プロローグ 3 王女とフィアンセ(3)
「ノースケイプ修道院、ですか?」
サイラス様付の執事がアン様への処分内容を説明すると、ミセス・アランは訝しげな顔をした。
「はい。ノースケイプ修道院でございます」
眉一つ動かすことなくオウム返しにする執事。
彼の名はバスティアン。――サイラス様付きの執事にして、年齢不詳の銀髪眼鏡だ。
わたしはこれまでに何度か彼を見かけたことがあるけれど、いつでもツンと澄ましていて徹底した鉄面皮ぶり。そのあまりの無感情ぶりに、わたしは彼のことが好きになれなかった。
「それではアン様に出家せよ、と仰られるのですか?」
ミセス・アランは青ざめた。
王族が修道院に行くことの意味を知っていれば、そうなるのも無理はない。
「はははっ。まあ普通に考えればそうなるんだろうけどな」
けれどサイラス様は、そんな主人想いのミセス・アランを嗤った。
「いえ。アン殿下におかれましては、来年度よりノースケイプ修道院の財務官として赴任していただく、と言うのが今回の処遇内容となります」
「処遇? 財務?」
「はい。ノースケイプ修道院の財務官でございます」
バスティアンの言葉に、わたしはうろ覚えの知識を引っ張り出す。
◇◆◇
ノースケイプ修道院。それはこの国のノース地方にある修道院で、この国で最も歴史のある修道院だ。
けど、しがない平民上がりのわたしには、それぐらいしか知っている情報がない。
ああ。あの時、もっとちゃんと勉強しておけば、どういう所かぐらいは分かったのだろうけど……
◇◆◇
(財務官ねえ……何でアン様がそんな所に……)
わたしは憤った。
修道院の情報は一旦置いとくとしても、どうしてアン様がそんなトコの財務官なんてやらなくちゃいけないんだろう?
自分のお金の管理は自分でするのが当たり前でしょうに。
わたしは実家が商売をやっていることもあって、お金については結構厳しい目を持っていた。
だから、自分のお金の管理すらろくにできない奴は、勝手に滅べばいいとすら思っているのだ。
するとサイラス様、そんなわたしの疑問に都合よく答えてくれて。
「あの辺りは北の最果てだけあって、辺鄙でな。税がほとんど取れない上に、寄付も期待できないんだ。
今までは公金を注ぎ込んで存続させてきたんだが……先日、とうとう市民議会から廃止を求める声が上がってな」
(ああ。それで……)
図らずも情報を得られたわたしは得心した。
お金の管理が出来る出来ない以前に、管理するお金自体がないのか。
(てことは、今回の件って一見すると懲戒処分だけど、実はただの人事異動?)
そう考えれば納得がいく。
なにしろアン様は王族だけあって、そこらの貴族なんかよりもよっぽど良い教育を受けている。
要は数字に強いのだ。
そんなアン様なら、存続の危機にある修道院を立て直すことだって、きっとお茶の子さいさいだ。
「なるほど。あそこは市民議会からしてみれば、ただ古いだけで何の利もない修道院だものね。彼らにしてみれば、これ以上公金が投入されるのは我慢ならないと言うわけか」
「ああ。だがあそこは国の宝と言ってもいいほどの格式のある修道院だ。いくら市民議会の上奏とは言え、平民どもにとやかく言われたぐらいで『はいそうですか』って廃止するわけにもいかん」
「話は分かったよサイラス。でもそう言うことなら、ボクでなくとも、適任がいそうなものだけど?」
「お前の処分を求める声が上がってるのも事実だからな。それにかこつけて仕事を回してやったんだ。納得しろ」
「状況を利用する、と言うことかい? ハハハっ、キミもなかなかどうして噂に違わぬ策士じゃないか」
「ふん。オレにとってはこの程度のこと、策とも呼べないがな。だが気を付けろよ。今回の件、偽りの処分とは言え、書類上は出家することになるんだ。もし向こうでも同じような失点を積み重ねてみろ? 残りの人生を本物の修道女として生きることになるぞ」
「うーん。修道服は一度着てみたいとは思っていたけれど、残りの人生ずっとはちょっと困るな。分かったよサイラス。キミの忠告、しかと心に留めておくことにするよ」
こうしてアン様は、この要請を受諾した。
【登場人物とか】
アン王女 ……ローレンシア王国第8王女。ボクっ娘15歳。星彩の花
サイラス ……ヘーゼル侯爵家嫡男。オレ様系18歳。文武両道
わたし ……アン王女のメイド。隠れアン様オタク
ミセス・アラン……アン王女の婦長。アラサー
バスティアン ……サイラスの執事。年齢不詳の銀髪眼鏡
ローレンシア ……西の方にある小さな島国
【更新履歴】
2024.1.4 全体修正&挿入調整
2024.5.6 微修正