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プロローグ 5 サイラス

「本当によろしかったので?」


 第八王女の屋敷からの帰り道。車窓から外を眺めているサイラスに尋ねたのは、彼の忠実なる執事ことバスティアンだった。


「なにがだ?」


 苛立ちを執事に向けたサイラス。


 怒り。焦り。不満。

 溜め続けた感情が滲み出ているらしいその視線は、並の者ならすくみあがってしまうほどに険しいものだ。


 しかし当のバスティアン。生憎と、「並の者」の範疇に収まるような人間ではなく。


「殿下の処遇についてです。日頃の行いが王族としての自覚に欠けるからと言って、いきなり王籍から除くのはいささか乱暴ではありませんか?」


 バスティアンは臆面もなく尋ねた。


 アン王女が、王族らしからぬ性格であることは疑いようもないことだが、ただそれだけのことで、これほどの処分を下せるものなのだろうか?


 しかしその意見を聞いたサイラスは急に怒り出し、


「王族の処遇についてはオレの管轄外だ! 良いも悪いもあるか!」


 サイラスは狭い車内には不相応すぎる大声で執事を一喝した。




 アン王女に対する讒言(ざんげん)の数々。――それはサイラスにとって頭の痛い問題だった。

 なにしろ彼は法務省の人間で、王族に干渉する権限を持っていなかったのだから。


 王族についての陳情は宮内省(くないしょう)へ。それは貴族たる者ならば知っていて当然の常識中の常識。


 しかしそれは、あくまで本物の貴族(・・・・・)の話。


 おおよそ本物とは言いがたい凡百無役の下級貴族どもは、すい星の如く現れたアン王女の足を引っ張ろうと、法務省に当てて陳情と言う名の讒言を送り付けてきたのだ。


 毎日のように上がってくる見当違い過ぎる意見に、頭を抱えたサイラス。


 彼らは、ありもしない王室規範に照らし合わせては、アン王女のここがダメだ、あそこがいかんと言い募り、自らの滑稽さに気付こうともしないのだ。


 そして、そのあまりのしつこさに負けたサイラスは、とうとうこの件を宮内省に投げた。

 元々が王族への陳情だ。いくらサイラスが讒言対象(アン王女)のフィアンセだからって、法務省の人間が扱うことは出来ない。

 それに宮内省だって、まさかこんな与太話みたいな陳情に取り合うはずがない。


 しかし――




(――で、その結果が、今日の「You’re(お前は) fired!(クビだ!)」だったというわけなんだが……)


 バスティアンは、激昂する主を冷静に見つめた。


 You’re(お前は) fired!(クビだ!) ――それは、王族としての死刑宣告だ。

 そのことを知らされた時の、サイラスの驚きよう。

 彼にとって、予想外すぎる処分だったことは想像に難くない。




「失礼いたしました。心得違いをしておりました」


 この件は思っていた以上に主にとってアンタッチャブルだった。バスティアンは平に謝った。


 しかしバスティアン、そんな態度とは裏腹に冷めた感情を持っていて、


(何をむくれてんだよ? 人に当たるぐらいなら最初から判を押さなければよかったんだ。お前が持ち込んだ案件なんだ。部署が違ったって裁可印を押すぐらいのことはしたんだろう?)


 バスティアンは駄々っ子を見るような目で、サイラスを見ていた。


 この主のこと。どうせ提示された処分内容に不満があったのに、変なプライドが邪魔して許可しまったんだろう。


 バスティアンは知っている。

 この主。巷では有能だとか若手の星だとか持て囃されているが、実は案外そうでもないことを。

 今回のことだって処分が気に食わないのなら、後からでもいいから再審理を指示するなりすればよかったのだ。

 なのにそういうアクションは一切起こそうともせず、(いたずら)にイライラカリカリしてばかりで、仕舞いにはメッセンジャーまで引き受ける仕事ぶり。


(下が決めたことにハイハイ従うだけなら、別に摂政なんて誰でもよくねえか? 五摂家様も結構だが、それを誇りたいんなら相応の度量ってもんがあると思うんだが)


 こんなのが将来この国のトップになるのか……

 バスティアンは、この国の先行きに不安を感じずにはいられない。


(ま、いいさ。俺がどう思おうと結局はなるようにしかならん。それに、いよいよとなったらこの国を出ればいいだけだしな)


 こうして、バスティアンの主への忠誠心は人知れず薄れてゆくのだった。




 ◇◆◇




「なあ」


 道も半ばを過ぎた頃。外を見ていたサイラスが呟くと、張りつめていた車内の空気がわずかに緩んだ。


「――どうだった?」


「どうとは?」


「だからその……あいつ……の、目に、オレはどう映ってたって……」


「?」


 訝しんだバスティアンは主の様子を観察した。

 一見すると、相変わらずムッツリしたまま流れゆく景色を眺めているだけのように見える。が、よくよく見てみるとその態度はそわそわと落ち着きがなく、心ここにあらずと言った様子。


あいつ(・・・)ってのは殿下のことだよな? てことは、殿下の目に、オレ(・・)――つまりこのバカがどう映ってたのかって、尋ねてる?)


