処分を見ると絶対にないとも言い切れず……




「うーん。いや。でもボクは兄さまも姉さまも――なんなら(リリー)(マイロ)も心から敬愛しているし、そんなことするはずがないんだけど」


 ミセス・アランの危惧することを感じ取ったアン様は苦笑した。

 サイラスの思惑も絡んでいるとは言え、それでも王籍離脱と言う処分には思うところがあるのだろう。

 しかしアン様、何かを思いついたようで、


「なら、こうするのはどうだろう? ボクが王籍から除かれる理由について、ボク達の方からもっと大げさで荒唐無稽(こうとうむけい)な理由を振れ回るんだ」


「は?」


「例えばそうだね……実はボク、夜な夜な貴族の屋敷から金品を盗んで回る怪盗だったとか――」


「アン様……」


 ミセスアランが絶句した。


「さもなきゃ、実はボクは男で、かつてローレンシアが滅ぼした某王家の末裔で――」


「そんな話できるわけないでしょう! 毒を盛った上に虚言癖(きょげんへき)まである変態だと思われるだけですっ! 大体そんな話信じる人がこの世界のどこにありますかっ!?」


「ええっ!? で、でも怪盗と探偵の一騎打ちや復讐ものは、庶民の間でも人気の演目で、ボクだって夢中になって――」


「人気でも夢中でもフィクションはフィクションなんですっ! 舞台と現実と一緒にしないでくださいっ!」


「そ、そんな……」


 ミセス・アランに怒られたアン様は、すんとした。


「――私もアン様とは長いですから、アン様がそう言うお話(・・・・・・)がお好きなのは知っておりますし、否定するつもりもありません。ですが、それとこれとは話が別でしょう? 私はいかなる理由があろうと主人が悪く言われるのは我慢ならないのです」


「嗚呼……キミはなんて優しい人なんだミセス・アラン。ボクもキミのその優しさに何度救われたことか。でもだからこそ分かって欲しい。ボクはキミのようにボクを想ってくれる人がいる限り、何を言われようと平気なんだってことを。たとえ幾万幾億(いくまんいくおく)の人々にあらぬ(そし)りを受けようと、少しも気にならないんだよ」


「……そ、それは……その……ありがたいお言葉です……」


 天使の微笑みにハートを撃ち抜かれたミセス・アランが消沈して、この話は終わった。




 そして年度が明け――


 嘲笑や憐れみ。様々な感情が交錯する中、アン様はノースケイプ修道院へと向かったのだった。


【登場人物とか】

アン王女    ……ローレンシア王国第8王女。ボクっ娘15歳。星彩の花

サイラス    ……ヘーゼル侯爵家嫡男。オレ様系18歳

ミセス・アラン ……アン王女のメイドを束ねる婦長。しっかり者系三十路(アラサー)

バスティアン  ……サイラスの執事。腹黒系

わたし     ……アン王女のメイド


ローレンシア  ……西の方にある小さな島国


タイトルについて……人の妬みは風のようにどこからともなく発生して止めることが難しく、人の好意は大樹のようにその風から守ってくれる。と言う意。


【更新履歴】

2024.2.12 微修正

2024.5. 7 微修正


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