 何故そんなことを? バスティアンはますます訝しんだ。


 あれだけ高慢ちきに振舞ったのだ。ざわざ心配しなくても、殿下たちは今ごろサイラスの悪口を言い合っているはず。

 形式上は格下の摂政家から婚約解消を言うわけにはいかないから、向こうに言わせる。そういうつもりで、あんな態度を取ったのだと思っていたバスティアン。

 けど、主の様子を見ていると、その考えは違うのではという気がしてきて、


「その質問にお答えする前にお聞きしたいのですが、なにゆえサイラス様は殿下にあのような態度を取られたのでしょう?」


 バスティアン尋ねた。


「……軟弱者は……ダメだ」


「は?」


 あまりにも小さな声に、思わず聞き返したバスティアン。


「だから軟弱者じゃダメなんだよ! オレはあいつに相応しい男になりたい。だから強い男を演じてみたが……どうだ? オレは勇ましかったか?」


 予想外の答えに、バスティアンの目は点になった。


 つまり主は、殿下に嫌われたくない一心で、あんなクソ野郎みたいな態度をとっていた、と?


 ――そんなバカな!?

 俺はまたてっきり、主は殿下のことが嫌いであんな態度を取っているものだとばかり……


 バスティアンは、自身の人生の中で今日ほど驚いた日はなかった。


 しかし考えてみれば納得も行く。

 このアホの父親、当代ヘーゼル卿は典型的な独断型の当主で、使用人は勿論のこと奥方様ですらも異論を許さない方だ。

 そんな親父の薫陶(くんとう)を受けて育てば、男子たる者かく有るべしという人間になってしまうのも無理はない……かも知れない。


 が! いや。しかし。これはいくらなんでも……さすがに……


「……左様でしたか」


 驚きを隠すことに苦労したバスティアンは、どうにかこうにか言葉を絞り出した。


 こいつの考え方は現代の価値観と著しく乖離してないだろうか? 少なくとも100年ぐらいはズレている気がするのだが。

 この主――と言うよりも、この家は本当にダメだ。主のことは前々からダメだダメだとは思っていたが、まさか家ごとダメだったとは。


 バスティアンは襲い来る頭痛に、こめかみを抑えずにはいられない。


「で、お前の目にはどう映った? 正直で構わん。言え」


 弱気なことを偉そうに聞いてくる。本当にさっきまでのオレ様クソ野郎と同じ人物なのかお前は?


「……そうですね……サイラス様の仰る『強い男』の定義がどのようなものなのか私にはいまいち分かりかねますが……」


 バスティアンは慎重に口を開いた。

 主が問うているのだ。答えないわけにはいかない。

 いや。でも待て。あのザマをなんて答えればいい?


「――いえ。申し訳ございません。私の如き者が、主人の良し悪しを評するなど許されないことです」


「そうか……」


 期待したような回答を得られず、しょぼくれたサイラス。


 いや待て。なんなんだその態度は。

 そもそも、別に俺はお前の兄貴でもなきゃ友だちでもないんだ。それが急に恋愛相談なんか持ちかけられても困るんだが?


「ですが、一言だけ申し上げるとしたら……」


 主のあまりの消沈ぶりに、変な同情を覚えたバスティアン。嫌々ながら、再び口を開くと、


「次に殿下の元にお伺い際は、到着前に使いを出すとより良い歓待が受けられるかも知れません」


「そ、そうか!」


 サイラスの表情がぱっと明るくなった。


 マズい。主はアホの子だ。


 バスティアンは本気で転職を考え出した。


【登場人物とか】

アン王女   ……ローレンシア王国第8王女。ボクっ娘15歳。星彩の花

サイラス   ……ヘーゼル侯爵家嫡男。オレ様系18歳

ミセス・アラン……アン王女のメイドを束ねる婦長。しっかり者系三十路(アラサー)

バスティアン ……サイラスの執事。腹黒系

わたし    ……アン王女のメイド


ローレンシア ……西の方にある小さな島国


【更新履歴】

2024.1.10 全体修正

2024.2.12 誤字&微修正

2024. 5. 7 微修正

2024. 5.25 誤字修正


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